幕 間 『交錯する炎』


「……アストロアートさん……」


 走り去っていく少女の後ろ姿を見ながら、僕は呟く。


(……なんで、逃げてしまったんだろう)


 夕日が沈み、だんだんと夜の帳が落ちていく街。その街にある学校の校門で、僕は一人取り残されていた。


 彼女に、何か悪いことでもしてしまっただろうか。そんなことは無いと信じたいけど、でも現に、彼女は明確な意志を持って僕から逃げた。理由は判らないが、何だか僕を恐れているように思えた。


(うーん……落ち込むなぁ)


 やっと、会えたと思ったのに。

 転校初日で、勇気を振り絞って、隣の席である彼女に話しかけてみたというのに、こんなことでは先が思いやられる。

 けど、そんな泣き言は言ってられない。明日からも、もっと彼女に声をかけてみよう。


(いきなり『リン』って呼ぶのは失礼だよなぁ……。まずは、仲良くなるところから始めなきゃ)


 まだ転校初日だ。隣の席である以上、彼女と接する機会と時間はまだまだある。焦らず、少しずつ積み重ねていこう。


 そう決意しながら、僕も帰路につくことにする。

 夜の街を歩く。まだ日が落ちたばかりだから、人はそこそこ居る。


 すれ違う人々に挨拶を交わしながら、その通りを抜け、そのまま歩いていると、ふと視線を感じた。


(――――?)


 振り返っても、誰も居ない。

 気のせいか、そう思って再び歩き始めると、今度は明確に視線を感じた。


「――――ッ!!」


 射殺すような、鋭い視線。それを感じて振り向いたが、またしても誰も居なかった。


「なんなんだ……いったい」


 警戒しつつ、周りを見渡すと、何かが落ちていることに気付いた。

 それの方に近づき、拾い上げる。


「これは……」


 それは、一枚の葉っぱ。ただの葉っぱだが、その見た目は普通のそれとは違った。

 その葉は、新緑のそれではなく、黒く焼け焦げた色をしていた。だがその形も、徐々に崩れていっている。それはやがて完全に崩れ、灰になった。


「燃えた、葉っぱ……?」


 灰と化した葉っぱだったモノを見つめながら呟く。


 ――なんでこんな物がここに。誰かが、火遊びでもしたんだろうか。


 そんな呑気なことを思うのとは裏腹に、頭は冷静に、このことについて思考する。

 思考が極端に偏りすぎないよう、努めて、冷静に考える。


「……まぁ、いいか」


 だけど、一分が経ったところで、その思考を断ち切る。いま考えるべきはこれではない。優先すべきは彼女のことだ。

 そう思い、僕はこの場を後にした。


 ――三度目の視線には、気付くことが出来ないまま。




 ◆◇◆◇




 僕はこの場から立ち去っていくソイツを見ていた。

 灰色の髪。赤色ではあるが、純色のそれとは違う、茜色の瞳。

 そして、僕と同じ顔の人物。


 ――不愉快だった。なんでアイツが、ここに居るんだ。


 アイツを見ていると、非常に不愉快だった。

 だから、思わず視線に殺気が篭った。炎が燃えて、近くにあった葉を燃やしてしまった。そのことに気付いたヤツが、僕のことに気付きそうになった時は、不可視の状態になっているにもかかわらず、柄にもなく焦ってしまった。


 何よりも許せなかったのは、アイツが彼女の近くに居たこと。

 なんで、僕じゃなくて、アイツが横に居るんだ。


『――――、』


 これは嫉妬というのだろうか。彼女を知ってから、新たに得た感情が幾つもある。得た感情全てに驚愕し、胸が高鳴り、初めて知ったはずなのに、その感情にどこか懐かしささえ感じられた。

 だから僕は感情の制御を知らない。いや、知ってはいるが、抑えきれないとでも言えばいいか。

 僕の炎が燃える。この、やり場のない感情の行きどころを炎が表しているかのようだ。


『……リン』


 呟く。少女の名を。

 最後に見たときよりも、ずっと綺麗になっていた。最も変わった部分は、肩口までしか無かった髪が、今では腰まで届くくらいのロングヘアになっていたことだ。その赤い瞳と相まって、とても美しかった。


 やっと、ここに来れたというのに。

 今、彼女の隣にはアイツが居る。


 なんで、なんで。

 僕も、隣に居たいのに。

 隣に居るのは、僕だけでいいのに。


 黒く、澱んだ何かが僕の内に溜まる。

 アイツに対し、明確な『何か』が生まれる。


『待ってて……リン』


 ほぼ無意識に、呟く。

 周りに漂う炎を揺らめかせ、さながら蜃気楼のように、僕はこの場から消えた。

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