第56話 答えを出すために
ある日の学食。
「やっほー! 魔王軍が勝ったんだってねぇ。おめでとう〜!」
無流の顔を見た優華が最初に言った言葉である。
いつも通りの屈託のない笑顔だが、一方で、顔を合わせることが多くなってしばらく経つ無流には、その笑顔が貼り付けたものであるような印象があった。
「あ、ああ。うん。ありがとう?」
言葉の勢いに比べて、彼女の態度に違和感を覚えたために、疑問系での返事となってしまう。
そんな無流の隣、平和はムスッとした様子で口を挟む。
「おいおい、なんでムーさんに“おめでとう”なんだよ? この人は陣営に所属していないのに魔王軍のプレイヤーみたいじゃないか」
その発言に無流はヒヤリとする。
だが、無流の返事が疑問形だった事が幸いし、平和は優華の発言内容にだけ追及していた。
無流が話題を変えるきっかけを探していると、場の空気を読んだ優希がフォローする。
「もちろん。キミへの当てつけさ。彼を魔王軍に引き入れたいという思いは変わっていないんだし、むしろ入った前提でも良いくらいかもね」
ニッと笑いつつ、優華から弁当箱を受け取る。
その発言によって平和の矛先が優希に向く。
「ほほーう? 言ってくれるじゃあないか畑くんよ。大軍勢を率いていた割に、途中で姿を消したと噂になっていたぞ〜?」
既に冬雪=優希という図式は平和の中では確定しており、気兼ねなく指摘する。
とはいえ、平和は先の敗北がよほど堪えたのだろう。表情こそ笑っているものの、悔しくてたまらないのは明らかだった。
その様子を気にかけず優希が反撃する。
「ふふふ、高度な戦略に基づいた行動だよ。尤もキミが僕をただ姿を消しただけって判断したなら、作戦は成功だったみたいだね。
……っと、お茶が無いな。取りに行こうか」
優希は学食備え付けのサーバーを示して席を立つが、そこで動きを止めて平和を見る。
そんな優希を見上げる平和。
「……どうしたよ?」
「どうした…って。おいおい、僕の手は2本しかないんだよ? どうやって4人分のお茶を運べって言うのさ。キミも来るんだよ」
「ハァ? そんなモンあそこの……」
平和は学食共用のプレートを指摘しようとして、ふいに、優華が目に入る。
優華は何かを言うのを我慢するように俯いている。
「…まぁそうだな。食わせてもらう立場で働かないのは礼儀に欠けるよな。あー…でも、もしかしたら、あそこの機械は故障してるかもしれないな。少し遠いけど向こうのやつに行った方がいいんじゃねぇかな」
そんなことを口に出して席を立つ。
そして優希を伴って多少離れた場所にお茶を汲みに向かう。
ここまでお膳立てされれば、無流も優華も気を遣われたのだと察する。
無流も心のどこかで優華と話す機会を願っていたが、出番を待っていたかのように優華が顔を上げたのが先だった。
”覚悟を決めた顔“とは、このような表情を言うのだろうか。
「話したいことがあるんだけど、いい?」
「…いいよ」
真っ直ぐに優華に見つめられ、不覚にも無流はドキリとする。
ここで顔を逸らすのは失礼…というより、何かに負けた気分になるため無流も目を合わせて見つめ合う。
彼女に負けないくらい真面目な表情をしているつもりだ。
ここまでしっかりと優華を見たことはなく、改めて目鼻立ちの整った容姿であると感じる。
実際には優華は一般的な女性だが、無流には既に補正がかかっている。
相手から好意を向けられていると認識した上で、その相手を見つめるという行為。
今までロクに恋人だの交際だのというものに触れてこなかった無流には効果覿面なのだ。
優しさに似た感情が湧き上がるのを感じる。
すなわち、無流もまた優華の事を──。
「アタシがペナルティを受ける前、最後にログインした時の事、覚えてる?」
「ああ、もちろん」
「あの時はね、なんとか気持ちを伝えないとっていう思いでいっぱいになっちゃったんだ。
それでうまく言葉にできなくて、みんなにも迷惑かけて──」
階段を登るようにして優華の話が“答え”へと向かって行く。
無流は高揚を抑えてその言葉を待つ。
彼女の言葉への返答は自分の中で決まっている。
「──でもね、あの後一人になって気づいたの」
学食には多くの学生がいる。
ざわざわと喧騒が絶えないはずなのに、無流と優華の周りだけ音を切り取ったかのような緊張があった。
無流には周囲の声よりも、早鐘を打つ心臓の方がずっとうるさく感じられる。
「──あの時に言うのはまだ早かったなぁ、って思ってね?」
「う、うん」
固唾を飲んで言葉を促す。
そして、優華は真面目な顔で…
「──だからね、一度、何も聞かなかった事にしてほしいの」
──白紙に戻して欲しいと言った。
「……………え?」
時間が止まる。
何を言われたのか分からず、僅かに時間がかかる。
正面に座った優華との距離。それが急激に離れて行くような、気が遠くなる感覚がある。
期待が大きいほどに、それを裏切られた際の衝撃は大きいものなのだ。
「はっ…はっ…」
忘れていた呼吸を取り戻すように息をしようとするも、うまく吸えず、うまく吐けない。
そうして現実では十数秒、しかし無流の中では十分過ぎるほどの時間を経て後、ようやく声を出す。
「…ゴメン、ちょっと混乱してるんだけど…」
無流はぐちゃぐちゃになった頭の中で思考を必死にかき集める。
聞かなかった事に、とは何も無かった事にするという意味だろう。
「ええと、こないだの通話を無かったことに、聞かなかった事にして欲しい…って言った?」
「…うん」
「……っ!」
出かかった言葉を仕舞い込むために口を閉じる。
心の内にあったのは「君は俺のことが好きだったはずじゃないか」という、みっともない言葉であった。
我ながら情けない言葉であることを自覚し、優華を傷つける可能性から飲み込んだものだ。
そんな臆病な言葉を選びかけた事に、自己嫌悪すら覚える。
だが、仕方ないと言える理由もある。
今まで恋人がいたことのない彼が、恋人ができるかもしれないという事態に舞い上がっていた。
もしかしたら…という希望的観測には、思わず縋りついてしまうものだ。
いくつか浮かんだ言葉を飲み込んで、無流から出てきたのは、
「どうして?」
という一言だけだった。
優華は少し困ったような顔をする。
無流の動揺を感じ取ったのかもしれない。
「うん」
優華は静かに俯く。
それは笑っているような、泣いているような反応だった。
「アタシ、さ」
顔を上げて遠くを見る。
無流を視界に入れないように注意しているようにも見える。
「こう…ひとつ決めたら、走り出さずにはいられないタイプなんだ」
「…そうだね」
「いつもなら、それで良いって、自分の思うままに行動して、その結果がどうあれ自分の責任にできたの。
……でもね。今回は違ったの。
あの時、思いついたままに、言いたい事を言ったんだけど、いくら話しても“本当に伝えたいこと”が全然出てこなくて…。
無流クンにも変に思われちゃうかもって焦って、急いで…それで………あれ? え、えーっとね?」
徐々に言葉が出なくなる。
「……だから…その、ね?」
とうとう言葉に詰まる。
無流はハッとする。
優華が今にも泣き出しそうな顔をしている。
そんな彼女の表情に何か思い当たるものがある。かつて自分も同じような感情を抱いた記憶があるのだ。
「…優華、優華。落ち着いて」
その経験から、まずは優華を宥めるのが先決だと判断する。
しかし、無流が困惑した顔をしているように見えたのだろう。
「ちがう、ちがうの! アタシはもっとちゃんと出来る子なの!」
訴えかけるようにして無流に顔を向けた優華の目から涙が溢れる。
失敗を恐れる人は一定数いるものである。
若い人にはそれは顕著で、器用な人には特に多いのだという。
優華は、魔王軍に入ってから失敗と呼べる失敗をしてこなかった。
その特殊な技能を発揮する機会に恵まれてはいたが、仲間に失敗をフォローされるような場面には遭遇しなかった。
ソツなくこなす自分が理想だったのだろう。
「アタシこんな、子どもっぽくないの……!」
消え入るように、或いは懇願するように言い訳をする。
そんな彼女の様子に、ようやく先程の言葉の真意を理解した。
彼女が放った「聞かなかった事にして欲しい」とは…。
それまでカッコいい姿を見せて、上手くやってきた彼女が、大一番という時に言葉に迷って狼狽してしまった事。
そして、油断によって敵勢力に討たれた事。
挙げ句の果てにはペナルティでログイン停止になってしまった事。
コレらの失敗、見せたくない恥と感じている部分。その始まりである「あの通話」をなかった事にすることで、築いてきたイメージの自分を取り戻そうというのだ。
自分の失敗を見なかった事にして欲しいと頼むのに、こんなに回りくどい言い方をするのだから、それこそ直情的で子どもっぽい判断である。
しかし、無流はそんな彼女の判断をいじらしく、愛らしく感じてしまっている。
それもそうだろう。
彼女は遠回しに、無流の前ではカッコつけたいと言っているのだから。
だから、無流は行動で示す事にした。
本来、優華の気持ちを確かめたいと思っていたのだが、ここまで来れば確かめたも同然だ。
今までの“待ちの姿勢”が彼女を追い詰めた一因でもあるだろう。
何より「くすん……」と言葉にならない泣き声を漏らす優華を見て、愛おしいと感じているのだ!
「優華!」
無流は立ち上がると優華の両肩を掴む。
彼女は驚いて無流を見る。
見上げたその目から涙が溢れる。
「俺のこと、空っぽな人間だと思うか?」
フルフルと顔を横に振る。
「俺は自分をそう思ってるし、そこが嫌いだった。それで虚勢を張って失敗した事があって、消えたいと思ったこともあった。
……同じなんだ。
俺は君がどんな失敗をしても気にならない。
子どもっぽいのだって可愛いって思える。
どんな優華だって受け入れられる…!
だから、俺の方なんだ。
俺のほうこそ君のことが……」
そこで言葉を区切る。
自分の中にある勇気を総動員する。
無流は目を瞑り、覚悟を決めて言葉を…。
「おーし、お茶持ってきたぞーい」
「ただいまぁ〜!」
遠くから2人の様子を窺いつつ、告白が済んだだろうタイミングを見計らって平和と優希が戻ってくる。
「いやはや〜。二人がこうなるなんてなぁ〜」
「ふふふ…おめでとう。姉ちゃん」
したり顔の男二人がニコニコしながら座ろうとして、異変に気付く。
「ん?」
「あら?」
それは地獄の底から怨みを持って睨め付けるような、そんな視線だったという。
それはそれは恐ろしい声が響く。
「……まだ…、言ってない」
「一番いい時に邪魔しくれたわね……!」
───タイミングが最悪な二人だった。
せっかく総動員した勇気が霧散してしまい、以降、この場が解散するまで無流が優華に想いを打ち明けることはなかった。
ーーーーーーーーーーーーーー
魔王城の下に広がる森。
その森を起点に、前回の攻略地であった砂漠とは反対方面に岩石地帯が存在している。
あちこちに人の背丈ほどもある岩石が地面から隆起した様子は、さしずめ天井のない鍾乳洞といった景色であろうか。
名前を付けるなら“尖岩の森”とでも呼べるだろうか。
その岩が立ち並ぶ中にあっても、一目でわかるほどに高い塔がエリアの中央にそびえ立っている。夕日を受けた海のように黄金に輝く塔は、内部に宝があると主張するように存在感を放っている。
ゆえに、この場所を訪れる者は必然的に塔を目指すだろう。岩を避けてジグザグに。
それがこのエリアの基本構想で、シンプルな攻略方法となる。
しかし、岩陰には魔物が潜んでいる。
視界不良の中、四方八方から急襲される上に、どんどん新手の魔物が増え続ける。
このエリアは他の領域に比べても、全域が難所と呼べる地帯である。
明らかにRPG終盤のステージを思わせる景観の通り、他のエリアに比べて敵が手強い。
岩陰から素早く飛びかかり、甲高い鳴き声によってあらゆる敵を呼び寄せる「パワーボイスラット」をはじめ。
足音に反応して地中に引きずり込もうとしてくる「怪腕土竜」。
動きを止める魔法と猛毒を浴びせる尾を駆使する「クロックスコーピオン」。
巨体と硬いウロコを持つ上に弱体化魔法も受け付けない「バークリザード」。
岩そのものに擬態して不意打ちを仕掛ける「岩大蛇」……。
どれもが凶悪な魔物であり、一度でも出会ってしまったら容赦なしに襲いかかってくる。
ゆえに隠密能力を駆使して塔を目指すことが前提であり、敵に見つからないことを目的としたスニーキングゾーンである。
そんな難所と呼ばれる場所において、ひたすらに魔物を打ち倒して進む者がある。
飛び出してきた魔物は空中で砕け散り、想定された以上のダメージに耐えられずに消滅する。
潜む魔物は潜んだまま、あるいは擬態したまま死を迎える。
ラッシュタイプのディフェンスゲームと見紛うばかりの殲滅力。
こんな芸当ができるのは、ユニバース広しと言えど一人しかいないだろう。
「魔王ヌル」その人である。
ヌルに同行しているダイダロンとノ・ヴァは彼の暴威を目にして、口も手も出せなくなっていた。
二人とも魔王とは何度か話した事がある。
温厚そうで丁寧な青年であり、その性格に似合わず突飛な戦い方を好む人物。
そんな彼の修行に付き合って欲しいと頼まれたのが昨日の夜。
なんでも「戦いの幅を広げるため」とのことであったが、ダイダロンはヌルを尊敬しているためにこれを快諾。
あわよくばヌルに新生した自分の戦い方を見てもらって、アドバイスをもらえればという希望も持っている。
一方で、ノ・ヴァはヌルの実力を測った事はないため興味本位から承諾した。
あまねくが勝てないと断言する相手の弱点を見抜くことができれば、魔王軍で一目置かれるどころか、想い人あまねくからも賞賛されるに違いないのだ。
2人はそれぞれ自分が活躍する場面を幻視して、指定された場所、つまりは“尖岩の森”に集合したのである。
しかし、結果として二人の思惑は大きく外れる事となった。
今日になって合流したのは温厚そうな青年とは打って変わって、敵と見れば一切を無慈悲に殺し尽くす殺戮マシーンだった。
鬼気迫るオーラが滲み出ているその人は、表情のない顔から怒りとも悲しみとも取れる感情が窺える。
ダイダロンは寡黙にただ敵を殺し続ける魔王を見て、おおよそ修行に身が入ってない、心ここに在らずといった状態である事を察する。
「魔王のダンナァ…何か、悩み事かい?」
その言葉にヌルがピクリと反応する。
意外にもダイダロンは人の心の機微が読める人物なのだ。
ヌルは首だけで振り返る。
触手は依然として敵を殲滅し続ける。
「……わかりますか?」
「あァ…。その雑な戦いっぷり、見ちゃいらんねぇよ。ハナシ聞くからよ、一旦退こうや」
ダイダロンは親指で肩越しに後ろを指し示す。
エリアが変われば魔物は追ってこないため、森まで下がることを提案したのだった。
その様子をノ・ヴァが怪訝な顔をして眺める。
(…なんなん…コイツら…)
彼女からすれば、大男が攻略無視の大暴れを開始したと思ったら、おっさんが「大丈夫?ハナシ聞こか?」と声をかけたようなものである。
心の中で(学校終わりにファミレス寄る学生か…?)というツッコミを入れたのだった。
「そりゃあよ、魔王としてやるべき事をやりきるしかねぇってこった!」
悩みを明かしたヌルに対して、兜を外したダイダロンが大声で答えを出す。
そんなダイダロンの様子を見て、意外にもノ・ヴァは感心していた。
見た目からは想像できないほどにダイダロンが聞き上手だったからである。
ダイダロンは、ヌルの悩みが個人情報に触れるものであると判明した際に「それでも悩みを聞いて欲しい気持ちがあるか」と尋ねた。
そして肯定したヌルに対し、個人情報公開の制限に引っかからないようにするため、ヌル自身には一切語らせずに質問を始めた。
全てYes/Noで答えられるように質問を構築した上で範囲を絞っていき、どんどんと真相に近づいていく。
驚くべきは、ヌルの態度からさえも言外のニュアンスを読んで事情を推察してみせたことだ。
結果としてヌルの悩みが
“お互いに意識している相手に告白する直前に邪魔が入り、なんとも気まずい空気のままになってしまった”
であるという事にまで辿り着いたのだった。
そして事情を聞き終えたダイダロンがヌルに返した言葉こそ「魔王としてやるべき事を完了させる」ということだった。
一見すればその答えは筋が通っているようで、実際にはかなり的外れとも言える。
ヌルは相手が陽夏である事を明かしていない。
ならば相手の女性とは、現実世界の人物であると解釈するだろう。ここではユニバースと結びつくものではない。
ゲーム世界であるユニバースの活躍を、現実世界でアピールできるという事にはならないだろう。
その点について、第三者視点で聞いていたノ・ヴァがダイダロンに指摘する。
「なんでやねん。“もしもし、俺魔王やってん。世界征服したからデートせえへん?”とはならんやろがい!」
ノ・ヴァの素早いツッコミ。
実にマトモな指摘と言える。
それに対してダイダロンは「はぁー…」とため息を漏らす。
やれやれといった様子で肩をすくめる。
「わかってねぇ。わかってねぇよオメェはよぅ。このハナシの肝は中身じゃあねぇんだ、気持ちだよ。気持ち。魔王のダンナがトキメいてる相手はもうダンナのこと気に入ってんだ。
ダンナが好きって言っちまえば片付く。
しかしだ、ダンナがその覚悟を決められねぇから悩んでるんだろうよ。
つまりは…だ、ダンナが自分に自信を持てるだけの何かをやってのけるしかねぇ。魔王としてデケェ活躍したらいいってこった」
告白するに足る勇気を、ユニバースで功績を上げる事によって自信として身につけるべき…と言ってのける。
「なる…ほど…」
ヌルは納得の反応を示す。
ダイダロンに相談したところでどうにかなるとも思っていなかったのだが、第三者という見地から状況を整理してもらうと、悩むほど複雑な問題でもなかった事に気付く。
「確かに言われてみれば、あと一歩を踏み出すための勇気がつかないだけだったかもしれないです。手間をかけさせてしまって申し訳ないですが、魔王として活躍するために改めて修行を再開しましょうか」
「おうよ!」
ダイダロンの威勢のいい返事を聞きつつ、岩石地帯へと歩き出すヌル。
「ちょい待ちぃっ!」
それをノ・ヴァが呼び止める。
「それは不正解や! アンタ…このままじゃ振られてまうで!」
「えっ!?」
脅しとも取れる声かけに、ヌルの足がピタリと止まるのだった。
さすがに振られると言われて、発言者が女性であれば話を聞かないわけにはいかない。
「ええか? どうにもオトコっちゅう生き物はな可愛いコに挨拶されたくらいで、“あの子、オレのこと好きなんと違うか?”…なんて都合のいい妄想をすぐに現実だと思いはじめんねん」
「う…」
ヌルの考えを真っ向から否定する言葉。
しかし、陽夏との関係は妄想と断定されるほど浅くないと思い直す。彼女から受けたのは厚意ではなく好意のはずだと自分に言い聞かせてから口を開く。
「で、ですが手作りのお弁当を作ってもらったことがあります!」
自分のために時間と手間をかけてくれた事は、単純な友人への行動という枠に収められるものでもないだろう。
「…その人、料理上手なんか?」
「も、もちろん! 料理人顔負けの腕前です」
「……そのお弁当は、アンタ一人のためだけに作ってくれたものなん?」
「…それは…。一緒にいる彼女の弟とか、俺の友達も一緒だけど…」
「ほれみいや、その子にとってそれは挨拶で、アンタの事はまぁまぁ仲のいい友達くらいにしか思ってないってことや!」
「なっ……!!」
ズガーンとヌルの頭に雷が落ちたような衝撃が走る。
食堂であんなに見つめあっておきながら無流と優華が互いに恋愛感情を抱いていないというのは無理があるだろう。
だが、ヌルの心の内に巣食う不安がノ・ヴァの言葉を事情であるかのように認識させる。
「その通りかもしれない…」とありえない方向に考えを至らせてしまう。
「どうしたら……」
と気落ちした風のヌルに対して、ノ・ヴァが自信満々に自分の胸を叩く。
「フッフッフ…。おねぇさんに任しとき! 相手のコが思わずトキメいてまう口説き文句を教えたるわ! 仲のいいお友達から恋人に昇格や!」
なんだかんだでノ・ヴァも恋バナが大好きなのだ。ノ・ヴァだって恋愛経験は皆無なくせに偉そうに語り始める。
修行のために集まった3人だったが、なんともおかしな方向へと進み始めたのだった。
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