第15話 何でも斬るヤツの変貌
あまねくとヌルの戦いはヌルの勝利という形で終わった。
片方が戦闘不能になったことで、両者ともコロシアムの中央に転移した。
本来なら戦闘の感想が述べられたり、賭けたアイテムなどが受け渡されるタイミングだが、あまねくはヌルを睨んだまま動こうとしない。
白髪に黒い鎧の鬼が、ジッとこちらを見ている。
あまねくが異様な雰囲気を放っている。
彼の間違いなく勝敗に納得がいっていない気配に、ヌルもまた動けずにいた。
何と声をかけるべきか。
その異常な静寂を破ったのは第三者であった。
「センパイ! さすがデス! いやー見事にこの失礼極まりない自称最強のお侍さんをやっつけましたね!」
ティオがそう口にしながらヌルの元まで飛んでくる。
ヌルは彼女が飛行する姿を初めて見たが、妖精だから当たり前かと気にしなかった。
むしろ、彼女の言葉にあまねくを渦巻く怨念のような気配が増大したことの方が重大だ。
ヌルが口を挟む前にさらに火に油が注がれる。
「あっれ〜〜? 無礼にも魔王様に一騎討ちを挑んでボコボコにされちゃった、あまねくさんじゃないですか〜? どうですか〜? “ボクの”魔王様は強いでしょう〜?」
もうやめてくれと内心思うヌルだったが、ここで敗者を慰めでもしたら爆発しそうだ。
そんなヌルの心境を他所にあまねくが口を開く。
「オイ。」
視線はヌルを捉えており、ティオの言葉を意に介していないことは明らかだった。
ヌルはあまねくを正面から見据える。
顔はないが視線が交差する。
「なぜスキルを使わなかった? 使わずに俺を倒す自信があったのか?」
一拍置いて加える。
「舐めているのか?」
言葉の内容とは裏腹に声に怒りは感じられない。
どのような心境によるものか。
一方、ヌルはこの質問を受けて初めて、自分が先の戦いにおいてスキルを使わなかった事に思い至る。
確かに意図してスキルを控えた面もある。
ダメージが反射されるスキルが存在するかもしれないと思ったからだが、結果として使わない方が戦いやすかったのだ。
自分でも明確な理由がわからず首を傾げる。
その反応にあまねくは苛立つ。
「戦闘における中心はスキルだ。スキルの連携で相手を追い詰め、相手のスキルの上を行く技を見せつけ、完全な状態で相手を抹殺する。それこそが戦闘の“全て”だろうが!」
トップランカーの自負とも狂信とも取れる言葉。
ピースフルに及ばず、さりとて最強に分類される彼の「戦闘はかくあらねばならない」という追い詰められた責任の叫びだった。
それでもヌルには聞き流せない点があった。
「スキルだけが戦闘の全てじゃないと思います。」
それだけは断言できる。
ヌルのプレイヤーとしての期間は短い。
だが、あの小さな冒険においての失敗が今の自分を作ったのだ。
だから言える。
「スキルに振り回された結果、楽しいと思える戦い方ができないなら、スキルなんて使う必要ないですよ。」
そう断言した。
あまねくはその言葉に戦闘以上の衝撃を受けていた。
「スキルに…振り回される…。」
目の前に突然現れた文字を読むようにして口にする。
その脳裏には、全く意識していないにも関わらず、とあるイメージが浮かぶ。
カウンターの構えしか取らない今の自分の姿。
刀という武器が好きだった。
これを振り回して敵を切り刻むのも楽しかったし、手に馴染んだ。
好きに刀を振り回してるうちに周りから強者と呼ばれた。
それが心地よかった。
だが、今はもうその心地よさはない。
「いつから…俺は…。」
勝ちにこだわるためにカウンターの系統ばかりを鍛えてきた。
“待ち”の戦いが増えた。
最後に滅法矢鱈に刀を振り回したのはいつだったか。
スキルを意識せずに刀を振るったのはいつだったか。
それをこの魔王に見抜かれた。
かつての自分は、今どこにいるのか?
この魔王はどこかで自分の戦いを観たのだろう。
そして自分の間違い…本来の姿を指摘するために呼び寄せた?
わざわざ四天王という貴重な枠を消費してまで?
今この時。
そう、ユニバースを楽しむ事へと再帰させるために…!
…とあまねくは思った。
もちろんヌルにそんな意図はない。
ゲームのシステムにスキルがある以上、使うのは当たり前である。
ヌルが覚えきれないから慣れないうちは使わないだけだ。
雷に打たれたように固まったあまねく。
その後ブツブツと「俺は…」と独り言を呟くようになった。
ヌルは彼に声をかけるべきか迷った。
が、喫緊の問題として、自分に張り付いて離れない妖精の対応を先とする。
「センパァイ…。強ょぉい。うひひ…。」
ヌルの戦いぶりを初めて観て心酔しきっている。
ペタリと張り付いたままの妖精。
しかも困った事に現在地はコロシアム、対人戦空間である。
ヌルが邪魔だなと思いながら彼女を引き剥がせば、その意思が攻撃判定となってダメージが入る疑いがある。
ハチコに助けを求めようにも、彼女もニコニコしながらコロシアムの内装を眺めている。
その手には手帳が握られており「そういう事なのね…! あれもあのオマージュだわ!」とテンション高めに速記している。
そんなヌルに救いの手を差し伸べたのは、独り言から覚めたあまねくだった。
「魔王…いや、ヌル殿。」
数歩でヌルの前に跪くと、刀を足下に置く。
先程までの不遜な態度とは打って変わって別人である。
ヌルはおろかティオまでもがギョッとする。
その反応を介さずあまねくは言葉を続ける。
「俺を四天王に…いや、四天王じゃなくても構わない、アンタの手下として加えてほしい。」
まるで謙虚な幽霊に憑依されたかのような変貌ぶりに2人は目を丸くする。
ヌルに目はないが。
そんなヌルの反応に自身の価値を見定めていると感じたのだろう。
あまねくはそのまま姿勢のまま頭を下げる。
「先程までの失礼な態度では、到底役に立たないと思うかもしれない。だが、頼む。」
「あっハイ。…いえ、新たな四天王として歓迎します。よろしくお願いします。」
当たり前だがヌルは一般人なので、跪かれる事に慣れない。
しどろもどろになりながらも、あまねくを歓迎したのだった。
あまねくはそんな返答に安堵した様子を見せつつもヌルに顔を向ける。
そして少しだけ表情が曇る。
「感謝する、ヌル殿。それで、不躾で心苦しいが、頼みがある。もう一度だけ、俺と戦ってもらえないだろうか?」
「ちょっ! アナタ! 図々しいデスよ! 四天王になったばかりの新参者のくせにいきなりお願いなんて。しかも再戦なんてモロ下克上じゃないデスか!」
あと、目上に対して“殿”をつけて呼ぶのは不敬デスと付け加える。
ティオの発言をスルーしてヌルは了承する。
あまねくの態度があまりにも変わっていたからだ。
まるで、怪我が治った後、体を動かしてみたいと思うような。
霧が晴れた地を往くようなワクワク感。
そんな空気をあまねくから受けたのだ。
あと呼称は、もはやセンパイ呼びする妖精の時点で何でもありと認めている。
渋々ティオが対戦の設定を行う。
「もう結果はわかってますけど、センパイやっちゃってください!」
15秒カウントがゆっくりと時を刻む。
戦闘態勢を整える両名だったが、たった一度しか戦わなかったヌルからしても、あまねくの様子の違いが明らかだった。
先程は居合いの構えだったところを両手に抜き身の刀を持っている。
その二振りは松明のように鋒が天を向いている。
そしてカウントが0を迎えた。
と同時に、
「ひゃはははははっ!!」
狂ったような笑い声と共にあまねくが突進してくる。
さすがのヌルも恐怖を感じた。
大学では必ず薬物に手を出さないための注意喚起の講習があるが、その映像に出てきたかのような様相。
「ひえっ!」
思わず触手を伸ばし、あまねくを払い除けようとする…。
しかし。
「ひゃはぁっ!」
あまねくの刀が笑い声と共に煌めく。
二閃。
おかしな事が起こった。
「なっ!」
ヌルは目を見開く。目はないが。
…触手の先端が斬り飛ばされている。
「マジかよ!」
油断したつもりはないが、ダメージを受けるとは思っていなかった。
「楽しいなオイ! 久しぶりだぁ〜!」
あまねくがブンブンと刀を振り回す。
棒切れを持った子供のようだが、その一振り一振りにそれまで培った技術が透けて見える。
ヌルは危険を感じ、触手6本を別方向から時間差で差し向ける。
さらに跳躍を開始するために残りの本数に意識を向ける。
「しゃあっ!」
またも触手の1本が切られるが、あまねくは残り5本をかわしきれず吹き飛ぶ。
ヌルは手ごたえから、彼が衝撃を緩和するために自分から飛び退いたことを悟っていた。
「ひひひ…。」
笑いながら立ち上がったが、そこで動きを止めた。
キン。と小気味良い音を鳴らし刀を鞘に収める。
既に戦意が感じられない。
「感謝する。俺は…俺本来の戦い方を取り戻した。アンタのおかげだ。」
本来の戦い方って…とヌルが小声で呟くが、あまねくには聞こえなかった。
腰を曲げて礼を示す。
「元々この勝負は俺の負けだ。ここで終わりにしてもいいが、せっかくだ、最後に一番強い攻撃を見せてくれないか? アンタの良い技を見せてくれ…!」
頭を上げた彼は溌剌とした笑顔をしている。
ヌルは首肯する。
あまねくの戦闘技術の高さを身をもって味わったヌルは、戦闘面のアドバイザーをしてもらいたいと考えた。
ゆえに良好な関係であるためにも、一度最強のスキルを見せておくべきと判断した。
自己の能力を高めるスキルを連発する。
様々な色のオーラがヌルを煌々と照らす。
一方あまねく、先程までスキルを使わなかったヌルが自分のためにスキルを連発してくれている事に喜色満面となる。
己を取り戻したばかりか、そのために尽力してくれた相手が本気を見せるという。
あまねくは幸せ心地のまま両手を広げる。
「ああ…。」
まるで再会した恋人を抱き止めるようにゆっくりとヌルへと向かった。
「ひえ…。」
あまねくからの異様な圧力が凄かったので、ヌルは早々に終わらせる事にした。
跳躍した後、あまねくに掴みかかる。
「圧縮合成!」
こうして、ユニバースランク第二位の剣豪は幸福の中で再度敗北した。
ーーーーー
「改めて。四天王に加入した『あまねく・わかつ』だ。望まれたからには全力を尽くそう。」
魔王城のある荒野にて、それぞれの自己紹介を終えた。
そのまま、魔王軍の現状と方針について説明する。
現在実行中の項目
・魔王城の建設
・魔王軍の拡充
・魔物作成による配下育成の土台作成
・領地獲得のための周辺探索
今後の課題
・最後の四天王の獲得
・NPCの誘拐と調伏
・魔王城内部、ダンジョンとしての魔王城建設
・城下の森のダンジョン「写術帝の隠れ井戸」の攻略
などが共有された。
その中でヌルは自身が初心者である事をティオとあまねくには明かさなかった。
ハチコの指示に従っての行動だが、正体を隠しながら自身の進行度を説明するのは難易度が高かった。
だが、ティオもあまねくもなぜかヌルを異常に尊敬しており、疑問点があっても追及せずに勝手に納得した。
すなわち。
「センパイは初心者の気持ちを知るために、あえて外に頼ろうとしなかったんですね。」
「ヌル殿は職業としての魔王を最適化するために、武器熟練度と職業レベルを一度放棄したということか、なんという向上心なのだ…。」
などと宣っていた。
ヌルは否定も肯定もせず、愛想笑いでスルーする事にした。
「センパイ! ボク思ったんデスけど、四天王の条件をセンパイの指名のみに切り替えちゃっていいと思います。」
「それに関しては俺もそこの小娘に賛成する。ヌル殿は凶悪な人物を求めて指名手配時間を要求したのだろうが、俺より強いやつは来ないし、性格に欠陥があるやつが来る可能性が高い。」
ヌルやハチコよりもプレイヤーとしての経験値が高く、多くのプレイヤーを見てきた2人の提案である。
ヌルは頼もしさを感じつつ了解する。
「わかりました。では、最後の四天王は、この4人で話し合って決めるようにしましょう。」
それぞれが同意をあらわす。
「あ。」
小さい声はティオのもの。
それからメニューを操作し始める。
「皆さん、ボク一度ギルドに帰りますね。四天王になれたことをファンのみんなに報告しないとデス。」
そういえば彼女もまた、先程四天王に加入したばかりの人物である。
魔王がどのような人物か、安全なのか、多くのプレイヤーに心配されているのだろう。
そんなティオに声がかかる。
「四天王であることを公表するのですか?」
とはハチコの声である。
現在、四天王が誰なのか以前に、何人いるかも明かされていない。
秘密にしている方がメリットが大きいからであるが、普通のゲームプレイにも影響が出る可能性が高いこともある。
街を歩く際に攻撃を受ける可能性だってあるだろう。
それらについてハチコは指摘する。
しかしティオの意志は変わらない。
すでにギルドメンバーには魔王軍に入ると表明しているし、自分は名が売れているからむしろメリットがあると返す。
魔王軍の「顔」のような役割をできると提案するのだった。
最終的な判断はヌルに委ねられ、ヌルはティオの意思を尊重した。
ただし、基本的にティオ自身の情報以外は明かさないようにお願いしておく。
「わかってますよぉ! ボクだって四天王なんデス。自分で不利になるようなことしませんし、スパイがいたらニセ情報掴ませてやります!」
自信たっぷりに言い放つ。
「それじゃあ、最後の四天王にはどんな人がいいか考えるのは宿題ということで〜!」
そう言い手を振りながらギルドへと帰還した。
魔王城には3人が残される。
さてこれからどうするか。とヌルは考える。
ふと横を見るとハチコがソワソワしていることに気づいた。
先程までは平常だったので、何かに気づいたということか。
チラチラとあまねくを見ては何かを言いかけてやめている。
有名人に声をかけたがる一般人のようだ。
「ハチコさん、どうしましたか?」
ヌルのその言葉を待っていたのは、意外にもあまねくの方だった。
困惑していたのだろう。ヌルに追従する。
「俺に何か用でもあるのか?」
そう問われては何もないとも言えないのだろう。
ハチコは決心したようにあまねくに話しかける。
「あの、もしかしてですが。」
「ああ。」
「あなたは、その。」
「ウム。」
「“一刀六絶”をもってたりしませんか?」
「アンタ…どこでそれを…? どう見ても剣士には見えないが。」
少し驚いた顔でハチコを見回している。
ヌルは首を傾げる。何のことだろうか。
しかし、漠然とだが、ハチコが興味を持つ以上、本の話のような気はしている。
そしてその予想通り、あまねくは一冊の古書を取り出す。
「これのことだな?」
「わっ! わぁー! す、すいません、少しでいいので見せてもらえませんか!? まさか実物をお目にかかれるなんて!」
いきなりテンションを上げるハチコ。
おそらく、侍系の職業しか入手できない書物なのだろう。
「ん。」
惜しげもなくハチコに差し出す。
「はひぃ。これが…伝説の…。」
震える手で本を預かるハチコだったが、あまねくは気にした様子もなく続ける。
「やるよ。俺にはもう必要ない。」
「ふえっ!?」
本を凝視していた表情のままグワッとあまねくを見上げる。
「だってコレは選ばれた剣豪しか…。世界に5冊しかないものなんですよ…?」
「そうなのか? だが、今の俺に必要ないのは事実だ。もっと重要な技術を見つけたからな。」
チラッとヌルを見やる。
「ほっ本当にいいんですか!? もう返しませんよ」
「ああ。アンタは俺の先輩にあたる四天王だ。あの小娘とは違って一応の敬意は払っておく事にするさ。」
そう言ってメニューの所持品欄から「書物:一刀六絶」に譲渡コマンドを入れる。
所有者があまねくからハチコに移った事で、データ化してハチコに吸い込まれる。
「きゃあ〜〜〜っ!」
よほど嬉しかったのだろう。
ぴょんぴょんと跳ね回る。
うずうずしながらもヌルに振り返る。
「ヌルさん!」
「はっ、ハイ!」
「急用があるので失礼してもいいですかっ!?」
「はい、どうぞ…。」
返事を聞くや否やハチコは帰って読みたいという欲望を隠しきれないまま、拠点である王国図書館へと帰還していった。
残された2人。
あまねくは不敵な笑みでヌルの命令を待つ。
もし、このままどこかに攻め込むと言っても二つ返事で従うだろう。
そんな彼の態度に、普段のヌルならば気後れしてしまっただろうが、今は都合が良かった。
「あまねくさん。」
「ああ、何でも言ってくれ。」
役に立ってみせるという信念が窺える。
頼もしさを通り越して怖いくらいだ。
「ええと、ではお願いがあるのですが、自分の戦闘訓練…というか、戦闘面のアドバイスをお願いできませんか?」
「なんと…! ああ、もちろんだ。アンタはあれだけ強いのに、まだまだ先を目指すんだな! 是非とも協力…いや、俺を好きに使ってくれ!」
ぱあっと笑顔を輝かせながらあまねくは答える。
一匹狼を貫いてきたあまねくであったが、彼は交流を避けていたのではない。
うまく噛み合う相手がいなかったのだ。
そこへ彼を心酔させる強さと度量の持ち主が現れて、自分を頼ってくれたのだ。
これに応えられなければ自分で自分を許せないだろう。
ヌルも本来なら新参の四天王に魔王城の案内をする必要があった。
しかし、ヌル自身も戦闘面でもっと強くなりたい思いが強かったのだろう。
彼はあまねくに自身のステータスメニューを見せつつ、荒野の比較的広い場所へと移動するのだった。
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