第46話 真・魔王討伐作戦

ヌルの分身が引き起こした大爆発。

高エネルギーの奔流によって地形そのものが変わってしまうほどの威力であった。

翌日のイベント時間が始まる時には元の地形に戻されるのだとしても、見た者に与える影響は計り知れない。……生き残った者はほとんど居ないのだが。


分身を包囲するために動員されたプレイヤーは500を越えたはずであったが、今なお生き残っているのはたったの2名であった。

それも、死を免れたわけではなく、消滅までの時間がわずかに延びるスキルによって、避け得ぬ終わりをただ待つのみであった。

彼らは絶望したことだろう。

相手が分身であることも、アイテム効果で復活したことも知らず、あの高威力の爆発を起こしたプレイヤーが無傷で存在しているのだから。



臨時の司令部メンバーは最初にこの爆発を見た時には、魔王を倒した際に表示されるエフェクトによるものだと想像し、歓声を上げる者もいた。

しかし、次第に状況が判明してくる。

残存勢力の半分近くが魔王と思しき存在の攻撃を受けたことで、一瞬にして消失したのだ。

理解できない。

いや理解したくないというのが本音だろうか。


「なんだよ……なんだよアレ……!?」

「嘘だと言ってくれぇ」

「アレは本当にプレイヤーなのか?」

互いの動揺に影響されて、司令部は混乱を極めていく……。

ある者は隣にいる仲間に掴みかかる。

「どんなスキルを使ったってんだ!?」

相手は同じ状況の仲間である。ゆえに答えを知っているはずがないと理解しているが、聞かずにはいられない。

またある者は、今起きた爆発の正体を知ろうとして、目の前の事実から逃げるように手持ちの資料を必死にめくる。

「こ、これは幻覚を見せるスキルなんじゃないか? そうだよなぁ?」

結果、ありもしない妄想に答えを求めてしまう。

またある者はログを精査し始める。

「おそらく大掛かりな準備をしていたに違いない。生産系職業のメンバーが爆弾を埋めてて、それを……そうかログが隠蔽されてるんだっ! 運営を味方につけたのか!?」

焦るあまりに第三者に責任があると疑念を抱く。

逆説的に言うならば、それほどに彼らが送り出したプレイヤーたちは信頼が篤く、それが負けるはずがないと信じていたのだ。



しかし、さすがはトッププレイヤーの集まりと言うべきであり、収拾のつかない混乱の中にあっても客観的に物事を見れる者がいる。

「……」

ダークネスシャークは一言も発することなく、おもむろに閃光手榴弾を机の中央に置く。

「あっ」

彼女の意図を汲める程度に冷静な者たちは、その考えを読み取り、ゴーグルを装着し始める。

彼らがゴーグルを装着して一拍の時間の後、会議室全体がまばゆい光に包まれる。

「うわっ」

「何!?」

当然ながら、混乱の渦中にあった者たちはゴーグルの備えをしておらず、目が眩んでしまう。

しかし同時にその閃光が彼らの思考を空白に戻していく。

ダークネスシャークはゴーグルを装着した者の中で発言力のある人物に近寄ると、ゆっくりその肩を叩く。

「承知した」

指名された本人はゆっくりと頷く。

混乱していたメンバー達は視覚を完全に奪われた。

そんな彼らが聴覚情報だけを頼りに周囲を窺いはじめた頃、穏やかな声が届く。

「少しは落ち着いたらどうだね? 焦る気持ちもわからないではないが、騒いだところで状況は変わるまい?」

そう問われる。

己の状況を自覚した者たちが、今の閃光が放たれた理由に思い至り、落ち着きを取り戻していく。

「ああ…すまない」

「気が動転していたよ、言う通りだ」

それぞれの反応が鎮静化したのを確認してから話を続ける。

「みんな、まずは認めることから始めよう。

敵は我々の想像を越える能力をもっていて、これまでの経験や知識の外側にある存在なのだということを、だ。

どちらが分身で、どちらが本体か未だ我々にはわからない。

どちらも異常な能力を所持していること、奇妙な動きのパターン、保有するスキルに至るまで、ヤツは我々の常識に対する侵略者インベーダーなのだろう。

その上で聞くが、我々はどう動くべきだろうか?」

その問いを受けて目が塞がれている者、ゴーグルをしている者、どちらも目を閉じて考えこむ。

そして、沈黙が訪れる。

思いつかないのだ。

今も外ではタンクチームが命令を遂行するべく魔王に無謀な戦いを仕掛けており、必死に戦っている。

それを忘れたわけではない。

しかし、どうしたらいいのかが、本当にわからない。

行き詰まりを感じるが、それでもここにいる者達でどうにかしなくてはならない。

任された以上は、任務を遂行する。

いや、しなくてはならない。

散った者達も、自分たちも、別の場所で行動する者たちも信頼で繋がっている。

それこそが“エニシ”なのだから。

そんな覚悟と責任が思考の邪魔をする。

「……」

「ううむ…」

互いの顔を見るでもなく、データに救いを求めるでもない沈黙。

ここにヤクトがいたのなら、刺激的な逆転劇を披露してくれたのかもしれないが、依然として連絡はない。

そんな状況の中、一人がつぶやく。

「僕らは……英雄じゃない」

そう言ったのは、この中では最も新参のプレイヤーであった。

エニシへの加入条件をかろうじて満たす程度の実力であり、それでも将来性と発想力から皆に後輩として愛されるギルド。そのリーダー。

数名が顔を上げて彼の顔を見て、沈黙を破った言葉の続きに耳を傾ける。

「もしも、あの超常の存在を倒せるような、そんなヒーローがいるとしたら、僕には一人しか思い当たりません」

彼はプレイヤーへの憧れからエニシへの加入を志し、そして加入を成し遂げた経緯がある。

そんな彼の脳裏にいるのは、英雄と呼ばれるに相応しい盾を持ち、みんなの先頭を征く名実ともにトッププレイヤー。

「究極英雄の“英雄”だったら、もしかしたら魔王にだって勝てるかもしれない…。そう思うんです」

彼がそんな憧れを持つ人物は一人しかいないため、周囲も同じプレイヤーを思い浮かべる。

ギルド連盟へ加入してから日が浅いため、ピースフル共闘した経験はない。

しかし、周囲の者達はそうではない。

リーダーとしてヤクトに救援を申し込み、ヤクトがピースフルを送り出してくれた経験がある。

頼もしい背中に救われたプレイヤーは、多い。

「確かに……な」

「彼こそ英雄と呼ばれるに相応しい人物だよな」

ピースフルは存在そのものが彼らにとって信頼であり、勇気を与えてくれる存在である。

彼らの心に再び小さな灯がつく。

「では、英雄ではない僕らはこれからどうするべきでしょうか?」

周囲の反応を確認して、決して間違ったことを言っていないと確信した彼は、自信に満ちた表情で尋ねる。

それは疑問ではなく、もはや確認だった。

対して問われた側は不敵な笑みを浮かべる。

「ふふ…英雄譚には名前が載らなくとも、英雄に武器を授け、道を教え、その背を押した者が確かにいる。そういうものだろう?」

「ああ、その通りだな」

「俺らはソレでいい」

見渡せば、それぞれが覚悟を決めた良い顔をしている。

「では、名もなき協力者として、魔王の能力をつまびらかにしてやろう。

我々はここで果てるが、我ら自慢の英雄殿のためならば進んでこの身を死地に送ろうじゃないか!」

「おお!」

決意のこもった歓声が上がり、それぞれが役割を考えはじめる。

「俺はまず敵の攻撃属性を明らかにするところから始めてみよう。打撃のみに見えるが、あの姿だ。斬撃どころか、魔法を含んでいる可能性だってある。残ったタンクチームに防御割合を変えて、ダメージログを検証してもらおう」

「我もそこに加わった方がいいな」

「自分もだ」

役割を宣言する者が現れると、同調して協力を申し出る者が加わる。

「だったらこっちは敵の攻撃範囲レンジを割り出すとしよう。あの触手はよく伸びるが、移動を繰り返しているところ見ると、性格的に苦手な距離があるのかもしれん」

「分身系スキル持ちを集めて確かめるか?」

「俺にも考えがあるんだが…」

「あの超爆発を起こした方の個体に観測者をつけて…」

徐々に騒がしくなる。

彼はそれぞれがリーダーである。

ゆえに目標を定め、そのために動くことに慣れており、大筋さえ決まってしまえば微細な事柄は各々でこなせてしまう。

「ようしっ! この街の残存勢力を全て投入して、魔王解明作戦を開始といくぞ!」

「おぅ!」

活気に満ちた様子でそれぞれが互いに提案や確認をする中、一人だけその輪に加わらない者がいた。

彼女だけはリーダーではない。

滅多に笑うことのないダークネスシャークが、周囲を見渡しながら小さく微笑む。

彼女の様子の変化に、それとなく彼らが気付き、何かと様子を窺う。

「フフ……私達は“究極英雄“なんていうけど、仲間を支える人も、そのために動く人も、みんな英雄って呼ばれていいと思う。ありがとうね、みんな」

彼女もまたプレイヤーの一人であり、ロマンのある戦いが好きなのだ。

「私にできること、あるかな?」

周囲の熱に浮かされて、少しだけ高揚感を覚えつつも、自分も役に立とうと考え、相談をもちかける。

彼女のそんな珍しい態度に、彼らも士気高めつつ会話に迎える。

こうして、本当の意味での”魔王討伐作戦“が開始されたのだった。


……全ては遅すぎたのだが。




に気づいた者はたったの1人だった。

皆が活発に話し合う中、彼だけが突然に様子を変えた。

種族:人間が取得できるレアスキルの一つに”虫の知らせ”と呼ばれる系統のスキルがある。

警笛アラーム”や“転ばぬ先の杖”とも称されるそのスキルは、効果自体はシンプルなものである。

すなわち『死の危険を察知する』。

彼は自分達の身にこれから起きるであろう危険を、僅かに3秒だけ早く皆よりも先に知覚した。

矢が飛んでくるのならば半身を躱せばいいが、この場所において死の危険があるならば、原因は一つである。

彼はまとまらない思考の中で直感的に“この場所で生き残るべきは自分ではない”と判断した。

何もかもを放り捨ててダークネスシャークに駆け寄り、HPと引き換えにスキルを強制発動させる。

それは“味方一人をワープさせる”スキル。

彼の職業が持つ“自己犠牲”という特性によって、HPを消費することで発動までの時間をゼロにする。

細かい調整を一切気にせず、残ったHPを全て捧げて本来よりもずっと遠くへワープさせる。

自身の真上方向、建物を越えて遥か上空へと逃がす。

スキルの発動が成功し、ダークネスシャークがその場から姿を消す。

彼の突然の行動。

それを問い詰める時間も与えずに彼が死亡し、誰もが驚─────




突然、上空に転移したダークネスシャーク。

おおよその高度と位置を確認する。

彼女は浮遊の能力を得ているために、落下死することはないのだが、事態の急変に呆然としてしまう。

今の仲間の行動は一体なんなのか?

遥か下方に見える街。

ここは先程まで会議をしていた拠点の真上だろうか。

しかし、なぜ自分は飛ばされたのか?

……そう考えた瞬間だった。

轟音と共に、白いドームが発生する。

先程まで自分が居たであろう建物を包み込むように、直径100mほどの爆発。

その爆発が、味方部隊を丸々壊滅させた時の光とまったく同じものであることを思い出す。

点と点が線で結ばれるように、状況から自分が仲間によって救われたと理解する。

言い換えれば、命を託された。

ようやく心を開いて話そうとした者達は今頃あの光の中であり……。

「クソがっ!!」

彼女は悪態をつくと急降下を開始した。


ーーーーーー


───少し前。

「なるほど…あそこか…」

空中でそう呟く。

ヌルは敵の司令部の位置を割り出した。


ことの経緯としては、敵の行動が急に計画的になったことで、軍師的な立ち位置の人物、ないしはその役割のチームをヌルが疑い始めたことに始まる。

そして司令塔である軍師を先に潰されると戦場が大損害を被ることは想像に難くない。

「実際、俺もハチコさんが最初にやられていたら今の状況があるかは怪しいもんな」


ヌルは敵の動きに迷いが生じていることを薄々感じており、それは分身が爆発して以降が特に顕著であった。

「急に動きが乱れてきた…? いや、いきなり攻撃が激しくなったりバラバラだな……」

彼がそう感想を漏らす通り、ヌルがとある方向に向かおうとすれば急に抵抗が激しくなり、隠れていた者すら参戦する。

「ん? 攻撃の密度が下がった?」

一方で、それ以外の場所に移動すると、相手が生存優先の立ち回りをする。

つまり、何かを守ろうとしている様子が浮き彫りになっていた。

「あっちに軍師がいるのか……? いや、それ自体が演技で俺を罠に誘導してる可能性もあるか。でも、それにしては必死の抵抗って感じだ…」



そして、ヌルが敵軍司令部の位置に対し、確証を得るに至る出来事が発生する。

敵のうち一人がスキルによる高速化を使用して戦線を離脱したのだ。

司令部が分身の自爆を見たことで混乱し、指示が滞った状態が続いたために、直接駆けつけて指示を仰ぐ狙いがあったのだろう。

常人には捉えられない速度で駆け抜けていく。

いくつもの高速化スキルを併用して、瞬間移動にも近い速度で前線を離脱し、司令部へと向かったのだ。

「ん?」

唯一の盲点は、ヌルの強化された動体視力であれば、その移動の瞬間でさえも目視で捉えてしまえると知らなかった事だろう。

ヌルは相手が向かった先にこそ司令部がある事を悟る。

「よっと」

ヌルはその場で垂直に飛び上がる。

そして空中からその人物がどの建物に向かったのかを見届ける。

「なるほど…あそこか…」

窮地において味方の指示を確認しに行った人物をどうして責めることができようか。

しかし、その行動がもたらした結果は趨勢を決するものであった。

ヌルは思念を飛ばして分身に移動を命じる。

目標はもちろんその建物。

飛び上がった空中から自由落下する際、視界の端に自分と同じ機動力を持つ存在が大きく跳躍したのを見届ける。

地面に着地し、僅かに数えた後。

スキルの発動を命じたのだった。


ーーー


ダークネスシャークが急降下の後、速度を落としてゆっくり地面に着地する。


おそらく先程まで居た建物があったと思しき場所まで戻る。

場所が曖昧な理由は、建物の瓦礫すら残らずに全てが砂と化しているからで、生存者はおろかその痕跡すらも見つけられない。

「一体どれだけの威力が……」

彼女自身も自爆に類するスキルを持ってはいるが、自分が100人集まっても同じ事をできるかは怪しい。

敵の能力を確かめるように、砂を掴み、ザラザラと地面に流す。

聞こえる音が砂だけで、先程までの討論が嘘のように静まりかえっている。

そして風に乗って遠くから喧騒が聞こえる。

「アイツが……っ!!」

今もなお生き残った者達を蹂躙している黒い塊が目に入る。

すぐにでも飛んでいって攻撃を仕掛けたい衝動を堪え、生き残りとしての責務を果たすことにする。

「全軍へ。こちらダークネスシャーク。

今の爆発で司令部が死んだ。みんなの生存状況を教えて」

『こちらアタッカーチーム。さっきの作戦に2割、今の爆発で3割ほどがやられた。残存戦力は元々の半分というところ』

『こちらデバフチーム。同じくらいだ。ちなみにタンクとデコイは答えられる奴は戦場にしかいないから予備戦力は全滅だな』

想像通りの答えが返ってくる。

つまり残存戦力は少ない。

「わかった。さっき決まりかけてた作戦を伝える。敵の魔王は倒せるとかそういう次元じゃないから、アイツの情報貰えるだけもらって全滅しようという方針だった。

でも具体的な実行プランを私は聞いてない。誰か何か知らない?」

今度も想像通りで、答えは返ってこない。

指示を出す前に司令部が落ちたことが悔やまれる。

そんな時、声がかかる。

『ダークネスシャークさん』

「ん」

『自分らはあなたの指揮下に加わるんで、好きにしてもらっていいッスよ』

「う…」

彼女は戦闘員であり、指揮官ではない。

しかし、もはや全体の2〜3割となってしまった生き残りの中で、指示を出せる者がいるとすれば、間違いなく彼女だけだろう。

司令部にいなかった他の誰かが作戦を提示したとしても、納得して動いてくれるかが分からないのだ。

究極英雄という名前はそれほどに影響力がある。

「私は…リーダーとかそういうのじゃない…」

作戦の発案などはヤクトに任せきりだったのだ。彼女の役目ではないが、周囲は彼女以外にまとまることができない。

『難しく考えなくていいと思うッスよ。

ジブンらは結局バカなんで、一番デカい攻撃当てて、どんくらい減るかだけ見れたらいいんじゃないッスかね』

『アハハ、何だよそれ』

『私も同意見だけどなぁー』

『わかりみ〜』

ダークネスシャークの耳に多くの笑い声が届く。

彼女は少しだけ心を軽くして思考する。

シンプルに一番強い攻撃を選ぶのであれば、彼女の狙撃にはあまねくを即死させることができる威力がある。

しかし、あの化け物は弱点がどこにあるか不明だし、狙いを定める時間を待ってくれない。

攻撃のための準備が圧倒的に足りなかった。

「あっ!」

そんな彼女の中に一つの閃きがある。

「誰か、ルール変更フィールドって作れるひとはいない?」

わずかな沈黙の後、少し自信がなさげな女性の声が返ってくる。

『で、できます!』

「うん。じゃあ無生物の絶対優位性を構築するフィールドをこの街全体に張るのはできる?」

彼女の発言を受け取って、理解するのにわずかな間がある。

そして動揺した声が返る。

『ええっ!? それってどんな作戦ですか!』

彼女自身、荒唐無稽な質問をした自覚はあるが、他に浮かばない。

「私はアンドロイドで、アイツは合成獣。

相性に絶対優位がつけば心臓の場所が見える。

そうすれば私のスナイプで仕留められるはずだし、情報だって読み取れるはず。

それで、できるの? できないの?」

『で、できますけど、広さを考えると魔力が絶望的に足りません〜〜!!』

理論上は可能。というのは不可能なのだ。

そりゃそうかと彼女も諦めかける。

そこへ男性の声が割り込む。

『オイ、魔力が足りればできるんだな?

俺はエネルギー変換でHPを魔力に変換できる。何人死ねば魔力が足りるんだ?』

『なるほど…』

『アリだな』

突然に異常なニュアンスの発言が持ち上がるも、止める声はなく、むしろ賛同する様子が感じられる。

『ひゃ、100人以上必要になっちゃいます〜!』

『オーケー、安いもんだ、手の空いてるやつ全員集合な。アンタ、座標はどこだ?』

『私は……』

そしてそのまま異常なプランが採用される。

『シャークさん、こちらタンクチーム生き残りの最後の6人。今聞こえてた作戦決行までに守り切れる自信がちょっとない』

「あっ」

『アタックチームがサポートに入る。種族が無生物以外のやつで、HPも魔力もあんまりないやつ、突撃だ』

ダークネスシャークが何かを告げる前に返答がある。

ここにきて会話に置き去りにされた感があるが、その理由をようやく理解する。

みんな彼女が優しい人物である事を知っているのだ。

前線に出て死ねと命じれば、HPを全消費して魔力になれと命じれば、その命令の責任を負う必要がある。

彼女は作戦がどうであれ気に病むだろう。

ゆえに誰もが自主的に擲つことをためらわずに行動する。

「……ありがとう…、よろしく」

彼女はそう告げるのみだった。



ーーーー


急に敵がなりふり構わなくなってきたことにヌルは疑問を感じる。

防御に自信のありそうなプレイヤーではなく、攻撃をメインにするスタイルのプレイヤーが出てくるようになった。

また、レベルが100未満の者もいるため、触手で掴んで投げるまでもなく、叩くだけで消滅するようなプレイヤーが増えてきた。

「うん? どういうことだ、総決戦的な?」

そう口の中で話すが、意図が読めなかった。

敵の方から向かってきてくれるのはとてもありがたい。

何せ残りのイベント時間には余裕がない。

逃げ出されたらいよいよ打つ手がない。

そのことを思いながらも触手を振り回し、高速移動しながら叩き潰していく。

水滴を雑巾が拭うように触手が敵を消し去る。

そして見える限りの敵を倒したところで、ヌルは状況が変化したことに気づく。

若干、足が重い。

メニューを確認する。

自分のステータスにはバフともデバフとも違う効果が表示されている。

「無生物絶対優位フィールド効果……なんだこれ?」

そのフィールドの効果を読み始めたヌル。

「つまり、ロボットとかの種族が超強化されるみたいな…? っと!?」

突然大量のミサイルが向かってくる。

そのミサイルがとても早く飛来する感覚があり、絶対優位性を認識する。

「そういう…ことかっ!」

ヌルは咄嗟に触手を翼を閉じるように構え、イージスエリアのバリアを起動する。

同じ形状のミサイルが大量に存在していたため、イージスエリアが正しく発動して一発目以降のダメージを無効化する。

それでも最初のミサイルで1200ほどのダメージを受けた。

総HPからすれば微々たるものだが、食らったと自覚したダメージはこれが初めてであったように感じる。

「防御力も下がってるのか。いや、無生物の能力が上がってるってことなのか?」

ミサイルの雨が止み、ステータスを再度確認する。

「俺の防御を越えてくるなんてな……」

そう言いつつ触手の防御を解いた瞬間だった。


───胸にある宝珠をレーザーが貫いた。


ーーーーー


「ヒット!」

ダークネスシャークは静かに狙撃を成功させ、絶対優位性と武器効果によって魔王を即死させることに成功する。

「やりましたね!」

「うん、1ダメージでも入れば、殺せる……。

触手に防がれさえしなければ狙うのは簡単」

彼女は周囲の機械系のプレイヤー達と喜びを共有する。

彼らは目眩しのためにミサイルを発射してくれており、その直後の緊張が緩んだ一瞬を狙ったのだ。

山ほどの犠牲が報われたのだと、彼女は喜びを噛み締める。そして相手の消滅を見届けようとスコープを手にしたその時だった。


今度は魔王がいた方向から数十条あまりのレーザーが照射され、周囲のプレイヤー達を破壊した。

先程撃ったミサイルのお返しと言わんばかりのレーザー照射の雨であった。

「えっ…」

そして、その状況を全く理解できないまま、

彼女自身もレーザーの直撃を受け、耐えきれないほどのダメージを蓄積する。

アンドロイド特有のシャットダウンを模した消滅演出として、徐々に機能が停止するように視界が閉じていく。

彼女のぼんやりとした視界に銀色の何かが到来した。

魔王だろうか? もはやうまく見えなかった。

「何で……こんな、こと」

そう呟く彼女に声が返る。

「先にやったのは、アンタらだろ?」

消滅する間際、怒りに満ちた男の声を聞いた気がした……。

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