第8話 ごまかしと傀儡の指輪
「図書館の英霊があそこまで強いとは…。」
運営チームでハチコを知らない者はいない。
世界図鑑の筆者とも呼べる彼女が放った言葉の攻撃は、チームメンバーの心を深くえぐった。
魔王ヌルの誕生はユニバース世界を守るために行った事だが、それでは不十分でありヌルという個人を犠牲にする方策でもある。あの時は最良であっても自分たちの体面のためにヌルを殺す策でもあったのだと。
その事を改めて自覚させられたために、今回の会議におけるメンバーの顔は鋭く、士気が高い。
仮にここで不十分な案が出されれば即座に棄却されるだろう。
チーフのゲートこと
「じゃあ、始めよう。議題は言わなくても分かるな?」
それぞれが言葉を発さずに同意する。
「いつもと違って全員に発言を認めている。そのための全体回線だ。
というのも、今回の対応については既に各班リーダーと話し合って決めた。しかし、この方法に“彼”への配慮や懸念があると思うなら、すぐに教えてほしい。我々全員が納得し、その上で穴のない対応策としたい。では、よろしくお願いします。」
この後、激論が交わされたが、その結果を知る事になるプレイヤーはユニバースでは僅かであった。
ーーーーーーーーー
一方、同じく現実世界では、無流は何とも言えない顔で共に講義を受ける友人、
昨日の時点でハチコから「魔王である事、自分の身に起きた事はなるべく秘密にしなさい。」と厳しく言われている。
ハチコ自身、四天王になって初めて知ったが、魔王の軍勢には「下剋上」システムがあり、配下が魔王を倒せばその座を簒奪できる。
ゆえに初心者を騙して下克上する輩はきっと居るという判断だった。
また、善サイドの人物に正体がバレれば、それは確実に攻略内容のネタバレであり、圧倒的不利を招く結果となる。運営が名前を隠す機能をわざわざ入れているのだから。
そういった理由で無流はピンに正体を明かせずにいた。
しかし、何も知らない友人の笑顔が光を放っている。
「でさ、ムーさんはどこまで進んだんでございますかねぇ?」
想定していた質問が来るが、答えも考えてある。
無流は平静を装って代表者答弁のような気持ちで返答をする。
「実はさ、世界図鑑って知ってる?」
「ああもちろん。俺も持ってる。」
「そうなんだ。ピンもアレを選んだとは驚きだな。それでその世界図鑑を読み始めたら楽しくてさ、全然ゲームが進んでないんだよ。ははは。」
「そうなのか! まぁ〜そうだよな。ムーは調べ物とか好きだもんな。あと、補足するけど、世界図鑑とかのアイテムは、自分で作れるようになるから、どれを選んでも後々取り返しがきくぞ。」
「あ、そうなの? それは知らなかった。」
無流もその事は本当に知らなかったため、素直に驚く。
「でもまぁ、読むだけじゃなくて実際に体感もして欲しいですがねぇ。何だったらワタクシ、ピースフルさんがいい景色に案内しましょうか?」
「ははは…。遠慮しとく…。」
ユニバース内で平和と会ったら戦争になる。
固まった笑顔で返すと何かを察したように真面目な顔になる。
「ムーさん、俺に遠慮しなくていいんだぜ? 確かに俺も自分自身のレベル上げだったりがあるけど、友人のために割く労力は惜しいなんて思わないぞ?」
「ありがとう。でも違うんだ。もちろん本当に困ったらピンに頼ると思う。でもできる限り自分で試してみたいんだ。せっかくだからな。」
「そうかぁ…」
友人に嘘を吐くのは心が痛む。
純粋な善意で協力を申し出てくれているのだから尚更である。
いっそ全てを打ち明けてしまおうか、という気分になる。彼は秘密は守る男だし。
「その…ピンは俺が悪サイドに行ったら…どう思う?」
悪サイドと魔王軍はイコールではないが、軽い話題で感触を確かめるためにボールを投げる。
「うん? 悪サイドに?」
「ああ。ピンの話を以前から聞いてて、悪サイドに進んでみるのも悪くないかなってさ。」
「…いいんじゃないかな。ムーの自由だと思うぞ。どっちのサイドでもムーはムー、俺の親友だしな。それに俺も悪サイドにフレンドとか居るし、戦う用事が無ければ仲良いし。」
友人の肯定的な返答に喜びが滲み出る。
口の中で「実は、自分は魔王」という言葉が出番を待つ。
「でもなー、今の時期的に悪サイドはあっち側につくギルド多いからなー。うーん。ムーは“魔王”って知ってるか?」
「うぉう! まおぉう! も、もちろん知ってるぞ。おお、お知らせで出てくるもんな。」
口にしようとした言葉を聞かされて変な返答になる。
「…? ああ。その魔王ってのが、最低最悪のクソヤローでな!
最初のGM殺害に続いて、配下を集めるためにPK(プレイヤーキル)を推奨したり、村をガチで使用不能にするとか、プレイヤーとしての心がない本物の悪魔なんじゃないかって思うぜ。」
無流の中にあった「魔王と打ち明けよう」という気持ちは地の底に埋められる。
「なぁ、ムーよ。悪サイドに行くのはいいけど、絶対に魔王の軍勢に参加するギルドになんていくなよ?
アイツは俺が絶対倒すから。だから、俺らの戦争とは関係なく自分の冒険を楽しむんだぞ?」
両肩をしっかり掴まれて説得される。
「お、オボエテオキマス。」
この後、無流は友人の手を借りないように努力する初心者プレイヤーの演技に努めるのだった。
ーーーーーーー
ヌルがユニバースにログインすると、開始位置は魔王城(仮)という名の小屋の中だった。
目の前にはバリアキューブが設置されている。
昨日は結局、バリアキューブの入手手段がヌルにはなかったため、ハチコの手持ちのものを設置して拠点登録したのだった。
魔王軍のリストの名前を確認するとハチコはまだログインしていないようなので、ヌルはノルマ消化から始める事にする。
まずは毎日更新される大きな
魔王城建設用ログインボーナス。
昨日は、配下5匹分の資材だったために小屋を建てるにも足りなかったが、現在は31名。結構増えている事を期待して箱を開ける。
箱の中には、
・上質な石材x35
・上質な木材x35
・石材x70
・木材x70
ここまでは、予想通り。
人数に応じた質と量となっている。
しかし、箱の中身には続きがあった。
・お金402,789ユニ
・経験値3035
・レアリティ:7の武器8本
・レアリティ:7の防具5個
・レアリティ:6の防具12個
とある。
「な、なんでこんなものが…。お金? と装備…。経験値? バグかな、バグなのかな…。アンブレラさんに報告しないと。」
わたわたしているヌルに背後から声がかかる。
「バグではありませんよ。」
振り返ると、名前を呼ばれたその人アンブレラと、昨日も会ったゲートが出現していた。
「アンブレラさん! ええと、これは一体?」
「なるほど、狙って配置したわけではなかったのですね。それは昨日“ギョン”に倒されたプレイヤーが落としたアイテムと所持金です。魔王のものになる事は公開された情報にありますので、正しくヌル・ぬる様のものにしてしまって問題ありませんよ。」
「そ、そうなんですね。」
とりあえずアイテムとお金を所持品に加える。
高価そうなアイテムだらけだが、ヌルには高そうという以外分からなかった。
「ヌル・ぬる様。」
ゲートに声をかけられる。
ヌルはアイテムを検分していたが、そういえば自発的にGMが来るはずがないなと思い直した。
「何でしょう?」
「昨日、ハチコ・リード様よりご指摘頂きました件、
どうぞ、とゲートに指輪を渡される。
「ええと。『傀儡の指輪』? ですか?」
「はい。こちらヌル・ぬる様専用に開発したアイテムとなります。」
「ええっ! それは…何だか申し訳ないです。」
1人のプレイヤーのためにアイテムを実装する。
この措置がいかに特殊なものであるか、ヌルでも何となく察することができる。
いわゆる、超法規的措置である。
「いいえ。昨日のハチコ・リード様のご指摘が尤もであり、私ども運営チームはゲームへの思いを改めさせられました。言わばこのアイテムは我々の自戒のきっかけを与えてくださった事へのお礼なのです。どうかお使いいただけないでしょうか?」
プレイヤーに対して真摯に向き合う人たち。
彼らにとってはヌルがこのアイテムを使用する事が贖罪になるのだろうと推察した。
右指に装備するが、特に何も起こらない。
「ええと?」
「はい、使用方法をご説明致しますね。これは全く別のプレイヤーに変身できるアイテムです。」
説明するゲートの声色は、秘密兵器を紹介する博士のような印象だった。
ーーーーーーーーー
翠子は身支度を済ませると、ハチコとしてログインした。
「昨日のはお節介だったかなぁ…。」
ハチコもまたユニバースという世界を愛している。
本の内容を埋めるために旅した世界。
この世界のお陰で、本を読み書きするだけでなく、実際にその景色を体験することの楽しさを知った。
だからこそ、彼がそれを一切感受出来ないまま、魔王…他人にとっての冒険の一部として消費されることに強い憤りと悔しさを抱いた。
自分でも驚くくらい言葉が出たが、思ったことを素直に、それこそ本を読み上げるように言ったに過ぎなかった。
とはいえ、強制的に巻き込んでしまった彼と顔を合わせるのは些か気まずい。
そんなことを考えながらログインすると、魔王城(仮)からスタートする。
四天王だという自覚は少しあるが、まだまだ慣れない。
とりあえず城と呼ぶには狭い小屋を確認すると、知らないプレイヤーが居た。
『Lv.3 パスタ・ルーム ファントム/戦士』
「えっ?」
白い短髪の男性が世界図鑑を読んでいる。
ファントムは、見た目は人間だが透けているのが特徴の種族で、彼を通して壁が見えている。
ハチコはこの人物の名前は記憶にない。
だが、すぐその正体に思い当たった。
「も、もしかして新しい四天王の方ですか?
初めまして! ハチコと申します。よろしくお願いします。」
昨日初対面で悲鳴を上げてしまったので、今日はしっかりとした挨拶を心がける。
彼は自分の次に任命された四天王だろう。
レベル3でどうやって条件を満たしたのか不明だが、
「……ハチコさん。」
挨拶を終えるが、パスタという人物は驚いた表情でハチコの名を呼ぶも、そのあとに言葉が続かない。
空気を変えるためにヌルに紹介を頼もうと魔王軍メニューを開くが、ヌルはログインしていない。
「えー、ヌルさん…魔王様はログインしてないですね。あ、でもあなたを四天王に任命した時にはいたんですよね?」
その質問に思うところがあったのか、パスタはすくっと立ち上がる。
「ハチコさん、自分がヌルです。」
ハチコはパスタの全身を見た後、2、3度瞬きをし、もう一度見る。
「はいぃ?」
パスタはフゥとため息をつく。
直後に彼の体から黒い煙が溢れ出し全身を覆う。
やがてその煙は綿が燃えるように青い炎で燃え上がると、中から見知った姿の合成獣が現れる。
名前や職業、もちろんレベルも昨日出会った時と同じだ。
「ハチコさん、人型だとちゃんと挨拶出来るんですね…。普通に挨拶されてびっくりしました。」
びっくりしたのはハチコである。
長くプレイしているが、一瞬で種族・名前・レベルが変化する現象など聞いたことがない。
「どど、どういうことなんですかっ!?」
驚きの勢いのままにヌルに詰め寄る。
見た目はレベル255の化け物であるが、ハチコの中では人当たりのいい好青年である。
「昨日、ハチコさんが言ってくれたことに関して、GMさんが対応をしてくれたんです。お陰で普通のプレイヤーに切り替わる効果の指輪を貰えました。ありがとうございます!」
「なっ、早い…早すぎる…。」
「ハチコさん?」
1日経たずに対応をしてきた。
これは社会人として何かしらの業務に従事していれば、早いという話ではないことがわかる。異常である。
タイムマシンでも使用しないと不可能な対応速度。
戦慄するハチコに首を傾げるヌルだが、ヌルにもユニバース運営がどうやってこのアイテムを用意できたのか分からない。
実際にはVer3.0で製作されるも実装見送りになったアイテムを流用したからであり、運営チームはこのアイテムに費やした労働時間が無駄にならなかった事を喜んだのだが、彼らが知る由はない。
「そういうわけで、魔王ヌルと一般人パスタの掛け持ちをできるようになったんですよ。」
「なるほど…。色々と理解が追いついていないですが、ヌルさんがゲームを楽しむことが出来るなら、頑張った甲斐がありました。」
ヌルの説明に一応の納得を見せる。
「それで、昨日は何も紹介出来なかったので、今日は魔王の仕事を見てもらおうかとおもいます。ハチコさん四天王なわけですし。ご予定とかは大丈夫ですか?」
「はい、もちろんです。言われてみれば確かに魔王の軍勢についてちゃんと知らないですね。」
返答を受け、ハチコを小屋の外へ導く。
ヌルは配下の魔物を紹介しつつ、どのようにして配下を集めてきたか、何のスキルを使用したかを丁寧に説明する。
ハチコはいくつかの魔物に驚いたものの、1番の化け物であるヌルを最初に見ているためにパニックに陥ったりする事はなかった。
魔王として軍勢を増やす流れや、その方法として実践しているものを紹介し、ヌルの軍勢拡大プランを話し終える。
ハチコは聴きながら時折考える仕草を混ぜる。
四天王の仕事はこれらのサポートが含まれるためである。
「それで…できれば、ハチコさんの意見を伺いたいです。」
「はい。…少しお待ちくださいね。」
ハチコはいくらかの魔物に目をやり、話を組み立てる。
「まず、しばらくはヌルさんのスキルで作る魔物を“強化・管理”の能力を持つ者に限定するべきです。
というのもヌルさんは、魔物作成で軍勢の量を増やそうと考えていますね?」
ヌルは首肯する。
「ですが、ドワーフの村から拐ってきた方が1日5体作成するより大幅に増加する結果となっています。
つまり、量を求めるのであれば他所から持ってくる方法をメインにして、スキルは別の目的に使う方が優先ということがわかります。
なのでまずは定期的に拐いましょう!」
NPCの消失はユニバース世界の機能に著しいダメージを与えるが、ハチコは他人のゲーム攻略に被害が出ること考慮しない。彼女がゲーム攻略をしないためである。
「強化できる魔物を優先するのは、例えばヌルさんのスキルの使用回数を増やせるか試したりする目的です。仮にできなくても、魔物の強化は確実なので拐ってくるための戦力は上がります。」
これまで読んだ小説の智者に倣い、ユニバース有数の知識力を以て計画を披露するハチコ。
その提案は説得力を伴ってなお続く。
「あと管理というのは、主に勝手に増える魔物に対する対策のことです。ヌルさんは『名簿系モンスター』ってご存知ですか?」
ヌルは知らないという事を頭を振って返す。
「ですよね。図書館ダンジョンに登場するモンスターの系統のことで、ページに描かれたモンスターを呼び出す能力を使用します。
ですが、逆にモンスターをページにしまう事もできるんです。一時期、強いモンスターを名簿系に収納して、その収納したモンスターを倒すことで簡単に戦う方法が流行ったのを覚えています。」
思い出す素振りをしたハチコは、イビルケージに視線を向ける。
「今後もあのイビルケージのように同じ種類のモンスターが増え続ける場合を考えて、収納用の名簿系モンスターも作成しておくべきでしょう。」
あとは…と、ハチコは周りを見回す。
「何か悩んでいる点はありますか?」
「ええと…。そういえば本格的な魔王城は、どう建設をしたらいいかと思ってました。建設の知識はないのでドワーフ達にどんな指示をしたものかと迷っていたんです。」
「なるほど…。ちょっと待ってくださいね。」
ハチコは慣れた手つきで魔王軍メニューをテキストブック化すると、恐ろしい速さでページをめくる。
ハチコの方がモンスターじみた動きでテキストを読み終えた後、顔を上げる。
「おそらくですが、ヌルさんは勘違いしているんじゃないか。と思います。」
ハチコは小屋を見る。
「本来の魔王城は、あのように見た目と中身が一致する建物にはならないはずです。
というのは、魔王城はダンジョンとして設置されるべきものであり、ダンジョンは外装と内装が別に存在するものだからです。」
ヌルはポカンと口を開けていたような気分だったが、ヌルに表情は実装されていない。
「そ、そうなんですか!?」
「ええ、ですので、見た目だけの好きな城を建てた後に、内部に部屋を配置していくことになりますね。」
ハチコはパタンとテキストを閉じる。
「とりあえず今日の魔王軍としての業務を始めてしまいましょう。私もお手伝いします。
それで、早々に済ませて是非ともパスタくんとして冒険してみたらどうでしょう?」
「あ…! ハイ。そうします!」
ハチコはヌルの元気な返事に満足そうに頷いた。
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