第14話 四天王ティオ

「───というわけデス!」

要点だけまとめて経緯を説明したティオに対し、ヌルとハチコの頭上には疑問符が浮かんでいた。

「結局それで、どうして自分を先輩と?」

「ああハイ。それはですね。初心者狩りの人たちをボクより先に壊滅させたからデス! しかも、ボクには到底できない方法で完璧に…です。」

「ああ…。」

復讐の先を行く者を果たして先輩と呼ぶのは正しいのだろうか?しかも自分は厳密には被害者ではない。

そう考えるが、呼称に害がないのであれば呼びたいように呼ばせることにする。

「では、改めてよろしくお願いしますねティオさん。これから現在の魔王軍の状況を共有しようと思います。」

「そんなティオ『さん』だなんて…。呼び捨てにしてくださいよぅ。ボクとセンパイの仲じゃないですか〜。」

会って数分の仲である。

確かに後輩に『さん』をつけるのは丁寧な人物を除いて一般的ではない。しかしヌルは丁寧な人物に分類される。

「まぁ、追々そうしますが、まだ初対面なので呼び方はこのままで。」

「はーい。それで魔王軍のハナシですよね!? ボクのギルドを丸々傘下に入れちゃえば、一気に世界はセンパイの方へ傾きますよ!」

一気に千人が加入する様子を想像してプレッシャーを感じるヌルだったが、ハチコに引き戻される。

「それは現状では不可能ですね。」

本のページをめくりながらの発言。おそらく四天王と魔王軍の項目をテキスト化して読み返していたのだろう。

「ムッ! ハチコさん…でしたか? 新参のボクの活躍が面白くないからって口を挟まないでほしいデスね。

…ふーん? 初心者狩りに対して想いを同じくするボクとセンパイが仲良しさんなのは一目瞭然。四天王のイチバンはボクですよ。」

勝ち誇った笑みを浮かべるティオ。

ハチコは気にする様子もなく告げる。

「はじまりの村にモンスターを配置するよう献策したのは私です。」

ハチコの言葉を受けたティオの態度が一変する。

「…!! ハチコお姉様って呼んでもいいですか?」

「ダメです。」

「そんなぁ〜お姉様ぁ〜。」

縋り付くティオを無視してハチコは続ける。

「今の段階で四天王以外の人物を魔王軍に加入させる場合、ヌルさんが個人勧誘を1人づつ行わなくてはならないですから、それを千回行うのは現実的ではありません。

今の段階では四天王を4人揃える事を目指しましょう。そうすることでその傘下にプレイヤーを加入させる機能が解放されるようです。」

ヌルは同意する。

「では自分はティオさんにこの辺の案内と説明をしますね。ティオさん、いいですか?」

「はーい。」

ハチコから離れてヌルに追従する姿勢を見せる。

「では私は戦闘訓練の続きをしますね。」

ハチコはヌルたちと別れて配下の魔物たちを待機させている方へと歩き出した。

「ティオさん、この小屋が暫定の魔王城で、あっちに建設中なのが本来の魔王城の予定です。セーフゾーンはここだけなので、拠点移動をする場合は忘れずにここを登録してくださいね。」

「はーい。」

「次に───」


ーーーーーーーーーーーーーー


「────なるほど。センパイのお仕事は沢山あるんですねぇ…。」

活動内容を話しつつ魔王城近辺を一周し、一通り話し終えるタイミングでハチコの元へと到着する。

ティオの加入によって今後の計画の練り直しが必要となるだろう。

少なくとも次回の冒険にティオを連れて行くかは話し合うべきだ。

「ハチコさん、今後の方針について話し合いましょうか。ティオさんが加入した事ですし。」

「そうですね。私もヌルさんに提案したいこともありましたし。」

「では、ハチコさんの話を先に聞きたいです。申し訳ないですけど自分は具体策は何も思いついていないので、かまいませんか?」

ハチコは首肯する。

「先日の冒険で、この場所に普通の人が到達するのは難しいということがわかりました。それでヌルさんが最初に四天王加入の条件とした“魔王城を発見した人”はあまり有効な条件ではないことも。さらには、戦闘能力による判断基準であった“ギョン”もティオさんに倒されてしまったことで、新しい戦闘能力判断の条件を設定し直す必要が出てしまいました。」

ハチコが四天王加入の条件をメニューから表示する。

現状よりもさらに適切な内容の条件が存在するのは確かだろう。

「そうですね。加入条件について改めて見直しをする必要がありますね。」

ヌルは腕を組む。

「ギョンとは別の強いモンスターを置くべきでしょうか? それとも別の方法で戦闘能力を測る方が…。

以前は、自分が戦えばいいので戦闘能力は優先度を低く考えていたんですが、先日の冒険を考えるともう一人くらいは強い人が欲しいですね。」

ううむ。とヌルが唸る横でティオが存在を主張する。

「はいはーい! 強くて四天王になってくれそうな人に心当たりがありまーす!」

ティオに視線が集まる。

「戦闘の世界ランク2位の『あまねく・わかつ』さん! ボクがイベント表彰式に出た時に知り合った人なんですけど、勧誘してみてはどうでしょうか?」

「あの一匹狼で有名な方ですか? 確かに戦闘能力では申し分ないと思いますが…。」

ヌルに心当たりはないが、どうやら有名人らしくハチコは悪くない案だと返す。

そこで、はたとヌルは気がつく。

最初に名前が出るのが2位という違和感。

「ティオさんは1位とは知り合いではないんですか?」

「1位? ええと、ピースフルさんですか? もちろん知り合いです。

でもきっとあの人は魔王軍には加入してくれないんじゃないかなぁ。もちろん、仲間になってくれるならピースフルさんの方が連携が上手だとは思いますケド…。」

ある程度予想はしていたが、親友はトップランカーではなくトップそのものだった。

あの少しおちゃらけた人物が最強の2文字を背負っていることに違和感があるが、事実は変わらない。

「で、センパイどうしましょう? 勧誘してみるなら、あまねくさんに通話を入れてみますよ!」

ハチコと顔を見合わせる。

参謀はハチコなのだが、ハチコはヌルの意志を優先しようと考えているのだろう。

それが伝わったため、ヌルは頷く。

「ではその人を四天王に勧誘してみましょう。」

即断したヌルにティオは笑顔を見せるが、ヌルは即断とは言えない理由があった。

自分が四天王を募集した際に要求した能力。

思考力・知識力・指揮力・戦闘力の中ではティオは指揮力に属しているだろうが、より強い力である『人脈』を持っていた。

おそらく自分の考慮していない能力は山ほどあるのだろう。

自分の浅慮を顧みると共に、知らないことにこそ飛び込んでいく姿勢が必要だと考えを改める。

そういう理由で名前すらも知らなかった人物を四天王に勧誘しようと決めたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーー


レベルが上がった。

俺はメニューを見る。

『Lv.110 あまねく・わかつ 鬼/剣豪』。

見慣れた表示だが、レベルが上がったことは悪い気分じゃない。

この辺の敵の経験値も悪くないしな。

俺のスタイルからしても戦いやすい部類だ。

ついでにプレイヤー検索で1番気にしている名前を表示する。

『Lv.112 ピースフル・ワイルドアイランド 超人/ガーディアン』。

「チッ…。」

憎らしいことにアイツは必ず一歩先を行きやがる。

攻撃のあまねく、防御のピースフル。

随分前から言われ続けていることだが、なぜ攻撃より防御の方が強いのだ?

おかしい。異常だ。

仕方なく俺はレベル上げを再開する。

エリア「竜の天険」でドラゴンを倒し続ける。

まだ殆ど誰も到達していないはずだ。

素材も知識も俺の独占…。

「到着したぞ! やっぱりさっきの道は罠だったな!」

「ああ、お前の勘を信じて正解だったぜ…ってオイ!」

闖入者。いや邪魔者だな。

レベル102と105か。

「白夜叉…あまねくだと!? 何でこんなところに!」

「2位が相手だろうと抜かりはねぇぜ! 対人装備だ!」

狩人と白魔道士のパーティで俺と戦うつもりだろうか?

まぁいい。ドラゴン相手に飽きてきたところだしな。

「対斬撃の魔法を──」

「遅い!」

俺は刀をスキル専用に切り替え『空間断ち』によって距離を詰める。

焦って牽制する狩人にカウンターを使う。

カウンターで攻撃をしない代わりに俺だけが高速で動ける状態になる。

対人攻撃用の刀に切り替え2人の防御の甘い箇所の点と点を結ぶようにして一線する。

クリティカルヒットによって7割ほどHPを削るが、俺の攻撃は終わらない。

「『王手』だ。トドメもくれてやる。」

追撃で狩人の方に二太刀浴びせる。

HPを1残す代わりに超火力を誇るスキル『王手』から『必中の剣』。

「嘘だろオイ!」

喚いてもお前はリタイアだ。

「くっ、リザーブマジック…」

狩人が消滅しきる前に蘇生魔法を唱えるが悪手だ。

俺は魔法詠唱に自動で反応するカウンタースキル『呪文断ち』によって魔法を失敗させる。

そのまま術者も両断する。

消滅する二人にアドバイスくらいはくれてやろう。

「お前たちは常在戦場の心が足らんな。」

攻撃をかわすなり、防ぐなりするスキルは常に発動するように心掛けるべきだ。

それも分からんヤツが来るにはここは早すぎる。

無駄な時間を食った。

たかだか掃除ごときで指名手配ペナルティまで課せられるとは…邪魔者極まれりだな。

装備もアイテムもゴミしか寄越さないところを見ると、ロスト用に保険をかけていたんだろう。

「ん?」

次の獲物を探すべく移動を開始したところで、メニューに阻まれる。

通話コール。相手は“ティオ・フォルデシーク”。あの小うるさいアイドル娘が何の用だ。

無視する事を考えたが、アレもある種の上位プレイヤーの端くれ。

レア武器の情報を売りつけに来たという可能性もある。実際以前に一度あった。

今回もそうなら、高く買い取ってやろう。

「何の用だ小娘。」

「こんにちは! あまねくさんですか? あまねくさんですよね。今日は耳寄りな情報を持ってきましたよ。」

やはりか。

「前置きはいらん。話せ。」

「じゃあ単刀直入に。あまねくさん、魔王軍の四天王に入りませんか?」

…ム? 四天王? 予想と違うな。

「ボクことティオちゃんは四天王になったんデス。それで、魔王様が強い人を四天王に加えたいって言ってて、あまねくさんはどうかなって。」

魔王…。想像では魔王はさほど強くないプレイヤーだ。

全プレイヤーから一人が選ばれたと知った時に、過去にバトルイベントで入賞したことのある強者200人を調べたが全員の名前が表示されていた。

つまりは弱者やルーキーの可能性が高い。

そんな奴の配下なんぞゴメンだ。

「興味ないな。俺は強者と戦うためにいる。」

「ふ〜ん?」

声だけだが、あの小娘がニヤけた顔をしているのがわかる。

いちいちイラつかせる。

「何だ? 言ってみろ。」

「べっつにー? ただあなたがライバル視しているピースフルさんは魔王討伐を大々的に宣言していますよ?

ボクたち魔王軍とピースフルさんたちの軍勢が世界を賭けて戦う時に、あまねくさんは観客として見てるだけなんですか〜?

“自称”最強ここに極まれりって感じですね!」

「な…に…? ちょっと待て。一旦通話を切る。俺から掛け直す。」

メニューの通話を切断する。

そのままリストを表示。耐えかねるが憎き相手に通話をかける。

2〜3コールで接続される。

「何だ、珍しいな! あまねく氏が俺に連絡くれるなんてよ!」

「ああ。聞きたいことがあってな。ピースフル。貴様、魔王討伐を宣言したというのは事実か?」

「オウッ! その通りよ! 魔王は俺が倒しますぜ〜! そのためにギルド連盟も結成したんだ。

…もしかして、あまねく氏もギルドに加入してくれるってかい!? いゃ〜助かっちゃうなぁ。」

「そんなわけないだろう。確認しただけだ。」

「へへ、まぁそうだよな。でもどっちが先に魔王を倒すか勝負するってんなら、仲間として一緒に戦ってくれてもいいと思いますがね〜。そこんトコロどうです?」

「ふん、ゴメンだ。用はもう済んだ。切るぞ。」

通話を切断する。

もう一度かけ直す。

「はーい、ティオちゃんですよ〜?」

「おい小娘。四天王になってやってもいい。ただし条件がある。魔王とやらと一対一で戦らせろ。俺が勝ったら俺に魔王の座を譲れ。」

「うわー。超失礼な人ですね! センパイ! こんな人無視して他の人にしましょう!」

センパイ? 魔王のことか?

現実での知り合いということか。

まぁそうか。でなければあの小うるさい妖精に四天王の座なんぞ与えん。

つまり魔王は仲良しこよし目的の甘ちゃんということだ。

「ええ〜!? いいんですか!? センパイがそう言うなら…わかりました。あまねくさん、魔王様戦ってくれるそうですよ。」

「その勇気だけは褒めてやる。では1時間後に第3コロシアムに集合だ。名義は俺で予約しておくから、お前がパーティリーダーで入ってこい。俺は魔王の名前しらんからな。」

「はいはい…。せいぜい首を洗って待っておくデスよ!」

一方的に通話を切られる。

まぁいい。

俺が魔王としてピースフルを迎え撃つ。

この実力を示す最高の舞台にしてやる。




「逃げ出さなかったようだな。」

コロシアムで待つ俺の前に、妖精の小娘、同じくらいの弱さのダークエルフ。

そしてレベル255の合成獣。

数歩進み出ると俺を直視する。

ふむ…俺の装備の観察か?

装備偽装スキルを使うのは当たり前だ。

それが分からないようなヤツなのか?

さらに前に出る。

「ヌル・ぬると申し…。」

「挨拶はいらん。さっさと始めるぞ。オイ、小娘、開始の合図をしろ。」

「うーわーほんっとに失礼極まりないデス! センパイやっつけちゃいましょう!」

小娘がメニューを操作すると俺と魔王がコロシアムの中央に転移する。

「スタンダードルール、報酬なしで設定しました! さっさとやっつけられてクダサイ!」

俺の視界にカウントダウンが表示される。

15…14…。

魔王が直進の構えをとっている。

開幕突っ込んでくる気か。速さに自信があるのだろう。

確かに開始にスキルを使用して有利な流れを作るのは定石だ。

だが、俺には通用しない。

装備の切り替えを選択。

開始時に自動で武器が「弱者の牙」という刀に切り替わるようセットする。

レイド用に作ったものでレベル差に応じて攻撃力が加算される。

これに『光射の構え』を組み合わせる。

相手のスキルに反応し先んじて倍返しにするカウンター。

これで勝負は開幕の一瞬で決まる。

アイツの負け、俺の魔王就任という結果でな。

3…2…1。

「ゼロ! センパイがんばれ〜!」



予想通り魔王が真っ直ぐ突進してくる。

異常に疾い。なるほどレベル相応のパラメータか。

だが、いくら素早くとも正面から向かってくる相手を捉えるくらいは余裕だ。

『光射の構え』! 死ぬがいい。

ヤツが俺の体に接触する刹那、俺のカウンターが発動…しない!?

体に違和感がある。浮遊感…?

気がつくと床が5mほど下方にある。

開幕のスキルと見せかけて、俺を掴んで上方に放り投げたのか。

『構え』系のスキルは地に足がつかないと使用できない。構えを解除する。

防御姿勢を崩した上で空中戦に持ち込む気か。

…やるじゃあないか。

だが、その思惑には乗らんぞ。

『空間断ち』で強制的に着地。

間髪入れずに『木石の礼』。

刀を鞘に収めることで最大15秒透明化する。

これで空中で透明化したように見える筈だ。

まずはヤツの隙をついて能力値を切り落とすスキルを…。

「な…に…? 何だこれは。」

曲線で跳ね回るピンボールのような動き。

ぶつかる度におかしな方向に跳ね返る。コロシアムの床に、壁に、天井に。

異常な動きだ。こんなものは見たことがない。

プレイヤーにできる動きなのか?

視界にとらえることができない。

まずい…15秒経ってしまう。いや、俺は経験上速い敵の対処も心得ている。

網を張る。通り道に攻撃を置いておくのだ。

30秒持続する斬撃でコロシアム全域を切り刻む。

刀を抜いた時点で透明化が解除されるが、いずれにせよ秒数に余りはない。

ジッ!という音を聞く。

おそらくかすり傷だろうが俺の斬撃にヤツがかかった音だ。

追撃スキルによって攻撃箇所に転移して連撃に…。

俺の転移した場所はヤツの伸ばした触手の先。

「チィッ!」

本体に直接攻撃を加えなければダメージは通りにくい。

俺の姿を視認したか、魔王がぐちゃぐちゃな軌道で迫ってくる。

「やらせん! 『冥界十王』!」

分身を9体出現させる俺の奥義だ。

まさかこんなにも早く奥の手を出させられるとは…。

認めよう。お前は強者だ。

だが、真っ直ぐ向かってきたのは失策だったな!

分身共を使い牽制や妨害、デバフを伴う斬撃で巧妙に本体である俺の元へと相手を誘導。

そして本体である俺が攻撃に見せかけたカウンター。

仮想敵ピースフルに対応した究極の奥義だ。

俺には見える。

真っ二つになったお前がなっ!

「奥義、十王のさば…のおおわあぁっ!」

な、何しやがるっ!

分身に分身を投げつけて相殺するだと!?

あまりに非常識すぎる…。

「真面目に…」

言い終わらないうちに俺自身が、またもや宙空に放り投げられる。

「戦う気は…」

言葉を続ける余裕もないうちに空中で足を掴まれ、自由落下を感じる暇もなく急速に壁に吸い寄せられる。

俺本体を投げつけたのだ。

「あるのかああぁぁぁぁっ!!」

壁に叩きつけられる。

巨人に棍棒で殴られた以上の衝撃。

総HPの8割を失った。

カウンター系スキルは不発の場合にダメージが上昇してしまう。

ましてやダメージの原因は壁衝突という自然効果。

…自然効果?

まさか。コイツ、俺との戦いにスキルを使用していない?

「テメェ、舐めてやが…。」

壁に埋まった体を起こした俺の目に最後に映ったのは、俺めがけて投擲される分身の大群だった。

…久々の敗北だった。

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