第60話 気付くこと。改めること。

ピースフルの必殺技、“究極英雄”。

その状態を擬似的に再現したノ・ヴァがヌルと対峙する。

すぐに戦闘が始まるかとヌルは身構えたが、ノ・ヴァが待ったをかけた。

全身から金色のオーラを散らせながらノ・ヴァがメニューを開き、ギルドに所属していた頃の連携用のメモを眺める。

「順番間違えとった。ウチはもうギルドを抜けた身やしな、ニイさんにウチの知ってる限りでピーさんに関する情報を教えたるわ」

それはヌルも欲しかった情報である。

当然、戦うより優先する。

そうしてノ・ヴァが説明を始める。

ピースフルの職業は守護者ガーディアンである。

ガーディアンは職業スキルが一切存在しない代わりに、専用の盾を持てる点と基礎能力値が高いという特徴がある。

ノ・ヴァはウェポンマスターだが侍のスキルを使用できる。普通の職業なら他職で習得したスキルの一部が転用できるのだが、ガーディアンはそれも封印される。ゆえに自身の技量で戦わなければならない。

プレイヤーセンスが非常に大きく作用するという意味であり、ピースフルに憧れて同じ職業ガーディアンになる者は多いが、成功する者は少ない。

「でな、そんなピーさんが使えるのは装備にセットされた魔法とスキル、そして種族スキルやねんけど…、この種族スキルがとんでもなく曲者やっかいなんよ。

ニイさんは種族が人間のヤツにしか使えない“奇跡系”っちゅうスキルは知っとるか?」

「ええ、もちろんです」

ヌルの声に多少の険がこもる。

忘れるはずがない。

ディオス・レンドがヌルから魔王の職業を簒奪した時に使用したスキルだ。

あの時どんなスキルによって魔王の座が交換されたのか、2度と同じ事が無いようにハチコが全員に説明していた。種族:人間はレベルが50上がる毎に、1度だけ奇跡を起こす事ができる。

それを使われたのだ。と。

以降、ヌルは種族が人間のプレイヤーは警戒するようにしていた。

「知ってるなら話は早いわ。でな、ピーさんの種族は“超人”っちゅうんやけど、元々は人間やねん。奇跡系スキルを使レベル100まで上げると、名前の通り“超人”になる。

言うだけなら簡単に聞こえるけどな、種族的なパラメータにごっつい不利背負って100までレベル上げするわけやから、普通の奴は諦めて奇跡系スキル使ってまう。だから、ピーさん以外に超人はほとんどおらん。

そんな超人にな、これまでの苦労へのご褒美みたいな感じで使える種族スキルがあるんよ。スキルは全部で5個やけど、それらを全部使う事で“究極英雄”モードが誕生するんや。これらのスキルやねんけど……」

話題にあげた5種類のスキルを説明しようとするが、ノ・ヴァはそこで言葉を止める。

ヌルはこれまでの話を聞きながらメモを取っていたが、続く言葉がなかった事で顔を起こして正面を見る。

さすがに脱退したとはいえ、仲間だった人物の核心に迫るスキルは明かせないのだろうか?と考えたが、ノ・ヴァは気の抜けた笑顔を見せた。

「実は…詳しく知らんのよな…へへ…」

「なんじゃそりゃあ!」

ヌルと同じく話を聞くことに集中していたダイダロンが即座にツッコミを入れて、ヌルの心境を正しく表現した。

「オメーはピースフルと長い付き合いじゃねぇか! なのに何で知らねえんだよ」

「しゃあないやろ! ピーさんは自分からスキルの中身をひけらかすような人やない。

どのくらいパラメータ強化が入ったのかとかは覚えとるけど、実際に本人から聞いたことはないねん!」

ヌルはピースフルの現実世界での性格を知っているため、彼女の話を聞いて「まぁそうだろうな」と共感してしまう。

とはいえ、聞ける話は聞いておきたい。

「では、覚えている限りで構いません。断片的な情報でいいので教えてくれますか?」

「もちろんや、ええとな……」

ノ・ヴァは記憶の情報を羅列していくが、主観によるものであるために正確なところは不明だ。

それでも挙げられた内容としては、

・今までに受けたバフをもう一度使える

・分身する事ができる

・非常に高い再生能力が備わっている

・瞬間移動ができる

・完全に攻撃を無効化することができる

・自分に攻撃を集める事ができる

・数秒だけ時間をなかったことにできる

……という妄想のような内容だった。

というよりも指摘する点は他にあり、

「何で効果が7個もあるんだ! 5個のスキルって言ってたじゃねぇか!」

またしてもダイダロンのツッコミが入るが、ヌルはその点にも心から同意する。

「しゃーないやん! ウチの記憶にあるピーさんはこんな感じなんよ、それにせっかく修行するんなら相手は弱いより強い方がええに決まっとるやろ? …なぁ、ニイさんもそう思うよな?」

そう問われればヌルは頷くしかない。

修行のために強い状態の敵を用意するというのは望むところだ。

「そうですね。いろいろ不思議な点もありますが、必要なのはどんな状態であれ、俺が魔王として挑戦者を打ち倒す事。それだけですから」

堂々と言い放つヌル。

一度崩れた雰囲気だったが、ヌルの覚悟とも取れる言葉に引き締まる。

2人は感じ入るように頷く。

「よう言った! 長々説明して悪かったな、じゃあニイさん、戦うとしますか!」

快活に言うノ・ヴァ。

こうしてヌルの修行が開始されたのだった。


ーーーーーーー


魔王城では、四天王たちが担当の『守護の間』を“勝てる”ものにしようと試行錯誤していた。

魔王軍で経験を積んでいるとは言え四天王はゲームバランス調整に関して素人である。

しかし、誰一人としてクリア出来ないものはアウトであるため、そのバランス調整にGMがサポートとして付いている。


そんな絶妙なバランスを目指す中で、一番『守護の間』建設の進捗が早いのは意外にもティオなのだった。

彼女が最初に決めた方針は「挑戦者とダンスバトルで競う」というものだが、これが担当GMから絶賛された。

ゲームバランス的に歓迎される内容だったようで、方針の修正を行わずに作成を開始する事ができたのだ。

ティオ自身はダンスバトルで勝敗を決する。

勇者勢プレイヤーはダンスでティオに勝てなかった場合は、ティオの領地にあるダンジョン踏破を目指すというわけである。



「採点方式デスけど…、ヨクタの街のサマーフェスティバルと同じものにしようと思ってます。わかりやすくてボクに有利デス」

ティオの管理する『守護の間』にて、ティオはテーブルを挟んで担当のGMと向きあう。

2人の周囲にはテーブル以外に設置されたオブジェクトはなく、床に目張りのテープが貼ってあるのが目につく程度だ。

これはダンスバトル用のステージを実際に建造するには議論が足りないためで、ティオが最も輝く構造を編み出すまではテープでをつけておくに留めている。

「そうですね、それが適切でしょう」

穏やかな口調でティオに答える人物は『GMラディッシュ』つまり現実世界で言うところの鏑木かぶらぎだ。


鏑木はGM用のフルフェイスメットの内側でニコニコとしながらティオと言葉を交わす。

というのも鏑木はバランス班、つまりゲームバランスにかかるチームのエースであって、難易度決定に関して大きな責任を担っている。

そんな彼女の担当するティオは、広く影響力のある人物である。ユニバースの運営に良い・悪い、どちらの影響ももたらす可能性がある。

ティオの提案するアイデアに対して、バランスの観点から柔軟かつ適切に判断できる人物が望ましい。ゆえに鏑木が任命されたのだった。

そういうわけで、GMラディッシュはティオの『守護の間』に関する計画について、どんな突拍子もないアイデアが飛び出すのだろうかと警戒していたのだ。

しかし、箱を開けてみれば”ダンスバトル“というわかりやすい上に難易度設定も適切な計画だったのだ。

ティオのプランを知って以降、ラディッシュはご機嫌で彼女にアドバイスとサポートをしている。


お互いにメモ帳に必要事項をまとめながら話し合う。

「他に今のうちに決めるコトってあるデス?」

「そうですね…今決まっているのは仕組みですから、強いて言うのであれば細部について伺っておきたいところではあります。

例えば、ダンスバトルで使用する曲とその振り付けだったり、対戦時の詳細なルール、対戦中に使用予定のアイドルスキルなどなど、先んじてお聞きしておけば、こちらからご提案できる事も多いかと思いますよ」

「フムフム…」

真剣そうに話を聞くティオ。

最近は戦ってばかりだが、アイドルとしての活動が彼女の本職(?)なのである。この手のプロデュース面での業務の方が慣れているし、姿勢も丁寧なのだ。

いくらか頭の中でプランを組み立てていたティオが「あ!」と声を出す。

「ボクのオリジナル曲って使えるデス?」

「あー…少し難しいですが、不可能ではないでしょうね。審査が通った曲に限りますが、特別なイベントですし、あなたに有利な条件をつけるという点でもゲーム的に理にかなってはいますから」

「そうデスか」

ティオはニヤリとする。

「クックック…。コレをキッカケにしてユニバースの公式テーマソングを狙うデス」

野心的な顔をするティオだったが、ラディッシュは少し冷めた態度で見つめる。

「そんなに簡単にはいかないわよ?」

「えー…? ラディッシュさんのパワーでボクを公認キャラに推してほしいデス」

「私にそんな権限はありませんよ。詳しくは言えませんが、そういうのは私ではなく宣伝担当にお願いします」

「そこをなんとか〜」

「私に依頼すると、将来的にティオ様そっくりのモンスターが出現するようになります」

「そ、それはイヤデス〜!」

「ふふふ…」

四天王ティオ・フォルデシークの『守護の間』は朗らかな笑い声が響くのだった。


そんな明るい雰囲気の四天王がいる一方で。

最も空気が重い場所はハチコの『守護の間』だった。


彼女を担当するGMは『GMバニラ』という人物で、その中身はユニバース世界のストーリーを形作るデザイナーである。

バニラはユニバース世界を余すところなく探検してくれるハチコの大ファンであり、世界図鑑に書かれる内容をプレイヤーからのレスポンスとして熟読している。


彼女バニラはハチコを担当すると決まった時から「もしかしたら裏設定とか、開発秘話なんか聞かれちゃうかもしれないな〜」とか「あの街の設定について世界図鑑の記述が間違ってる事を教えちゃおうかな?」と、少し…いや、とてもワクワクしながら待っていたのだ。

事実、顔合わせの時に「世界観の質問も受け付けますよ!」と言った時にはハチコが目を輝かせてくれた。

しかし現在、ハチコの『守護の間』には、言葉にして呼び表すならまさに「どんより」とした暗澹たる空気が流れている。


原因はハチコが『守護の間』の作成ルールの記載を完全把握した事に始まる。

四天王が守護の間を作る事のを理解した。してしまった。

自身のサポートとして来たバニラに対して開口一番に「どの程度の難易度が正解ですか?」と尋ねたのだ。

始め、バニラは額面通りの言葉として受け取った。ゆえに返答も。

「難易度については四天王の皆様の自由に設定していただいて問題ありませんよ。もちろん、難しすぎたり、簡単すぎたりしないよう、我々がサポートいたします」

だったのだが、ハチコは首を横に振る。

「いえ、いえ。運営のあなた方の中では難易度は既に決まっているはずです。

私たち魔王軍が勝利するには、ヌルさんが最初に勇者勢チームを倒してから一定期間が経つか、ヌルさんが15チーム勝利することですよね?…そしてヌルさんに挑むことができるのは、四天王を通過したプレイヤーのみ。

この守護の間は一度作ったらルールの変更はできない。つまり、勇者勢は私たちへの攻略にトライ&エラーを繰り返すことを意味している。

もっと簡単に言うのであれば、この守護の間は勇者勢が私たち四天王をになっている。

では、もう一度質問なのですが。

が正解ですか?」

ハチコのロマンのかけらもない業務的な言葉。それは、異常な鋭さを持ってバニラを突き刺した。

確かに守護の間にはハチコの指摘した一面がある事は否定できないが、バニラにとっては純粋にプレイヤーに楽しんでもらおうと提供したサービスだ。

バニラは心の内にあった「楽しくお話しできるかな?」という希望とのあまりの温度差に、今にも泣き出しそうになってしまったのだった。

「え…ええと…。わ、我々はハチコ様には自由にプランを立てていただいて…その…」

ショックのあまり、マニュアルを読み上げるような言葉しか出なくなってしまう。

ハチコが意地の悪い行いをしているように見えるが、彼女としても魔王軍四天王として真っ直ぐ向き合った結果の言葉である。

ハチコは「せっかくGMさんの力を借りるのだから、失礼のないようにしなくちゃ」と、ルールを改めて精読したに過ぎない。

結果として、『四天王には頑張って苦戦を演出した後、勇者勢に敗北してもらう』と読めてしまう内容であることを理解したのだ。

ハチコとしてもユニバースが大好きだったゆえに、忖度を強要するような内容に裏切られた印象を受けたのだろう。

どうせ負けるならば、守護の間は適当にしてヌルのサポートに回った方が時間の使い方としては利口である。

ゆえにハチコは最適解をGMに聞いて終わらせてしまおうと考えたのだった。

「結局、負けるために作るのです。そちらの希望通りの難易度で作成しますので躊躇わずに明示してください」

苛立ちをぶつけるように言い放つ。

こんな言葉がハチコから出てきた事にバニラは大いに悲しむが、やるべきことはしなくてはならない。

「……私から主体的に指示できる内容はございません。どうかハチコ・リード様のご希望の方法で…」

「ですから、それ自体が無意味ではないか、と私は言っているのです。どうせ結果は変わらないのですから」

「ですが、守護の間は四天王が作るものです」

「あなた方の想定される内容を私たちがわざわざ作れと?」

「難易度は決められた範囲であれば自由に組むことが可能です」

「ですから……」

こうして二人の主張は、噛み合うことも交わることもしないまま平行線を辿ることになる。

惜しむらくはハチコの指摘も完全に間違いとは言えず、バニラが真っ向から否定できなかったことだろう。



いくらかの時間が経過しても2人を囲む苦い空気は変わらなかったのだが、ここで一つの助け船が出された。

それはバニラにかかってきた通話メッセージによる連絡だった。

とある上役が見かねて発信した業務連絡である。

「ハイ…。ハイ…。承知しました」

バニラは通信を終了するとハチコに向き直る。

「ハチコ・リード様、一度、別の四天王の方の守護の間を視察に参りませんか?」

「え? ええ。構いませんが…」

突然の提案だが、少なくとも停滞するよりはマシということでハチコも受け入れる。

そうして2人は場所を変える。


──『守護の間』管理者:あまねく・わかつ。

担当者:GMオブシディアン。

到着したハチコとバニラは、2人して唖然としていた。


「死ねやぁ!」

あまねくが大上段からオブシディアンに切り掛かる。

「喰らうかバカがよぉ!」

それを読んでいたオブシディアンが人の背丈ほどもある金棒を振り抜く。

「ぐぅおっ!」

直撃を受けたあまねくが壁に叩きつけられ、勢いを殺せないまま壁にめり込む。

「なははは…。こちとらアナタの思考パターンはぜ〜んぶお見通しなんすわ、高速戦闘に特化してみたところでGMには勝てないのは当然ですわな」

「言ってろ! だったら奥の手だ、秘剣でケリをつけてやる」

瓦礫と共に壁から這い出たあまねくが所持していた刀を捨てて“写術帝の幻刀”を取り出す。

「おっと、その刀は面倒ですなぁ」

「ほう…流石に知っていたか。だが遅い、さっさとくたばりやがれ……何ィ!?」

あまねくがその場で刀を振るが、無関係の何もない場所に太刀筋が出現する。

「はっはっは。認識阻害って知ってますかな?」

「チィ…!」


…と言う具合に、なぜか、あまねくとオブシディアンが戦っていた。いや、あまねくが戦うのは自然な光景なのだが、守護の間の構築はどうしたのかという話である。

守護の間の建築は何一つ進んでおらず、ただ白い空間で2人が戦っているのみである。

「一体何が…」

ハチコがそう呟く間にも2人の戦いは続く。

オブシディアンが金棒をフルスイングする。

「黒曜ホームラン!」

金棒はかすりもしない位置で振られたにも関わらず、あまねくが吹き飛ぶ。

「ぬぉっ…コレはまさか…!?」

「その刀と同じ効果の武器なんて存在しないとでも思いましたかね?」

オブシディアンが金棒を高々と掲げるが、片膝をついた状態のあまねくが鋭く睨む。

「違うな、ソイツは今までそんな効果を持っていなかった。今のは貴様自身の能力によるものだろうが」

「ほうほう。そう考えますか。流石に読みも一流ですねぇ……っと。アラームが鳴りました。

時間切れですわな。丁度お客も来たみたいだし、休憩にしましょうや」

オブシディアンがハチコ達を指し示す。

「…ふむ、よかろう」

あまねくは立ち上がると刀を納め、ハチコへと向かう。


「ハチコ殿。どうした、何か連絡だろうか?」

「いいえ、そうじゃないんですけど…。

あまねくさん、その、どうして戦っていたのですか?」

「うん? ああ、この場所の方針についてヤツと揉めてな。どうせ話をしても埒が明かんだろう? ということで戦って決めることにしたんだ」

“ヤツ”と言いつつオブシディアンを示す。

当のオブシディアンはバニラと話しており、やはりハチコとあまねくと同様のやり取りをしているのだろう。

バニラの方が後輩なのか、態度はオブシディアンの方が偉そうに見えるが。

「そう…ですか…。GMと戦ってまで決めたい内容とは、どんな事なんですか?」

「フム、これだ」

あまねくはメニューのメモ帳から自身の計画書を表示させてハチコに見せる。

そこには『守護の間を訪れた勇者勢より1人、代表選手を選び出して、1対1であまねくと決闘。勝てたら通過』というシンプルすぎる内容があった。

あまねくらしい計画であり、彼の持ち味を十全に活かしたものであるといえよう。

「シンプルな内容ですね。……えっ!?」

その計画に目を通していたハチコは、一部分に目が留まる。

そこには“勇者勢が敗北しても、その場で再挑戦を受け付ける”と記載されている。

つまり、相手が諦めなければ永遠にでも戦い続けるという事だ。

これでは再挑戦までのサイクルが早いというレベルではない。いくらあまねくが強いとしても、こんな方法を取ればすぐに敗北してしまう。

「負けるまで戦い続けるってどういうことですか!? こんなの…戦う姿を見られるだけでも対策されてしまうのに、いくらでも再挑戦リベンジを許すだなんて無謀です!」

「…そうか?」

言葉の緊急性を何一つ理解していないといった態度であまねくが首を傾げる。

そんな返答にハチコはヒートアップする。

「そうです! だって、私たち魔王軍が勝つためには───」

そこでハチコはパチクリと目を瞬かせる。

そして心の中で思い返す。

(あれ?)

最速で魔王軍が勝つのであれば…。

挑戦者に四天王じぶんたちが負け、そして魔王ヌルは勝つ。

これを15回繰り返すのが一番簡単だ。

だとすれば。

あまねくの手法は、手を抜かずに最も早くヌルの元に勇者勢を送り込む方法で、ハチコの考える“正解”だろう。

しかし、自分はあまねくを追及しようとした。

今、ハチコは自分が何を咎めようとしたのかを見失ってしまう。

(私…。あまねくさんに簡単に負けないでって言おうとした? なんで?)

ハチコは言葉の途中で止まってしまった。

そして何やら困惑したような表情を浮かべたまま考え込んでしまう。


あまねくは、参謀であるハチコが怒っている以上、自分の考え方が魔王軍の計画に沿わないのだろうと判断した。

とりあえず自己弁護(?)しておく。

「俺は、魔王軍のために貢献するとか、四天王の役割がどうとかは分からん。だから、俺が満足できる方法にした」

彼は言葉の通り、戦うこと、やりたいように振る舞うスタンスは変えられないだろう。

「俺は賢い人間じゃないからな。俺のやり方が不満なら、ハチコ殿にこの場所の設定を任せる。好きなように俺を使ってくれ。

…だが、可能なら戦う方針は変えないでくれると助かる」

相変わらず不遜な言葉で、彼なりの言い訳だったが、ハチコを信頼していることは確かだ。

そんな彼の言葉に、ハチコは思い直す。

そして何にイラついていたのかを理解する。

(そっか…。私、負けたくないんだ)

ハチコも魔王軍の皆が大好きなのだ。

なのにルールには勝つために四天王が負けなくちゃいけないと書かれていた。

その矛盾に苛ついたのだ。

仲間に簡単に負けて欲しくなどない。

だったら合理的に考える必要はないのだ。

(そうよね。負けたくないなら…負けなきゃいいのよね)

ここに、ハチコは考えを改める。

仮に、四天王が勝ち続けたとして。

その結果、ヌルの元に1人も挑戦者が現れず、魔王軍の勝利が永遠に訪れなかったとして。

(そんなのゲームバランスのせいよね?)

ハチコは思考の海から浮上すると、バツの悪そうな顔をしたあまねくを覗き込む。

「…勿体無いですよ」

「ム?」

あまねくはハチコが怒ると思っていたが、その逆で、とてもいい笑顔をしているのを見る。

それなりに交流してきて、こんな時のハチコはとても悪いことを考えていると知った。

なので、少し期待しながら言葉を促す。

「勿体無いとは?」

「1対1で繰り返し戦うだなんて、コロシアムでできるじゃないですか。

もっと、ここでしか出来ないような特別な事をしましょう」

「ほう? …例えば?」

「まずは…あまねくさんを挑戦者の人数と同じ数まで復活するようにしましょうか。それで…

“あまねくさんに勝つまで絶対に出られない”

部屋にしましょう!!」


──その時のハチコは、あまねくから見ても邪悪な顔をしていたという。

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