第16話 修行らしい修行

「なん…だと…。」

あまねくは絶句していた。

ヌルのステータスメニューを見たからである。

能力値が優れていることが理由ではない。

ヌルがからである。


飾りのような初期装備の斧。

あとは傀儡の指輪だけ。


初めて戦場で見た時は初期装備の斧に擬態させて油断を誘うという、古臭い戦法を用いているものだと軽蔑したが、今となっては分かる。

ヌルの必殺技は手を空けている必要がある、ゆえに武器は何でもよかっただけのこと。



一方で、指輪に関しては見たことがない。

ベテランのあまねくも知らない装備である。

「この指輪は?」

「これはですね…。」

傀儡の指輪に関しては、魔王の証のような物らしい。

機会があれば見せるが、基本的にいつでも使うので装備から外したくないということだった。

つまり魔王専用装備ということだ。

それならば、自分が見たことがなくても当然だと納得する。

さらには、合成獣用の装備パーツがなんと25枠も設定できるが、何も付いていないことも明かされる。

「つまり、俺は無装備に負けたのか…。」

ガクリと肩を落とすが、顔は自嘲気味に笑っていた。



もし、あまねくが昨日までの不遜な彼のままであったなら、大いに憤慨してヌルに激怒していただろう。

「装備をつけずに俺を相手にするとは舐めているのか! それとも弱者へのハンデのつもりか!」という具合に。

しかし、今の彼は違う。

敬愛すべき魔王の戦法に納得している。


ヌルの戦い方は今まで会ってきた誰にも無いものであった。

オリジナリティに溢れている…いや、異質とさえ呼ぶことができる。

しかも、ヌル自身もまだまだ模索中なのだ。

ゆえにあまねくは考える。

「ヌル殿は装備無しであの強さ。そして、これから更に強くなる。まさに可能性の塊ではないか…!」

あまねくでさえ、自身の能力の半分程度は装備によって底上げされたものという自覚がある。

装備自体にパラメータ上昇効果がある。

ならばもしヌルが装備を万全に整えたなら…。

既に無類の強さを誇る魔王が、更なる強化の道を辿る。

その道行きに自分の経験を活かせる…。


あまねくは感動に打ち震える。

「ヌル殿の戦い方を十全に活かせる装備の検討に入ろう。俺に任せてくれ!」


ーーーーーーーーーーーー


運営チームによって魔王の動向はモニタリングされている。

ヌルの大ファンである辺見は今日もデータチェックの傍ら、愛すべき合成獣を見守っていた。

もちろん、どちらも仕事である。

そんな辺見に声がかかる。

「辺見くん。新しく四天王にあまねく・わかつさんが入ったって聞いたけど?」

「ええ。その通りです。」

「その通りって…。それで大丈夫なの…?」

心配そうにモニターに近づく。

辺見は椅子ごと身を引いて彼女が見えるように移動する。

「…って全然大丈夫じゃないじゃない!」

辺見のモニターには一方的にあまねくに斬り付けられるヌルが映っていた。

プレイヤー「あまねく・わかつ」は運営チームには危険人物として認知されている。

運営チームは既に何度も警告や数日のログイン停止処分を下した過去がある。

最近もポイント形式のバトルロワイアル大会において、表彰式で同率順位の人物を斬ったことがある。

理由は「弱い」から。

斬られた人物は知恵を駆使して戦場を走り回ったのであり、攻略法として認められていた。

しかし、戦闘のみでポイントを稼いだあまねくは強さに劣る相手と同格に見られるのが耐えられなかった。

そんな人物が、初心者から魔王になったヌルと接触すればどうなるか?

答えはモニターの中にあった。

場所は特殊コロシアムだろうか? そこであまねくがヌルを斬り続けている。

ヌルは触手を切断されながらも防御するだけだ。

「辺見くん! これはどう考えても報告すべきじゃない! ヌル・ぬるさんのゲームプレイに影響が出るようならリーダーに……ん?」

彼女の言葉を遮ったのは辺見である。

彼はチョイチョイと手招きすると、自分につけていたヘッドホンを手渡す。

ヌル付近の音を聞くことができる。

彼女は訝しみながらもヘッドホンを受け取って耳にあてる。


『ひゃっはぁ! いいぞヌル殿、その調子だぜぇ! 今は感覚を掴む事に集中しろ! もう一度いくぞ、オラァ!』


非常に楽しそうにヌルを攻撃するあまねく。

まるで弟子の成長を喜ぶ師のように…。

「???…どういう事?」

「ちょっと面白い事になってるんです。」

そう言って辺見はモニターにヌルの装備画面を映した。


ーーーーーーーーーーー


──遡ることしばらく。


ヌルの装備構成について「むむむ」と唸っていたあまねくだったが、ふと顔を上げた。

良案というよりは妙案。

もしかしたら…という顔。

「ヌル殿の装備に双盾はどうだろうか?」

ユニバースにおいて双盾とは、両手に盾を一つづつ、計2枚の盾を持つことを言う。

本来なら剣と盾、槍と盾などの組み合わせが一般的である。

そこから武器を外して代わりに盾を追加する。

防御役に特化した立ち回りの装備として用いられているが、稀である。

なぜならそれでは攻撃できないのだから。


あまねくの提案の意図が掴めず、ヌルは首を傾げる。

それを察してか、順を追って話す。

「ヌル殿の攻撃手段は基本触手によるもの。

そして、武器を持っても扱えそうにない。だったな?」

「はい。武器を使うことに意識がいくので、触手の操作が鈍ってしまうんです。触手の先に装着できる武器があれば可能でしょうけど…。」

パーツは別だが、もちろんそんなものはない。

「ならば武器ではなく、防具の装備枠を追加するという考え方をした方が無難だろう。」

確かにとヌルは首肯する。

「そして片手で扱うタイプの盾には、バリアやオーラといった物理的ではない盾が存在しているのは知っているだろうか?」

ヌルは知らないと返す。

あまねくは想定通りの反応であると頷く。

「だろうな。最も弱いものでもレベル90代の装備だ、知らないでも無理はない。…だが、これを扱えるようになれば戦闘の幅は大きく広がるだろう。早速だが、試してみても良いだろうか?」

と言い、許可を求める。

何をどう試すのかわからないがヌルは了承する。

そして特殊コロシアムへと転移した。



メニューにはエリア名「特殊コロシアム」と表示されている。

SF映画における実験生物の観察室のような無機質な空間。

全体的に白く、丈夫な印象があるだけの近代的な場所であった。

「ここは強者のみに開放された施設だ。市場に流通している装備に限るのだが、“所持していない武具を装備“できる。当然ここから出れば消えてしまうが、使い心地を確かめるのに最適な場所だ。」

「おお…」

言われてヌルがメニューの装備欄を確認すると、確かに見たこともない装備がズラッと並んでいる。

ヌルの反応に間違いがないことを確認し、話を続ける。

「早速だ。片手盾から“エナジーバリア”と“ブレイカーズオーラ”を選んでみてほしい。」

ヌルは初期装備の斧を外し、左右の手装備から指示通りの装備を選択する。


やがてヌルの両手首に腕輪が出現すると、薄い光が腕輪を覆う。

その様子を見てあまねくは頷く。

「良し。それらは片手盾だが、見ての通り手が空く。ヌル殿の必殺技にも対応可能だろう。」

手を開閉して違和感がないか確かめるヌル。

あまねくはそれを見つつ加えて話す。

「バリア系は肉体であれば全身どこでも適応される。つまり触手にもだ。更に言えば、バリアを纏った状態で肉体での攻撃を行うとバリアの防御力がそのまま攻撃に加算される。」

「それは…凄いですね。確かにそれなら自分との相性がとても良い気がします。」

「ククク、そうだろう? だが、流石にそこまで美味い話は無くてな。

攻撃を受け続けるとすぐ割れてしまう。そしてバリア系装備には使用時間が設定されている。使った分だけ休ませなければならない。つまりだ。」

あまねくは刀を抜き去る。

とてもいい笑顔をしている。

「攻撃を受ける瞬間だけバリアを発動すればいいってことだっ! ひゃっはぁ!」

言い終わらないうちに斬りかかってくる。

ヌルは思わず触手で身を守るが、その全てが両断されてしまう。

驚いて触手を引っ込めると即座に触手が再生する。

「この空間では「即時再生」の機能を適応してある。HPは無限ってな!

そのかわり、俺はモードだぜぇ! はははははっ!」

なるほどとヌルは思う。

つまりはバリアで防いでみろと言っているのだ。

こうして、あまねくの戦闘狂のような訓練が開始された。



そして現在。

「ひゃっはぁ! いいぞヌル殿、その調子だぜぇ! 今は感覚を掴む事に集中しろ! もう一度いくぞ、オラァ!」

素早く振り下ろされる太刀だが、ガンッと音がして触手に弾き返される。

「そうだ! それでいい!」

初めこそ触手をバラバラにされてしまっていたヌルだが、感覚が掴めるようになってきていた。

バリアを纏う感覚には最初こそ苦労した。

触手を使う際にその触手1本1本に集中しても、上手くいかなかったからだ。

しかし、あまねくの「バリアは必ず全身に適応される」という指摘によって、頭の中でイメージすることはONとOFFだけでいいと理解した。

それからはメキメキと上達し、あまねくの攻撃の4割は防げるようになっていた。

あまねく自身もその成長をとても嬉しく思っている。

誰かの成長に携わることが、こんなにも楽しいとは思わなかったようだ。



「攻撃の瞬間に盾を合わせることをジャストガードと言うんだがな、それをすると武器同様に盾の熟練度も上がる。

熟練度で覚える盾専用スキルはパッシブ(常時発動)のものだけだからな。アンタにもってこいだ。」

さて、と口にして刀を二本構える。

「俺の奥義で一度試してみるとしよう。先に言っておくとコレは斬撃が連続で64回発生する。全力で防いで見せてくれ。」

そう言ってあまねくの見た目が変化する。

白髪に黒い鎧の姿から、真っ赤な獣のような姿へ。

「いくぜ、『獣王乱舞』喰らえやぁ!」

まさに神速と呼べる速度で斬撃を振り回す。

「う、うおおおおぉぉぉっ!」

バリア起動ボタンを連打するような心持ちでヌルは耐え切ることにしたのだった…。



「悪くない防御率だったぜ。」

いい運動になったと言わんばかりに、ひと満足したあまねく。

それはヌルも同じことで、非常に充実した修行の時間を過ごしたと感じていた。

同時に慣れない操作を繰り返したためにヘトヘトでもあった。

今回は動きを止めて防御したが、本来は触手による高速軌道も混ぜるのだ。

まだまだ先は長いと言える。

とはいえメニューに表示されている時刻もそれなりだった。

お互いに今日はここまでにしようと話す。

「これからの成長が楽しみだ。期待してるぜ。」

ヌルに向き合うと右手を差し出す。

「ハイ! ありがとうございます。」

ヌルは疲れていたために、何も考えず握手に応じ、あまねくの手を握り…潰した。

空間にヒビが入ると同時にあまねくが爆散し、瞬間的に再生した。

焦るヌルだったが「さすがは俺の魔王様だぜ。」とあまねくは大笑いしたのだった。


ーーーーーーーーー


というようなことをモニタリングしていた。

見ていた女性のこめかみに汗が一条。

「…これ、やばくないかしら? やばいわ。ヌルさんどんどん強くなってるじゃないの。」

そんな言葉に辺見はニヤリとする。

「ですよね。ヌルさんが強くなって頼もしいばかりです。僕も嬉しいです!」

「そういう話をしてるんじゃないのよー。もぅ〜。」

そう言って彼女は鏑木の元へと向かう。

その後、鏑木(とその周囲)から悲鳴が上がったが、辺見には関係なかった。

「ヌルさん、ファイトっ!」

相変わらずモニター越しに熱視線を送るのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


場所は変わってとあるギルド。

会議室に12名のメンバーが集まっていた。

そこへ光の粒を散らしながら緑髪の妖精が出現する。

「たっだいまー! みんなのティオちゃんのご帰還でありますよー!」

「おお! 良かった!」

「おかえりティオちゃん!」

ギルドマスターである妖精の無事を喜ぶ面々。

だが、その表情は言葉ほど晴れていない。

「ティオちゃん、大丈夫かい? 恐ろしいことされたり…」

「してません。」

「不条理な契約を迫られたり…」

「してません。」

「心無い言葉を浴びせられたり…」

「してません! みんな何なんですかもぅ!

四天王加入はボクの方からお願いして魔王軍に加入したじゃないですか。そんな変な事になるわけないでしょ!」

「でもだね…」

「いやしかし…」

彼らには魔王は「ヤバいやつ」である。

確かに初心者狩りを潰してはいるが、それも暴力による解決。GMも殺害している。

ティオが魔王城へと出かけて行った時、彼らの脳内のイメージは、

『廃墟にたむろする邪悪な顔をした屈強な男たち、その中を涙目でティオが進み歩き、震えながら営業許可証を提出する』

という姿だった。

実際には震えながら失神しそうになったのは魔王であるし、ティオは勝手に魔王の名前で喧嘩を売るマネまでしていた。


またしても会議が踊り始めそうになるが、ある人物が纏める。

オールバックの黒髪に金のメッシュが二筋入った、怜悧な印象のある男。

「それで、我々はこれからどうなるんだい?」

この人物は「ルーク・ハーベスト」という名で“自由派”という最大派閥の頭目である。

自由派はどこの派閥にも属さないギルドメンバーのことであるため、寄せ集めとも言い換えることができるが、それだけに様々な人物がいる。

その中からトップになれるということは、間違いなく彼が優秀であることを示している。


「今は現状維持デス。みんなは間違いなくボクの軍団に編入されますが、まだその時じゃないからね。」

「なるほど。それで魔王はどんなヤツだったんだい?」

「とってもステキな人でしたね…。」

うっとりとする妖精にルークはしかめ面をする。

「…そうじゃないんだが。名前や見た目は?」

「それは言えませーん。ボクの配下として会う機会を楽しみにしてクダサイ。」

彼らは幹部というだけあって、それなりの期間はティオのファンをしている。

彼女の態度から多くを読み取り、まだ魔王の情報を明かせないのだと察した。

「ならば、聞き方を変えよう。我々にできることはあるかい?」

質問や話の流れをルークが握っていることに不満のある者もいるが、その能力は認めているために黙認する。

「もちろんありマス。ズバリ、特別なスキルを使える強い人の情報を集めて欲しいです。」

「…ふむ、具体的にどんなスキルが良いのかは教えてくれないのかい?」

「うーん…。ボクにも明確にイメージがあるわけじゃ無くて、漠然と特別な強い人って感じなんですよね。」

「なるほど。もちろん君の要望に従うとも。」

ルークの返事に、何かおかしな会話だ。とギルドメンバーは違和感を持つが、その正体が掴めないため口を挟めない。

それを追求するよりも先に賛成する態度だけは示しておく必要がある。

「拙者ももちろん協力するでござる。」

「情報ならアタシたちに任せちまいな!」

「自分もです!」

「みんなありがとう! 大好きっ!」

ハートのエフェクトを伴うティオのウィンクによって、メンバーは思考をかき消されてしまい、違和感を忘れるのだった。



ティオの報告会が終盤に差し掛かる頃、思い出したように質問が上がる。

「そういやティオちゃん、次のライブはどうするかい? ここしばらくは公式でのイベントは無いみたいだけど…?」

「うーん…。」

少し考え込んでから、ティオの頭に電球が灯る。

「じゃあじゃあ、それこそ魔王城から配信しちゃいます! 魔王様にも協力してもらえれば、きっとみんなも安心できるはずデス!」

とんでもない案だが、魔王が彼女の活動を支援したとあればギルドメンバーも口出しできない。

さらにそこで四天王であることを公表できれば、ティオの人気にも拍車がかかる(?)というもの。

魔王との交渉はティオに一任されるが、それ以外の部分においてはギルド「ティオ後援会」の出番である。

彼らは新たな目標に向かって行動を開始したのだった。


ーーーーーーーーーーーー


──そのしばらく後。

とあるギルドが占有している会議室。

そこには幾つかのギルドのリーダーが集合している。

どのギルドもトップランカーとは言えないが、それに追従する実力者の集まりであった。

「それで、ティオちゃんはどうなったんだい?」

「問題なく四天王になったようだ。」

それはかつて危険派閥として「ティオ後援会」を追われた者たちの集まり。

強引なギルド勧誘を厭わず、そして。

彼女を応援するに留まらない。

ティオ・フォルデシークをと目論む者たち。

議長の席にある者は話を続ける。

「どうやら四天王の空席に座る人物を探しているようだな。そして、戦闘能力よりかは特殊技術系の能力者だ。」

「ほう? あの子がそこまで情報を明かしたのか?」

頭を横に振る。

「俺の推測だが、外れていないとも。あの時、情報を求めているのに接触も勧誘も要求しなかったからな。隠し事はまだまだ下手だ。」

「特殊な能力者なら何人か心当たりがある…。どう動く?」

議長は鋭い目で空虚を睨む。

「…あの子は魔王に心酔しているようだ…。」

議長席の荘厳な椅子から立ち上がる。

黒いオールバックに金色の二本線の入った男。

自由派『ルーク・ハーベスト』その人であった。

彼は他の顔ぶれを見渡しつつ言葉を続ける。

「ならば、我々の手であの子の目を覚まさせてやらねばなるまいよ。魔王をその座から引きずり下ろして…な。」

「じゃあ?」

「ああ、四天王の椅子には我々の用意した駒を座らせよう。だが、念には念を入れよう。」

彼らの後ろ暗い欲望は、それを当然と認知している。

そして強硬な暴力手段ではないために、AIでは検知できないのだ…。

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