第10話 快々晴々と名声

無流と平和は学食でダラダラしていた。

次の講義までの空き時間が存在する日がある。

それを仮眠に充てる者も居れば、こっそり無許可で別の講義に紛れ込む者もいる。

2人はのんびりする時間に充てていた。

といっても何もしていない訳ではない。

ピースフル先生によってユニバース講座が行われているのだから、ある意味講義とも言える。

平和のネタバレを回避した上で有益な情報を教えるという、器用な話術に無流は感心していた。

「なるほどなー。じゃあいろんな武器を使っても損はしないわけなんだ?」

「そう。例えば、弓の『同時撃ち』は槍でも使えるし、弓を使っている間は槍の習熟度が少し上がる事がわかってる。逆に槍を使うと弓がーってことだ。そういやムーは結局なんの武器にしたんだ?」

無流は昨日は「いろいろ選んでいる」とはぐらかしたが、今日はちゃんと答える事ができる。

「鎌にしたよ。はじまりの村の武器屋に勧められてさ。」

「ほぉー? てことは種族がファントム、もしくは戦闘職が反抗騎士のどっちかだろうけど、騎士は初期じゃ選べないからファントムだな。」

「すげーな。当たり。」

賞賛と驚きの表情を浮かべる無流に対して、平和は鼻高々といった様子だ。

「ま。伊達にトップランカーしてないっすよ。ちなみにファントムでメイン装備が鎌だったら職業は曲芸師かアサシン、ダンサーがいい。攻撃速度を底上げ出来るからな。」

「へー。どれも初期に選べる職業じゃないよな? 取れるのは結構先か?」

「あー、うーん。ムーは今どの辺よ?」

「丁度はじまりの村出るところ。村長にモンスターの枝渡して、港町まで向かうように言われたけどキリが良かったからそこでログアウトした。」

ネタバレをしないように注意を払った言葉選びをしていた平和だったが、無流の進度を聞いて「はっ」と思い出した顔をする。

「そしたら、ちょっと注意して欲しいことあるから真面目な話するわ。」

「お、おう。」

無流は魔王の話を振られるのではないかと警戒する。

「ムーはさ、“初心者狩り”ってきいたことあるか?」

「初心者狩り…?」

警戒していた話題と異なっていたことにひとまず安心する。

魔王と初心者は自分のような特例を除き、結びつかないものだ。

「初心者狩りって言葉は知っているけど、ユニバースでは知らないな。」

“初心者狩り”は対人要素のあるゲームで見かけることの出来る環境の一つだ。

中〜上位プレイヤーが経験や知識の浅い初心者プレイヤーを相手にすることで利益を得ようとするプレイスタイルであり、初心者から搾取する行為として忌避や制限される事が多い。

「ユニバースの初心者狩りと言ってもいきなり襲いかかるような真似をすれば指名手配は間違いないし、悪質なプレイヤーと判断されれば重いペナルティになっちまう。

でも、ルールの穴をついた合法的なやり口で初心者狩りする連中がいるんだ。」

「どんなヤツなんだ?」

無流の言葉に真剣味が増す。

パスタとして被害者とならないのは当然のこと、魔王ヌルとして加害者にならないためにも知っておく必要がある。

「“快々晴々かいかいせいせい”って名前のギルドでな、名前だけ聞くと善人っぽいんだが、やり方が汚いんだ。」

平和からもたらされた情報に無流は顔を顰める。


曰く、初心者プレイヤーは「はじまりの村」から出るまでは絶対に他のプレイヤーに会うことはない。はじまりの村を出た直後、初めて出会う他プレイヤーとしてのアドバイスを装って近づいてくる。

“快々晴々”は村の出口で待機しており、初心者プレイヤーにこう声を掛ける

「スキルや戦闘能力に不安はないか? 良ければ我々が見てあげよう。遠慮はいらない、胸を借りるつもりでかかってきなさい」と。

本来、プレイヤー同士が合意の元で戦闘を行うなら「専有状態」を相手に申請して許可を得るか、「コロシアム」というダンジョンに一緒に行く必要がある。

しかし、それを知らない初心者が中立状態から攻撃を行った場合、ユニバースのルール上“快々晴々が襲われた”という記録が残る。襲われた場合は防衛を行う権利が発生するために、彼らは防衛という口実で初心者に逆襲にかかる。

快々晴々のメンバーは殆どが盗賊の職業であって“盗む・奪う”系統のスキルを習得しており、戦闘とは名ばかりの略奪行為が繰り広げられる。こうして多くを奪われた初心者に対して「返して欲しければギルドに加入する」ように提案する。初心者の所属人数はギルドのポイントに大きな加算をもたらすため、本来の目的はここにある。

「とまぁ、そういう外道な連中なんだ。初心者の人数が多いほど月ごとにギルドに配布されるボーナスが多いから、それによって上位ギルド入りを果たしてる。何度かいろんなギルドがあいつらを抑止しようと動いたが、逆に被害者を演出されてペナルティを課されてしまうくらいでな…。ムーも気をつけろよ? 何ならピースフルが師匠だからとか口実を作って逃げてくれていいからな?」

「ああ、ありがとう、気をつけるよ。」

友人への感謝を述べる声は普段のものであったが、無流の目は別のものを見ていた。


ーーーーーーーーーー


「…自分のイメージアップ…ですか?」

「ええ。そうなんです。ヌルさんの…というより魔王に対してプレイヤーが抱くイメージなんですけど。」

ヌルは学校で聞いた初心者狩りの話をハチコに話していた。

このまま行けば自分も出会うだろうこと。

そして、彼らに対して友好的ではない思い…むしろ敵愾心を抱いていること。

自分が敬愛するアンブレラたちの作り出した世界で、人の弱みにつけ込むような行いをする者たちを野放しにしたくないということ。

そんな思いを素直に吐露した。

そんなヌルに対してハチコは魔王のイメージの話をしたのだった。

「ええと、すいません。話が見えないです。」

「ごめんなさい。ちょっと端折り過ぎちゃいましたね。私も快々晴々は知っていますし、彼らをよく思ってません。

そしておそらくですが、魔王であれば…いえ、魔王だけが彼らを打ち負かすことができると思うんです。」


ハチコは世界図鑑を片手に解説を始める。

通常のプレイヤーが快々晴々の活動を妨害するなら、いつ出現するか分からない初心者を張り込み、快々晴々と交流させないように立ち回らなくてはならない。快々晴々に攻撃すれば指名手配となってしまうからだ。

もちろん魔王も同じ事で、例えば高レベルのモンスターをはじまりの村に配置しても、もし初心者に襲いかかったり、ゲーム進行の阻害となってしまったら重いペナルティを課せられてしまう。快々晴々だけを狙って襲いかかるなどという限定的なモンスターは作れない。

しかし、ハチコはゲームのルールと魔王の特性を照らし合わせると、快々晴々の初心者狩りを阻止、もしくは快々晴々自体を排斥できる可能性を示す。

「えっと、それがデンジャーモンスター?」

「ええ。ヌルさんが作ったギョンのように魔物編集でもデンジャー種が作れることが判明しています。そして、これを見てください。」

ハチコは世界図鑑のモンスターのページを指し示す。

世界図鑑には狛犬のような石像のモンスターのページが開かれている。

「判神の忠犬:D(デンジャー)というモンスターです。普段は石像なのですが、10体以上のモンスターに囲まれた時に近くにいると一時的に味方として戦ってくれるので、とても人気のある子なんです。」

ここまで言われると、ヌルにも話が読めてくる。

「つまり、初心者の味方になるモンスターを作るということですね?」

「意味合いとしてはその通りです。ですが“魔物編集”のスキルで作れるデンジャーモンスターは条件がむずかしいほど強く設定出来るそうなので、初心者の味方をするという条件よりも、もっと限定的で明確な条件にしましょう。」

ヌルは「なるほど」と首肯するが、一点の疑問を思い出す。

「それがイメージアップが必要な件とどう繋がるんでしょうか?」

「ええ。それもお話ししますね。

今、魔王の評判はかなり悪いです。

というのも、ドルッサ村からのNPC誘拐による進行妨害、自軍に加入願望のあるプレイヤーをギョンによって叩きのめすなど、ゲームをめちゃくちゃにしようとしているのではないか。という噂が流れているようなのです…。

なので、被害者が多い上に誰も手が出せなかった快々晴々を壊滅させるという英雄行為によって、魔王もまたユニバースのプレイヤーなんだと認識してもらう必要があります。」

そもそも親友に魔王を酷評されているので、悪い噂にはショックは受けず、具体的な手段をハチコと話し合うのだった。


ーーーーーー


とある日。

ギルド“快々晴々”のエースメンバーであるロアッシュ・ステルフィン。

彼をはじめ、彼と共に活動する5人のメンバーは、はじまりの村に程近い草原で大量のモンスターに襲われていた。


「んだよコレっ!」

モンスター『Lv.90 初狩しょが絶許蜂ぜつゆるばち/兵隊蜂:D(デンジャー)』。

ロアッシュは快々晴々のエースだが、それは戦闘能力による位置付けではない。

彼の話術と策謀によって多くの利益をギルドにもたらしているからであり、彼のレベルは92であるものの、ギルドランキング特典の経験値によって獲得した部分が大きい。

ゆえに彼は一般的な同程度のレベルのプレイヤーに比べて戦闘能力を見れば弱い。


それに対して兵隊蜂:D。

兵隊蜂のモンスターは蜂の巣型のオブジェクトから無制限に排出されるのが特徴で、耐久性に乏しい虫系統モンスターの中でも特に体力に乏しく、同じレベルのプレイヤーであれば対処は難しくない。

蜂のモンスターなだけあって群れて出現するが、攻撃職であれば広範囲の魔法やスキルで難なく処理出来る。

しかし、虫だけに無視できない点がある。

それこそが“D(デンジャー)”モンスターであることだ。


デンジャーと名のつくモンスターは全て、特定の条件で強さや性質が変化する。ある種レアモンスターと言い換える事もできる。

例えば、身体に纏った炎を完全に消化しないとドロップアイテムが燃えカスになる「豪炎マンタ:D」や、魔法を使った途端に凶暴化して攻撃力が数倍になる「アンチマジカルラーテル:D」などが代表的だ。

そして、快々晴々のメンバーの混乱に拍車をかけている要素がもう二つ。

この「初狩り絶許蜂」は今まで発見されたことのないモンスターであること。

そして「魔王軍所属のモンスターである」アイコンが表示されていることだ。


そんなロアッシュたちを尻目に、彼らに襲われるハズだったプレイヤー「パスタ・ルーム」は木の下で蜂モンスターに怯える演技を頑張っていた。

「ヒエー。イッタイナニガオキテルンダー。」

もはやパスタに構っている暇のない快々晴々メンバー。

その一人が短剣で応戦するもダメージがほとんど入らない。

それもそのはずで、彼らは格下に対して先制行動を取るための装備であり、ロアッシュ以外のメンバーは兵隊蜂よりもレベルが低いために効果を発揮しない。

「このっ! クソが! ミスりやがる!」

「ああ! コイツら“簒奪さんだつ”持ちだ! ヤベェぞ!」

”簒奪“とは、モンスターの攻撃に所持金やアイテムを盗む効果が追加されている状態のことで、一定期間内にとある泉の精霊に頼むことで労働を対価に取り戻すことができる。

攻撃速度と群体による攻撃回数によって大量に盗まれてしまうため、蜂のモンスターが持っているハズのない能力だが、ハチコは容赦なく発案した。

「なんで魔王軍のモンスターがこんな所にいるんだよ! 俺ら別にだろうがっ!」

「身隠しの煙っ! ダメだっ! 見破られる!」

「ブレイクデッド! 一匹しか倒せねぇ!」

ロアッシュがハッとして命令を下す。

「火炎瓶を使え! 火属性で対処しろっ!」

「それだっ!」

「応!」

確かに虫のモンスターは火での対処が有効であり、盗賊は火炎瓶をスキルとして使用できる。

「…ダメだあたらねぇ!」

「全然ダメージがはいらねぇぞ!」

例えば、火炎瓶で互いを燃やしてダメージと引き換えに擬似的な炎のバリアを張る。

例えばロアッシュが引きつけて、4人で撹乱のスキル、一人が撤退用アイテムを使う。

もしも彼らが歴戦の勇士であり、レベルの通りの経験をしていたなら兵隊蜂を対処する方法はあったのだ。

パスタは彼らが想定外の敵に対して悪手を繰り返すところを注意深く観察する。

(もし、魔王としての訓練を適当にやったら、これは未来の俺の姿だ。)

魔王城に光の軍勢が侵攻し、自分が囲まれる様子を幻視する。

(もっと、強くならないと。魔王の軍勢だけじゃない。俺自身も。)



やがてボロボロになった快々晴々が次々と蜂にトドメを刺されて消滅し始める。

「チクショウがぁっ!」

最後に、もはや悪態をつくことしかしなくなったロアッシュが消滅した。

仕事を終えた蜂達が巣に戻るのを見送ると、予定通りパスタはセリフを読み上げる。

「うわー! 親切な先輩プレイヤーたちが全滅してしまった〜! 恐ろしいモンスターがいるんだなー!」

大根役者パスタは棒読みのセリフと共に、次の冒険の目的地である港町を目指そうと背を向ける。

「キミっ! ちょっと待ってくれ!」

歩き始めたところをカメラを下げた人物『Lv.65 ショウイチ・黒田 ウッドマン/ジャーナリスト』に呼び止められる。

(かかった、ハチコさんの読み通りだ。)

「えっ? はっハイ、なんでしょう?」

「俺はユニバースで新聞記者をやってる黒田という者だ。可能ならば今あったことを教えてほしい。もちろん、謝礼は支払うよ。」

「わ、わかりました。といっても自分も何が何だか…。親切な先輩の人たちが声を掛けてくれて、アドバイスをもらうためにアローって魔法を使ったんですけど、そしたら蜂がたくさん出てきたんです…!」

パスタは努めて初心者を装う。といっても彼は初心者ではあるが。

Dモンスターを始めパスタが知りえない情報を知っているため、言葉選びに気をつけている。

「なるほど、もう少し詳しく聞きたいんだけど、質問させてもらっていいかな? 例えばキミは…」

ハチコの予想通りに事態が進展したことに手応えを感じつつ、パスタは謝礼を断る代わりに自分自身のことはただの初心者としか記事に書かないことを約束してもらうのだった。


ーーーーーーーーー


機械都市に拠点を置くギルド「ユニバース新聞部」では、記事の販売数が異例のヒットを叩き出したことでお祭り騒ぎと化していた。

「こいつぁやべえ! 歴代記録に並ぶぞ〜!」

「売上げも右肩上がりだ〜!」

「よくやったショウイチ! お前の嗅覚はハイエナ並みだぜ!」

「へへへ…マジ光栄っす」

新聞部は記事として書き起こした”情報”を売るギルドである。

ユニバース内で撮影された短い動画に一言コメントをつけたものを無料配布し、興味を持ったプレイヤーが購入する事でフルサイズの動画と記事の詳細な内容を読むことができる。

記事を購入された後にプレイヤー間で情報が共有されることは避けられないため、顧客はギルド単位を対象としている。


そして新聞部を大喜びさせている記事は、『快々晴々壊滅!? 謎のモンスター軍団現る!』というもので、記者は中堅プレイヤー「ショウイチ」である。

添えられた画像には、誰もが一度は通る草原で大型の蜂モンスターの大群に襲われる快々晴々メンバーが写っている。


「いやー、よくやった。にしてもver3.0の情報を求められるタイミングにあえて『はじまりの村』だなんてよく見つけられたな。」

「ショーパイセンすげぇっす!」

「それほどでも〜。たまたまヤマが当たっただけで〜。」

ショウイチはそう言ってごまかしているが、実は秘密裏に情報の提供があった。

はじまりの村からほど近い場所に魔王所属のモンスターの巣が配置されたという内容で、魔王の情報に飢えていたショウイチは即座に飛びついた。

「ユニバース新聞部」は情報を買うこともあるが、情報が無償の提供だったことが却って彼に信憑性を持たせた。

現場の木に隠されるように配置されていたモンスターが「初狩しょが絶許蜂ぜつゆるばちの巣」であったことから、ショウイチは魔王の狙いを察して張り込みを行い、狙い通り快々晴々が殲滅される場面の一部始終を記録したのだった。

───もちろん、いまだ名前の明かされない魔王と最初の四天王の策略に利用されたとは露にも知らずに。

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