第44話 未知の強敵と秘密兵器

あまねく配下のプレイヤーたちに指示を下し、ヌルは魔王軍本陣へと疾走していた。

湿った肥沃な土に草が点在する場所を抜けていく。

ぬかるみに足を取られそうな場所はあれど、ヌルは今の身体に慣れきっているためハチコのようにバランスを崩すことはない。

触手で重心を完璧に制御してみせ、よりスピードを上げてみせるのだった。

そうして高速で移動を続けるヌルだったが、急に体が重くなり、思うように移動ができなくなる。

「うおっ、何っ!?」

地面に沈んだかと床を見れば異常はなく、単純に速度が落ちている事を認識する。

「……魔法かっ!」

ヌルは自分の種族、つまり合成獣についての特徴を正確に把握しており、世界図鑑と自身の経験とで魔法に対する耐性が弱点である事を理解していた。

すぐさまメニューを確認する。

「HP正常、状態異常ナシ、スキル封印ナシ。

つまりフィールド系効果って事か?

だとしたらどこかに目印が……」

現在のヌルは決戦仕様である。

パーツの構成は多様な状態異常への耐性を強化しており、攻撃魔法はもちろん、変化系の魔法であっても無効化や軽減をすることができる。

しかし、相手を指定しない地形効果や、超一流の魔導士の魔法であれば話は変わってくる。

「アレは……魔導士か?」

ヌルが周囲をくまなく見渡すと、遠くに桃色の人影を発見する。

体が重たく、跳躍が封じられているため、触手を長く伸ばして一歩一歩の距離を稼ぐように器用に移動する。

「うん………?」

ヌルの想像通り相手は魔導士だった。

桃色のゆったりしたローブを着た女性で、切り株に腰掛けた状態でうつらうつらと


『Lv.117 みんなの・雲ちゃん エンジェル/四重魔導士』


名前が見えた事で、ヌルは彼女が敵である事を認識したのだが、ブレインゲームの中で眠っているという事実に驚きを隠せないでいた。

夢の中で眠るようなものであるが、意識を失っていれば安全上の設定でゲームから強制ログアウトされてしまう。

眠っている状態がよほど自然か、意識を保ったまま眠ることができるという、いずれにしても特殊な人物である事が窺える。

ヌルの接近を感知したのか、彼女のそばに置いてある、ベルのついた時計が「ジリリリリ…」と音を立て始める。

「しまった、罠か!?」

身構えたヌルを他所に、雲ちゃんは煩わしそうに目覚まし時計を蹴飛ばす。

「んぅ……」

目を覚ました彼女は周囲を見渡す。

警戒を解かず、いつでも飛びかかれる姿勢のヌルを見つけると数度まばたきをする。

銃を構えた者同士の膠着に似た、相手の動きを先読みする空白の時間が発生する。

少なくともヌルはそう感じていたのだが、雲ちゃんは切り株から立ち上がることもなく僅かに体を傾ける。

「おはよう、ございますぅ。あなたの雲ちゃん、ただいま、起床、しましたぁ」

名前に違わない、柔らかな挨拶を投げかけたのだった。


挨拶を投げかけられて数秒、ヌルは状況が飲み込めず動揺していた。

しかし、雲ちゃんがヌルを眺めたまま止まっているのを見て、彼女がヌルの返事を待っている事を理解する。

依然として警戒姿勢を解除することは無いままだが、礼儀として挨拶を返すことにする。

「はじめまして、魔王ヌルです」

動作も右手を短く上げるだけのものだったが、それを見た雲ちゃんは満足そうに笑う。

「んふふ、これでお友達ねぇ。よろしくぅ」

ひらひらと手を振る。

ヌルは未だに動きが遅いままであり、確実に原因は彼女にある。

しかし、その意図が読めないため、ヌルは警戒を緩めずに話しかけることにする。

「よろしくお願いします。……お友達なら、

この魔法を解除してほしいのですが?」

「……?」

ヌルのハッキリとした物言いに対し、雲ちゃんが首を傾げて見せる。

そしてそのまま数秒間停止する。

「………あっ! うん、いいよぉ」

何かに思い当たったようで、どこからともなく杖を取り出すと、地面を擦るように動かす。

それだけでヌルは体の重さが消えるのを知覚した。

ヌルは体の動作を確かめながら、聞かずにはいられなかった事を尋ねることにする。

「ありがとうございます。それで、なぜこのような魔法を使っていたんですか?」

魔王の足止めという理由であれば納得のいく完璧な答えで、成功したと言えるのだが、それにしては様子が変であり、ヌルは相手の事情を知るためにも会話を選んだのだった。

雲ちゃんはマイペースに「うーん…」と空を数秒見つめて、言葉を組み立てる。

そして自分を指差す。

「わたし、迷子なの」

「はぁ」

「だから、誰かに道をききたいなぁ……って。でも、誰かを探すと、もっと迷子になっちゃう。でしょ?」

「いや知らないけど…」

流石にヌルも口調が砕け始める。

これまで気を張っていたが、魔法も解かれ、相手が警戒に値しないのではないかと考えはじめていた。

「そうよぉ、そうなのよ。だからアリジゴク作戦で、道を知ってそうな人を捕まえて、聞くことに、したの」

そう言ってヌルを指差す。

「……勇者勢わたしたちの本陣は、どっちかしらぁ?」

そう問われ、ようやくヌルは状況を推察する。

「ああ、わかった。つまりあなたは…」

「雲ちゃん」

「…雲ちゃんは、迷子になった。それで道を聞きたいから、近くを通った人が自分の元に来るように魔法でフィールドを形成して待っていたって事か?」

「はぁい。その通りよぉ」

朗らかな言葉が返ってくる。

その態度と行動にヌルは大いに呆れてしまう。

本来は情報を聞き出したら倒してしまうつもりだったのだが、その気もなくなってしまう。

とはいえ、情報を聞き出したいという気持ちはある。本陣に急行したさはあるが、敵のトッププレイヤーと話す機会はそうないだろう。

自分が生きていて宝珠が頭に装着されている限り敗北はない。

情報の価値から考えて、今は彼女に質問を投げかける時間だと判断した。

「道を教えるのは構わないけど、せっかくだしこっちの質問にも答えてほしいかな」

「いいわよぉ」

「ありがとう、先に教えておくけど、あっちが青の大地だ。真っ直ぐ向かったらいいよ」

「ふふふ、ご丁寧にどうもぉ、そちらも質問をどうぞ〜?」

彼女の言葉遣いが独特であるため、互いに回りくどい会話となる事態は避けて、素直に聞くことを意識する。

「で、さっそくだけど、さっきの魔法は一体何なんだ? 俺はデバフには強い耐性がある筈なのに、ガッツリ速度が落ちた。初めての経験だったんだけど?」

もし先程の魔法が戦闘中に使われていたら、例えばあまねく程の強者ならヌルを討ち取れる可能性が出てくる。

しかし、強力な魔法には必ず理由がある筈であり、無条件でヌルを鈍化させるというのは流石に強すぎる。

「うんうん。えーっとねぇ…」

素直に質問する計画が功を奏したのか、ヌルの言葉への返答を考え始める。

「魔法の条件を緩くしてぇ、4個混ぜたの!」

「……?」

ヌルは何を言われたか全く理解できなかった。

自身の弱点である魔法をカバーするため、一通りの知識を頭に入れていたハズだったが『魔法の条件』も『混ぜる』という言葉も耳馴染みがない。

自身に致命傷を与えうる技術について全く知らなかったというのは非常事態であり、ここで知る機会を得たことに感謝する。

「…もうちょっと詳しく教えてくれる?」

「いいわよぉ」

雲ちゃんは少し悩んだ後、口を開く。

「実演でもいーい?」

ヌルは頷く。

「じゃあ、やって、みせるねぇ」

雲ちゃんが杖を持って魔法を発動させる。

雷の魔法が杖の先から放たれ、ヌルにヒットするもダメージが発生する事なく消失する。

ヌルは雷属性の攻撃に対する耐性を得ている。

パーツの効果が正常に発揮された結果であって、当然として認識する。

平然とするヌルを見て、雲ちゃんは「うんうん」と頷く。

「これはねぇ、ただ魔法を、つかっただけ。

それでね次に使うこれは、ホントはねぇ、秘密なのだけど…」

雲ちゃんがもう一度魔法を発動させる。

同じ雷の魔法であるにもかかわらず、今度はヌルに150! とダメージが表示される。

「え!?」

かすり傷程度もないダメージだが、彼女がスキルを使用した様子もないのにヌルの耐性を無視して攻撃が成立している。

「ど、どうして…?」

「えへへ……、わたし、すごいでしょ〜? 

魔法はねぇ、敵に使うと、攻撃になるのよ。

それで、敵に耐性があると、レジストするの」

「それは、当たり前の事だよね?」

「うん…。でもねぇ、味方に使うと、レジストされないの。だからねぇ…

そう言って雲ちゃんは狂気を含んだ穏やかな笑みを浮かべるのだった。

その言葉にヌルは戦慄する。

「そんな…冗談だろ…」

ヌルは耳を疑ったが、今自分の身に起きたことと相手の態度とが真実を物語っている。

確かにスキルは使用者の意識によって、威力も性能も変化する。

しかし、だからといって“相手を味方だと思い込むことで抵抗力を無視できる”というのは、あまりに荒唐無稽な話である。

つまるところ、彼女の持つ精神構造が、ゲームのルールを無視できるほどに異常であることの告白なのだから。


ヌルは彼女の答えから今後の対策を練るつもりでいたのだが、これが真実であれば、味方の援護を阻む方法がないのと同じく、彼女の魔法は対策不可能ということになる。

彼女が平然と秘密を明かしたことも、対策されないという自信の表れではないかと察して、ヌルは背筋が凍る思いだった。

「それでねぇ、魔法を混ぜるのは…」

そんなヌルの動揺を置き去りに、雲ちゃんは淡々と魔法の解説を進めていく。

彼女が何もないところに魔法を使うと、その周囲には魔法のシャボン玉のようなものが浮遊し始める。

「こうやって魔法を置いてから…くっつけていくの」

魔法のシャボン玉に別のシャボン玉を重ねると一回り大きいサイズの一つになる。それを3回繰り返し、スイカほどの大きさになったものを地面に当てると、割れるのと入れ替わるようにして2人の周囲に魔法の効果が発生したのだった。

「な…なるほど…」

ヌルは動揺を押し殺しながら感想を口にする。

幸いだったのは、この“魔法を混ぜる”という行為が見ただけで仕組みが理解できたことか。

連続で使う魔法を一度手元に留めおくことで、複合した効果を持つ1つの魔法として成立させる…いわば料理のようなものだと認識した。

もしこの魔法を混ぜる行為もヌルを震撼たらしめるレベルの技術であったなら、状況から来るストレスと相まって今頃は恐慌状態に陥っていたかもしれない。

「つまり…さっきの魔法は、これらの効果を重ね合わせて、通ったやつ全員にかかる魔法として使ったってことか?」

ヌルは平常心を掻き集めつつ尋ねる。

「そうよぉ。わたしの、トクベツな魔法なの。またこの魔法を見かけたら、その時も、道案内してねぇ」

そう言って雲ちゃんが立ち上がる。

そしてヌルに手を振る。

「じゃあ、また会いましょうねぇ」

「あ、ああ…」

命令が切り替わったロボットのように、突然に説明を終わらせると、ヌルの示した勇者勢本陣の方角へと歩き去っていくのだった。

その行動の変化に違和感を覚えるも、ヌルは彼女を呼び止めることはしない。

今からでも追いかけて倒してしまうべきか逡巡したのだが、相手の能力と本来の目的を鑑みて見送ることにしたのだった。


ーーーーーーーーーーー


ヌルは雲ちゃんを見送ってからすぐに移動を再開した。

自陣を目指して全力で疾走する。

未だ本拠地は魔王軍の支配下であるため、ヌルが迷子になることはない。

ヌルがここに来るのは1日振りである。

魔王軍の本陣ではあるが、それは名前だけであって、街のプレイヤー割合は99%以上が敵。

よって、ヌルが町に到着した際、見渡す限りが敵プレイヤーという状態だった。

「……これは、見ていて気持ちのいい光景じゃあないな」

イベントが始まって短期間ではあるが、自分の家と決めた場所を他人が土足で闊歩している。

その様子を強く目に焼き付ける。

ヌルは覚悟を決めた。

「1人も、逃しては帰さない…」


明日のイベント開始時間には、死んだプレイヤーは自陣の奥地にある“墓地”というフィールドで復活する。

墓地から歩いて自陣へと戻るのだが、移動先を敵に占拠されていたら体勢の立て直しがままならないだろう。

ルール上、リスキル(リスポーンキル:復活したばかりの準備の整わないプレイヤーを襲うこと)が禁止されているため、勇者勢が魔王軍の墓地には近づくことはできないが、そこから赤の街に至るまでの道で待ち伏せされれば同じことである。

そのため、例えこの赤の街を占拠している勇者勢が逃げ出しても、潜伏させることなく倒し尽くす必要があるのだ。

普通に考えれば無理な話である。

しかし、ヌルは普通ではない。

「もうコレを使う時が来るなんてな…」

ヌルは自身の所持品を漁る。


魔王には秘密兵器が3つある。

一つは『インスタントGMシステム』。

戦闘中に使う最終手段であり、GMモードになった時点でHPや状態異常が全回復する。仮に相手が合成獣に完全有利を取れる装備であっても、逆転することができるだろう。


二つ目に『魔王の権能』。

これはアマルガムの事だが、実はヌルは他にも取得している。とはいえアマルガムはコストが最も。これを使用した時点で『魔王の権能』で取得できるスキル全ての再使用時間が6時間まで延びてしまう。


そして三つ目に…。

ヌルは所持アイテムの中から一つの料理を取り出す。

『陽夏特製:究極のお弁当★★★★★』

これは陽夏の作ったオリジナルアイテムである。

使用先のレシピが存在しないモンスター素材を料理に使用した場合、オリジナルアイテムが生成される。

製作者がアイテム名を自由につけられるほか、レアリティを示す白い「☆」が黒い「★」に変わる。

そしてアイテム効果は「製作者の熟練度」と「素材のレアリティ」のみで決定されるのだ。

見た目も味も“おにぎり”なのだが、素材には料理に絶対使わない激レアモンスターが使用されている。今まで誰も素材として使用しなかったモンスター素材を用いた事で、料理の効果も今までにないものになった。


かつてヌルが魔王城で育てていた「暴食幼虫」というモンスターは、触れただけで死ぬような最弱モンスターであるのだが、これは成虫になるまで生き残ると美しい蝶へと成長する。

この成虫は「夢幻蝶」というモンスターであり、プレイヤーに出会った時点でレアアイテムを落として消滅する特性がある。

幼虫と蛹がすぐに死ぬ関係上、一般的なプレイヤーは完全な偶然以外では出会えないモンスターだったのだが、ヌルが魔王城で育てた事で、幼虫から成虫まで進化した。

普通ならヌルがアイテムを入手して終わる話であり、ヌルも当初はその予定だった。

しかし彼は、ふと「このモンスターを素材としてパーツに利用したらどんな効果を得られるのか?」という点に興味を持ってしまった。

ゆえに究極の速さで「夢幻蝶」がアイテムを落とす前に倒した。

そうして得たパーツの効果だが「運気上昇」というヌルの期待した戦闘面での効果ではなかったため、陽夏に渡すことにしたのだった。

そして彼女がこれを料理の材料にした。

戦闘面に有利な効果の料理が出来上がった事で、ヌルに渡された。という経緯がある。


改めて効果を見てみる。

『陽夏特製:究極のお弁当★★★★★

発動所要時間:0.2秒

効果1:全パラメータ1.1倍(15分)

効果2:敵撃破時、使用済みのランダムな種族スキルから1種類が再使用可能になる(15分)』

という非常に特殊な性能であった。


秘密兵器とはピンチに使用するもの。

この本陣を奪い返さなくてはならない局面は、魔王軍にとって窮地以外の何でもない。

ゆえにヌルは迷うことなく、この『陽夏特製:究極のお弁当』を肩に装着されているドラゴンの口へと放り込む。

おにぎり味がしたのは別として、アイテム効果である「パラメータ上昇とスキル再使用」の効果が付与されたことを確認する。

そして自軍の本拠地へと足を踏み入れた。


『邪気充填』などのサポートスキルを次々と発動させながら全速力で最寄りのプレイヤーへと駆け寄る。

7人ほどのプレイヤーグループであったが、魔王軍本陣制圧という一応の目的を達したことで、警戒を解いているのが見てわかる。

「ん? 何か──」

ヌルは接触すると同時に『圧縮合成』を使用する。

パワーアップ状態のヌルの高火力スキルをまともに喰らったプレイヤーは、声すら発することなく消滅する。

ここにいるのは“エニシ”を構成するギルドであり、精鋭であるため、ヌルが相手取っているのも熟練のプレイヤーたちである。

しかし、対応前にヌルの高火力スキルを受ければ、死亡する以外の道は残されていない。

むしろヌルがパワーアップ状態であることで、『圧縮合成』を受けた相手が防御の姿勢にあったとしても生き残れるかは疑問である。


プレイヤーを倒したことで秘密兵器の効果が発生する。

『圧縮合成』の再使用時間がゼロとなり、もう一度使用が可能になるのだ。

すぐに別のプレイヤーに近づくと同時に『圧縮合成』をお見舞いする。さらに別のプレイヤーにと繰り返し、瞬く間に7人のプレイヤーが犠牲になる。

「まだまだっ!」

ヌルは別のグループへ向かって跳躍する。

相手が「何が起きているか」を正しく把握できていないうちに背後に着地する。

右手で掴んで『圧縮合成』が発動した直後に今度は左手で別のプレイヤーを掴む。

鬼ごっこが上手い子どもが次々と捕まえていくように、リズミカルに敵プレイヤーを消滅させていく。

ヌルに近寄られると知覚する間もなく消滅するため、新しいグループも人数を減らすが、ここでようやく遠くから見ていたプレイヤーが異変に気づくのだった。

「敵だぁっ!!」

ようやくヌルの存在……というよりかは何か黒いものが襲撃しているという事実に気づき、そのことを周囲に共有する。

「おお…」

その声を聞いたプレイヤー達が一斉に警戒姿勢に変わっていく様子に、ヌルは敵ながら感心してしまう。

以前襲撃した街であれば、味方の声にすら疑念を抱き、まずその声の主を探す素振りだった。一方、眼前に展開しているプレイヤー達はすぐに互いの死角を補うように陣形を取る。

そしてあたりを見回してヌルを見つけると、ヌルの方角に向けた陣形へと編成を変えて、歴戦の精鋭のなんたるかを見せつけたのだ。


彼らは魔王が異常だという話をギルド連盟の代表から聞かされていた。

そのため心のどこかで魔王を常に警戒していた。

例えば街を制圧して、気を抜いた瞬間に現れても、すぐに対応できるように準備を整えていたのだ。ゆえに今の状況があるのだが、既に覚悟を決めているヌルの動きは彼らの想像を越えていた。


魔王は縦横無尽に空中を駆け回る。

目で追えないスピードの敵とどう戦えと言うのだろうか。

しかも、僅かな時間だけでも接近したプレイヤーのHPが突如ゼロになっている。

まるで“風が吹いたら近くの誰かが死んでいる”かのようだった。

「こんな…こんなことって…」

「口を開く暇があったら反撃しろ! アイツだってプレイヤーなんだ、デバフを重ねればいつかは止められる!」

そう言ってスピードを下げる魔法をかけようとするが、視界から消えてしまう。

捉えられない相手を目標にはできない。


未だ正確な形を把握できない黒い塊は、射線を切るように細い路地を経由している。

しかも、姿を消す何かしらの能力を持っているのか、入った場所とは全く違う路地から出てくる。

そうやってメチャクチャなルートで動き回る間にも、すれ違ったプレイヤーがどんどん消滅していく。

「なんだよ…なんだよコレェ!」

初めは接触したプレイヤーがどんどんと倒されていったのだが、途中で黒い塊から

「あ、そっか。こうすればいいのか」

という声が聞こえてからは、10mほど離れた人物でさえも何か影のようなものが一瞬で伸びて来て、接触した瞬間にHPがゼロになっていた。


ヌルは触手でも『圧縮合成』が使えることを思い出した。そのため、移動以外の触手で攻撃することにしたのだ。

遠くに視線を感じれば道中の敵を倒しながら近くの路地に入り、透明化するパーツを使用して別の道へ。

カウンターのような待ち構えている相手に誘導されれば『サルトビの術』を使って、全く関係ない場所に出現することで相手の混乱を煽る。

ヌルが本拠地にしておよそ10分。

そこを占拠したプレイヤーの3割が既に姿を消していた。

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