第72話 上には上がいるもので
「ちゃんとハズレのコマを3個配置しましたか? 尤も、そのコマが私の口に入ることはありませんが」
「それはこっちのセリフだよ」
ヤクトと冬雪がチェス盤を挟んで対峙する。
メンツと利益とを天秤にかけた戦いが幕を開けようとしていた。
ヤクトの両隣からはピースフルとダークネスシャークがチェス盤を覗き込んでおり、はたから見れば3対1の対戦構図に見える。
その程度で怯む冬雪ではないが、ヤクトは気にしたようで交互に2人の顔をみながら告げる。
「お二人とも、くれぐれも手出し、口出しも無用です。これは真剣勝負であって私1人の力によって勝利するべきものなのですから」
「ああ、わかってるよ」
「ん…でもヤクトが負けたらこっちも迷惑する」
「そんなことにはなりませんよ。私は真剣勝負には強いんですから」
そう言ってダークネスシャークに少し笑いかけると、視線をチェス盤へと戻す。
ヤクトの言葉が冬雪への
「はぁ……大した自信だけど、あんたはシュークリームチェスは初めてなんだろ? 調子に乗ると恥をかくことになるよ」
「ご心配なく……」
ヤクトはニヤリと嗤うと、先手のコマを動かしたのだった。
──────十数分後。
「ハァ…ハァ…なんで…。なんでだよっ! こんなの不自然すぎるっ!」
チェス盤を前に焦燥に駆られる冬雪の姿があった。
シュークリームチェスは相手のコマを取った時点で負けになる可能性があるため、相手の反応を見ながら安全そうなコマを見極めていくのが主流である。
仮に、ワサビ入りのクイーンを相手の陣地に投入して大暴れすることでクイーンを相手に取らせる戦法を用いようとしても、先に相手のワサビ入りのコマを取ってしまう可能性がある以上、慎重にならざるを得ない。
攻勢と防衛の噛み合わせのバランスが肝である…はずだった。
「おやおや、負ける前から負け惜しみですか? 覚悟ができたならさっさとと私のクイーンを取ったら良いではないですか」
「こんなの…あんたが僕のコマを識別できてるとしか…」
という冬雪の言葉通り、ヤクトの動きは不自然なほど正確にワサビ入りのコマを回避していた。
序盤は両者ともゆっくりと陣地を形成しており、ヤクトはキングを囲む形で防衛陣地を形成、冬雪はそのキングを狙うまでの道のりを模索する形であった。
しかし、ヤクトはキングの盾が完成した途端、クイーン単騎で冬雪の陣地へと特攻してきたのだ。
冬雪はしめたとばかりにクイーンに取られるようにワサビ入りのコマを動かしたのだが、ヤクトはことごとくワサビの入っていないコマだけを正確に狙って倒して回った。
ヤクトは確信があるとばかりに取ったコマ(シュークリーム)を口に放り込んでいく。
一方、ヤクトのクイーンはどう考えてもワサビ入りであるため、冬雪はそれを取ることができず、蹂躙されるがままになってしまったのだ。
「だったらっ!」
冬雪は一旦ヤクトのクイーンを無視してキングを取りに行く。3手相手のコマを取るうちにワサビ入りを引かなければキングを取れる算段である。
冬雪がナイトで相手のビショップを取る。
取ったコマは食べるルール、冬雪はビショップの形をしたシュークリームを口に放り込んだ。
その瞬間だった。
「ぅう………っ!!!」
ハズレのコマ、いや、ある意味大当たりを引いたのだった。
冬雪はブルブルと震えながらも所持品から味覚リセットの回復薬を取り出すが、飲まない。
意地悪な陽夏が作ったワサビシュークリームは『10秒間味覚リセットを無効化』という効果があるため、10秒だけは耐え忍ばなければならないのだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛…」
冬雪は永遠に感じるほどの10秒を味わったのち、大急ぎで回復薬を口にする。
「ハァ…ハァ…」
回復薬の効果がしっかり感じられたのだろう。
肩で呼吸しているものの、表情は苦悶を浮かべてはいなかった。
しかし、その目には強い敵意が現れていた。
「おかしいだろっ!?」
「何もおかしいところはないですよ?」
「どうして僕のコマが識別できた!? アンタに僕の心の中が読めたとは思えない……何らかの識別する手段を持って判別したはずだ!」
「根拠がありませんね。私の思考力が優れていたというだけのことでしょう。
仮に私がそのような手段を持っていたとして、貴方が看破できていないのなら存在しないのも同じことでしょう」
「ぐ……」
ヤクトに正鵠を射られて返す言葉が出ない。
冬雪が勝敗そのものにケチをつけない理由がまさにそれであり、ヤクトがどんな方法で自分のコマを見抜いたかわからない。
そのため根拠なく無効試合と主張するのは単なるわがままである。
「いずれにせよ私の勝ち、ということで間違いありませんね?」
「………ああ、わかったよ! 負けは負けだ。
約束通りピースフルから代金は取らないし、攻略情報も教えるよ!」
「約束を守ってもらえるようで何よりです」
ヤクトはフッと笑う。
「やったなヤクト氏! 俺の敵討ちをしてくれて感謝するぜ!」
「ピースフル、あんま褒めなくていい。この人あなたを踏み台にしただけ。
…単純な実力勝負ならきっと負けてた」
「シャークさん、余計な事は言わなくていいです」
ヤクトのイカサマについてダークネスシャークは知っていたということになるが、2人がタネ明かしをすることはなかったため冬雪にはどんな手段を使われたのかは分からなかった。
ヤクトが冬雪のコマを識別した方法は実のところ単純である。
アンドロイドであるダークネスシャークが目のセンサーによる光学スキャンで冬雪のコマの中身を判定したのだ。
彼女は自身の表皮の温度を変更する機能も持っているため、顔の温度を変えて熱い箇所と冷たい箇所で模様を描いた。
7-a,3-bといった具合に。
一見すると何も変化はないのだが、吸血鬼であるヤクトは暗闇でも獲物を見つけられるようにサーモグラフィー然として物体を見ることができる。ダークネスシャークの顔に描かれた温度差模様からメッセージを受け取り、冬雪のコマを識別したのだった。
この2人の合わせ技によって、表面上は「ヤクトがダークネスシャークに振り返っただけ」だが、実際には「冬雪のコマの中身をスキャンした情報がヤクトに渡された」のであった。
裏技を使われたとは知らず、理不尽に負けた冬雪は不機嫌な顔をしている。
ふてくされた冬雪を陽夏が見かけ、小走りに寄ってくる。
お茶会側でもチェスの様子は話題に登っていたのだろう、おおよその事情は把握している風であった。
「なぁに? 負けちゃったの? アンタってば余裕がある時はすぐ調子に乗っちゃうんだから……気をつけなさいよね」
やれやれといったテイで冬雪の傷口に塩を塗る。
同じ四天王の相方に対する仕打ちではないが、陽夏の遠慮のなさはこんなものである。
その言葉を受けて冬雪が逆上する。
「なんだよ! 僕だって勝負から逃げるわけにいかなかったんだ、そもそも元はといえば陽夏のために……!」
言いかけて冬雪はハッとして口を閉じる。
「……なんでもない」
その様子が拗ねた子供のようで、陽夏はため息をつく。
「アンタ昔っからそうよね。どーせアタシが作った
「そうはいうけどさ……」
隠していたつもりの図星を衝かれて冬雪は消沈する。
彼が作った四天王ダンジョンであるカジノは方法と投入額さえ準備できれば誰にでもクリアできる仕様となっている。
出来上がった時には良い商売を思いついたと満足したものだが、挑戦者はクリアしたダンジョンと同じ四天王には挑まない。
その関係上、四天王『陽夏&冬雪』に挑むプレイヤーはほとんど現れないということになる。
せっかく陽夏が作り上げた四天王区画。
それが挑戦者の目に触れない原因を自分が作ってしまったことに冬雪は負い目を感じ、ヤクトの「究極英雄が陽夏の四天王区画に挑戦する」という条件に飛びついてしまったのだ。
「アタシはお客さんくらい自分で掴むわよ。誰かさんも言ってたでしょ“心配症から来る独断先行はどこかに捨ててこい”って。じゃないとこの先本当におっきなミスしちゃうわよ?」
「………」
黙ってしまった冬雪を傍目に、言いたいことを言い終えた陽夏はお茶会の席へと戻っていく。
やがてプロミネンスや雲ちゃんたちの元に戻った陽夏の話し声が冬雪の耳にも届いた。
「ちなみにアタシの持ってる区画ならお菓子だけじゃなくて料理もお出しできるからね! 時間があったらぜひ来てね!」
「えー! あなた料理もできるの? それはぜひ行きたいわ!」
「ねぇねぇ、お料理も、ここで食べれないかしらぁ? とっても気に入ったの。それに、もっとお話し、したいな」
「えへへ…そう? じゃあちょっと準備しちゃおうかな」
などと話している。
本当に彼女は自分の客を自分で掴んでいる。
眩しいくらいに真っ直ぐに生きる姉と、独善的に判断してしまう自分を頭の中で比べる。
自分はいつか父親の跡を継ぐ。
その時にリスクをチップにしたギャンブルをして、取り返しのつかない失敗をするわけにはいかないのだ。
「………うん」
父親に言われたことを姉にも言われ、自分を見つめ直すべきと考えを改めるのだった。
姉に追撃されて凹んでいるように見える冬雪。
そこにヤクトが申し訳なさげに話しかける。
「落ち込んでるところ恐縮ですが、約束を守っていただきたく」
「はっ」
完全に意識の外にいたヤクトに話しかけられて冬雪は虚をつかれた顔で振り返る。
「……ああ、うん。攻略情報だったね。
えーっと、何が聞きたいんだい?
といっても知らないことは答えようがない。
場合によっては“僕が把握していない”という攻略情報を得ただけで終わるかもしれないけど」
「ええ、もちろん理解しています」
同意したヤクトだったが、内心では冬雪の切り替えの早さに驚いていた。
きっと仕事とプライベートは完全に分離できるタイプなんだろう。と、ヤクトの脳内メモ帳の冬雪の人物像に書き足しておく。
加えて、器用そうに見えるのに自分を立て直すルーティンを確立していないせいで、顕在化していないストレスに日々苦労してるんだろうな…と僅かに同情の念を持った。
ヤクトは顎に手をあてて思案する。
「ふむ、となると何を訊ねるのが最も有益な攻略情報となるでしょうか。
この後の作戦会議の段取りを考えるに魔王に関する情報を得ておくのが無難ですが…、しかし魔王の出方がわからない以上……」
声が呟きとして漏れているが、ピースフルに相談する意図があったのか、冬雪にワザと聞かせたのかは断定できない。
その冬雪は訊かれたことは正直に答えるつもりだが、どの質問なら答えられるかわざわざ教えてあげるほど親切にしてあげる理由はない。
相手が深読みして空回りしてくれるならそれに越したことはないだから。
特に魔王、ヌルに関しての質問なら良い。
冬雪の目にもヌルは規格外すぎる。
弱点なんて聞かれた日には自信を満々に“分からない”と答えられる。
落ち込んでいても感情抜きの計算なら冬雪の頭はしっかり働いてくれる。あるいははヤクトに一泡吹かせたいという意地かもしれないが。
ヤクトへ顔を向けて口を挟む。
「魔王様について聞きたいのかい?
もちろん答えるよ。確かに魔王について知る機会はそう多くないし、おそらく戦場以外では彼を目にすることはないだろうからね」
そう言われたヤクトの目は冷めている。
「…口がニヤけていますよ? 今まであれだけ魔王に関する誤情報を流してきたのに、今更そんなことを口にするなんて怪しさ満点じゃあないですか。
切り替えが可能な能力を教えて、我々が対策を誤るように誘導しようなんて考えてませんか?」
「いやいや、そんなことはないですよ?」
お互いにククク…と黒い笑顔を浮かべる。
2人のやりとりをハタから見ていたピースフルは、何気に2人は仲が良いんじゃないか?などと考えてしまう。
2人は精神的な弱点が近いし、価値観も似通っているのだから、的外れとも言えない考察である。
「そういえば、貴方が魔王を実質運用している、陰の魔王だなんて噂もありましたね」
「おっと、聞きたい質問はそれでいいのかい?」
「おやおや、今のが質問に聞こえるとは、なかなか愉快な耳をお持ちですねぇ」
2人の目の奥がキラリと光る。
こうして互いに相手の言葉尻を捕まえる壮絶な読み合いが始ま────らなかった。
「まーだやってたの? いい加減あんたらこっち来なさいよ」
と、プロミネンスの呆れた声がしたからだ。
あんたらという範囲にはヤクトたち究極英雄のみならず冬雪も含まれているのだろう。
2人が振り向くと、お茶会をしていた席が一回り大きいサイズのテーブルに変更されており、エントランスにいる全員分のイスがセッティングされていた。
「そうだよぉ。陽夏ちゃんが、せっかくお料理、出してくれるんだよ? 一緒に、食べるよね?」
と、雲ちゃんも追従する。
2人がチェスで鎬を削る間中、お茶会で楽しくおしゃべりしていた彼女たちだが、今度は料理を食べるのだという。
ヤクトはとりあえず冬雪との騙し合いは置いておいて、プロミネンスに向き直る。
「で…デザートの後にメインを食べるのですか? 順序が逆なような気もしますが…」
確かに…と冬雪は小声で同意する。
「アラ? あんたたちだってシュークリーム食べてたじゃない。同じことよ」
「それは……」
情報収集のための体を張った化かし合いと優雅なティータイムを同列に扱われてしまっては返す言葉がない。
「元々の目的だった今後の作戦会議だって半端に止めたままだし、美味しいものを食べながら話し合ったほうが良案も浮かぶってものでしょうよ」
「いえ、ですから作戦会議のための情報収集として彼から話を聞こうとしていたわけなのですが…」
「そ? なら丁度いいじゃない、そっちのあんたも作戦会議に参加しなさいよ。いちいち確認とる手間も省けるってものでしょ」
冬雪を指してそう言い切る。
そして冬雪の反論を待たずにツカツカとテーブルに戻っていってしまった。
「……はい?」
結局、究極英雄の作戦会議は魔王城エントランスで開催されることになり、魔王軍からゲストを2名招くという異例の結果だ。
冬雪は断ることもできたはずなのだが、姉が料理でもてなす以上、弟も何か働けという不条理な命令によって参加となってしまった。
こうなった以上はどうにでもなれと言わんばかりに流れに身を任せる事にしたのだった。
そんな冬雪にヤクトは同情を覚えたのか、会議が始まる前に小声で付け加える。
「安心してください、核心に迫る質問は避けるようにします」
「ああ、助かるよ」
ここに友情が芽生えつつあった。
ヤクトとしても、魔王城について何でも教えてもらって攻略に臨むというのは“違う”のだ。
相手から情報を引き出し、駆け引きによって真偽を確かめ、裏をかいてこそのゲームである。
魔王が殺したいほど憎い相手というわけでもなし、勝利を与えられて喜ぶほど薄っぺらいプライドでもない。
「お待たせ〜。いうほど待たせてないはずだけど、ご注文の品々です。お熱いうちにどーぞ!」
陽夏が一人一人の前に料理を置いていく。
事前に全員に「何が食べたい?」という問いをして、その注文に完全に応え切った陽夏。
自信満々とった様子で皿を並べる。
当然ヤクトの前にも料理が出される。
彼のリクエストはトマトを使った料理である。吸血鬼である所以、トマトジュースが好きという嗜好からの注文だったが、結果としてラタトゥユが出てきた。
家庭料理に分類される料理だが如何にも美味しそうに出来上がっており、現実世界で見かけたならお金を払ってでも食べたいと感じるだろう。
ヤクトは匙を持って一口食べてから話し始める。
「…これは確かに素晴らしいですね。
せっかくですし、いただきながら状況を整理してみましょうか。
まずは我々の最終目標として魔王を討伐するわけですが、そのためには四天王に勝つ必要があります。
我々はここにいる冬雪氏のダンジョンは攻略しましたので、残りはあまねく、ティオ、ハチコの3名に挑戦する必要がある…。その認識で問題ありませんよね?」
ヤクトが首を向けて冬雪を見ると、冬雪は丁度竹楊枝で巨大な水餅を口に入れたところだった。
陽夏のオリジナル料理だろうか?
「ふん(うん)、ほーらとほほふほ(そうだと思うよ)」
「…ですので我々は、どの四天王から攻略していくのかを決める事になります。
物事の決定には情報が不可欠。
特に知らなければならないのは“どのような方法で勝負しなければならないか”となります。
彼のカジノを見る限り、他の四天王も単純に戦えば終わりということはないでしょう」
ヤクトはそこまで言い切ってから、あまねくは別かもしれないがと加える。
冬雪が首を傾げる。
「ずいぶんと慎重に動くんだね? とりあえず一回挑戦してみて、それから決めてもいいんじゃないか?」
という質問を返す。
ヤクトと冬雪しか会話に参加していないが、この2人以外は皆料理に集中しているためだ。
「その手には乗りませんよ。
意地の悪いあなた方のことです。負けたらペナルティを課すだとか、大々的に喧伝するだとかして我々から利益を搾り取れるだけ取ろうという魂胆が見え見えです。
そういう意味での無策に挑戦した場合の安全性をお伺いしたいところですね」
「そこで僕に質問を投げるだなんて、意外に肝が小さいんじゃないか?」
「したたか。と言ってください」
冬雪の小さな抗議を気に留めず、ラタトゥユを口に運ぶ。
「それにこれは根拠のない質問ではないのですよ。いくつかの推察に基づいた当然の帰結……質問というより確認と言えるでしょう」
「確認と来たか……ものは言いようだね」
「ちょっとちょっとぉ!」
互いに睨みを利かせて皮肉の応酬をしていたが、不満顔の陽夏が会話に乱入する。
「せっかくのお食事会なのに、そんなにこわい顔して口喧嘩してたら味もわからないじゃない! もっと美味しそうにしてよ!」
自称料理自慢ヒステリック奥様のような言い方だが、これは陽夏が正しいだろう。
ヤクトと冬雪以外のメンバーの認識では、今は食事が主役であって副次的な目的として会議をしているのだから。
雰囲気から分が悪いと感じたヤクトはとりあえず陽夏にとりなす。
「ははは、失礼しました。
しかしご安心ください。私はちゃんと味のわかる者ですから。
例えばこのラタトゥユですが、カットされた寒冷種のトマトの他に、第三トマトが使用されていますね? 第三トマトの持つクセをスープに溶かし込んだ工夫は素晴らしいです。
素材選びからこだわるのは料理人としての心意気を感じますね。
きっと、そんな貴女が四天王として挑戦者に試練を課すのであれば、料理に関するクイズのような内容なのではないですか?
それこそ、今頂いている料理の素材を当てるような。尤も、ご覧の通り、私には難問たり得ないのですが」
ヤクトはドヤ顔で高説する。
ユニバースには食品アイテムにも等級が存在しており、トマト一つでも7種類ほどある。
それを味覚で識別してみせたのだ…が。
「ううーん…。アタシの区画がお料理クイズっていうのはその通りなんだけど、トマトは全部不正解だねぇ……。
ラタトゥユは手早くシンプルに仕上げるのがセオリーだから、ホール缶のトマトしか使ってないよ? 寒冷とか第三トマトは高いから買えないもん」
「え………」
ヤクトが匙を持ったまま固まる。
トマトが7種類あるのに比べてトマト缶は1種類しかない。
しかも価格に天地の差があり、第三トマト一つで缶詰が20個は買えるのだ。
陽夏の料理人としての腕前がヤクトの味覚を完全に上回った瞬間であった。
「………」
ヤクトは一度目を閉じると、匙を置く。
「まずは食事に集中しましょうか。会議はそのあとでも?」
「なんで僕に許可を求めたのかわからないけど、それでいいと思うよ」
以降、完食するまでヤクトは「美味しい」とか「素晴らしい」以外の言葉を発することはなかった。
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