第19話 暗躍とダンジョンと…
とあるギルドが所有する会議室。
議長席に座るルークはメンバーを見渡して口を開く。
「全員揃ったようだ。始めよう。」
メンバーそれぞれの正面に小型のパネルが出現する。会議室の専用機能であり、情報共有のために用いられる。
パネルに表示されている情報は、彼らの陰謀と呼べる計画と、それに付随して計画の実行者となる人物の詳細な情報とが記載されている。
まずはそれぞれがパネルを読み込む。
「ほう…?」
「ふむ。」
いずれのメンバーも計画の全体像を見るのは初めてである。
ゆえに初めて知る情報が多く、取りこぼしの無いように精読する。
現実世界はもとより、ユニバースでも、会議では前もって情報を提示された状態が常である。
当然その方が円滑に進むだろう。
しかし、この会議の情報が前もって明かされることはない。
これが果てない道の一歩だとしても、彼らの計画はティオの『獲得』に繋がるのだ。
どんな場所から情報が漏れるかわからない以上、計画の全体図はたった一人の脳内にある。
それがルーク・ハーベストその人であった。
彼らは有益な情報をさまざまな手段でルークに提供し、ルークが集約する。
メンバー同士でも情報交換は行われず、会議室を出れば全くの他人となるメンバーすらいる。
「ふむ、なるほどディオスが選ばれたのか。」
「確かに彼ならば計画にうってつけだ。」
各々がルークの描いた計画に賛同する。
自分ではこれ以上のものは生み出せないだろう…と納得して。
「理解が得られたようで何よりだ。まずは知らない者もいるだろう、彼を紹介させてもらう。」
会議に参加しない席、会議室の隅の椅子に座っていた人物が立ち上がる。
黄色い髪の好青年といった風貌。
商人系職業の専用装備であるゆったりとした長袖を着ており、背中にライフル銃を背負っている。
『Lv.107 ディオス・レンド 人間/
「ディオスと言います、どうぞよろしく。詳細はそこに書いてある通りです。」
丁寧にお辞儀をする。
その姿を横目で確認したルークが話を引き継ぐ。
「彼については詳細を読んでもらえばわかるが、どのように動いてもらうかは認識の相違の無いように、順を追って話すとしよう。」
ディオスに目を向けていた者たちがパネルに目線を戻す。
「まずは我々の蓄積している経験値を彼に与えて、レベルを110にまで引き上げる。
現状110に到達しているプレイヤーは100人に満たない上、3割は勇者の側につく事を表明している。
十分に資格ある者の演技ができるだろう。
もちろん、レベルは見せかけだ。
おそらくあの子は彼の能力にこそ注目する。」
ルークは薄く笑う。
例えば、攻撃力のほぼ皆無なティオが、あまねくの攻撃力を借りることも出来るのだ。
ティオが戦闘面でのサポートになる。という点は彼女の心をくすぐるだろう。
「そのための布石として、彼を“父兄派”の派閥から提案されるように誘導する。サイクル氏やレーメル殿の…ん?」
ルークは話を中断する。
挙手があったためだ。それも複数人から。
それぞれが納得してない顔であるため、彼らの要件は同じ内容だろう。
「なぜ父兄派なのだ? 彼を見つけ出したという功績は、自由派の発言力を向上させる狙いがあるのでは?」
疑問を持つ者たちの中で一番古参のメンバーが代表して口にした。
ルークが見渡せば、狙いを理解している者、同じ疑問を抱く者、ルークに任せているために疑問に感じない者と様々な反応が見られた。
この箇所の狙いを明かした場合のメリットとデメリットをルークは瞬時に計算する。
「わかった。その経緯を明かそう。」
手でパネルを操作し、自由派の主だったメンバーと組織図を表示する。
「俺が自由派を使った場合のデメリットは2点ある。
もし彼を我が自由派から紹介する場合、自由派の総意として提出する必要があるわけだ。
しかし、自由派の思想は良くも悪くも多岐にわたる。
愚かにも“彼よりも自分を推薦すべき”などと宣う輩が現れることは想像に難くない。そういう者に限って声だけは大きい。まず障害として考えられるのがこの一点だ。
次に、ティオ。あの子の勘が鋭いという点。俺であれば最終的な決着としてディオス君に決定させることはできるが、おそらくあの子は誘導に気づく。
しかし、父兄派の提案に対して俺が賛成したという形になった場合、この俺が認めざるを得ない良案という印象を与えた上で、あの子の疑惑が父兄派に向く。
これらのことから父兄派を利用する。という計画になっている。」
「おお…。」
「なるほど。」
疑念を持っていた者たちが理解を示す。
言外に“ディオスが失敗した場合に自由派は関与せずに切り捨てる”と言っているのだが、誰もその事に気がついていない。
「では、計画に話を戻そう。」
ルークは集まった者たちが、自分の思い通りに動いている事に内心で嗤う。
(なんて扱いやすい…。)
こうして、暗躍していると思っている者たちと、その中心に立つ人物は計画の実行に向けて準備を進めていく…。
ーーーーーーーーーーー
「では、しゅっぱーつ!」
ハチコがそれはもう嬉しそうに宣言する。
「ダンジョン:写術帝の隠れ井戸」の入り口前には、ヌル・あまねく・ティオ・ハチコが並び、ハチコ配下の魔物が2体追従していた。
あまねくが魔物使いという職業があり、パーティ人数に魔物も数えられるということを共有した。
ゆえにダンジョン突入に不足した人数を魔物で補ったのだ。
当初は4人目の四天王を集める予定だったのだが、ハチコのどうしても冒険したいというワガママに、この冒険隊が組まれたのだ。
もちろん、ハチコのワガママだけで全てが決定したわけではない。
今回の冒険はそれぞれの思惑とも一致している。
ヌルは、盾をはじめ、装備とパーツを試したい。あまねくとの修行はそれはそれで有意義なものだが、実戦に勝る訓練は無いのだ。
あまねくは、彼自身の修行が疎かになっていることが気がかりだった。
このダンジョンであれば、彼が四天王になる以前に戦っていたドラゴンに比べ、二回り以上は強いはずである。
ティオは、ヌルにくっついていたい。というのが本音だが、それではあんまりなので、ここで戦闘面でも多少は役に立つことを示して、魔王城ライブを進言する際に優位に進めたい。という建前がある。
発起人のハチコは言わずもがなである。
そして何より、このメンバーで冒険することが楽しみという感想を全員が抱いていた。
なんだかんだでお互いを気に入っている。
初めて仲間とダンジョン攻略をするとあって、ヌルはとてもワクワクしている。
もちろんパーティリーダーはヌルなので、ダンジョン突入の操作はヌルが行う。
『ダンジョン:写術帝の隠れ井戸
現在のパーティで突入しますか?』
ヌルは「はい」を選ぶ。
こうして4人のプレイヤーと2体の魔物はダンジョンの中に吸い込まれていった。
ダンジョンの開始地点は小部屋だった。
小部屋といっても最大人数の30人を収容しても余裕のある広さだ。
後方に撤退用出口。正面には扉が3種類ある。
ダンジョンに初めて来たが、初心者丸出しの行動をするわけにはいかない。
ヌルは気を引き締める。
念のため予備知識は学んである。
「撤退用の出口がありますね。」
「ああ、しかしタイマーが付いている。ここはダンゴ型のダンジョンなんだろうな。俺としてはありがたいがな。」
「うう…私は迷宮型を期待してました…。」
ハチコは肩を落とす。
ダンゴ型はボス部屋→通路→ボス部屋→通路とボスを倒しながら進むラッシュタイプのダンジョンで、マップを見ると団子串に見えることからそう呼ばれる。
迷宮型は名前の通り迷路であり、ゴール地点に大ボスが一体配置されたダンジョンとなっている。
正面に見える三種類ある扉の上にはそれぞれ絵柄が描かれている。
「フム…、一羽の鳥、二匹の犬、三匹の猿…か。扉を選ぶまでもない。簡単だな。」
腕を組んで扉を眺める。
既にハチコの地図でそれぞれの扉の先に空間があることは確認済みである。
他のダンジョンと同じなら、正解の扉以外は罠で埋め尽くされていたり、ニセのボスが配置されている形になっているハズだ。
「ふふーん? あまねくさんホントに分かってるんデスか? センパイの前でカッコつけたくて適当な事言ってません?」
「うるさいぞ小娘。バカにするな。動物の種類からして童話の登場順。犬→猿→キジであろうが。犬の扉に行くぞ。」
ティオは自分と同じ答えが返ってきた事にムッとするが、あまねくはそれを無視して扉へ進もうとする。
そこに声がかかる。
「あ、待ってください。違います。」
それはハチコのもので、あまねくは一応立ち止まる。
「違う? なぜそう思う。言ってみろ。」
言葉は鋭いが、あまねくは怒っているわけではない。
彼は言葉選びが尊大なものしか使えないのだとハチコは理解していた。恩人と仰ぐヌルに対してさえ敬語か怪しい言葉遣いなのだから。
「一見すると桃太郎のお供の動物ですが、正解は猿です。ここは写術帝のゆかりの場所。そしてその写術帝ですがノーバン地方では別の存在で認識されています。
忍者の開祖です。このダンジョンがあった森が忍術の形式であった事や、登場するモンスターが蟲(コ)であった事などヒントはありましたが───。」
ハチコのそれは長い長い解説が始まる。
ヌルはもう慣れていたが、新しい四天王の2人は口を挟む余裕すらなく目を白黒させる。
ただのつまらない話であれば遮るが、攻略に関係する話。しかもハチコの高レベルな観察眼には舌を巻くばかりであった。
「──というわけですから、サルトビに関係があって、あの一族の祀る動物。つまり猿が正解となるわけです。」
難なく答えを類推したハチコ。
そこには誇張する意志は感じ取れず、必要だから説明したという気配しかなかった。
一瞬の静寂のあと、あまねくが口を開く。
「…アンタやるな。ここまで世界に詳しい奴は初めて見たぜ。ヌル殿が最初に四天王に指名するほどの知識量…なるほどな。参謀ってワケだ。」
あまねくは感心してそう口にする。
彼はお世辞を言わないので100%本心だろう。
「ふ、ふ〜ん? ボクは猿が正解だって分かってましたけどね。ハチコお姉様に説明の機会を譲ってあげるなんて、優しい後輩と言えばティオちゃんですねぇ。」
「嘘をつけ。お前も俺と同じ答えを考えていただろう。」
言い合いと共に猿のデザインのある扉をくぐる。
賑やかな冒険も楽しいとヌルは思う。
ダンジョン攻略について調べた時、攻略失敗を相手の責任にして険悪になるパーティもあるという。
リーダーとしてその点に関する責任感とプレッシャーを感じていたが、微塵にもそんな事になりそうな雰囲気はない。
扉の先には通路があり、やがて大広間に出た。
壁一面に無数の掛け軸が貼られており、古語のような文章が書かれている。
広間の中央にはボスモンスターがいる。
上半身がヒト、下半身がクモのモンスター「アラクネ」種であった。
『Lv.130 写術帝の式神:青』
という名前だが、名前ほど色味は青くない。
「じゃあ、こちらも準備しましょうか。」
それぞれが了解を示す。
通常の自然発生するモンスターと違い、ボスモンスターは攻撃するか、縄張りに侵入しない限りは戦闘状態にならない。
床に蜘蛛の巣の模様が描かれていることから、この範囲内に侵入したら反応しそうである。
魔法使いや光学兵器を使用する戦闘職の場合、縄張りギリギリ外側で必殺の一撃を放つことで開戦時から優位性を持つのだが、魔王一行にそのタイプはいない。
ヌルのインスタントGMシステムなら可能だが、本人は秘密にしているため使わない。
普通に戦闘用に陣形を整えるのみである。
「ハチコさん、失礼しますね。」
「はーい、お手数かけますがお願いします。」
ヌルがハチコをお姫様抱っこする。
敵の増援や、戦場の情報を伝えながらヌルが臨機応変に立ち回るのに、案外この状態が理に適っているのだ。
もちろんハチコのは乗り物酔い対策として、衝撃・混乱耐性装備を装着した上で、イーグルアイの屋内版スキル「
「ズルい! ボクも一緒がいいデス!」
手のひらサイズになったティオがハチコの上にちょこんと乗る。
これから戦闘だが、一番の火力を誇る人物は、女性二人を腕に抱えている。
「戦えや。」
あまねくからツッコミが入るのも仕方ない有様だった。
「いいえ。ボクはちゃんと意味があってこうしてます。ボクの歌も踊りも効果範囲が決まってます。センパイに効果が一番届きやすい場所はココデスよ!」
そう言ってハチコの胸の上に小皿くらいの板、ステージを設置する。
このステージはアイドル専用の能力で、戦闘中はステージの外に出られなくなる代わりに、ダメージを受けても歌や踊りを中断する事がなくなる。
ステージは貼り付けた場所に留まるため、ヌルの側を離れなくて済むというわけだ。
邪魔そうに見ながらハチコが問う。
「ティオさん、ヌルさんの戦闘速度は異常に速いですよ…?」
酔いますよ? と問うが、ティオは余裕ある姿勢を崩さない。
「ハチコさんにばかり特等席は譲りませんっ! ふふーん。ティオちゃんは動体視力と体幹も鍛えているのでヨユーです。」
こうして戦闘が開始されたのだった。
「………ゔぉえ…。」
ヌルによって倒されたボスモンスターの横で、ティオがカエルのようになってしまった。
スキルなしのアイドル妖精には難関だったようだ。
戦闘自体は危うい場面もあったが、さほど苦労せずに突破できていた。
最初はあまねくの希望で「一騎討ちで様子を見させてほしい」と請われたため任せてみる事にしていた。
レベル140推奨の30人収容可能なダンジョンであれば、クリアに想定されるパーティはレベル150を10人ほど必要とするはずだ。
あまねくはその基準のうち、どの程度に自分が位置するかをあらためて検証するつもりだった。
しかし、その目的は叶わなかった。
攻撃時にダメージが「0!」と表示されたのだ。
ヌルほどの防御でもあまねくの攻撃は0ダメージにはならない。
すぐに、特殊な攻略法を要求されるモンスターだと判明したのだった。
「写術帝の式神:青」の攻略法は、このダンジョンのコンセプト同様「忍者」にまつわるものである。
本来、運営チームが想定したこのボスモンスターの攻略法は、最初の3種類の扉のハズレを進むことで、ハズレのモンスターを倒させ、そのモンスターが攻略のヒントとなる情報を落とすというものだった。
しかし、運営チームの天敵「ハチコ・リード」が全てを狂わせてしまう。
「忍者の里にある建物のうち、蜘蛛の体の形をしているものがあります。それぞれの足の先に第一から第八の試練という空間があったと記憶しています。」
どのような試練かは世界図鑑には載っていませんが…。と加える。
「試練の間はバラバラな順番に配置されていました。それを考えるに、あのボスモンスターも足を同じ順番に攻撃したらいいのではないでしょうか?」
どこかのビルで悲鳴が聞こえたような気がした。
とりあえずやってみようという事になり、あまねくが第一の試練に相当する足に攻撃すると3000程度のダメージが入る。
タネが割れてしまえば後は実行するのみである。
本来レベル130のモンスターに2人の攻撃手では難しいが、レベル150のプレイヤー数十人相当する魔王がいる。
ハチコは配下の魔物の指揮を練習していたが、戦闘のレベルが段違いだったため、攻撃には参加させず、本に収納するに留めていた。
ヌルはいつも通り超高速で動き回り、指示された足を攻撃。
あまねくと連携し、8本全ての足に攻撃した事でバリアが割れるようなエフェクトが入り、ダメージが普通に通るようになる。
こうなれば「圧縮合成」でトドメをさすだけだった。
「うへぇ〜〜。」
いつも通りにヌルが動いた結果、味方の妖精に大きな被害が出たのだった。
「ですからスキルなしでは難しいと…ティオさん、大丈夫ですか?」
「フン。放っておけ。ヤツは四天王最弱…。ヌル殿に守ってもらっておきながらその体たらくとは、四天王の面汚しめ。」
「そういう問題でもないような…。」
グデっとしたティオ。
このままにするわけにもいかず、休憩を挟む事にしたのだった。
あまねくは次の部屋の偵察へ。
ヌルは戦闘ログを見直す。
ハチコは大広間の内装から得られるヒントがないかを探しに…。
ティオが回復次第、次のボスに挑むべく各々が時間を過ごす事にした。
ーーーーーーーーーー
───しばらく後。第二のボスの間。
「やだっ! ダメェっ! センパイ元に戻ってください!」
怯えた顔でヌルを止めようと、注射器を持って前に出るティオ。
無慈悲にもヌルの攻撃を受け、その場で消滅する。
向きを変えたヌルはハチコへと歩き始める。
「ヌルさん…嘘でしょ…?」
ハチコは逃げに徹する。
目眩しからの潜伏スキルによって自分の姿を隠そうとする。
しかしヌルは真っ直ぐハチコに向かう。
「くっ、どうして…。」
ハチコは周囲を見渡し、もはや打つ手がないことを悟る。
あまねくは既に死亡している。
無造作に触手を振り回して殴りかかるヌル。
配下の魔物がハチコを守ろうと前に出る。
だがヌルを止めることなどできようはずもない。
そのままダメージを受けきれずに消滅する。
同じように触手を振り回す。
「あうっ!」
ハチコもHPに数倍するダメージを受けて消滅する。
ヌルは周囲を見渡し、パーティメンバーが誰もいないことを確認する。
そして糸が切れたようにその場に倒れる。
「みなさん…すいませ…。」
ヌルの体も消滅した。
こうして、魔王のパーティは全滅したのだった。
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