第64話 それぞれの道、それぞれの戦い
翌日の学食。
若さを持て余した学生達の喧騒にあって、無流達は穏やかな空気を満喫していた。
ここにいるのは最早“いつもの”と呼べるメンバーであり、すなわち無流、平和、優華、優希の4名である。
あの後、結局、無流と優華は進展する機会に恵まれず交際に至らなかった。
しかし、気持ちはすでに確かめ合ったようなものであり、急いで関係を構築しなければならないほど焦ってもいない。
そんな2人の関係を友人達は歓迎しているが、けしかけたり茶化したりはしない。
それぞれが今ここにある穏やかな空気を大切にしているのだ。
「てことはピンは殆ど確定か…。改めて思うけど凄いよなぁ…」
しみじみ。といった雰囲気で無流が自然に口にした言葉である。
その発言に畑姉弟も頷く。
というのも、今の話題は「野島平和のプロゲーマー入り」についてであった。
ピースフルはユニバースで言わずと知れた有名人であるが、その名前はユニバース以外のゲームでも見かけることができる。
あるFPSゲームではタンク職のトップランカーとして名を連ねていたし、あるアクションゲームでは「王族」と呼ばれる20人のプレイヤーに名を連ねている。
彼のブレインゲームに対する技術はジャンルを問わず、どのゲームにおいても一定の戦績をおさめている。
ゆえに、最大手と言えるブレインゲームズ社から新型の意識接続機についての意見を求められることすらある、ブレインゲーム界期待の新星なのだ。
そんな彼は大学卒業後の進路について、幾つかのプロゲーマーチームからオファーをもらっている。その中の1チームに対して好意的な返事をしたと語る。
順当に行けば彼は卒業後プロゲーマーの世界へと参入する。
普段の彼の活躍ぶりを知っている無流は、平和がきっと今後さらに活躍し、名を馳せるだろう事を予見する。
そんな輝かしい道を目指す彼が羨ましくはあるが、今は純粋に友人を祝う気持ちが強い。
「ピン、友人として誇らしいよ」
「ありがとうよ、ムーさん」
「自分の実力で進む道を勝ち取るなんて、なんだか憧れるなぁ…」
ため息混じりにそう漏らすのは優希だ。
その声に平和が疑問を浮かべる。
「ん? そっちは親父さんの後を継ぐとか言ってたし次期社長なんだろ? 十分すごいことじゃね?」
「だからこそだよ。僕はそれなりに器用な生き方をできる自信はあるよ? でも、父は僕に自分自身の道を選ばせようと思えるほどの何かを僕から見出さなかったんだ。
父の決めた道以外のものを勝ち取る実力がなかったんだよ」
諦観したような実感のこもった呟きだった。
おそらく、既に父親に対し自身の道を賭けて挑戦し、満足のいく結果を得られなかった経験があるのだろう。
彼のそんな過去が窺える言葉に、平和も無流も安易に声をかけることができなかった。
一方でそれを見てきた人物の態度は異なる。
「あー、あったわねぇ…そんなことも。
よくまぁ、あんな無茶な条件でお父様を説得しようとしたものよね。アタシ笑っちゃたわよ。せめてもうちょっと現実的なプランにすればよかったのに……あ、無流くんコレどう? 自信作なの!」
優華が弟の人生を賭けた挑戦に対し雑な感想を並べ、もうその話題はどうでも良いかのように無流に「あーん」と箸を近づける。
その態度に優希がムッとする。
「普段の行動が地に足のついてない姉ちゃんには言われたくないよ。
第一、姉ちゃんはどうなのさ?
野島くんみたいに立派な計画があるようには思えないけどっ?」
優希が語勢を強めて反論する。
突拍子もなくて破天荒な姉に現実的なプランがあるとは思えず、返す刀で優華の事を指摘する。
「……アタシ?」
優華はキョトンとした顔で自分を指差すと、少し考えるようにそのまま箸を口に持っていこうとして、一度箸を置く。
そして、チラッと無流を見る。
「そうねぇ…今の目標はお嫁さんかなぁ」
頬に手をあてて「言っちゃった〜」という顔をする。
ほんのり赤みを帯びている頬を隠すようにしているのは照れ隠しか、はたまた演技のどちらだろうか。
どちらにせよ、そんないじらしい様子が無流にはとても可愛らしく映る。
頬が緩みそうな無流に比べて、優希と平和はとても白けた顔をしている。
「はぁ……そういうのいいから」
「せいぜいお幸せに」
彼らの冷たい視線も気にせず、ハートが湯気のように出ている優華。
優華を放置して優希は無流を見ると、話題の切り替えのために咳払いをする。
「ん゛んっ! それで。君にも聞くけど白川君はどうなんだい?」
「ん? 俺?」
優華に見惚れていた無流は急に話題を振られたことで我に帰る。
「うん。君はどうするんだい?」
何気なしに振られた話題だったが、無流は勇気を出すように手元のお茶を飲むと口を開く。
「それは…できる限り優華の希望に沿えるように頑張るつもりではいるさ…!」
「うん?」
「えっ?」
「きゃっ! えへ、えへへ…」
聞きたかった事とはまるで違う方向性の答えを聞いて、思わず聞き返してしまう優希。
その反応から言葉選びを間違ったかと素に戻る無流。
そして喜びを隠しきれない優華。
三者三様の反応を平和が眺めていた。
「…今のは畑君の聞き方がわりぃな」
そう状況を冷静に分析する。
平和の言葉はもっともである。
本来優希が無流に尋ねたかったのは「大学卒業後の方向性は決めているのか?」という問いである。
幸せ妄想に浸っている優華から話題を逸らしたかったのだが、主体の言葉を置き去りにして「どうなのか?」と尋ねてしまった。
それゆえ無流には「優華の気持ちに応える気はあるか?」と聞こえたのだ。
その事を平和に指摘され、優希は頭痛をこらえるように頭をおさえる。
「ああ…僕のせいだね。うん…僕が聞きたいのは白川君が卒業後にどんな道を目指しているか、だよ」
優希の再度の質問によって無流も状況を理解する。
「あ、あぁ〜、も、もちろん分かってたよ?」
無流からしたら、将来の可能性の一つである義理の弟に、姉との未来について覚悟を問われた質問だと思ったのだ。
誠実な答えを用意したのに、それが勘違いだと判明して顔から火が出る思いだっただろう。
無理にでも冷静さを取り戻して落ち着く。
そうして無流は言葉を反芻する。
「俺の…進路か…」
ふと遠くを見るようにする無流。
”何もない自分“を吐露した彼が“未来の自分”に何を思うのか。
友人達はその答えを真面目な顔で待つが、実際に無流が返したのは疑問だった。
「……俺には…何ができるんだろうな?」
彼が口にしたのは、ありきたりだが、避けては通れない疑問だった。
ーーーーーーー
将来について考えがまとまらず、言い表せない漠然とした不安を抱えたままの無流だったが、その悩みをユニバースの中にまで持ち込む必要はない。
ひとたび魔王としてログインすれば悩みは置いておいて、やるべきことに集中できる。
黒い球騒動を経て、魔王ヌルは最初の方針に戻り、四天王の領域を手に入れる事を目標として再開した。
より正確に言うなら『多種多様なモンスターのパーツを集めるために、狩場として各所領域を選んだ』ということになる。
もちろんこれはヘンリーからの『自分の体をより把握する』&『小手先の技術を揃える』アドバイスに従っているのであり、明確な目標が存在する時のヌルは行動に迷いがない。
ヌルが改めて訪れたのは、前回同様に岩石地帯である。
今まで訪れた森や砂漠に比べても敵の能力値は高く設定されているのだが、それに気づかない程度に今日のヌルは強かった。
岩石地帯にふさわしい見た目のモンスター達、干からびた色のトカゲや、炎を纏った植物、岩っぽい姿の蛇…そのどれもがヌルが感知した時点で破壊されていく。
一撃一撃が敵を打ち滅ぼす致命の攻撃であり、ただ貪欲に敵を倒すキラーマシンと化していた。
「…すげぇや…」
「せやな…。前回見た時の動きも人間離れしとったけど、まだまだ実力を隠してたんか…?」
そうノ・ヴァにそう言わしめるほどに今日のヌルはノっていた。
今までのような直線的な動きや、無造作に叩きつける動きを使わないわけではないが、新しい動きを模索し、動作の一つ一つを噛み締めるように戦う。
気の毒だが、同行しているノ・ヴァ達に出番はないだろうことが予想され、本人達もヌルの纏う雰囲気からそれを感じていた。
ヌルはめまぐるしく動く中にあっても、敵に与えるダメージをしっかり観察する。
「触手で叩いた時に比べて…手で殴った時の方が平均的にダメージが高い気がする。もう少し確かめてみるか…」
そう小さく呟く。
触手の威力は押し並べて高いダメージだが数値にバラつきがあり、安定しない。
今までは総じて高いダメージという結論で済ませていたが、今のヌルは疑問を疑問のままにしたくなかった。
強くなるためのヒントがあるなら検証するのみであり、目についたモンスターを触手で叩いたり突き刺したりしてダメージを確認する。その後に今度は拳で殴ってから表示される数値を確認する。
確かに拳で殴る方がダメージが高く、偶然では説明のつかない差が出ている。
ヌルは顎に手をあてて考える仕草をとる。
「うーーん…簡単に考えるなら、“腕”に比べて触手が“指”に相当するから。とかか?
それとも太さ…は触手の方が全然あるな。
とりあえず他の攻撃も試してみよう」
宣言するなり触手を地面に突き刺すと、それを引き延ばすように後退して離れる。
今度は逆に触手で急激に自身を引き寄せる。
逆バンジーの要領で自身を射出し、岩石の合間にいた敵にフライングドロップキックを放った。
崩壊する岩と敵を踏みつけるように降り立った場所で今度は蹴りを主体として戦い始める。
数体の敵に回し蹴りを放ちつつダメージを比較する。
「飛び蹴りはいいダメージ出たけど、それ以外のキックは殴るのと数値が変わらないか。
これはちょっと違和感があるな…」
ヌルが覚えた違和感は『現実世界の基準であれば、蹴りの方が確実に威力が高い』という意識である。
ユニバースの多くの事象は現実世界に準拠している以上、あながち間違いでもない。
とはいえ判断材料が少ないために継続して蹴りを主体とした戦闘を継続する。
「おっ? 今のはなんか良いダメージがでたぞ?」
数度の蹴りを放つ中で、時々、高水準のダメージが発生している。
ふと背後を見ると、キックを放つ際、バランスを崩さないように数本の触手が姿勢を支える補助脚の役割を果たしている。
これは無意識にやっていることであった。
「もしかして」
試しに体を支える触手を外し、意識的に片足だけで蹴りを放つ……弱いダメージが表示される。
今度は数本の触手を地面に据えて体重を乗せた蹴りを放つ……(予感していたことだが)先程より明らかに高いダメージが表示される。
「やっぱり…。キックに関しては
今のヌルには意識で触手を動かす事は難しくない。支えがある分、攻撃後の隙も少ないため触手を補助につけない理由はないだろう。
「今後は姿勢も気をつけるとして…あ! 同じ理論でいけば、もしかして触手もなのか?」
ヌルは支えとなっている触手はそのままに、遊んでいる触手を振り回す。
そして想像通りの結果を確認する。
「そういうことか…。まぁ、確かに考えてもみれば当然だよな。この一本でも俺を浮かせるパワーがあるんだし、俺自身が振り回されてバランスを崩さないようにしないといけなかったんだな。きっと」
ヌルはそう結論づけて戦闘を続行する。
姿勢に意識を傾けて放つ攻撃は普段のそれよりも強い。
ヘンリーの言葉の通り、自分を解明することが戦力向上につながるのだと身をもって知るのだった。
実のところ、ヌルの結論は「不正解」である。
彼の『姿勢を重要視する』という考えは結果としてダメージを高めたが、真に重要視されるのは自分の攻撃に対するイメージである。
ブレインゲームは想像の世界に対して、自分の想像力を駆使して動くゲームである。
ゆえに、真に大切なのは『本人がダメージが出ると確信していること』なのだ。
『こうした方が強い』と自分を騙せる人ほど攻撃力が高くなる。
これが上手なプレイヤーはあまねくで、自分の刀で斬れない物はないと信じているために、無理な動作から繰り出した攻撃でも高いダメージを出している(あくまでも彼は無意識にこのシステムを活用しているが)。
ヌルは
ヌルの考えは間違っていたものの、彼が強くなった事に変わりはない。
ヌルが一つづつ自身の体を理解し、
その動きが洗練されることで熟練度は深化し、
その潜在能力が解放されていく…。
もはや観客と化したノ・ヴァとダイダロンは、ヌルがさらに高みを目指す姿に寒気を覚えるのだった。
ーーーーー
───魔王城にて。
ティオの正面には一人のGMが佇む。
もちろんGMラディッシュであり、ティオの言葉に耳を傾けている。
ティオが建設している区画についての相談かと思いきや、場所は魔王城のエントランスである。
これは話す内容が魔王軍四天王の役目ではなく一人のプレイヤー、ティオ・フォルデシークの“お問い合わせ”に準ずるからだった。
「というわけデス」
手短に話したティオがひと段落すると、ラディッシュは聞き取りメモから顔を上げて、正面に浮く妖精をみる。
フルフェイスで表情は読めないのだが、それでも“困惑”という表現が似合う。
「……それ、マジで言ってます?」
「マジマジ、大マジデス」
「うわ〜〜…うーーーーん…」
目の前にいるのは曲がりなりにも客なのだが、いかにも「手強い案件だなぁ、面倒な事になったなぁ」という態度を隠そうともしない。
ラディッシュは頭を抱えて転げ回りたいという衝動をなんとか声だけで済ますと、仕事モードに戻る。
「このレベルの重い話の対応は私じゃ力不足ですので、専門家も同席してのご相談になるということでいいでしょうか?」
「もちろんデス! こちとら覚悟決めてから相談に来てマス!」
「じゃあ、もう何人か呼びますので、少しお待ちくださいね」
ティオは自身の区画がある程度の区切りを迎えたタイミングで、ゲームプレイについて相談があるとラディッシュに持ち掛けた。
すなわち『おそらく現実世界での自分を知るプレイヤー達がいる。その者達がこのユニバースから現実世界の自分に対して昔の自分に戻るように働きかける動きを見せている。自分のギルドのメンバーに怪しいのがいくらかいるので、見極めるために力を貸して欲しい』と。
これにはラディッシュも大層驚いた。
てっきりヌルへの憧れの気持ち〜的な緩い相談を受けると思っていたのに、蓋を開けてみたらガチガチに真剣な話題だった。
しかも、ティオの言葉が真実なら確定でブレインゲームズの規約に反する。
それどころか、ティオは未成年なので現実世界での罰則も十分適用される案件だろう。
ある程度専門的な指導を受けているとはいえ、いちゲームプランナーにすぎない自分には手に余る内容である。
そういうわけで、ラディッシュは応援を呼ぶことにしたのだった。
少しの時間を経て、魔王城のエントランスには大きめのテーブルに座る数名が姿を見せていた。
まずはティオ。そしてその友人であるハチコがプレイヤー側として。
テーブルを挟んで向かいにはティオの担当者であるGMラディッシュ、プレイヤーお問い合わせのチーフであるGMアンブレラ。この二人については面識があるが、あとGMステルスとGMゼロという初めて見るメンバーが同席している。
特にGMゼロの見た目は異質で、普段の銀色のGMアーマーではなく、真っ黒な影そのもののような姿をしている。怨念型のモンスターと間違われても文句は言えない様相だった。
まず口を開いたのはハチコだった。
「さて、自己紹介が必要な状況でもないので早速始めましょう。私のここでの役割はティオさんの説明の補佐です。
彼女は説明が主観的になりすぎる傾向がありますので、客観性を補う者とお考え下さい」
ハチコの言葉にそれぞれが頷く。
ハイどうぞとハチコがティオを手で示す。
「じゃあ、えーっと、えーっと、何処から話しますか……」
ハチコに発言権を譲られたティオが話し始めようとするが、言葉に迷う。
先程ラディッシュに簡単に説明した時と異なり、過去も含めた非常に複雑な話になる。
「…うん?」
ティオが言い淀んだ様子を確認したところで、GMゼロが手を出して制する。
「同意書と、個人情報保護です」
ゼロが手を水平に振ると、ティオとハチコの前に一枚の紙が現れる。
続けて、誰かの肩をたたくような動きをすると、テーブルを中心に参加者全員を包む幕のようなものが張られる。
「既存のガイドラインルールではお話しにあたって抵抗がある内容も含まれるかと存じます。
そちら、個人情報取扱の同意書にサインいただくことで、ご自身の情報に限りAIによる識別を無効にすることができます。
お隣に居られるハチコ・リード様に関しましては、ご自身ではなくティオ・フォルデシーク様の情報取り扱いに関する内容となりますが、ティオ様がハチコ様にゲーム外情報を開示されない場合には、申し訳ないですがハチコ様にはご退出いただきます。如何でしょうか?」
ゆっくりと、しかしハッキリと話すゼロ。
その口調は普段プレイヤーを相手にしていないことを窺わせる。
「あっ、ボクはぜんぜん構わないのでハチコさんにも一緒にいて欲しいデス!」
「承知しました。お二方、一度同意書をお読みいただき、内容にご不明点なければ署名をお願いします。また、この空間は皆さまの情報の一切を外に出さないようにブロックさせていただいております。安心してお話しください」
ハチコはティオが自分を信頼してくれていることにじんわりとした感動を覚えるが、このゼロという人物に対する驚きが勝る。
(AIに命令して一部の制限を改変できる権限を持ってるだなんて…とても普通の人とは思えないわね。この人はGMというより、もっと別の存在なんじゃないかしら?)
ハチコはゼロの素性を類推するが、それは今の状況とは関係しないので思考を中断して、意識を同意書に向かわせる。
ティオとハチコそれぞれがサインを終える。
ようやく自分の過去について言葉にする勇気を得て口を開く。
「ボク、いえ私はかつてレッドネメシスと呼ばれていました────」
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