第40話 あまねく奮迅戦

あまねくの放った一撃がプロミネンスのHPを一瞬でゼロにする。

(流石ね…油断したわ)

あまねくがいくら強いといはいえ、レベル112のプロミネンスを一撃で葬り去るのは準備が必要である。

どのタイミングから機会を窺っていたのかは不明だが、おそらく周到に能力上昇スキルを積み重ねてから攻撃したのだろう。

プロミネンスは完璧なタイミングを賞賛する気持ちと共に、少しだけ寂しさを覚える。

彼女は驕り高ぶるトッププレイヤーとして、

この孤独な侍にシンパシーを感じていたのだ。

その彼がまさか仲間ティオを助けるなどという事態は想定していなかった。

(そっか、彼も変わったのかしら? 

まぁ狙い通りの魚が釣れたわけだし、この勝負はあたしの勝ちよね…)

消滅しながらも決して負けを認めない、頑固者なプロミネンスなのだった。


「あまねくさん、助かりましたデス!」

「うむ。救援依頼が入ってな。俺の配下の3割を連れてきてやったぞ。感謝しろ」

「ありがとうございますデス!」

魔王軍のために協力するのであれば互いに皮肉を言うこともない二人。

「俺は救援にきてやった。お前はお前の役目をまっとうしろ小娘」

「えっ、あ、ハイ。ボクはみんなを応援してまわります。まずはあっちに行きます!」

ティオは神輿を担ぐ者たちに指示する。

向かう方向は中央の建物であり、幹部メンバーが生き残っていれば合流する意図だ。

そうしてティオがその場を去る。

一人残ったあまねくは信号弾を打ち上げる。

味方にメッセージを伝えるためではない。

「あれは…? あまねくだとっ!?」

「何でティオ以外の四天王が──がっ」

あまねくは自分を見つけたプレイヤーを感知し次第、無差別に攻撃を始める。

「ひゃっはぁ! 乱戦とはかくあるべきだぁなぁ!」

両手に刀を持ち、嬉しそうに戦い始める。

寄らばティオの配下であっても斬るつもりだが、ティオの配下は指示されていないことはしないのだ。信号弾のことを認識していても自分の持ち場を離れてまで確認しに行くような者はいなかった。

一方で勇者勢はどんどん集まる。

目的の人物であるティオがそこにいると誤認した結果、気を逸らせて駆けつける。

「喰らえやぁ!」

そして鬼に斬られるのである。

あまねくは敵を斬ったそばから空間を切り裂いてワープする『空間断ち』を多用して神出鬼没に立ち回っている。

本来『空間断ち』は連続で使えるスキルではないのだが、装備の構成を見直して”乱戦専用の装備“にすることで連続使用を可能にしている。

敵を斬った際にスキルの再使用時間とHPが回復するが、常にHPが減り続ける装備──つまり戦い続けなければ死亡するピーキーな構成にしているのだ。

しかし装備面に限らず、彼は強くなっていた。

最も重要なプレイヤースキルという点で。

あまねくはイベント開催までの数日、ヌルに頼んで1対1で修行する時間を作ってもらった。

あまねくは新しい戦い方を作り上げるために。

ヌルは経験と知識を積むために。

そうしてあまねくは元々持っていたセンスがさらに磨かれた結果、戦い方がヌルに近くなってしまった。つまり───。


遠くで見ていたプレイヤー達の会話。

「ナァ、今あまねくの腕5本くらいなかったか?」

「んな訳ないだろ」

「俺が確かめてやるよ…防御には自信があるんだ」

そう言ったプレイヤーが両手に盾を構えて重装備をアピールする。

そして雄叫びを上げてあまねくに吶喊する。

あまねくは『空間断ち』でそのプレイヤーの隣に出現する。

それと同時に右手の刀を大上段から振り下ろす。

勇者勢プレイヤーが左手の盾で受ける。

あまねくは気に留めず左手の刀で逆袈裟に斬り上げるが、そちらももう一方の盾で受け止める。と、同時に勇者勢プレイヤーの腹部を3本目の刀が貫いた。

「は????」

これが断末魔である。

あまねくの手の内を明かそうと勝負を注視していたプレイヤー達でさえ

そして見ていたプレイヤーたちの元へ『空間断ち』であまねくが出現する。

「あっ」

呆気に取られるプレイヤーを両断するのはあまりに容易い。

あまねくが大方のプレイヤーを切り伏せ、残りはさほど気にしなくてもいい者──偵察系の仕事に来たプレイヤーと判断して放置する。

装備を乱戦専用から、普段のバランスの取れた構成のものに切り替えつつ、ゆっくり歩き始める。


そうして到達したのは大通り沿いの建物。

彼は誰もいない路地に声を掛ける。

「さっさと出て来い。時間の無駄だ」

「なーんや、バレてたんか」

路地裏からノ・ヴァが姿を見せた。

普段の──飾りだけの細剣を下げた冒険家風の格好ではなく、丈の長い拳法着に身を包んだ姿であり、彼女が本気であることを窺わせた。

「お前の気配は煩わしいからな」

「うえっ!? ヒドいこと言うやん、あまねく兄ぃ…」

「それで? 聞くまでもないことだと思うが、何の用があって来た?」

そう尋ねる彼は闘気を漲らせており、既に刀の鍔を浮かせていた。

ノ・ヴァは挑戦的な顔で拳を構える。

「言わんともわかってるやろ? 一騎打ちや、あまねく兄ぃ」

「くだらん…と言ってやるところだが…。

いいだろう。お前をこのまま野放しにするわけにもいかないしな」

そうして互いに臨戦態勢の構えで対峙する。

「ウチが勝ったら…」

「俺が勝ったら…」

「ウチをお嫁さんにしてもらうで」

「俺の配下になれ」

「「………。」」

ノ・ヴァがニヤリと笑う。

「考えてる事は同じやな」

「違うと思うが…」

「いいや同じやで、ウチが勝つから…なっ!」

ノ・ヴァが不意打ちに貫手を放って死闘の幕があけた。


あまねくは最小限の動きで避けると腕を切り落とそうと刀を振り下ろす。

しかし、ガキンッと金属同士の当たるような音がして刀が弾かれる。

ノ・ヴァは両手にバリアを纏うスタイルである。合わせてウェポンマスターの能力で意図的にバリアの厚い部分を作り出し、攻撃を弾いたのだ。

攻撃を弾かれたあまねくだったが、もう一方の刀も同じように振り下ろす。

「フンッ!」

「うぅ重っ!?」

今度は刀は弾かれたものの、衝撃にノ・ヴァが耐えきれず体が沈む。

バランスを崩したノ・ヴァが地に転がり、すかさずあまねくが追撃を加えようと串刺しに刀を突き出すが、そのまま床を転がってノ・ヴァが回避する。

ノ・ヴァが地面に掌底を打ち込むように飛び上がって距離を取り、態勢を立て直そうとする。

しかしあまねくが距離を詰め、それ許さず大上段から刀を振り下ろした。

ノ・ヴァは態勢が乱れたまま回避に転じようとするが、あまねくがもう一方の刀を逆手に抜いているのを見抜く。

初撃を避ければ二撃目が致命傷になると判断し、抱きつくようにあまねくに密着する。

振り下ろした太刀は空を切るも、逆手に持った刀を器用に動かして密着したノ・ヴァを斬りつける。

「やばっ!」

ノ・ヴァはダメージを受けた時に緊急回避できるスキルを使い、あまねくから離れた2階建ての建物の屋上にワープする。

斬撃を当てれば追撃を発生させるスキルがあることを彼女は知っている。それを嫌って緊急手段の手札を切ってワープしたのだが、その判断は正解だったようである。

現にノ・ヴァがいたはずの場所に斬撃のエフェクトが表示されている。

「強ぉ…前と全然ちがうやん…」

ノ・ヴァの素直な感想が口をついて出た。

最後に戦ったあまねくはカウンター主体の戦術だった。攻撃を誘導された後、一番痛いダメージのカウンターで返す手法をメインにしていたはずである。

しかし、現状カウンターを使わないどころか、こちらの攻撃を許さない程に密度が高い戦術を繰り出してきている。

ノ・ヴァは屋上から身を乗り出すと声を張り上げて話しかける。

「あそこまで登り詰めておきながら、カウンターを捨てるんか!」

「ああ。だが、この方が楽しいだろ?」

あまねくがニヤリと笑う。

その言葉にノ・ヴァが激昂し構えを変える。

「楽しいから戦い方を変えた…? ウチはあまねく兄ぃに勝つことだけを…強さだけを求めてここまで来たのに、アンタはそんな理由で闘うんか…許されるハズないやろ!」

ノ・ヴァはあまねくに向かって飛び、空中に躍り出る。

「冥界十王!!」

10人に分裂したノ・ヴァ。

その半数が空中で回し蹴りを放つと、もう半数がその足をバネにしてあまねくへと突撃する。

「判断を誤ったな」

あまねくは少し距離を取って避ける。

突撃を外して着地した5人のノ・ヴァだが、地面を滑るように移動してあまねくを包囲する。

「それはこっちのセリフや!」

空中で自由落下している本体がそう叫ぶ。

「今から冥界十王を使っても間に合わんで!」

その言葉と共に分身たちが攻撃を構える。

分身たちが相手に破壊のオーラを送り込む『暴虐拳』や防御力を貫通する『崩震撃』などを打ち込もうとする直前。

「必要ない」

という声を聞いた。

あまねくは、3人の分身からほぼ同時に繰り出される『暴虐拳』に対して、両手の刀でそれぞれ『必中の剣』を放って2人と相殺する。

その瞬間、刀から手を離して新しい別の刀に別の2人に『極意の太刀』を発動する。

『極意の太刀』の効果が発動した瞬間さらに刀から手を離すと、新しい刀に持ち替えてから『死の構え』を発動し、5人目の分身の放つ『崩震撃』をカウンター技『鬼神ノ太刀』で返り討ちにする。

「なんや…ソレ…」

ノ・ヴァは絶句する。

5人で攻撃を仕掛けたハズなのに3人が討ち取られて、仕掛けられた側が無傷なのだ。

つまりノ・ヴァ5人よりも、あまねく1人の方が強いという証明に他ならない。

しかし彼女が言葉を失ったのは、実力差を目の当たりにしたからではない。

あまねくが平然とやってのけた事が、いかに難度が高く、常軌を逸した技術であるかわかってしまったからだ。



──あまねくはここ数日、ヌルと修行を積み重ねてきたわけだが、埋めようのない能力差を味わい続ける時間を過ごした。

ヌルは攻撃威力も速さも格上の相手だ。

その上、25本ある触手を自在に扱い、25箇所を変則攻撃をすることさえ可能だった。

その熟練度の高さには心から称賛を送るものだったが、だからといって負けっぱなしというわけにはいかない。

あまねくは手数の差をどうにかして埋められないかと模索し続けた。

腕の本数を増やせばいいというものではなく、根本的な技術の見直しを図った。

そして彼が到達したのが、攻撃の効果を残して次の攻撃に切り替えるというトンデモ技法だった。

武器から手を離した場合、次の武器を握った時点で直前の武器は消滅する。

その仕様をいいことに攻撃の瞬間に武器を持ち替えて、擬似的な連続攻撃を繰り出すことにしたのだ。

裏技というより反則的な技術である。

しかし神速とも呼べる動きの中で、”これから出現する武器ありきで完璧なタイミングを予測して戦う“などという意味不明なセンスを持った超人なんて現れるはずもないだろう…と運営は許容した動作であった。

結果として、ここに意味不明なセンスを持った超人が誕生してしまったワケである。



冥界十王は10人に分裂するが、10人が完璧に同じ場所を攻撃できるはずもなく、手数はヌルよりもずっと少ないのだ。

あまねくがヌルとの対戦で慣らした反応速度からすれば止まって見えるレベルだっただろう。

そんな事情も知らないノ・ヴァは本体を残して分身が全滅してしまう。

「なんで…、なんで…?」

一体何をどうしたらここまでの極みを目指すことができるのか。

ノ・ヴァは追いかける背中が遠すぎて狼狽えるばかりになってしまった。

「お前では勝てん。諦めろ」

そう告げるのは彼の優しさである。

昔なら彼は勝利を誇って、その上でトドメを刺しただろう。

しかし、現時点で技術に差がありすぎることを互いが理解しているのだ。それと勝利に固執していた昔の自分を見ている気分だったのも理由かもしれない。

これ以上は無駄だと介錯を申し出たのだが…。

その優しさが却ってノ・ヴァを追い詰める。

顔を上げた彼女の顔は焦りに満ちていた。

「負けられへん…何がどうあっても負けるわけにはいかんのやッ!!」

そう叫んだ彼女の目は正しくあまねくを見ていなかった。


ノ・ヴァは装備を切り替え、黒く禍々しい、呪いを体現したような鎧の姿になる。

そして鎧から赤と青の入り混じったオーラが溢れると、ノ・ヴァの表面を覆い尽くした。

あまねくはそのオーラに見覚えがあった。

いや見覚えどころか、性質上、よく見かけた。

「愚か者が……!」

「あはは? 全身”完全斬撃無効”や! もうあまねく兄ぃはうちに勝てへん、降参しぃ!」

斬撃無効とは名前の通りで、切り裂く攻撃が全て無効化してしまう。

あまねくは刀のみに特化した戦闘職である。

そのため攻撃の9割以上は斬撃によるものだ。

今まであまねくが相手をしてきた中にも斬撃無効オーラを使う者はいたが、体の一部分がせいぜいで、このように全身を覆う相手は初めてだった。

「安全圏からの一方的な攻撃には、絶対に足を踏み入れるなと教えたはずだぞ…っ!」

その日、初めてあまねくが強い感情を見せる。

「負け惜しみかぁ? 関係あらへん、この世界は強いものが勝つ、勝ったものが正義や!」

そこからもう、あまねくにとってただ虚しい戦いの時間だった…。



本来、完全にダメージ無効の相手と戦う羽目になったのなら逃げてしまうのが一番である。

意味のない行為を続ける必要はない。

しかし、ノ・ヴァがトッププレイヤーであることがそれを許さない。彼女はあまねくの動きを見て理解できるほどに熟達したプレイヤーであり、移動速度であまねくに迫ることは十分にできる。

では斬撃以外の攻撃で戦うしかないのだが、やはりそれが通用するほどノ・ヴァは弱くなく、あまねくは追い込まれた状態での戦闘を強いられるのだった。

ノ・ヴァは無傷である一方、徐々にあまねくにダメージが蓄積してくる。

彼の技量を十全に発揮すれば、イベント時間いっぱいまでノ・ヴァの攻撃をいなし続けることも可能だろう。だが、意味のない戦いというのは、最初に心が消耗するのだ。

いくら武器を変えてもダメージは通らないのだから、相手の攻撃に自分の攻撃を合わせるだけの作業だった。

やがて、あまねくに小さなミスが目立つようになり、動きが精彩を欠きはじめる。

そして彼は己の未来を悟る。

(はらわたが煮えくりかえる思いだが…、すまないヌル殿…。俺は…)

脳裏に敬愛する魔王の顔が浮かぶ。顔は無いが。

あまねくは最近ようやく、ヌルに表情がなくてもその感情は読み取れるようになってきていた。

穏やかな好青年で、もしかしたら自分は彼を勘違いしている部分があるのかもしれないとも。

そして、もし彼が自分の想像したような人物でない、普通のプレイヤーであっても、彼に対する友情は揺るがないとも思っている。

あまねくはゲームを楽しめている“今の自分”を気に入っていて、それをもたらしてくれたヌルのことも大好きなのだ。

ゆえにこそ申し訳ない気持ちだった。

(この埋め合わせは必ず…)

そう思い、覚悟を決めようとする彼の脳内を様々な思いが駆け巡る。

走馬灯のようにヌルとの、四天王との思い出が頭の中を過ぎる中で、一つの場面が思い起こされる。


“ 刀ですし、あまねくさんにピッタリですね。”


刀を手渡してくれたヌルの姿。

(あれは確か、写術帝ダンジョンの報酬だったか。刀は俺にピッタリ…か)

その姿と言葉とが妙に引っかかる。

(すまない…刀によって敗北にまみれようと…。いや、違う? 違うぞ!あの時のヌル殿は…!)

あまねくは目を見開く。

そして、何かに導かれるように武器を替える。

彼の手にあったのは『写術帝の幻刀』。

それを鞘から引き抜く。

銀色の剣閃が奔るが、刃は空を切り、ノ・ヴァに触れるどころか掠りもしない。

「今更何を……」

あまねくの行動の意図が掴めず口を開く。

しかし、すぐに驚き固まる。

ノ・ヴァのHPが実に3割も減少したのだ。

「はっ!? 何をしたん───」

あまねくはその問い答える事なく、言葉を続けることを許さず『写術帝の幻刀』をあらぬ方向に数度振る。

ヒュンヒュンと空を切る音だけが木霊する。

たったそれだけの行為なのに、みるみるノ・ヴァのHPが切り取られていく。

「……。」

そして無言のまま、刀を鞘に納める。

その頃にはノ・ヴァのHPはゼロになっており、音も立てずに消滅していたのだった。


「なるほどな」

あまねくは鞘から僅かに引き抜いて、刃の煌めきを見つめた。

彼の視線に反応してアイテム詳細を表示する。

『武器効果:自在な箇所に斬撃を発生させる。』

あまねくはこの効果を斬撃を飛ばすことが出来るのだと誤解していた。

ゆえに使うに値しないと。

しかし、実際には違ったのだ。

たった今あまねくはノ・ヴァのオーラを無視してダメージを与えた。

相手の斬撃を発生させたのだ。

どんなに厚い鎧も素早い敵であっても、体内に攻撃が出現したら防御も回避もできないのだ。

あまねくが相手への斬撃を明確にイメージできたのならそれが実現する。

そして彼は数千、数万と刀を振り続けてきた人物である。斬撃のイメージは確実なのだった。


あまねくは決意を新たにするように、その刀を胸に抱く。

「感謝する。ヌル殿…」

やはり敬愛する魔王は只者じゃなかった。

一瞬でこの刀の効果を見抜き、自分に渡したのだろう。

いや、もしかしたら、彼はこの状況すら想定していたのかもしれない。

「フ……それは無いか…?」

あまり買い被ってはヌルも困るだろう。

そんな魔王の姿を思って小さく笑う。

あまねくが顔を上げて、歩き出そうとした時。


──その胸を一条のレーザーが貫いた。


ーーーーー


同時刻。

橙2番の街から200mほど離れた上空。

浮遊する透明な床の上でダークネスシャーク・メタルスコーピオンは小さい声で呟いた。

「任務完了…」

彼女の腕に装着された黒いレーザーライフルが役目を果たしてボロボロと崩れていく。

「アークコア、リセット」

その言葉に反応してライフルの破片が手の中に吸い込まれ、小さいキューブへと形を変える。

ダークネスシャークは首からさげたヘッドフォンをつけなおすと耳にあてる。

「ヤクト? うん。終わった。知ってると思うけど、プロ美とノバは死んだ。

…わかった。この街はこっちで片付ける。

もういいと思うよ。じゃあ」

それは開戦の狼煙だった。


ーーーーーーーー


──しばらくあと。

ヌルはゆっくり自陣の拠点を目指していた。

あれから紺色2番の街を陥落させ、宝珠を掲げることにより制圧下に置いたわけだが、そこに数匹のギョンを置いただけで早々に撤退してきていた。

ティオの街に敵が侵入したと聞けば戻るべきだろうと判断したためである。

…しかし、彼の歩みは遅い。

普段の最速ぶりは影もなく、散歩のような速度で敵を警戒しつつ移動していた。

その理由は陽夏にある。

これまでの時間、陽夏の“あと一歩を踏み出せないモジモジした言葉”を延々と聞き続けているのだ。

「その…そのね…ええっと…」

「うん」

いくら女性との交際経験がないとはいえ、彼女が何を言おうとしているかは察している。

もしかしたらこれはヌルの勝手な妄想であり、想像と異なる言葉が飛び出すかもしれない。

しかし。

しかしだ。

このような雰囲気になれば期待してしまうものである。

彼だって健全な青年なのだから…!

そういうわけで、「早く言え」と催促するわけにもいかず、かといって大事な言葉を聞きそびれるわけにもいかないため、敵との戦闘で邪魔されないよう細心の注意を払いつつも、自陣の拠点……陽夏のいる場所へ向けて移動していたのだ。

しかし、そろそろ焦れてきたヌルは自分から行動を起こすことにする。

「陽夏」

「ふぇっ!? …な、なにかしら?」

「陽夏は大事な話をしようとしている?」

「う、うん。そう、そうなの。きっとそう」

「じゃあ、俺、今拠点に向かってるところだから、あと15分もあれば着くし、会って話さないか?」

ヌルはせっかくの言葉を通話で聞くのは、ちょっとなと思ったのだ。

そしてせっかくなら顔を見たいと欲を出した。

「ふふふ…2人っきりで…てこと!?」

「そ…そのつもりだけど?」

「むむ…無理ぃ…。わかった…わかったわ。

覚悟を決めるのよアタシ!」

そう言ってから無音になり、

深呼吸の声だけが聞こえるようになる。

「聞いて」

「うん」


──そして待ちに待った時が来たのだ。


「アタシ、畑 優華は、あなたの事が好──。

えっ? 敵? なんで? きゃーーー!!」

爆発音と共に通話が切れる。

「……………陽夏…?」

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