第9話 初心者もどきパスタ
「ふぉぉぉぉ…!」
ハチコが一冊の本を掲げて奇声を発する。
本を人生の糧として生きてきた彼女には、ユニバース世界に欲しくても手の届かない本が2種類ある。
片方は“高価な本”である。ただの冒険家に潤沢な資金は存在せず、また
もう一方は“本の形をした魔物”である。当たり前だが、これは読むものではないし、ハチコに限らず攻撃されるために読む事はできない。
しかし、例えば所持しているだけで気分が高揚するような書籍が存在するのも事実。
彼女が両手で掲げているのは後者だった。
世界図鑑の使用時間がハチコが飛び抜けている事、メニューのテキストを書籍化して高速で読む様子から、ヌルは彼女が読書好き、もしくは書物が好きなのではないかと推察した。
このため例の管理用に作成した魔物である『ダークブック』…これを3回上位転職させた『暗黒童話集』という魔物をハチコの配下に組み込んだのだった。
ハチコはそれはもう大喜びした。
『暗黒童話集』はVer3.0に追加された新モンスターで、全く情報がない新書(?)である。攻撃手段や特殊能力が誰にも攻略されていないために、その情報を欲しがるプレイヤーは山ほどいるが、ハチコは調べようとしないだろう。
ハチコの腕の中でペットならぬ愛玩動書籍と化した魔物が、主人の命令を受けるのはしばらく未来の話になった。
この日ヌルが作った魔物は、
『Lv.100 暗黒童話集』、
『Lv.100 フォレストシード』、
『Lv.50 竜化調理人』、
『Lv.3 残酷庭師』、
『Lv.2 溺死樽』の5体であった。
フォレストシードは倒すまでに時間がかかった場合に森林型モンスター『ダークフォレスト』に成長する魔物で、他の魔物を強化する果実が生える。これを庭師+樽に世話をさせ、収穫があれば調理人に渡して素材アイテムから料理アイテムにする計画である。
強化効果のあるアイテムは素材よりも料理の方が効果が高い。
総じて時間がかかる作戦であるが、行動を開始したタイミングが早いほど成果が見込める事から、ハチコの提案したプランでは優先度が高かった。
「ヌルさん、後の指示は私が出すので任せて貰えませんか?」
望外のプレゼントを抱えたハチコがニコニコしながら提案する。
丁度、支配のカリスマでイビルケージを数体配下にし、おそらく種族的に支配できないことが確定したホワイトオーガを殲滅し終えたところだった。
「この四天王専用のスキル『代行命令』を使えば、ヌルさんが指定した魔物以外は私の指示で動かせるみたいです。指定の魔物というのはミニデビちゃんみたいな、ヌルさん直属に設定された魔物を指すようです。」
発言の意図が掴めず首を傾げるヌルに言葉を続ける。
「というのも私はヌルさんに、早速パスタくんとして冒険に出て欲しいです。」
ああ、とヌルは気がつく。残りの仕事は配下に命令を下す内容。言い換えればヌルにしかできない内容は全て終わっている。
行動の順番と優先度もヌルがプレイヤー「パスタ」として冒険に出れるように配慮してくれていたのだ。
「ありがとうございます。…ではお言葉に甘えますね。」
ヌルは申し訳なさから遠慮しようかとも思ったが、彼女の善意を断ってもできる事は限られている。
ゆえにハチコの言葉に従うことにしたのだった。
傀儡の指輪を使用してパスタ・ルームへと転身する。
もう一度指輪を使用する事で、魔王以外の職業で最後に訪れた村や街に転移するが、その前に一つ思い出す。
「今は名前が封印されていないので、ハチコさん、フレンド登録しましょう!」
「もちろん!」
…フレンド登録の方法をハチコに聞く事になるのだが。
「よし、じゃあ、行ってきます。」
ブラックホールではない、プレイヤーらしい転移でパスタは「はじまりの村」へとワープするのだった。
ーーーーーーーーーーー
ヌル・ぬる改めパスタ・ルームこと俺は、再び「はじまりの村」へと来た。
ほんの2日前のことなのに懐かしく感じられる。
どこまで進めたか忘れかけていたが、現地に来て思い出した。
ローブ男Aによくしてもらったことも、ぶっきらぼうでちょっと優しい村長のことも。
確か…村はずれのモンスターを退治するのに準備を整える必要があって、あと2箇所回る必要がある。
というよりも最初が看板の掛かった道具屋。そして、看板の掛かった建物はそれ以外に2箇所。
どう考えてもこれらを回れって事だな。
初めに来た時は気付かずに雑草摘みしてたけど。
見渡せば武器のアイコンの看板と、光る菱形のアイコンの看板。
武器屋と…宝石屋? かな。
とりあえず武器屋に入る。
「オオゥ! あんたぁ異次元の旅人さんじゃろ! よー来た! 見てけ!」
声のでかいおっさんがこっちに手招きしている。
『異次元の旅人』…。その呼び方がもう懐かしいな。
名前を見ると『Lv.6 バンドン/武器屋』。
まぁ分かってたけど、ここは武器屋だな。
「俺はバンドンってんだ。ここで武器屋をやってる。そうは言ってもこんな辺鄙な村だ。俺の仕事のほとんどは、オノやノコギリの研ぎと修理だな。
だがな、俺は相手を見極めるのには自信がある! そいつがどんな武器が得意か分かっちまうのよ!」
自慢げに胸をドンと叩く。
要するに得意武器の適正診断みたいな事か。
俺の装備は斧のまま。
合成獣では武器を使うより殴った方が強かったしな。
「あんたぁ…そうだな…。今使ってる武器はその職業としては、まぁまぁだな。悪かねぇ。
だが種族的には…。コイツがオススメだな!」
バンドンはカウンターの内側から1mほどある大鎌を取り出して置く。
鎌だ。ああ、種族がファントムだからか。
確かにファントムは鎌が得意で、コンセプトは死神って話だしな。
置かれた鎌は「オールドサイス」という名前で、特殊な効果やスキルは付いていない。
「持ってってくんな。なぁに礼はいらねぇ。村はずれのベルトトレントをぶっ倒すって話だろ? アレは俺も迷惑してんだ。それをやってくれりゃ釣りがくらぁ。」
強制的に所持品にオールドサイスが追加される。
せっかくだから装備するか?
…そういえば、ギョンがプレイヤーを倒して集めてきた武器の中に鎌はあっただろうか。
バンドンにお礼を言って武器屋を出つつ、所持品リストを開いて確認する。
「傀儡の指輪」によってほとんど別のプレイヤーとなっているけども、持っているアイテムは引き継がれる。
ゲートさん曰く、アイテムも切り替わると傀儡の指輪が消えてしまうため。システム上避けられないのだそうだ。
なので、魔王の時に手に入れたアイテムはそのまま。もちろん所持金も初めから40万ある。
俺自身はヌルとパスタをガチガチに区別する気もなかったので、お金が足りなかったら魔王で稼いだお金を使ってもいいかなと思っている。
「あったあった。」
所持品の中の武器で鎌は2個。片方は今貰ったオールドサイス。もう一方は「レッドシックル」?
所持品では見た目が分からないので装備してみる。
腰に付いていた斧が消え、背中に重みがかかるが、大鎌なのに想像よりずっと軽い。
背中から外して手に持ってみると、見た目は赤い枝のようなトゲトゲした何かだった。
「うわぁ何これ…って、レッドマンティスのパーツじゃん。」
そういえば合成獣:複製で手に入れたパーツは装備品扱いなんだっけか?
ならばと試しに所持品からホワイトオーガの頭を選択、でも[装備]って選択肢が出ない。
とすると装備できるパーツと、合成獣しか装備できないパーツがあるって事なんだろう。カマキリの腕は鎌だしな。
とりあえず初期装備より強いことは確実なのでこれを装備しておく。
もう一箇所の看板。宝石屋? に向かう。
店内には他と同じくカウンター。
青い炎のロウソクの向こうに、ローブを着た老婆『Lv.12 クーバラ/魔法屋』がいる。
「ひぃ〜ひっひ。ここは“魔法屋”だぁよ。村はずれのベルトトレントに挑むんだってねぇ。あたしゃそういう無謀な奴は好きだよ。一つ協力してやろうかね。」
ああ、なるほど魔法屋か。
確かに光ってる宝石というより魔法っぽいアイコンの看板かもしれない。
老婆は巻物をいくつか並べる。
「魔法の巻物には2種類あってね、1度だけ魔法が使えるものと、魔法を覚えるものがあるよぉ。
どちらも使うと消えてしまうがねぇ〜ひっひっひ。
試しにこれを使ってみなさいよ。」
巻物を渡されるので握りしめると、光の粒になって消えた。
メニューをみると『魔法:アローを1度だけ使用できる状態になりました。』とある。
なるほど、巻物を使うと魔法が発動するんじゃなくて、1度だけ使える状態になるってことか。
「あそこの的に向かって『アロー』と唱えてみなさいよ。」
マトと言われた方を見ると、木でできたカラス避けのような板が見える。
「アロー!」
なんとなくポーズとった方がいいと思ってを指差しをしたらちゃんと指先から光の矢が出た。
ちょっと面白いなコレ。
「筋は悪くないね。じゃあ次はコレを使ってみなさいよ。」
追加で巻物を渡される。
ん? 今度はさっきのに比べてちょっと豪華なデザインをしている。
まぁ使うんだけど。
例によって巻物が光の粒になって消えると、メニューには『魔法:サーチを習得しました。』とある。
「そいつはね、真理の窓を開いてくれる魔法だよ〜ひっひ。唱えてみるかね? やめておくのもいいかもしれないがねぇ〜ひっひ。」
この婆さんは何がそんなに可笑しいんだろう。
どう考えても探索とか検索の魔法。やめておく要素がない。
案の定、情報専用のメニューが出現する魔法で、プレイヤー、モンスター、ミッション、トレジャーの4つの項目があった。
婆さんがハイテンションでモンスター調べるように勧めてくる。
「モンスターサーチ、レベルランク。」
周辺にいるモンスターをレベル順に表示したメニューが表示される。…されるけど驚きがない。魔王軍の軍勢リストでモンスター検索の操作に慣れてしまったからだと思う。
「それでベルトトレントを見つけるといいよぉ〜。アレを倒せる自信があるならねぇ。
とはいえ、わしも協力してやるとしよう。巻物をくれてやるわい。代価はもらうがねぇ〜ひっひ。」
言うだけ言うと婆さんは近くの椅子に座る。
少し待っても何も言ってこない事から、魔法屋での準備イベントが終わったらしい。
いつの間にかメニューの内容が『ベルトトレント討伐に乗り出そう。』に切り替わっている。
もう行っていいって事なんだな。
さっきのサーチでベルトトレントの位置も分かってるし、あとは倒すだけだ。
っとその前に。
「婆さん、このアロー、バリア、レジストポイズンを10個づつくれ。」
「その魔法かい? 全部で3600ユニだよ〜ひっひ。はい、持っておゆき。」
魔法屋で買える魔法はこの3種類だけらしい。
まぁ知らない魔法もあるけど、名前で効果は想像つく。
どれも習得じゃなくて消費するタイプ。
あとさっきのアローは効果は知ってるけど、面白かったので連発するために買った。
魔法屋を出てベルトトレントへと向かう。
道すがらアローの巻物を握って使用回数を蓄積してみたけど、4回目でメニューが表示される。
『これ以上魔法をストック出来ません。
ストック回数上限はステータスに依存します』
という内容。
「マジか、ちょっと残念だなぁ。」
連発したかったらレベルを上げるか、右手で発射するそばから左手で巻物を使えってことか。
両手が空かないからあまり有効な作戦じゃないなぁ…。
「おう! 来たか、旅人さんよぉ」
ベルトトレントに向かう道中「横柄そうな村人」が道を塞いでいる。
一本道だからストーリー上のイベントだな。
「俺はこの村にお前が来た時からずっと見張ってたんだ。ウロチョロするヨソ者は信用ならねぇからな!
まぁずいぶん時間がかかったみたいだが、それなりの準備ができたみたいじゃねーか。」
絶対嘘じゃん。
ウロチョロしてる途中で魔王城まで行ったぞ。
魔王軍結成をそれなりの準備とか言うの?
「さて、俺はこのまま棺桶屋に発注に行くとするか! すぐに必要になりそうだしなぁ!」
それも嘘じゃん。
この村に棺桶屋はなかったぞ。
棺桶屋がどこにあるのか知らないが、彼はこちらを睨みながら退場していった。
邪魔者がいなくなったので、塞がれていた道を進む。
乱雑に木が立ち並んでいるけど、一応道と分かる幅は踏み固められていて、土が露出している。
さらに進むと、わかりやすく道を塞いでいる赤っぽい大木を見つけた。
大木は周りの木よりも二回りほど太く、幹にはお化け屋敷にありそうな、これまたわかりやすい顔があった。
『Lv.15 ベルトトレント』
「オオオォォォォォン!!」
俺の存在を感知したのか、枝に絡まったツルをムチのように振りまわし始める。
てか、レベル15って結構なものじゃないか? 俺レベル3なんだけど。
とりあえず、
「アロー! アロー! アロー!」
3発ほどぶつけてみる。
25!25!25!とダメージが表示されて、ベルトトレントのHPゲージが3%ほど減った。
HP3000くらいある? 単純計算で要120発…いや無理じゃね?
ははーん。さてはコレ“負けイベント“だな?
物語序盤でよくある奴。
最序盤に勇者の元に魔王が現れて、勇者が負けた上に姫が攫われたりするシーンのバトル。
そういえばこの世界には姫って居るのかな? 攫ってみるか? …違う。今の俺は魔王じゃないモード。
こんなことを考える余裕があるのは、ベルトトレントが一歩も動かないから。めっちゃ根を張ってるし、振り回すツルもここまで届いていない。
…よく見ると動きにもパターンがあるな。
振り回すツルの枝が、右、左、右。を一定間隔でひたすら繰り返している。
レベル差があるし負けイベントっぽいけど、すっごい頑張れば勝てるやつなんじゃないか? やってみるか?
とりあえず、「バリア」の巻物を3回使い、「バリア」を3回唱える。
ダメージを短い時間だけ減らしてくれるらしい。
3回ツルを振り回した後に若干のインターバルがあるから、それを狙ってみる。
「右、左、ここ!」
2回目の右のツルの跳ね戻しをジャンプでかわして攻撃の内側にもぐり込む。
レッドシックルが軽い武器でよかった。重い鎌だったらこうは上手くいかなかったと思う。
幹に目掛けて最初から覚えている戦闘用スキルを使ってみる。
「ファントムサイス!」
バキィッ! という音と大きなエフェクトに合わせて、2200!2200!2200!2200!というダメージが表示された。
「オオオォォ…。」
ベルトトレントが真っ黒に染まりながらボロボロと崩れていく。
…いやいやいや。2200! じゃないが?
バグ? 今度こそバグですか?
もしかして、中身のステータス魔王のままとか?
アンブレラさん!? 傀儡の指輪バグってます!
あ、でも圧縮合成でやった時はゼロがあと2個は多いから、違う気がする。
そうだ…魔王なら、そもそもアローの威力がもっと高いはず。
…とすると武器か!
レッドシックルを見つめる。
『レッドシックル…レアリティ8、攻撃力+2012 武器効果:攻撃が四箇所同時に発生する。 低確率で飛行能力を無効化する。 虫属特攻。』とある。
あー。コレのせいだ。
でもって、この鎌を選んだのは自分なのでこの事態の原因は自分でした…。
すいませんアンブレラさん。
とりあえず落ちているベルトトレントの枝を集める。
コレを持って村長の元に行けばいいんだろう。
「危ねぇっ!」
突然、声と共に背後からロープが巻きついてきた。
振り返るとカウボーイハットの男がロープを握っている。
「キャッチバック!」
そのまま男がロープを引くと、一本釣りされたサカナのように引き寄せられる。
ロープを持っていない方の手で銃を構えると、男は何もないところに銃を撃ち込む。
「トライバースト!」
なんなんだコイツ?
「へへッ。危ない所だったな。っても自分一人で仕留められた、余計なお世話だって顔してるな。まぁ良いじゃねぇか、結果としてベルトトレントは倒せたわけだしよ。トドメは俺がもらっちまって悪かったな。」
ロープをほどきながら支離滅裂なことを言っている。
何言ってるんだコイツ。
「俺はアッシュ。狩人をやっている。
アンタがあの村から来たんで隠れて見てたんだが、苦戦してたもんでつい飛び出しちまった。
アンタが異次元の旅人だろ? 親父相手にこんな魔物を倒す約束するなんて無茶にも程があるぜ。心意気は買うけどな。おっと、まだ生きてたか、ソニックショット!」
またも何もないところに銃をぶっ放す。
「ふん、今度こそチェックメイトだな。ああ、親父…あの村の村長にはベルトトレントはアンタが倒したってことにしてもらっていいぜ。俺が絡むと面倒なことになるからよ! じゃな!」
アッシュは森の奥へと消えていった。なんなんだアイツ?
バグか? 今度こそバグなのか?
害はなかったからいいけど。
ベルトトレントの枝を拾いなおさないと。
枝の落ちている場所へ向かう…。
あ、あ、あー…、わかった!
今のベルトトレントは本当に「負けイベント」だったんだ。
本来は負けそうになってギリギリでアッシュとやらが助けに来るはずだった。
でも俺が一撃死させてしまったから、ベルトトレントがいたはずの方向に銃を空撃ちしてたわけだな。
そう考えるとさっきのセリフは辻褄が合う。
…それはそれで、なんかモヤモヤするけど、村に戻るか。
そういえば、アッシュのせいで考える機会を邪魔されたけど、レッドシックルはどうしようかな。
このメチャクチャ強い武器はストーリー上封印安定なんだろうけど、でも序盤から強いってのは少し憧れるよな…。うーむ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます