第55話 帰ってきたら
中期イベント「軍勢対抗戦」に勝利したヌルたち魔王軍。
それぞれのプレイヤーたちがイベント専用エリアである"中間大陸"から、参加時に元々いた場所へと転送される。
ヌルが転送された場所は言わずもがな魔王城の正面、いつもの荒野であり、あまねくや冬雪ら幹部達も続いて帰還する。
近くにハチコの姿が見えないのは、彼女が玉座の間から参加したためだろう。
(死亡したことで)ひと足先に魔王城へと戻ってきていたティオが、ヌルの姿を見つけて笑顔に花を咲かせる。
「センパイッ!」
ティオは空を飛んでヌルに抱きつこうとするが、今のヌルは決戦仕様のままである。
全身がトゲや痛そうなウロコで覆われているのを見て急停止し、周囲をクルクルと飛びまわるに留める。
「やりましたね、だいしょーりデス!」
全身で喜びをあらわすティオに、ヌルも穏やかな声で答える。
「ええ、ティオさんの頑張りも聞いてますよ。全力で足止めに徹してくれたんですよね? 助かりました」
「えへへ…、ボクのおかげで勝っただなんて、そんな当然のことを言われてもぉ〜」
嬉しさを振り撒くように両手を頬にあてる。
彼女の反応を見るに、死亡してイベントエリア外に出たとしても魔王軍勝利の報は受け取れたようであった。
ヌルは周囲の面々を見渡す。
知っている顔も、知らない顔も一様に喜びに沸き立っている。
(頑張った甲斐があったかな…?)
ヌルがそうして満足げに周囲を窺っていた時、遅れて帰還するようにして姿を現した人物がいた。
転移したその人物は真っ直ぐにヌルを目指す。
魔王軍ではない“彼”を周囲のプレイヤーが見つけてはギョッとした顔をして道を開ける。
やがてヌルもその人物を見つける。
思わず驚いた顔で名前を呼んでしまう。
「あ……アンブレラさん!?」
「イベント勝利おめでとうございます」
アンブレラが軽く会釈をする。
もはや魔王担当…というよりヌル専属のGMである。
ヌルの見知った姿である銀色の流線型アーマーなのだが、攻撃用ユニットが周囲を浮遊しており、手には銃を持っている。
完全な戦闘用スタイルであった。
魔王軍には無鉄砲なプレイヤーも多い。
GMを見かけ次第攻撃するという奇行に走るプレイヤーがいないとも限らない。
そうした場合の対応として初めから戦闘モードなのだろう。
とはいえ、そんな事情を知らないヌルはアンブレラが来た理由に確信が持てず、彼が武装しているに説明がつく言葉をさがす。
自分のプレイ内容がまたもルールに触れたのだとか、陽夏のペナルティに関する話でないことを願う。
「ええと…」
「今日は今後の魔王軍の展開についてお話しに参りました、少しお時間を頂けますか?」
言葉に詰まったヌルを見て、二の句を言わせずにアンブレラが話者を引き継ぐ。
彼には人の感情が見えているため、ヌルの不安を払拭することを優先したのだろう。
「は、はい」
今後の予定の話。
ヌルは想定していた悪い内容とは縁のなさそうな話題に安堵する。
周囲にたむろしている魔王軍プレイヤー達に解散を指示すると、四天王とアンブレラを伴って魔王城内部へと移動する。
玉座の間にはヌル、ハチコ、ティオ、あまねく、冬雪、そしてアンブレラ。
全員、戦闘スタイルから平常時の装備に戻している。
ヌルもいつもの隆々とした黒タイツ姿に戻ったため、嬉々としてティオがその肩に腰掛けている。
話を聞く立場ではあるが、最初に口を開いたのはハチコであった。
「それで、どのようなご用件でしょう?」
もちろん問いかけた相手はアンブレラだ。
「先程ヌル・ぬる様にお話しいたしました通り、今後の魔王軍の展開についてお話しさせていただきたいのですが、お時間の都合があわない場合には、後ほど個別でお話しさせていただくことも可能です」
アンブレラがそれぞれの顔を見渡しつつ、さらに一言付け加える。
「同様に、ここにおられない四天王である陽夏様にも、後日、個別でご説明させていただくことになります」
冬雪が不安に感じていたことを読み取ったために、彼から質問が上がる前に答えを言う。
全員がこの場で話を聞くという選択をしたことを確認したのち、アンブレラは話し始める。
「Ver3.0イベントは軍勢対抗戦を終えたことで次のステップへと進みます。
すなわち最終局面である魔王戦──皆様が直接に勇者の方々と戦う段階となります」
アンブレラは”中間大陸”のマップを表示する。
「これは先の軍勢対抗戦で使用された大陸です。
ご存知の方もおられるかとは思いますが、魔王のいる世界であるこの“魔界”と、勇者勢プレイヤーの皆様が普段活動している向こうの世界を繋ぐ通路の役割を持っております。
中間大陸にもストーリーやミッションが存在するため、今日明日で勇者勢プレイヤーの方々がこの世界へ到達することはございませんが、彼らの到来に向けて準備いただく必要がございます」
「準備……デス?」
ティオが首を傾げる。
彼女は最近いろいろあったため、今自分が何をするべきであったか忘れがちだ。
「…『領地』と『守護の間』の事ですね?」
ティオが答えに至る前にハチコが発言すると、「あぁ…」とティオから理解の声が返る。
その様子を見届けつつアンブレラはゆっくり首肯する。
「仰る通りです。勇者勢の皆様の最終的な到達点は、魔王であるヌル・ぬる様との戦闘となりますが、そのための資格を得る方法は2種類存在します。
ひとつめは、四天王の皆様お一人につき一か所占有される領地、そこにあるダンジョンを4か所全て踏破すること。…なお冬雪様、陽夏様はお二人で一人での四天王権限を有されておりますので、領地はお二人で1か所となります。
ふたつめは、この魔王城の建物に皆様がご用意される区画『守護の間』において、四天王である皆様に勝利することとなります。
これらは相互に補完する資格であるため、例えばハチコ・リード様の領地に存在しているダンジョンを踏破されたプレイヤーの方は『守護の間』においてハチコ様と戦わずともヌル・ぬる様への挑戦権を得ます」
ここで一度言葉を区切る。
表示しているマップを中間大陸から魔王城を中心とした図形へと切り替える。
ここまではハチコからすれば既知の話であり、他の面々も聞いたことのある内容だが、ゲームの運営側としては説明責任があるのだろう。
”ここで説明しましたよ”という記録を残しておくことは運営上必須だ。
「ちょっと質問していいですか?」
冬雪が手を挙げる。
「もちろんです、どうぞ仰ってください」
「仮に相手が攻め込んでくるまでに、領地だったり区画だったりが用意できなかった場合はどうなるんですか?」
冬雪の発言に、他の四天王たちも興味を示す。
現在の彼らの状況であれば十分にありえる展開であり、聞いておくに越したことのない質問である。
「その点については後程説明する予定でしたが、先に説明いたしますね。
結論から申し上げますと、代わりの資格を適用される事となります。
ハチコ様の所持しておられる領地に隣接するエリアの内、砂漠はすでに占領されていらっしゃいますが、それ以外のエリア及びダンジョンは未踏破の領域となります。
これらを勇者勢のプレイヤーの皆様が踏破することで、皆様の領地に代わって資格として設定されることになります。また、『守護の間』の代替となる区画は存在しませんので、こちらの未踏破領域のみが設定されます」
「…なるほど…ありがとうございます」
何か思い当たることがあったのか冬雪は考え込む。
アンブレラは冬雪の様子を眺め、彼が質問をすることがわかっているという風体で待つ。
少ししてアンブレラの予想通り冬雪が顔を上げて尋ねる。
「逆に4つより多くダンジョンを踏破した場合はどうなるんです?」
「その場合には、皆様の領地とはなりませんが、ダミーのダンジョンとして設定することができます。もともとあったダンジョンの内容のままを保持するか、多少規模が縮小されますが、疑似的な領地のような構築を行うことも可能です」
「へぇ…」
返ってきた答えに冬雪が嬉しそうな顔をする。
悪巧みをしているのだろうが、ダンジョンの攻略は難しいのであまりがでるとはヌルには思えなかった。
アンブレラはほかに疑問を浮かべている者がいないことを確認してから話を続ける。
領地内のダンジョンの設定や区画の詳細など、四天王たちの記憶している内容が主だったため、特に質問は上がらず話は進む。
そうしてアンブレラは、今回の軍勢対抗戦での報酬である『無条件で領地を獲得する』方法までの説明を完了する。
一通り聞いたヌルが咀嚼のためにアンブレラに尋ねる。
「────つまり、自分がアンブレラさんに申請したらいい、という事ですか?」
「そうなります」
ヌルが報酬として欲しいエリアにいるときにアンブレラを呼び出せばよいという単純明快な答え。
領地を持てるのは四天王だけで、ヌルが決めるというのはやや不自然にも見えるが、魔王軍の総括は魔王であることから権限を考えれば当然の結論だろう。
冬雪とハチコが視線を交差させる。
「後で僕たちでも話し合う必要がありますね」
「ええ、今ある砂漠以外ですから、場所や内容を吟味することも重要です」
その後もアンブレラからいくつかの説明があったのだが、大きく反応があったのは”GMによるサポートについて”が話された時であった。
領地内のダンジョン作成や、守護の間の設定について四天王一人につきGMが一人サポートにつくというのだ。
これにはそれまで沈黙を保っていた人物が反応した。
あまねくが訝し気に声を出す。
「……どういうことだ? 貴様らは直接我々に関与することはないはずだろう。どう考えても魔王軍に肩入れするという話に聞こえるが?」
あまねくの表情に険が現れ、圧が増す。
それに影響された様子はなくアンブレラが言葉を返す。
「そうではありません。フィールド作成に関する事項は複雑であるため、皆様に負担とならないよう────」
「…言葉を飾るな。何を隠している?」
あまねくが言葉の太刀でアンブレラの言葉を斬り捨てる。
彼にはアンブレラが言いくるめようとしているという確信があるようで、今は動き出さないものの突然刀を抜いてもおかしくない態度だった。
「あ、あの……」
ヌルはアンブレラもあまねくとも親しくしているため、どちらの味方をしたらいいか分からず困惑する。
あまねくがやや理不尽な事を言っているように感じているが、自分もまた当事者であるため、アンブレラの言葉の裏に何か意図があるなら知りたいという思いもある。
そうして誰も仲裁に入れず、かといってアンブレラも引かないため重い空気が流れる。
「ええと…」
ヌルが強引にあまねくを納得させるしかないかと思案した頃、突如、その雰囲気を割って一人の人物が姿を現す。
「そりゃあ、アナタが悪さしないように見張るためでしょうよ」
玉座の間に『GMオブシディアン』が監獄と同様に壁から生えるようにして登場した。
突然の闖入者にそれぞれが驚いた顔をするが、一番驚いたのはアンブレラであった。
「なっ、オブシディアン!?」
オブシディアンはゆっくりとあまねくに近づいて行くが、首だけアンブレラに向く。
「おおっと、かさ───ん”んっアンブレラよ。こちとら担当のお客さんと顔合わせする必要があったもんでね、先んじて参上させてもらっただけのことよ」
オブシディアンは腕を組んで、あまねくを凝視するように顔をちかづける。
フルフェイスのメットを装着しているために視線は捉えられないが、態度で自分こそがあまねくの担当者であることを表明する。
ガンをつけるようなポーズだが、あまねくは面白そうにオブシディアンを見返す。
「ほう。…すると俺をサポートするなどとハズレくじを引いたGMはアンタか」
「ええ、ええ。ジブンはアナタと”仲良し”ですからね。文句はないでしょう? 文句があっても担当させてもらいますがねぇ」
あまねくから滲み出る闘気に対して、オブシディアンは黒いオーラを発する。
その態度にあまねくは何かを納得したのか、闘争心を収める。
「”仲良し”と抜かすなら答えろ。なんの理由があってGMがわざわざサポートにつくことになった?」
オブシディアンはアンブレラを一瞥してから、あまねくに視線を戻す。
「さっきもいいましたがねぇ。まぁアレですわな。”大人の事情”っての」
はぐらかされたと眉間に皺をよせるあまねくだが、オブシディアンはそこで話をやめずに言葉を続ける。
「Ver3.0イベントってのは、こっちとしても最重要案件なんですわ。そこで不安要素……ゲームにケチがつくような面倒なヤツを盛り込まれちゃ困るもんでね、サポートと称して監視させてもらおうって魂胆なんですわな」
「ちょ、ちょっとオブシディアン!?」
「いいじゃねぇかアンブレラ。少なくとも俺ァそういう意図でアサインを受けたぞ?
お前は”丁寧”がモットーだから仕方ねぇんだろうが、俺にとっちゃあこの人らは既にバグを出してる要注意人物なんだわな。初めからそうと言って監視したほうが楽ってもんよ」
あまねくはオブシディアンが放った言葉が本音だと解釈し、視線をアンブレラに戻す。
「そういう事であれば俺には文句はない。最強の領地を作る様を見せてやろう」
周囲の四天王たちもGM二人のやり取りに納得を示したようで、口を挟む者はいなかった。
とはいえ、オブシディアンは本来言うはずのない事を言ったという点は変わらないらしく、アンブレラが何者かに通信で謝っている。
何物かへの通信を終えたアンブレラが四天王たちに振り返る。
「ええと、皆様にそれぞれ担当となるGMがおりますので、後程、顔合わせとなります…」
それぞれ、自分にはどんな人が担当になるのかと想像を膨らませる中、あまねくがふと思いついたようにオブシディアンを見る。
「なぁ、ところで……付きっきりでGMがサポートしてくれるんなら、この期間は試合を申し込むのに良い機会だとは思わねぇか?」
あまねくの表情が徐々に挑戦的な笑みへと変化し、腰の刀に手を添える。
対してオブシディアンは亜空間から背丈ほどのトゲ付き棍棒を取り出すと、肩に担ぐように構える。
しかし、戦闘姿勢というわけではなく、あくまでそのポーズで停止する。
「ジブンとしても、せっかく鉄格子を挟まずに会えたもんでね。お相手したいんですがねぇ、アナタに守護の間とダンジョン作ってもらわんことには”お仕事”ができないんですわ」
あくまで戦うかどうかについては触れず、あまねくをサポートするという任務を優先する態度を貫く。
「…楽しみが増えたかもしれんな」
あまねくはそう締めた後は、アンブレラの説明中に発言することはなかった。
アンブレラが一通りの話を終えたタイミングで新たに3人のGMが出現する。
それぞれがハチコ、ティオ、冬雪の元へ向かい自己紹介をする。
あまねくは早速オブシディアンに自分の守護の間の見取り図を見せつつ何かを話している様子だった。
ヌルが四天王たちとGMが話し合う様子を眺めているとアンブレラが近づいてくる。
「…? どうかしましたかアンブレラさん?」
「設定上、魔王は守護の間や領地を設定できませんが、魔王に関する説明などは私が行うことになっております」
「ああ、なるほど。つまり自分のサポートにはアンブレラさんは担当してくれるってことですね」
アンブレラは首肯する。
「現時点で疑問に思っていることがございましたら、お答えできます」
ヌルはその言葉に少しだけ悩んだ後、思い出した事を訊ねる。
「自分が負けたら魔王軍の負けなのは知ってるんですけど、どうしたら勝ちになるんでしょうか?」
「おや、ご存知なかったですか。
でしたら、ご説明するに良い機会でしたね。
魔王側の勝利条件は二つございます。
一つは、ヌル・ぬる様に挑戦し敗北したギルドやチームの数が計15組に到達することです。
もう一つには、ヌル・ぬる様が最初に勇者勢プレイヤーの方に勝利されてから2週間が経過した場合となります」
「そんな明確に決まっていたんですか…」
「ええ。とは言ってもヌル・ぬる様が魔王に就任されてから一部調整された内容ですので、今改めてお話しできたことは幸いでした」
ヌルは頷いて同意を示しつつも、今聞いたルールを忘れないようにしないと…と小声で漏らす。
そんなヌルに対し、アンブレラは魔王メニューから再確認する方法を説明したのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「───────あまねくさん、俺、修業がしたいです」
アンブレラたちGMが帰った後、玉座の間でヌルはそう打ち明ける。
周囲の四天王たちは自身のメニューと向き合っていたが「おや?」と顔を上げてヌルを見る。
意外に感じたのはあまねくも同じだったようで、即決で「じゃあ一緒に修行へ」とはならなかった。
「フム…。理由を聞いてもいいだろうか?
ヌル殿の攻撃力と防御力は俺の知る限り最強だ。この妖刀を得た今の俺でも勝ちは程遠いと感じているのだが、どうされた?」
言いながらあまねくは刀を示す。
その妖刀を使う事でさらに強くなったと本人が言っていたが、それでもヌルに勝てるとは認識していないようである。
ヌルは思い出すように告げる。
「実は、ピースフルに攻撃を仕掛けたんですが、弾かれました。本気の一撃を死角から入れたんですけど、…なんていうか、信じられない速度で反応されたんですよね」
「それはヤツの種族スキル”超反応”だろうな」
「超反応…」
「まあ、名前から想像できる通りのものだ。
ピースフルには完全なタイミングで防御することで攻撃を無効化できる盾がある。
そしてそのタイミングを完璧に計れる種族特性も備えている…。つまりは職業と種族の組み合わせがこれ以上なく噛み合っているわけだ」
あまねくは素早く動くだけでは対応策としては足りないと付け加える。
「奴を倒す方法として、俺は一応の答えを得ている。しかし、ヌル殿の行きつく答えが俺と同じものであるとは思っていない。俺と戦う事による修行では手掛かりは掴めないだろう……ヌンッ!」
突然あまねくがヌルに駆け寄ると刀を抜く。
そしてヌルを見据えたままあさっての方角に斬りかかる。
「うおっ……と!?」
しかし、あまねくが刀を振り下ろす前にヌルが触手で止めて、妖刀の効果を発生させない。
さらに数本の触手があまねくの足に巻き付いて移動を封じる。
「あまねくさん?」
意図が読めずにヌルが怪訝そうな声を掛ける。
ヌルの声にはこれ以上動くと反撃を開始するという意思を込めており、その反応にあまねくは感心したように頷く。
「……見事だ。無意識のままに今の攻撃を止められるなら、俺に対する反応として完璧だ。
しかし、俺との立ち合いで得られる経験の限界はここらへんだろう。そして、ヌル殿に必要な経験は別だろうと俺は考えている」
「…あー、そういうことですか」
ヌルはあまねくの言わんとする事をなんとなく理解し、触手を解いて元に戻す。
普通のプレイヤーと異なり、ヌルは純粋に能力の強化を目指すことができない。自身にとって「強くなる」とは能力を十全に活かすことであって、経験を積むことである。
「うむ。ピースフルの戦い方は千変万化だ。
アレに対応するならば、こちらも臨機応変を極めるか、奴の隙を見抜く必要がある。しかし、後者は奴との戦闘回数をこなす他ないのでな。
ヌル殿には、様々な戦闘経験が必要だ」
「そうなるんですね」
ヌルは“様々な敵”をどう用意したものかと考えるが、横で聞いていたハチコが口を挟む。
「だったらちょうど良いかもしれません」
「うん?」
「私達四天王の直近の課題は『領地』と『守護の間』の形成となりますから、これに取り掛かっている間、ヌルさんは周囲のエリアの探検に行ってみるのはどうでしょう?
今回の対抗戦報酬の領地を選ぶ必要もありますし、そこでダンジョンを発見したら、挑戦することでヌルさんの修行になりますよね」
ハチコは良案と言わんばかりに手を打つ。
そして、そのままの顔で「本当は自分も同行して未開拓の遺跡を調べ尽くしたいけど、優先するべきは魔王城なので、ヌルさんお土産をよろしくお願いしますね」と加えた。
もはや決定事項のノリでハチコが発言している。それに追従するように四天王たちも賛同していく。
「良いアイデアだ」
「まぁハチコさんのプランなら間違いはないでしょう」
「センパイ頑張ってくださいデス!」
「えっ、え?」
もう決定したような空気にヌルは困惑する。
四天王らの反応の裏には、守護の間と領地についてGMに詳細を聞いたところ、自分たちの想定していたプランでは勇者勢撃退には足りず、目指すレベルの実現には想像以上に時間が掛かると判断したからという事情がある。
今回の対抗戦の決着はヌルに任せてしまったため、せめて四天王としての役割をしっかりこなさなくては面目が立たないと考えたのもあっただろう。
しかし、そんな事情はヌルの知るところではない。
「もしかしてダンジョンに一人で行けって言ってます? さすがに人数が足りないのでは…」
「ム、では俺の配下のノ・ヴァを連れて行くといいだろう。奴もヌル殿の実力を見たいと吐かしていたからな。…あとはダイダロンも誘えば喜んで参加すると思うぞ」
「えっ…」
「現実的な良案ですね。私もヌルさんの能力を知っている仲間はもう少し多い方がいいと思っていたんです。私達はヌルさんの強さを知っていますが、ヌルさんの目指すところには広く意見が必要な場合もあるでしょう」
うんうんとハチコが頷くと、近くにいた二人が分かりやすくうなだれる。
「クッ、ボクの配下は絶賛スパイ探し中なので、センパイのお力になれないデス…」
「同じくヌル君に推挙できる部下が僕にはいない…」
部下という点ではあまねくの一人勝ちのような状況だが、ヌルの懸念はその部下二人にあった。
(どうしよう…あの二人苦手なんだよな…)
片方はパスタに殺気を放ってきた女性。
もう片方は突然豹変して直属の部下になる事を願ってきた男性。
修行したいと言ったのはヌルだが、それによって今後の行動がここまで決まってしまうとは露にも思わなかった。もはや引き下がれないので、提案の方針に従いつつ、この日ログアウトしたのだった。
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