第三章 『灰色の少年(前)』

「えっと。今日から転校してきた、アレン・ファルシュって言います。

 アレンでも、ファルシュでも、呼び方はなんでもいいです。好きなように呼んでください。これから、よろしくお願いします」


 ファルシュくんが微笑みながらそう言うと、教室内に彼を歓迎する拍手が起きる。わたしはそれを、周りの人達とは違う意味で見ていた。


(なんで……悪魔と同じ顔をしているんだろ)


 ファルシュくんが『悪魔』じゃないということは既に確認済みだ。本人にそれとなく、以前会ったかどうか聞いてみたが、「会ったことない」と言われたので、別人で間違いないだろう。


 それ以前に、ファルシュくんは悪魔と髪色が違う。

 瞳の色は同じ――と言っても、ファルシュくんの瞳は、悪魔の純色の赤ではなく、茜色の瞳――だけど、ファルシュくんの髪は灰色だ。

 悪魔は確か、赤色だった。

 けど、そんな違いから別人だということはわかっていても、顔が同じというだけで、わたしを動揺させるには充分すぎた。


(……でも、ファルシュくんが悪魔でもそうじゃなくても、わたしにはどうでもいいことか。どちらにしても、わたしとファルシュくんが関わることはないだろうし。

 ……それにしても、ファルシュくんに『悪魔』って呟いたの聞かれてなくてよかったぁ……)


 予想外の出来事があったが、おそらくそれっきりだろう。仮に、向こうから話しかけてきたとしても、無視することには変わりないし。


「じゃあ、ファルシュくんの席は……、アストロアートさんの隣ね」

「はい、わかりました」


 なんて、少々楽観的に考えていると、突然担任のセラ先生がとんでもないことを言った。


「えっ……」


 考えてみれば、わたしの隣は空席なのだ。転校生であるファルシュくんがここに来るのも当然だ。


 頭ではちゃんとわかっているので、このことに対して文句は言わない。

 そもそも、言ったところで変わるわけじゃないし、ただ無意味に、わたしへの注目を集めてしまうだけだ。

 ファルシュくんが近付いてくるのが見える。彼は、微笑みを崩さずわたしの隣まで来ると、


「さっきぶりだね。まさかクラスメイトとは思わなかったよ。よろしく、アストロアートさん」


 と言って、席に着いた。


(……悪魔の顔で、そんな風に言わないでほしい)


 ファルシュくんに悪意を持って言ったわけじゃないけど、心の中でそう呟くわたしだった。


 ***


「ねぇねぇアレンくん! アレンくんはさ、どこから来たの?」

「アレン、お前運動は得意か?」

「ちょ、ちょっと。そんないっぺんに質問されても答えきれないよ」


 時刻は一限目の休み時間。教室の中心にいるファルシュくんの周りには、ちょっとした集まりが出来ていた。理由は明白。転校生と言ったら生徒達からの質問攻めというのがお約束なのだ。


 わたしは読書をしつつ、その光景を見る。

 いや、見るというより、見てしまう、か。


 ファルシュくんは、端的に言って容姿が整っていることと――もっとも、わたしが彼を見るのはそのせいじゃないんだけれど――転校生ということも相まってか、他人から注目を集めてしまうのは仕方ないことだと言える。


 人気者だな、とわたしは思う。その証拠に、既にクラスメイト達からは『ファルシュ』ではなく『アレン』と呼ばれている。


 どちらにせよ、わたしの態度は変わらない。視線を再び、本のページへ戻す。数十ページを読み終える頃には、予鈴が鳴った。それを聞いたクラスメイト達も、慌てて自分の席に戻っている。ファルシュくんも、席に戻ってきた。


 そして先生が教室に入ってきて、授業が始まる。

 黒板に文字を書くチョークの音と、先生の話す声が教室に響く。


 授業開始から三〇分くらいが経った頃だろうか。ふと、隣から視線を感じて見てみれば、ファルシュくんがわたしに何か渡そうとしていた。不思議に思いながら、わたしはそれを受け取る。


『アストロアートさん。よかったら放課後、学校を案内してくれないかな?』


「…………は?」


 その文面を見て、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。


(……なんでわたしにそういうことを頼むかなぁ……。他の人達に頼めばいいのに……)


 でも、ファルシュくんがどんなことを頼もうと、わたしがすることは変わらない。疑問と不満を混ぜながら、手渡された紙の空いたスペースに、断りの返事を書く。


『ごめんなさい。わたし放課後は図書館に用があるから』

『じゃあ、その図書館に僕を案内してよ。それくらいなら、いいでしょ?』


「…………むむ」


 なかなか食い下がらないな、この人。

 チラ、とファルシュくんを盗み見れば、彼は満面の笑みで返事を待っている。


(……だから、悪魔の顔でそんな風に笑わないで欲しい……)


 皮肉なことに、その笑みは、いつか彼が見せてくれたものと同じだったけど、それは別の話。今は、どうやってこの窮地を脱出するかだ。


(図書館に行くって言わなきゃ良かったな……。でもまぁ、図書館に連れて行くくらいだったら、いっか)


 よくよく考えれば、たったそれだけのことじゃないか。隣の席だから、こうなることは半ば予想していたことなんだし。

 だから、これくらいはしてあげてもいいだろう。

 いい、はずだ。



『わかりました。

 でも図書館に案内するだけ。それ以降はわたしに関わってこないでください』




 了承の旨を伝えると同時に、強く、念を押す。



『うーん……。

 僕としてはまだ君と色々話したいことがあるんだけど、今はいいか。それじゃあ放課後、よろしくね』


 と、実にあっさりとした返事が返ってきて、わたしの方が面食らっている。


(理由は、聞かないんだね……。その方が、わたしとしては嬉しいんだけど)


 何を考えているかわからない転校生だと思いながら、わたしは再びノートを取るのを再開した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る