第54話 一瞬の奇策

「まずいっ、逃げられたっ!」

焦りが口をついて出る。

最後の詰めを誤ってしまった事への後悔が大きい。

リカバリーとして追いかける方法を考えるが、ヌルが答えを出す前にハチコの声がする。

『落ち着いてください。宝珠の位置は分かっています。マップから反応が消えた以上、台座に戻したということです』

ヌルもすぐにマップを確認する。

ハチコの言葉通り、宝珠の反応がマップに表示されていない。

『おそらくピースフルさんとダークネスさんが拠点に宝珠を戻して、そのまま防衛する態勢に入ったと考えるのが自然でしょう。

ですがこれは当初の作戦通りの状況です。ティオさんが作ってくれたチャンスで決着をつけられなかったのは痛いですが、状況は依然こっちに有利です』

ヌルはハチコの言葉に信頼を置くため、落ち着けと言われれば落ち着く。

「…そしたら、自分は追いかけるべきですよね? ピースフルと戦うのは避けられないように思いますが、どうやって宝珠を奪いましょう?」

『いいえ。一旦、ピースフルさんと宝珠は無視します。守りを固めて外に出てこないなら無視で封殺きるということ。今のうちにヤクト氏やプロミネンスさんなどの主戦力を削って敵拠点を完全に孤立させます。

今あまねくさんに冬雪さんの加勢に行くようにメッセージを送りました。ヌルさんはプロミネンスさんの側へ襲撃に向かってください。

おそらくですが、あなたと彼女は相性的に完全な有利でしょうし』

「了解!」

ヌルは飛び上がって建物の屋上に登ると、北を目指す。そこは最も大規模な戦闘が起こり始めているエリアである。


ーーーーーーーー


「これは流石に…厳しいですかね」

ヤクトは周囲を見渡してそう呟く。

対峙するは魔王。

体に石像が付いている姿は昨日も見ているが、昨日とは石像の人物が異なる。

ヤクトはギルド内では戦闘向きの人物ではないが、周囲にいるエニシの仲間達がサポートしてくれているおかげで互角に戦えていた。

ダークネスシャークやプロミネンスを離脱させ、自分が魔王との戦闘を引き受けたのは勝算あってのことだった。

状況を察した『量産騎士』が駆けつけてくれたおかげで盾の役割が大幅に強化され、罠を張り巡らす時間を稼げると読んでいた。

しかし、あまねく、ノ・ヴァが敵の増援として到着した事でその均衡が簡単に崩れてしまった。

あまねくが刀を振るう度にエニシのサポートメンバーがどんどん減っていく。

ヤクト自身、何度かあまねくと戦闘した経験はあるが、その頃と比較して異次元の強さを発揮している。

ヤクトが隙を見つけて罠をセットするも、ノ・ヴァには見破られてしまう。

彼女がいる事で、ゲートによるワープ移動も対策されてしまうため逃げることも叶わない。

それでもヤクトは現在の状況に対して最善手を考える。

(この状況を逆転するには魔王を仕留める他にない。…聞く限り異常な強さなのだとしても、プレイヤーである以上ゲームのルールからは逃れられないはず…。

外に遠征に出てしまった他のギルド連盟の人員に“力の集結”を持つプレイヤーがいたはず…。

その人物の帰還が間に合えば…。つまり、我々に必要なのは時間稼ぎですね)

「みなさん、集合してください! 方陣を組みます!」

ヤクトは地面に紋様を表示させる。

呼びかけに応えたプレイヤー達がヤクトを取り囲むように集合し、地面の紋様をなぞるように直立する。

彼の使う“陣”はプレイヤーが指定された座標の立つ事で、その内側の全員に特定の効果をもたらすが、そこから動けなくなることが引き換えである。

そして今回使用したのは“砦”という陣であり防御効果とHPが共有される効果を持つ。

いわば全員が“量産騎士”になるという事である。

ヤクトと共闘する事があるメンバーも多いため、紋様からヤクトの意図を瞬時に理解する。

「砦の陣……時間稼ぎということか」

その声を受けて、ヤクトの近くにいる者が尋ねる。

「いつ頃まで耐えられるようにしたらいい?」

「できる限り長くです。あまねくの攻撃力が未知数ですので、ダメージカットと一定以下のダメージをゼロにする効果を加えています。特殊効果は私が防ぎますので、HPに注意しつつ物理対策を…!」

「……承知した!」

量産騎士たちは1を聞いて10を理解したという様子で、味方全体に継続回復や防御上昇などを淀みなく使用し始める。

砦の名に相応しく、継戦能力の高い状態を構築する。

その様子をあまねく、ノ・ヴァ、そして少し離れたところから魔王(アマルガム化した冬雪)が見ている。

「面倒な事をしてくれたモンやんなぁ…。あまねく兄ぃはピンポイントで高いダメージって出せるか?」

「……どの程度のダメージなら殺せるか分からん。とりあえず切ってみるか」

あまねくが言い終わらないうちに刀を抜き放ち、そして収める。

相変わらずその刀は空を切るが、物理法則を無視した不可視の斬撃によって“陣”にダメージが入る。

「…チッ!」

あまねくが煩わしそうな顔を浮かべる。

想定よりずっとダメージが低いからだろう。

彼の持つ妖刀は相手の内側を切ることができるが、陣は内に働く効果であるために普段の攻撃と変わらない相性となるのだ。

「どない?」

「ふむ、ピースフルのように対応はしてこないくせにダメージが低いのは手間だ。面倒な手段で攻撃力を上げなくてはならんからな」

「…なら、あまねく兄ぃがモタモタしてる間にウチが倒してもうても?」

「言ってろ」

彼の言葉をノ・ヴァは了承と受けとった。

さっそく戦闘姿勢を取ると破壊のエネルギーを操作して陣に攻撃を開始する。

「暴・虐・拳!…あれ?」

ノ・ヴァが陣に近づいた途端、エネルギーがノ・ヴァの手元に留まらずに分散してしまう。

これはヤクトが対策済みだったようだ。

「ケチやん!」

口を尖らせて文句を言うノ・ヴァだが、動きはすでに次の攻撃に移っている。

飛び上がって陣の後背を取ると、あまねくと挟み撃ちできる位置に移動する。

あまねくは陣に参加しなかったプレイヤーたちを殲滅して、敵を倒すたびに攻撃力が上昇するバフを蓄積していく。

それをサポートする形で、遠くから冬雪が矢を連続で投擲する。

アマルガム状態は装備を元の人物から引き継ぐため、冬雪の弓やボウガン、スリングショットなどを使用できるはずだが、ヌルの武器熟練度が足りないことや、素手で矢を投げてもそれなりに威力が出ることから抜き打ちで投擲している。

その矢が先頭にいる量産騎士の一人にヒットするが「コンッ」と空き缶を叩く程度の音がするだけで地面に落ちてしまう。

続いて投擲された矢も同じように軽い音を立てるだけで終わる。

「おそらく弱い攻撃は効かんぞ」

あまねくが半身だけ振り返って冬雪に告げる。

魔王に対する態度ではないが、あまねくが元より阿る性格でない事で却って自然に見えた。

彼は陣の効果を知っているわけではないが、防御系の定席から低ダメージ無効化が設定されている予想をしていた。

単純に防御を強化してHPを一元化した場合、最低保証ダメージのある攻撃を連発されることで攻略できてしまう。その点からの読みだった。

あまねくが予想した効果が陣に付与されていることはヤクトが仲間に共有した通りで、矢のみを放つような単純な攻撃や、毒の沼地を生成するようなジワジワ攻める攻撃などを永久的に無効化できる。

「…だったらコレで…!」

遠くで冬雪がそう口にしつつ、握りこぶし程の大きさの弾を取り出す。

銀色に光を反射している事を除けば野球用のボールに見えなくもない。

冬雪は左手が地面につきそうなくらい大きく腰を落とした歪な投球姿勢で球を投げる。

「破戒球:二式!」

サイドスローながら、魔王の身体能力で底上げされた豪速球。

あまりの速さに弾自体が変形するほどの速度で陣の先頭、量産騎士の一人へと迫る。

しかし、直撃すると同時にゲートのエフェクトが出現して弾が消失する。

「……!??」

自身の放った必殺の一撃が効果を発揮せずに消えてしまったことに目を疑う。

その隙をヤクトが見逃すはずがなく、冬雪の右後方にゲートが開くと消失した弾が現れて冬雪に直撃する。

彼自身の全力攻撃が背面にヒットしたことで、受け身も取れずに吹き飛ばされる。

「グッ…!!」

合わせてHPが2割程度減少する。

その様子にヤクトを始めエニシのメンバーたちが目を瞠る。

「ダメージが入ってるぞ!」

「ヤツ自身の攻撃であればダメージが入るのか!」

勇者勢には”ヌルの戦いぶり”が共有されており、特に量産騎士は直接戦っているために到底倒せない相手であるというイメージがついている。

そこにきてヤクトが攻撃を打ち返してマトモなダメージが入ったことで、彼らには魔王攻略に対して光明が差したという認識であった。

もちろん、ヌルと冬雪を取り違えているという誤認が大前提であるのだが…。

ヤクトは「ほう……」と感心したような声を漏らし、思考を続ける。

(魔王にダメージが入ったのは嬉しい誤算でしたね。現状、相手にはこちらに致命傷を与えられるような有効打はない…。これに加えて唯一警戒すべき敵、あまねくの行動を阻害することができれば、援軍の到着まで長引かせることも可能でしょう。

まだまだ状況は最悪というわけではないようですね)

と、多少安心した様子であった。

「このまま粘れば、まだまだ時間は稼げるはずです。それぞれサポートを厚めにして対応をおねがいします」

ヤクトはそう言って周囲を鼓舞する。

攻撃を受けるだけの状態であるため、普通は徐々に士気が下がるものである。

だが、もとより防御に主眼を置いているプレイヤーが多いことから、集中力を切らしていない。

こうして彼らは士気を上げる。

ヤクトは参謀たる才覚を十全に発揮して盤面をコントロールするのだが、一つだけ誤算があった。

そのたった一つの誤算が全てを狂わせる。

「圧縮合成」

陣の中央に向かって何者かが侵入したのをそれぞれが知覚した瞬間だった。

ヤクトを中心に時空が割れるようなエフェクトが表示され「バリィッ!」という響きと共にヤクトを含め、陣のHPが8割ほど吹き飛ぶ。

そのまま触手が暴れまわり、陣を構成するプレイヤーたちを殴りつけてダメージを蓄積したことでHPをゼロにまで減らす。

「な…」

「魔王が二人いたというのかっ?」

陣を破られてしまい、エニシのメンバーたちが驚きを隠せないまま消滅していく。

呆気に取られている周囲の残りのプレイヤーたち、陣を構成しなかった者達もヌルがなぎ倒すようにして消滅させていく。

元々それらのプレイヤーを殲滅する途中だったあまねくが口を開く。

「ヌル殿…あきれるほどの威力だな」

「これが、あまねく兄ぃの言う魔王か…確かに強いんやな。…今度戦いたいわぁ」

ノ・ヴァは純粋に力比べをしたいだけだったが、ヌルは挑発と受け取った。

とはいえ、特に相手をすることなくスルーする。

「…参謀から状況は聞いています。プロミネンスさんとその側近は片付けたので、北で起きている大規模戦闘はこのままいけばこちら側が勝つでしょう。

作戦では我々はこのまま的拠点を目指して、宝珠を奪う実行部隊となります。移動しましょう」

あまねくのAチームメンバーがいるため、ヌルはハチコの名前を呼ばないように淡々と必要事項だけを伝え、移動を開始する。


ーーーーーーーーーー


拠点で宝珠の守りを行うダークネスシャークとピースフル。

さほど広くない部屋には、この二人に加えていくらかのギルド連盟からプレイヤーが集まっていた。

最終防衛ラインであるため、拠点唯一のドアから入ってくるだろう敵に備えて、それぞれが戦闘姿勢を取っていた。

ピースフルの後ろに隠れるように陣取っていたダークネスシャークがマップを見る。

「味方の反応がどんどん消えてる…。状況は最悪ってコトね…」

「そうだな。今回ばっかりは敵の作戦がうまく行ったって事だろう。味方がバラバラになっちまった事も敵の作戦だったんだろうな」

「ヤクトでも状況を読みきれないだなんて事あるんだね?」

「ハハハ、あの人はその時の状況に対する最善手を目指すだけで、先読みできるわけじゃないぞ? それにヤクト氏が全部を先読み出来てたとしても、味方が指示を聞いてくれていたか怪しいしな」

ピースフルがそう言いつつ周りを見る。

同室の勇者勢プレイヤーのうち数名が、バツが悪そうに俯いてしまう。

現在のピンチの直接的原因は彼らの仲間が防衛を蔑ろにして遠征に行ってしまったこと、ヤクトの指示を無視して勝手に宝珠を持ち出してしまった事にある。

温厚なピースフルと言えど仲間がやられている現状では、嫌味の一つでも言いたくなるというものだろう。

「う、うちのギルドは考えナシに行動したわけじゃあ───」

ピースフルの言葉に反論を試みる者もいるが、そのセリフが言い終わる前に、拠点のドアが「ガチャガチャ…」と鳴ったことで言葉を飲み込む。

イベントでは宝珠の密室空間への封じ込めによる防衛を認めないため、ドアの溶接や完全な施錠をできない設定となっている。

この拠点のドアも、鍵の効果のある簡単な魔法が掛けられているのみで、何者かがアイテムを使っての開錠を試みている。

そして、わざわざこのドアを開けようとする者の存在は一つしかない。

魔王軍のプレイヤーということになる。

ピースフルやダークネスシャーク、そしてその周りを囲うプレイヤー達全員が臨戦姿勢をとる。

外の様子を確かめるべくマップを見た者が声を上げる。

「すぐそこに宝珠反応がある…! 情報通りなら魔王が来るぞ!」

その言葉に一層警戒が強くなる。

「ハッ、バカ正直に玄関から来るとはな…!」

おそらく緊張を誤魔化すためか軽口を叩く者がいる。

「た、確かに魔王は無茶苦茶だっていうし、建物ごと破壊してくると思ってたぜ」

それらのプレイヤーの言葉をピースフルは心の内で否定する。

(その考察は間違いだ。この建物には今も雲ちゃんが掛けた防御呪文が残ってる。

コレがなかったら建物ごと崩されて、瓦礫の中から回収されてた可能性が高い)

ピースフルは考えを口に出すか迷ったが、話しているうちに敵が飛び込んできたら隙が生じてしまうために流す。

やがて、開錠アイテムが効果を発揮し「カチッ」と鍵が開く音がする。

そして勢いよくドアが開かれる。

が、そこには誰も居なかった。

「ん?」

「何っ!?」

想像と異なる光景に戸惑うプレイヤー達。

その空気に流されることなくダークネスシャークは銃の引き金を引く。

開け放たれたドアが外とつながる空間に「タタタタタタタタ…」と銃弾を打ち込んでいく。

もしも透明化した存在がそこに居ても、確実にダメージを受ける量の銃弾をバラ撒いてから銃を解除する。

その隙を狙ったように魔王が姿を見せる。

宝珠を奪おうと現れた際に見せた姿ではなく、殆ど装備のないシンプルな見た目。

何か裏があると思わせるに十分な姿だった。

「き、来たぞっ!」

「かかれぇっ!」

魔王の姿に違和感を覚えたのは究極英雄の2人だけで、それ以外の全員が攻撃を開始する。

その時。

偶然、マップがピースフルの視界に入った。

敵の宝珠の反応が急激に距離を離すように移動していくのが見えて。

「待っ─────」

誰かの攻撃が魔王に当たった瞬間、ピースフルの視界が真っ白になった。


ーーーーーーーー


───少し前。

ヌルはハチコの作戦に従って行動を開始する。

敵本拠地の鍵を開けるためにアイテムを使用すると、専用のメニューが表示されてカウントダウンが始まる。

コレはドアに触った状態で一定時間待てばいいだけらしく、ヌルは特段操作を要求されることはない。

とはいえこの場所にジッとしていれば標的として狙われやすくなるが、残っている敵プレイヤーをあまねく達が倒して回っている。

ヌルはこの待ち時間の間にスキル「合成獣キメラティック:贈与ギフト」を使用して、自爆用の分身を作り出す。

そして鍵の開錠が成功したタイミングで触手でドアを開く。

冬雪の読み通り、中に入る者を拒むように大量の銃弾が走り抜けていく。

そのあとを放っておくと数名の敵が出てくる筈だが、主導権を握るために分身を突入させる。

ヌルの分身の自爆ともなれば、巻き込まれれば自分自身もダメージを負う程の威力であるため、拠点から距離をおき、触手を何層にも重ねて盾にする。

直後、建物が白い光のドームに包まれる。

「爆発の範囲が小さい…。やっぱりかなり強い防御の効果が発生してますね」

『ヌルさん、まだ敵の反応が残ってます! おそらくピースフルさんですが作戦通りでお願いします!』

「了解」

ヌルは返事とともに急速に建物へ接近すると、中へと侵入する。

爆発に伴う砂煙が晴れないが、ヌルは視力を強化するパーツをつけている。

「うぉ…マジか…」

中の様子にヌルは声を漏らす。

ここで宝珠を奪って逃げ去れば勝利なのだが、宝珠への道行きを阻むようにピースフルが佇んでいる。

驚くべきはピースフルのHPが7割以上も残っていることである。

(コイツあの爆発を防御したって事かよ…どんなプレイヤースキルがあれば生き残れるんだ?)

とはいえ、宝珠を盗み出して逃げる他ない。

触手を伸ばしてピースフルを吹き飛ばそうと死角から狙うが、盾と剣で叩き落とされる。

(なんちゅー反応速度だ? 確実に死角を狙ったってのに…)

ヌルは驚愕するが、冷静を保とうと心を鎮める。

そんな時、ピースフルが口を開く。

「なぁ、魔王ヌル。今度こそお前が本物か?

俺は今日に入ってから魔王を3人は見てるんだが、どうにも辻褄があわねぇんだわ。

どうにも裏工作が好きなように見えて、ガンガン攻撃してくるしよ。ハッキリ言って得体が知れねぇ。…お前は何なんだ?」

それは彼の本心だろう。

散々勇者勢をかき乱して、内から崩壊させるような回りくどい作戦を多用する方針とは裏腹に、魔王自身は力押しの行動を繰り返している。

ピースフルが状況をフラットに観察した際に、魔王の性格に矛盾が出たのだろう。

結果として、魔王が複数人いるという結論を出したからの質問だろう。

そんな彼の態度にヌルは逡巡し、触手の動きが止まる。

既にパスタ周りで彼には気苦労をかけている。

その上で魔王という存在のあり方でも悩ませてしまっている。

お世話になっている親友に精神攻撃ばかりするというのは、望むところではない。

「ああ、混乱させたなら申し訳ない。

…俺が本物の“魔王ヌル”だ。

シンプルな力技での決着が好きなんだが、勝つためには手段を選んでいられないんでね」

初めてヌルとしてピースフルと会話する。

無流とは気取られないように口調を変えておくが、ここで正体がバレるようなボロを出すわけにもいかない。

早々に決着を付けてしまいたいところである。

「そういうわけだ、ここは力押しで行かせてもらおう」

「…わかりやすくて助かるぜ全く」

ピースフルにも早期決着という意図が伝わったのか、彼も少しだけ笑うと剣と盾を構え直す。

あまねくから聞いている彼の戦法は、盾の形ごとにスタイルが変わるものだが、その全容を知っているわけではない。

それに、こうも狭い部屋ではヌルの得意な戦法である“縦横無尽に飛びまわる”事ができない。

ヌルにとっては不利な状況であるため、とある賭けに出る事にする。

実に12本の触手で同時に別の箇所を狙って攻撃する。

「うおっ!」

それぞれが意思を持って動かしている事に驚いたのだろう。それでもピースフルは声を上げながら全ての触手を寄せ付けないように叩き落としていく。

ヌルは追加で5本の触手を別々の方向から叩きつけると同時に、払い除けられた数本を起こして同時に攻撃を仕掛ける。

「なんのっ!」

ピースフルが盾の形状を変えて全身を包むバリアのようなエフェクトを出現させる。

どうやってヌルの攻撃に耐えられているのか不明だが、全ての触手がバリアに阻まれる。

(ここだっ!)

ヌルは残りの触手全てを動員して、ピースフルの背後、宝珠を掴み取る。

「あっ!!!」

すぐにでもバリアを解いて攻撃に移ろうとするが、ヌルの速度の方が早い。

宝珠を触手で巻き取ると高速でその場を離脱する。

そして右腕で宝珠を掲げる。

「待ちやがれっ!」

ピースフルが超反応で追い縋るが、ヌルは触手で地面を叩いてバネのように飛び上がる。そのまま装備をGMブースターに切り替えて飛行を維持する。


そして、宝珠をヌルが所持してから一定時間が経過すると同時にメニュー表示される。


『軍勢対抗戦に参加中の全てのプレイヤーの皆様お伝えします。

現時点をもって、魔王の軍勢のプレイヤーが勝利条件を満たしました。

このため現時刻を以て、Ver3.0中期大型イベント「軍勢レギオン対抗戦バトル」を終了し、開始地点へと帰還いたします。

ゲーム参加、および勝敗に応じた報酬が皆様に配布されておりますため、ご確認ください。

また皆様のご活躍に応じた貢献度報酬については現在計算中となります。

こちらは後日追加で配布されますため、詳細はメニューのイベントよりご確認ください。』


そのメニューに表示された文言が想像通りだったことで、ヌルはようやく一息つく。

「……勝った…」

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