第51話 全面対決①

魔王軍の全軍が進行を開始して数十分。


ヌルはハチコと共に本陣で留守番である。

彼は宝珠を持ち運んでいる以上、動けば敵に位置が知れてしまう。

彼が動かないことで敵に宝珠が拠点に安置されていると誤認させているのだ。

魔王軍の本隊が、敵陣に到達する頃を見計らって移動を開始する予定である。

その際、ハチコを残していくわけにもいかず運搬する役目も担う。

またしても魔王という名のジェットコースターに乗る羽目になったハチコは当然乗車拒否したのだが、万が一を考えると留まるわけにはいかない。

いくつかの攻防があったのち、流れを察したダイダロンが交渉材料として希少な本を提示したことでハチコは渋々了承したのだった。


進軍を続ける魔王軍。その部隊は4つのチームから成っている。これは統括する四天王で分けたのではなく、役割ごとに分担されている。


まず精鋭中の精鋭、あまねくとその配下で構成されたAチーム。

次点での戦闘力を持つ、ティオとその配下で構成されたBチーム。

これら二つは敵本陣の強襲を担っており、作戦会議で8箇所のマーカーで示されていたチームである。

ダイダロンもここに含まれている。

彼はヌルの配下ではあるが、目的は同じであるため、一時的にあまねく配下の客将として参入している。

そして、陽夏の配下をまとめたCチーム。

ここには追加で、あまねくやティオの配下でありながらA,Bチームに入れなかった者たちも含まれるため混成部隊である。

一番規模が大きいために囮の役割を持ち、職業の構成上、耐久力も高い。

冬雪が指揮を取るが、直属の上司以外からの命令に不満を持つ者もいるため、目的地に着いたら自由に戦って構わないという指示がでている。

そして最後に四天王が召喚した魔物だけで構成されたDチーム。

戦力としてはプレイヤーに劣るが、物資の運搬や壁として切り捨てるなどの雑事をこなす役割を持つ。

冬雪はこの魔物の中から騎乗に適した四足歩行のドラゴンに乗ってCチームを率いている。

表面上の参謀だが、味方から参謀らしく見えるように行動する必要があるのだ。


こうして進軍を続ける中で、先行偵察をしている部隊から冬雪にメッセージで報告が入ったのは今し方であった。

「向こうも大規模な出撃があった……?」

その報告を読み上げるように冬雪が呟く。

「──かなりの規模であり、昨日、本陣を攻めてきた軍勢と比べても倍以上の規模。

正面の大門から出発し、紫2番もしくは3番あたりの街を目指していると思われる……」

読み上げている途中だが、ハチコから質問が入る。

『こちらの出撃に気付いたということでしょうか?』

もしそうであれば作戦の見直しが必要である。

しかし冬雪は通信越しに首を振る。

「いや、そうじゃないみたいですね。

敵の様子についても記載がありますが、動き方に警戒がないし、我々を探している様子でもないってあります」

メッセージを読み通しながら答える。

このように冬雪とハチコはパーティ通話が繋がっている。

この2人以外にも先程会議を行なっていたメンバー、すなわちティオ、あまねく、ノ・ヴァ、そしてダイダロンもパーティを組んでおり、それぞれと通話状態となっている。

冬雪が率いるCチームとはA,Bチームともに離れている事を踏まえれば、通話による交信が適切だろう。

とはいえ、司令部だけで内密に通信していることがバレても良いことはない。

このため、参謀の2人以外が喋ることは少ない。

冬雪は現場指揮、ハチコは本営指揮に分担しており、現場の所感をフィードバックして本営から広視野での作戦を練るようにしている。

『このままの進路だと、相手の移動先が紫2番の街だった場合に会敵する可能性がありますね』

「そうですね。僕はかなり外側からの迂回になりますが、紫1番・水色1番の街を避けるルートが妥当かなって思います」

『概ね私も同意見なのですが、敵の人員に疑問がありますね。例えば、エニシで構成されている一団の場合、連携のレベルは昨日見た通りですから、我々に気付かないフリをして時間を置いて転進する可能性があります』

「そうか! あえて本陣から出して、こちらへの挟撃を狙ってる可能性があるのか」

『紫の街はそれなりに距離がありますからね。我々の目を欺くには適切な場所と言えるでしょう』

「ううん……迂回案で問題ないとは思うけど、情報が足りないな…」

冬雪とハチコのやり取りをそれぞれ幹部が耳にする。

少しの沈黙が訪れる。

ヌルが出撃するべきかと尋ねようとする直前、別の人物の声が混じる。

『なぁ、あまねく兄ぃ。ウチ、敵さんの顔を見に行ってもええか?』

『む? 何が狙いだ?』

『ここにいても暇やし、なんなら“アイサツ”してこようかな〜って…』

そんな陽気な会話が耳に入る。

冬雪は一瞬ムッとする。

隠密行動をするタイミングで敵に顔を晒しにいくなど全く作戦を理解していない証拠である。

『知り合いがいるかもわからへんしな!』

もちろん元エニシ所属のノ・ヴァであれば敵勢力を見分けるのは簡単だろう。

文句を言おうかと思った冬雪だが、トッププレイヤーがこんな単純な性格だろうかという疑問を持つ。

「あ……!」

ようやく彼女の言葉の真意を理解する。

ノ・ヴァは冬雪に協力を打診してくれている。

あまねく、ノ・ヴァの2人はAチームのプレイヤーに囲まれているため、通信している事を周囲のプレイヤーに悟られてはならない。

ゆえに回りくどい方法だが、あまねくに話しかけるテイで冬雪に話しかけたのだろう。

「でしたら、お手数ですけど僕のところまで来てもらえますか?

僕のスキルの千里眼なら、見た景色を近くにいる人に共有できるので」

一方、冬雪は“魔王の腹心あり、誰も信用しない”という設定を持っているため、騎乗中の魔物に遮音するスキルを使わせて堂々と話す。

冬雪の返答を受け、あまねくもノ・ヴァの言わんとしている事を察する。

『ふむ、お前の好きにしろ。……と言いたいところだが、作戦を決めるのは俺ではなく参謀殿だ。自分で聞きに行ってこい』

『はいなー』

軽快な声で返事するのを冬雪は聞き届ける。

トッププレイヤーは戦闘だけじゃなく頭も回るのだと感心したのだった。



しばらくして、冬雪の元に来たノ・ヴァが共有された映像を検分する。

「…アレはエニシとは関係ないなぁ。知った顔が一つもないし、良くて中堅…くらいの有象無象ギルドの集まりや」

「なるほど…。ありがとうございます。

一応聞きたいのですが、彼らはエニシと同調して作戦をこなす可能性があるように見えますか?」

「……ないな。エニシに協力してるギルド連盟のヤツならウチにも顔がわかる。

むしろアレは手柄を立てたエニシに腹を立てて自分らもできるって意気込んで出てきたクチやろな。

つまりアレの目的地は魔王軍の本陣やな。ウチの勘やけど」

「なるほど…助かります」

「んじゃ、ウチはあまねく兄ぃのトコ戻る…と、その前に一つだけ言うけどな、アンタ少しはウチの事も信用しいや?

心ン中で目がギラギラしてんのバレバレやで」

そう告げてノ・ヴァは冬雪の元から離脱してAチームの方へと戻っていく。

「……」

冬雪は呆気に取られた顔でその姿を見送る。疑り深い自覚はあったが、こうもはっきりと看破された上に指摘されたのは初めてだった。

「…ハチコさん」

『ふふ、ええ、聞こえてますよ』

「迂回案はそのままに、Dチームを本陣に戻して欺瞞しようと思いますが、どうでしょうか?」

『問題ないかと。でもあからさまなのはダメなので、戻すのは見栄えのいいコだけにしましょう。実際に作戦に使う魔物はそのまま同行させてください』

「……そうですね。そうします」

冬雪は全軍に通達するためのメッセージを入力し始める。

紫1番の街の外側から大きく迂回して敵陣を目指す方針を共有するのだ。

ふと、メッセージを入力する手が止まる。

「ハチコさん、僕って…そんなにわかりやすいですかね…」

『……それはまた今度話しましょう』

「…はい」



結局ノ・ヴァの予想が的中し、勇者勢の部隊は赤の街を目指していた。

ヌルの希望であった”紫2番の街で罠にかかってほしい”という思いに反して、敵が紫3番の街に行った事以外は想定通りと言えるだろう。

現在はティオのいた橙2番を通過するあたりであり、街にいるのが魔物だけなことを相手がどう判断するかによる場面だろう。

「ではハチコさん、そろそろ行きましょうか?」

「そうですね、タイミングとしても頃合いでしょう」

とはいえ敵の判断がどうあっても、赤の街に敵の大軍勢が向かってきている事実は変わらず、いつまでも拠点でジッとしているわけにはいかない。

敵にハチコの姿を見られる前に進軍中の本隊に合流する必要があるのだ。

それに、橙の街にを警戒して停止してくれればいいが、本陣を叩く好機と判断して進軍速度を上げてくる可能性もある。

そういうわけでハチコをヌルが運ぶこととなったのだ。

「アマルガムを使えばハチコさんが自力で走るという手段もありますけど……」

申し訳なさそうにヌルが尋ねるが、ハチコは首を振る。

「いいえ、もういいんです。確かにあの体なら多少はマシかもしれませんが、作戦の都合上、冬雪さんがアマルガム化したほうが有利ですから」

「わかりました。なるべく振り回さないように運ぶので、少しの間、我慢してくださいね」

そう言ってハチコを抱え上げるが、ぽつりと漏らす声がある。

「……アマルガム化した私をヌルさんが運んでくれるのが一番いいのですけど…」

「それは勘弁してください」

ヌルは自分で自分をお姫様抱っこする様子を想像し、合計50本の触手のかたまりとなった自分の姿に原初的な恐怖を抱く。

「じゃあ、目とか耳とか塞いでおいて、酔わないように注意してくださいね」

そう告げて、ヌルはハチコを抱えると味方の本隊を追いかけるようにして出発したのだった。


ーーーーーー


「一体どんな狙いがあってこんな……」

ギルド連盟リーダーたちの会議において、ヤクトは疑問の声を上げていた。

突如、青の街にほど近い森の陰から現れた魔王軍の大部隊。

司令部に連絡がなかった以上、こちらの警戒網を掻い潜ってきたのだろう。もしくは報告前に暗殺されたのか。

敵は青の街と一定の距離を保ったままゆっくりと防御の厚い正門を迂回し、街の北側──背後をとる形で布陣した。

超長距離の攻撃であれば今の状況でも届くのだろうが、こんな距離を届かせるプレイヤー自体が非常に稀な部類だろう。

どう攻めるか、という課題について話し合われるタイミングで魔王軍が奇妙な行動を始めた。

突如、四方八方に花火を打ち上げたり、地面を掘って色のついた水を流し込んだりと遊び始めたのだ。

これにはヤクトも狙いが全く読めない。

モニターを前に、会議室は混乱を極めた。


途方に暮れるように考え込むヤクトに比して、慌ただしく動く者達がいる。

「至急帰還してくれ! ああ、そうだ。敵が攻めてきたんだよ!」

「現場判断でいい、足の速いやつを──」

「転移スキル使えるだけ使って構わないからすぐに──」

ヤクトの忠告を聞かずに出撃したギルド連盟の代表たちだ。

彼らは貢献度を求めて出発したのに、戦う相手がいなければ稼ぎようがない。

勇者勢の貢献度は防衛にボーナスかかるため、自陣での戦いこそが本分である。

それはヤクトも同じことで、地の利を捨てて青の街を出て攻勢をかけるよりかは、専守防衛に徹するべきと考えている。

何より相手の狙いが読めないため、相手がこちらをおびき出そうとしている可能性を見ていた。

他所のギルド連盟の大半の戦力が出払っている今、それらが帰還するまで動きがなければそれでよし、相手が行動を起こすなら現状の戦力で対応する。それだけである。


ーーーーーーー


『Aチームは準備完了だ。いつでもやれるぞ』

『BチームOKデス…。でも、できればボクのお願いも聞いてほしいなーなんて…』

「却下ですティオさん。プロミネンス氏へのリベンジためだけに作戦を大きく変えることはできません」

『うぅ〜…』

作戦会議中に妙に静かだったティオ。

彼女は敗北に打ちひしがれていた。

プロミネンスとの戦いにおいて、あまねくの助力を得て勝利したものの、個人としての結果を見れば技量の差をまざまざと見せつけられる完全敗北であった。

これは当然と言えば当然の話で、彼女はこれまでバトルを避けてプレイしていたし、戦闘が必要な要素はギルドメンバーに丸投げしていた。

第一線で戦い続けるプロミネンスとは経験も地力も大きく差がある。そしてこの差は「悔しい」という思いだけでは到底埋められないのだ。

冬雪もようやくティオの扱い方がわかってきており、作戦を優先するとだけ告げておけば、彼女は無茶な行動には走らないと確信している。

「合図の花火が打ち上がり次第Aチームから行動開始となりますので、あまねくさんお任せします!」

『ああ。任せておけ』


ーーー


「ああ。任せておけ」

あまねくは冬雪への返事をすると幹部パーティから離脱する。

戦闘中はAチーム同士での連携が必須であり、Aチームのメンバーでパーティを組む必要があるからだ。

Aチームはあまねくを除いて4つの部隊がある。それぞれ街の角、四方に配置されており、あまねくは冬雪と挟撃する形で街の正面を担当する。

ヌルの侵入路も正面であるため、あまねくは敵を引き連れて東西どちらかに逸れる予定だ。

あまねくはAチームのメンバーに向けて通話を入れる。

「こちら、あまねく・わかつだ。お前たちは囮だが、敵の気を引いただけで終わりだとは思わないことだ。見える限り全ての敵を殲滅した上で俺に挑戦するぐらいの気概をみせろ」

破茶滅茶な注文だが、彼なりの気遣いと言える。

そんな彼の言葉に、あまねくの隣にいるノ・ヴァが絶句する。

「…なんだ?」

「…あまねく兄ぃ…どうしたんや? まるで別人みたいな言葉の選び方やん……」

彼女の知っている“あまねく・わかつ”であれば、そもそも声を掛けるような事はしないし、仮に言っても「役に立て」くらいしか言わないはずだった。

自分よりも弱いプレイヤーを鼓舞するなんて、とても信じられない変化だろう。

あまねく自身、その変化には自覚がある。

今ある“真の強さ”を得る過程でヌルに影響されたからであるが、それを打ち明けるタイミングは今ではない。

「無駄口を叩くな。目前の敵に集中しろ」

「…それもそうやな」

多少ぶっきらぼうな様子を見れたことで安心したノ・ヴァはそれ以上の追及はしなかった。

本来、強さの観点から言えばノ・ヴァも部隊一つを率いるに十分である。

それでも彼女があまねくの隣に控えているのは、この2人のタッグを止めようとすれば確実に“究極英雄”のメンバーを複数名出すしかない。強力なプレイヤーを惹きつけるという点では理にかなった采配と言えるだろう。

そうこうするうちに合図の花火が上がる。

冬雪率いる本隊の上空に赤の花火、黄色の花火、そして最後に青色の花火が上がる。

「行動開始!」

あまねくの率いる部隊がステルス能力を解除して青の街の正門を潜る。

「砂塵剣!」

「地脈砕き!」

見栄えのする広範囲攻撃を繰り出して自分たちの存在をアピールする。

建物の破壊が可能なスキルは相手の足を奪うと共に攻撃行動が一目で分かるため、このような時には相性が良い。

遠くで爆発が起こっており、他の部隊も行動を開始した旨の報告が届く。

門を通ったあまねくと異なり、他の部隊は街を囲む塀を破壊するところから始まる。

手取り早い手段として爆発が起きるのは自然だろう。


あまねくは敵勢力のプレイヤーが崩れた建物からわらわらと出てくる様子を眺める。

いち早くこちら側の襲撃を察知したのか、建物が壊されて逃げ出てきたのか。

おそらく後者だろう。

勇んで戦う者なら冬雪の大軍勢の警戒に向かうため、建物に留まったりしないと判断した。

「散れ! 雑魚どもがっ!」

衝撃波を生み出す太刀と斬撃を飛ばすスキルを併用して、敵の集団を雑に切り飛ばす。

目に見える全てを滅ぼすのではなく、巧妙に逃げ道を用意する。

「あまねくだとっ!?」

「ノ・ヴァさんも一緒? 裏切ったって噂は本当だったのか!」

「て、撤退ィ〜! 応援を呼ぶんだっ!」

そう叫んで、あまねくの用意した逃げ道へと駆け出す者達。

目論見通り、この程度の攻撃で怯むプレイヤーは一目散に逃げ出してしまった。

これは、あまねく達の存在を周知し、強いプレイヤーを引き寄せるための呼水となるだろう。

ノ・ヴァや同じ部隊のプレイヤー達もあまねくの意図を理解しており、敵を2〜3割ほど残して殲滅し、逃げ道を塞がないように立ち回る。

特別指示を出していないのにしっかり考えを呼んでくれるあたり、単純な強さではなく、あまねくを慕っているプレイヤーを編成したのは正解だった。

とはいえ理解しない者がいる可能性を考慮して、全体に通信を入れることを忘れない。

「あまねくだ。少数の敵をわざと西に逃しておいた。追撃と殲滅をBチームに任せろ」

『了解』や『オッケー』と返事がくるのを聞き流す。

そんな中で、想定通りの答えが返ってこない者がいた。

『こちらダイダロンだが、周りを気にする余裕がなくなりそうだぜ。シモンズが出てきやがった!』

リック・シモンズといえば、エニシに続いて第二位のギルド連盟である“ホライゾン”のリーダーであり、実力は言うまでもない。

おそらくダイダロンの襲撃箇所がホライゾンの担当領域だったか、偶々近くにいたのだろう。

ダイダロンでは少々厳しい相手であるが、囮として頑張ってもらう他ない。

「逃げても構わんから引きつけておけ。ヌル殿の邪魔をさせるなよ」

『ったりめぇだ! 言われるまでもねぇ』

ダイダロンの闘気に満ちた返事を聞き、あまねくは存外ダイダロンが勝つ可能性もゼロではないなと思いを改める。


依然としてあまねくは敵を少し逃しつつ戦うが、徐々に立ち向かってくる者が増えてくる。

おそらくはエニシに加入しているギルドの者達だろう。

とはいえ、あまねくの敵ではない。

衝撃波を飛ばしつつ、攻撃の当たったプレイヤーの元に移動するスキルで追撃を加える。

ノ・ヴァがサポートしているため、多少無茶な動きをしても攻撃を受ける隙がない。

しかし、ノ・ヴァから疑問の声が届く。

「なぁ、あまねく兄ぃ、どうして昨日のすンごい剣を使わんの? なんや条件でもあるんか?」

おそらく彼女は『写術帝の幻刀』の事を言っている。かの妖刀であれば、空振りするだけで目の前の敵は皆殺しにできるだろう。

あまねくは動きを止めない。

「馬鹿め、奥の手を最初から出してどうする。

お前の仲間だった奴らは侮って勝てる相手でもあるまい」

「……せやな」

ノ・ヴァはつまらなさそうに吐き捨てると、チラリと横目で崩れた建造物を見る。

瓦礫だけでプレイヤーが隠れるような場所はないが、一足飛びにその瓦礫の山の近くに跳躍する。

「見え見えやで! 幻影崩し!」

何もない場所にノ・ヴァがスキルを使用すると、その正面の空間がガラスが割れるようなエフェクトと共に真の姿を現す。

崩れる幻影の中から出てくるようにして、瓦礫のそばには3人のプレイヤーが立っていた。

『Lv.116 ダークネスシャーク・メタルスコーピオン サイボーグ/射手』

『Lv.112 プロミネンス・スカーレット ハイエルフ/アイドル』

『Lv.112 みんなの・雲ちゃん エンジェル/四重魔導士』

幻影を破られたことに多少驚いた顔をしているが、それぞれが武器を構え、攻撃に転じる瞬間だった事がわかる。

そんな彼女らにニッコリ笑うノ・ヴァ。

「お久しぶりやんな!」

挨拶に対し、ダークネスシャークは忌々しげに睨みつける。

「お前、自分が何してるかわかってる?」

「シャーちゃんこそ、分かってるから来たんやろ?」

余裕のある態度でそう返す。

「…ッ!」

ダークネスシャークが銃を構えるが、ノ・ヴァが銃を叩き落とそうと攻撃を加える。

それを雲ちゃんが張ったバリアが受け止める。

そうして発射された弾丸をあまねくが斬り落とす。

一瞬の攻防に割り込んだあまねくの速度に驚く顔がある。

それを無視して尋ねる。

「ピースフルは、来ているか?」

「…答えると思う?」

もう一度銃を構えるダークネスシャークだったが、突然HPが3割ほど減るダメージを受ける。

「なッ!?」

そのまま更にダメージを受け、HPが死亡直前まで減るが、咄嗟の雲ちゃんの回復魔法によって立て直す。

「聞き方を間違えたな。お前たちを滅ぼせば、ピースフルは出てくるか?」

静かにそう尋ねる。

あまねくの手には妖しく輝く刀が握られていた。

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