第66話 地獄の幕開け

ティオ後援会をキッカケとして、非常に多くのプレイヤーがログイン停止処分ないし、アカウント凍結となった。


のちにプレイヤー間で「大粛清」と呼ばれたこの事件は、当初はゲーム内では「重篤な規約違反があった」とだけ明かされた。

しかし、レッドネメシスの影を追う信者達とのイタチごっこをここで終わらせるべく、一斉検挙に乗り出した警察によって大規模な捜査へと発展する。

これにより現実世界では「組織的な犯罪における計画が行われるためのプラットフォームとしてユニバースが使われていた」という報道が行われるほどであった。

捜査権限の拡大によってメインAIが全プレイヤーから関与者を割り出すといった大規模な捜査も行われたし、当然、当事者であるティオにも事情聴取は行われた。


それでも幸いだったのは、ゲームそのものの運営が止まることはなかった点だろう。

魔王軍の面々は事件に驚きつつも最終局面に向けた準備自体は足が止まることがなかった。


こうして事件一区切りを迎えた頃。

軍勢対抗戦の終了から数えて一月弱ほどが経過したこの日、ユニバースにとって記念すべき出来事が起こったのだった。


魔界、すなわち魔王の住む世界へと勇者勢のプレイヤーが到達したのだ。



到達自体はヌルたちの想定の範囲内であって、特別視するほどのことではなかった。

しかし大きく驚かされたのは、数にして10のギルドが魔界に到達した点だ。

彼らはそれまで対抗戦で見せていたような不和を一切感じさせぬ協調を発揮して、足並みを揃えてきたのだ。


魔界に着いて以後は競い合って攻略を開始した様子であったのだが、それでも情報交換は盛んに行われており、情報屋が現れて状況を掻き回す前に互いに情報共有してしまおうという、勇者勢なりの作戦だったと言える。

しかし、魔王軍も魔王軍である。

魔界は彼らが見せた作戦を無意味とあざ笑うような異常な難易度だったのだ。



以下はそんな困難に直面した勇者勢プレイヤー達の情報共有の場面である。


ーーー


「それじゃあ、始めましょうかね?」

会議室に各ギルドから寄越されたプレイヤーが顔を並べる。

彼らを表現するにギルドの代表者というわけではなく、伝言役という立場のほうが正しい。

ゆえに司会も主催ではなく当番制だ。

彼らに設けられたルールはたった一つ『利益には利益で報いる』である。

利益、すなわち攻略情報をやり取りするのだ。

魔王城への糸口を探すために、所属ギルドに不都合のない範囲で有益情報をどんどん共有する。

「───知ってる人ももちろん居るだろうけど、おさらいから行こうか。

まず、あの上空に見える浮島って言うのかね? アレが“魔王城”で間違いないみたいだね。

何人か飛行系の能力を使って近づいたんだけど、まー見事に魔界の外にワープさせられちゃったらしいね?

いわゆる“挑戦権”がないと無理みたいだ、と。

逆に言えば、我々がチャレンジしてる7箇所のうち、四天王の担当どれか1つでもクリアできさえすれば魔王城には行ける。

そんなわけで今日も魔王城に行くためのチケット、“挑戦権”獲得のための進捗を聞きたいところだね」

そう言って明るい顔で見回す。

開始前にどこかが成果を上げたことを聞いていたのだろう。

「じゃあ、進展あった俺んとこから。

ウチは7箇所のちょうど真ん中の森。あそこの探索を続けてたんだが、うまいとこダンジョン見つけたわ。

んでダンジョンの設定を確認したんだが…。

なんと担当者がハチコ・リードだった」

「おおっ!」

「マジかよ!?」

ハチコと聞いて沸き立つ声がある。


初めて勇者勢が魔界に到達した日、追加情報として四天王の全容が公開された。

あまねく・ティオはもとより有名だった。

追加で明らかになった2人1組の『冬雪&陽夏』は夫婦なのか兄弟なのか知れないが、参謀として露出していた片方だけ目撃証言があった。

そして、多くのプレイヤーを仰天させたのがハチコ。

レベル100に満たない冒険家というマイナープレイヤーがどうやって四天王に?と既にあちこちで色々な噂が立っていた。

それだけに謎が謎を呼んでいたが、ここにきて彼女の統括するダンジョンが判明したと言うのは大きい。

「そのダンジョン、挑戦してみたのか?」

「もちろん。コレはその時の話なんだが…」


ーーー


俺は森を探索していた仲間たち、17人全員でダンジョンに挑戦したんだ。

人数制限は1〜30とゆるゆるだったからな。

煽ってんのか親切心なのか『推奨レベル:150』なんて記載がありやがってよ? レベル100未満の四天王のくせにバカにすんなって仲間達と文句言いながら入ったんだわ。

そりゃあ俺らはまだレベル平均130ちょっとだけどよ、それでもこうして攻略最前線までやってこれたんだ。

技術ならレベル150のピースフル達にだって引けはとらねぇだろってな。


「リーダー、コイツはダンジョンなんて呼べねぇよ。手抜きかってくらい単純な構造だ。

この一本道の通路の先に大広間。それだけ」

仲間がリーダーに報告すんのを横で俺も聞いてたわけだが、この時ばかりは俺も手抜きって印象だったんだわ。

それでもウチのリーダーは警戒してたよ。

用心深い人だからな。

「隠し通路とかもない? そう…。馬鹿正直に挑戦するかどうかってのを見てるんかねぇ」

やっぱり例のハチコって奴の人物像が見えてこないのがネックだよな。

元魔王って噂があるくらいだし、どんな仕掛けがあるかわからねぇもん。

それで警戒しながら進んだけど、全部ハズレで結局罠なんて一個もなかった。

なにせ、ご丁寧に挨拶用の看板なんて立ってるんだぜ?


『はじめまして。四天王のハチコです。

読書好きな方はぜひ友達になりましょう。

このダンジョンは奥にいるボスを倒せばクリアです。

私個人としてはこのボスをどう倒そうと構わないのですが、ボスのモデルとなった方よりメッセージがあるのでそれを載せておきます。』


“あまねく・わかつだ。

コレを単独ソロで殺せるぐらいの強者でないと、俺ととても勝負にならんと思うが、とりあえず倒せるなら相手してやる。さっさと来い。”


『ご挑戦、お待ちしていますね』


ここまでお膳立てされて、隠し通路とか探して警戒すんのはバカみてぇだろ?

だから思い切って大広間に突入したわけよ。

そしたらお優しいことに説明通りのボスがいたわけよ。


『Lv.150 練習用あまねく・わかつ/ドッペルゲンガー:Dデンジャー


和風モチーフの床張りの部屋…道場っぽいって言ったらわかるか?

そこの真ん中によ、鬼人ベースの人型モンスターがいるだけ。

「……練習用あまねく? なんじゃそりゃ?」

「……例の噂か? ハチコとあまねくは仲がいいらしい…ってやつ」

「うーん…、お待ちよ!」

仲間の一人がニセあまねくを調べようとしたんだが、リーダーに止められたんだ。

何か閃いたらしい。

ホラ、ウチのリーダーはガチガチぼ武人系ステータス構成だから、あまねくとも何度かやり合ってるし相手の意図がわかったみたいなんだ。

流石俺らんとこのリーダーだろ?

ダンジョンを見つけるまでの森での行動もそりゃあ大活躍でよ?

…おい誰だよ“山姥やまんば”って言ったやつ!

表出ろや!

え? ああ、続き?

ったくしゃーねえな。わかった。わかった。

俺らの超絶麗しい美人のリーダーがこんなこと言ったんだ。

「あまねくの考えがアタシにゃあ分かるよ。

アイツのダンジョンクリアしたやつは、魔王城ではあまねく本人には挑めないだろう?

だからハチコと内容を交換したんだ」

「なるほど! かかってこいって…」

「口を挟むんじゃないよ!

よく聞きなアンタたち? このハチコのダンジョンをクリアしても、アタシ達は魔王城で本物のあまねくと戦う未来にある。

コレは奴からの舐め腐った挑戦状ってわけだ。

この練習用のあまねくで練習してから、本物のあまねくに挑戦しろって意味。

“十分に練習しないと無意味だぞ”なんてあの髪の毛の先まで刀でできた馬鹿は如何にも言いそうじゃないかい! こんなに虚仮にされたのはアタシ初めてだよ!」

「リーダー! 角が、角が!」

「爪しまってください!」

「フーッ!フーッ!八ツ裂キニシテヤル…」

「どうどう! タイマン張りたいのは分かりますけど、今の俺らの目的は魔王城への片道切符ですよ〜! 全員で囲んでボコっちまうのが正解ですからね!?」

リーダーは俺らの必死の説得でどうにかノーマルモードになったわけだ。


そんでギルメン全員で一斉に戦闘開始なわけなんだけどよ?

先制攻撃が不可能な設定になってたんだわ。

モンスター扱いのボスだってのに、こっちの攻撃でバトル開始じゃなくて、PVPみたいに戦闘開始カウントダウンでスタートってわけ。

まあでもこっちの好きな陣形でスタートできるし、いわゆる縄張り系じゃなかったからいいんだけどよ。

ってな感じで戦闘開始になったんだが……。

まぁ……。

なんだ………?

そのぉ。

ああ。

そうだよ負けたよ!

なんなんだあの化け物!?

差し違えるつもりでも当たらねぇ。

それで57%だって。

何が?って俺らが削れたHPの総量だよ!

17人で57%!

んで一番むかつくのが、俺らが全滅する時に。


『コレではランキング県外だな。

冥土の土産に今までの順位者を見ていけ。

1位 ヌル・ぬる 100% 00:45

2位 あまねく・わかつ 100% 03:34

3位 ノ・ヴァ 100% 07:02

4位… 5位… 』


って俺らにリザルトを表示してからダンジョンを追い出しやがった!


あれからリーダーはブチギレまくって大暴れ。

1日1回しか挑戦できないダンジョンだから、毎日ご機嫌斜めの貧乏くじだよ全く!


ーーーーー


「───ってわけだ。俺ンとこはリーダーがお怒りだからな……しばらくは森のダンジョンから変えるつもりはねぇ。

もし、他に“練習用あまねく”に挑戦したいギルドがいるなら個別で後で話しに来い。条件次第じゃ森の抜け方教えてやるよ」

その発言にいくつかのギルドは目を輝かせる。

難易度は聞いたばかりだが、あまねくを模したモンスター1体を倒すだけでいいというのは挑戦しやすくて良い。

「報告はそこまででいいかしら?」

「あ? あぁ…」

「急かしたわけじゃないけど、こっちも報告が残ってるのよ」

「ほう!」

彼女の発言にも注目が集まる。

この流れでなんの進展もなかったという報告はしないだろう。

同レベルの発見・進捗があったのだと推測すれば、彼女のギルドも誰かしら四天王のダンジョンを見つけたのだということになる。


「私のギルドも四天王のダンジョンを見つけたわ。エリアは例の湖。

一見、何もないところだったけど、湖底にダンジョンがあるのを確認、突入したわ。

支配者は……ティオ・フォルデシーク」

「おお!」

ティオは有名人だが、それはプレイスキルが優れているがゆえではない。

前回の対抗戦でもあまり良い戦績を残していないため、戦闘能力を考えれば対戦相手として選びやすい相手だ。

「嬉しそうな顔が見えてるとこ悪いんだけどね、そんなナマ優しいものじゃなかったわよ」

そう語る女性の表情には疲れが見えた。

「何が…あったんだ?」

「ダンジョンに突入したら、それはそれは巨大なホールだったわ。いいえドームね。

野球観戦って行ったことある? 球場が丸ごと入るような巨大なドーム。

そこに、ギルド『ティオ後援会』がほぼ全員いたわ……」

「何ィ!?」

「うおおい、それは…アリなのか?

バランス的にアウトだろぉ〜?」

彼らの動揺は人数差にある。

一般的にダンジョンへ入れる攻略プレイヤーの人数は30名が限度。

対して『ティオ後援会』のメンバーは1000人超の規模である。

30vs1000で戦闘が成立するのはヌルのような超常の化け物だけだろう。

「やりすぎじゃね」

「雑に造らせすぎだろ〜!」

クリアできるはずがないという野次はティオの判断への文句というより、その状況を許した運営GMへの非難だろう。

「待ちなって、誰も戦闘になったなんて言ってないでしょ! あのダンジョン…勝利条件が特殊だったのよ」


「私達もあのダンジョン入った時には驚いたわよ。想像の数十倍の人数に囲まれたんだし。

でもね、誰も襲いかかって来なかった上に、立体映像のティオが出てきて言ったのよ。

『このステージではボクのライブに合わせてダンスを踊れたらクリアデス!』ってね。

まぁ、彼女の考えそうなことだわ」

言いながらテーブルの上にペンライトを置く。

「サービスでくれたわ…」と加える。

彼女の話を総合すると、ティオのファンとしてライブに参加すればクリアできるということになる。

「……めちゃくちゃ簡単じゃね?」

「よゆーじゃん」

そんな声が投げかけられる。

なぜ彼女がこんなにも疲れた顔をしているのかを察する人間性があれば口を閉じているべきだっただろう。

そんな彼らをギロリと睨む。

「へぇ? ではあなた方ならクリアできるということかしら?」

突然、火がついたように激昂する。

何が彼女の逆鱗に触れたのか掴めず、茶々を入れた2人は顔を見合わせている。

「……1時間よ」

「うん?」

「何が?」

「このダンジョンをクリアする条件は、ティオ後援会主催のライブパフォーマンスに参加して、1する事でした! よほど彼女のファンとして熟達していないと乗り越えることは不可能でしょうよ!」

「おぅ…」

「うーわー…」

彼女のこの発言には会話に参加していなかったメンバーもげんなりといった様相で感想を述べる。

逆に熱心なファンであれば難しくない問題なのだが、コレをクリアできるプレイヤーはもれなくティオ後援会に所属している。

後援会の外側にいるティオの隠れファンのプレイヤーはギリギリ乗り越えられない。

おそらくギルド内で検討を重ねて設定したのだろう、非常によく練られた難易度であった。

「でもウチのアイツならワンチャンあるかもな」

「うちにも熱心なファンいるわ」

ガヤガヤと騒がしくなり始める。

戦闘能力に限定されないプレイヤースキルが脚光を浴びるのは珍しいのだ。

議論の活発化自体は歓迎されるべき事態だろうが、会議自体は時間に限りがある。

「…他にを持ってるギルドはあるかね?」

周囲の進捗を窺う発言がある。

言い換えればダンジョンの発見情報は他にないのか?という催促になるのだが、心当たりのありそうな者はいない。

おそらく催促した彼のギルドは、ハチコとティオどちらのダンジョン攻略も見込みのない、適さない編成なのだろう。

「そうか…」

落ち込みようが声に表れているが、同様の態度をとっているのは彼に限った話ではなかった。

今話題に上がった2つのダンジョンは内容が極端すぎるのだ。

ダンジョンは基本的に、総合力を問われるものであって、突出した個人が参加していればクリアできるというものではない。

未発見の残り2個のダンジョンは基本に忠実であってほしいと願いつつ、彼らの報告会は続いていくのだった。


……と、会議がここまでなら無茶苦茶な魔王軍に対して勇者勢が奮闘しているという結果だけで終わっただろう。

しかし、ここで波乱が訪れる。

「………」

「…オイ、なんで黙ってる」

それまで沈黙を保っていた者が突然立ち上がると、同じく沈黙していた者を追及したのだ。

「えっ!?」

「どうした?」

事態の急変に戸惑う参加者たち。

周囲に聞こえるように声を荒げる。

「アンタのギルドにはオレのフレンドがいる!

アイツから聞いたぞ、ダンジョンを発見したってな! なんで黙ってた!?」

その言葉に騒然となる。

彼の発言が真実なら明確なルール違反だろう。

攻略情報を意図して言わなかったのだから。

「なぁ、今の話は本当か?」

「オレのフレンドは嘘をつくような奴じゃない。アイツ自身はダンジョン突入メンバーになれなくてダンジョンの詳細は教えてくれなかったが、ギルドが挑戦中だってことは真実だ!」

言われる方は言われるがままであった。

彼の断罪の言葉に、なおも沈黙を保つ。

否定すれば済む話なのに黙っていることで周囲からの目が鋭くなる。

暗雲が立ち込め、空気が悪くなりかけたところで静観していた人物が口を開く。

「まぁまぁ、まずは落ち着こう。こうもトゲトゲしてちゃあ真実もねじ曲がって聞こえてしまうってものだよぉ」

おおらかにそう述べた人物はギルド『量産騎士』の一人。

水を浴びせるような彼の発言に、幾人かが席から浮かせかけた腰を再び椅子へと沈める。

「いいかい? 例えば、ダンジョンの特殊ルールに“情報解禁不可の呪い”なんてものがあるかもしれない。勝手な憶測より先に、なんで情報を共有しなかったのかを知りたい所だよぉ。

私から質問してもいいかい?」

「あ、ああ」

「まぁアンタなら…」

そう言って詰め寄っていた者達も発言を譲る。

わざわざ問題が起こりそうなタイミングで声を上げて和を保とうとした人物だ。

これ以上状況を混乱させるようなことはしないだろう。

「じゃあキミぃ、まず聞くけど、ダンジョンを見つけたというのは本当かい?」

「はい。本当です…」

問われた方はおずおずと頷く。

やはり黙っていたのだということになるが、それを叱責する様子はない。

「そうかい。そうすると、ここのルールとしてはマズイ事になるのは理解しているよね? それでも共有しなかったのは、ダンジョンを発見した利益を独り占めしておきたかったからかい?」

「そっ…それは違いますっ!」

青ざめたような顔で否定する。

「わっ、私は、みなさんにギルドメンバーと同じ思いをしてほしくないんですっ! あんなの、知らない方がマシです!」

その返答は周囲にとって意外な言葉だったのだろう。

初めに追及した人物ですら疑問を浮かべている。

「それは、どういう事かい? ダンジョンに挑戦すると何か悪いことが起こる…って言っているように聞こえるよぉ?

…話せる範囲でいいから話してみないかい?」

量産騎士の優しい語りかけに逡巡する。

独断で情報を共有しないと決めたのであればギルドの信用を道連れにする行為である。

それでも口を開かなかったのなら、誰かを不幸にしないために毒を飲む覚悟を決めていることになる。

「………」

量産騎士は相手がそれほどの覚悟を持っていることを察する。

「わかった。じゃあ、こうしようよ。

ここで聞いた話をギルドに持ち帰るかどうかをこの後でみんなで話し合おう。

ギルドに不利益が出る話を持ち帰るわけにいかないし、彼から無理に聞き出した責任をここにいるみんなで分担しようじゃないか」

そう優しげに話す。

そうまで肩を持たれてしまえば口を開かないわけにはいかない。

周りを見渡して、今の提案に不満を持つ顔がないことを確認してから話し始める。


「私は、あのダンジョンで既に100万ユニの大金を失っています。そして、ギルド全体では2000万以上の損失を出しています」


その言葉にザワッと波紋が広がる。

「2000万!?」

「金のもつれでギルド内トラブルってことか?」

決して無視できない話題が出たことで騒がしくなる。

しかし、彼の言葉を聞き逃さないようにすぐに静けさを取り戻す。

それを待って言葉を続ける。

「私のギルドが発見したのは『冬雪&陽夏』のダンジョンで、その中身は……“カジノ”でした」

「…カジノ!?」

「四天王のダンジョンがカジノだって!?」

「いかにも楽しそうな場所だなオイ!」

「まぁまぁ…とりあえず話を最後まで聞こうよ? どうやら安全なカジノってワケじゃないみたいだしさ」

カジノと聞いて立ち上がりかけた者を量産騎士がなだめつつ、報告者のギルドが大金を失ったという言葉を思い出させる。

「ああ…。悪ぃ」

「いえ、気持ちはわかります。私のギルドも最初カジノだとわかった時は混乱しましたが、普通に遊ぶものと思って沼に飛び込んでしまったんです。しかし、魔界と呼ぶに相応しい底なし沼でした」

語り手が自嘲混じりに述べると先程までとは打って変わって静まり返る。

「ルールとしては他のゲームと同じようにコインに換金して遊ぶ形式でした。

100ユニで1コイン…CC(カオスコイン)というアイテムに交換できて、1万CCの交換景品に“挑戦権”がありましたので単純に1万コイン集めることが目標となっていたんです。

1万コインを100万ユニで直接購入することはできず、手持ちのコインが500枚になるようにしか換金はできませんでしたが、単純にカジノで稼げという意味だと思ったのです。

唯一受けた案内と言えば1人に1台専用のスロットマシーンを与えられ、これ以外ではコインを稼ぐことができず、スロットを壊したら全コイン没収でダンジョンを追い出されるということでした。これは運が悪くても機械に当たるなという意味だと思っていました」

聞く限り、よくあるゲームのカジノだが、誰も話の腰を折ることなく彼の報告は続く。

「問題はレートが1コインしかなかった事です。

最大の大当たりであるジャックポットですら2000コイン程度。

どうあがいても1万コイン稼ぐのに何日もかけなければいけない計算です。

私がその事をおかしいと思い始めた頃、同じように焦れてきていたギルドメンバーがある発見をしました。

景品交換のラインナップに“スロット違法改造パーツ”があったのです。

それを使うとレートを2倍、4倍、8倍に増加できたり、リールの中身を変更出来たり、あるいは回転速度を遅くしたりと自分のスロットマシーンをカスタマイズできたのです。

我々はようやく攻略法を見つけたと思いました。…これが破滅の始まりでした。

これらのパーツは一律で500コインと割高でしたが、攻略のための経費だと割り切れました。

交換時に“違法パーツ”であるためリスクがあると注意を受けたのですが、既に我々は正常な判断力を失っていたのでしょうね。聞き流してしまったのです」

語りつつ彼の表情がどんどん暗くなる様子に周囲は息を呑む。

「私自身も500コインまで購入して改造パーツを交換、そしてまた500コインまで購入を繰り返してカスタマイズしました。

レートは10倍、ジャックポットの確率は元々よりずっと出やすいリールになりましたし、現に中程度の当たりで3500枚のコインが手に入った時は勝利を確信していました。

しかし、全てが罠だったのです。

調子に乗ってさらにスロットを回した時、バキバキと大きな音をたててスロットが壊れてしまったんです。

その時初めて、私は自分のミスに気付きました。

始めに提示されたルールの“スロットを壊したら全コイン没収してダンジョンから強制退去”はこの時のためにあったのでしょう。

私は仲間たちに注意を促す機会も与えられずダンジョンから追い出されました。外には私より先に追い出されたメンバーもいて、後から私と同じ失敗をした仲間たちも出てきました。

結果として私のギルドは違法改造パーツの為に多額のユニを支払ったという経験だけが残りました。

総資産を大きく減らした私のギルドは最近はいつも険悪なムードです。

あなた方のギルドに同じ思いをしてほしくない。あのダンジョンは存在そのものが罠です」


そう締めて彼は口を閉ざした。

話を聞いたそれぞれが「自分のギルドも大金を支払って無駄骨になったら…」と想像してしまい、言葉を発せない。

その沈黙の中、量産騎士だけが口を開く。

「……話してくれてありがとうねぇ。思った以上にツラい内容だったけど、最初に言った通り、今聞いた話をギルドに共有するかを話し合おうか?」

それぞれが陰鬱な顔をする。

カジノが内容のダンジョンがあるという報告をギルドに隠蔽すれば絶対に責められる。

しかし、それに挑戦してギルドが大損しても責められる。

なんとも気の重いハズレくじである。

彼らは大きなため息を吐きながら気の進まない会議を続行するのだった。

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