第6話 ギョンと冒険家
ユニバースの時間は現実と同じ進みをする。
しかし、常に一致させてしまうと朝限定のイベントを夜型のプレイヤーが参加できないために、1週間の終わりに12時間ずれる。
一瞬で12時間が動き、夜空の星と太陽とが急速に交代する様子を「流星群」と呼ぶ。
次の流星群まで約7時間。時刻にして16:55。
いくらかのプレイヤーが夕食の支度のためにログアウトし始めたり、パーティでのダンジョン攻略に向けて準備をしているはずの時間である。
しかし、この日は多くのプレイヤーがドルッサという小さな村に詰め掛けていた。
魔王が用意したモンスター「ギョン」が現れるためである。
レベル255の魔王から初めてプレイヤーに送られた具体的なアプローチ。
言わば「幹部になりたければこのくらい倒して見せろ。」というメッセージに対してプレイヤーが殺到したわけである。
もちろん集まったプレイヤーの思惑はさまざまで、単純にギョンを倒そうとする者。
四天王を1枠分潰すために妨害にきた善サイド。
四天王ひいては魔王の強さを見極めにきた者。
野次馬。
そしてこれらのプレイヤーを対象に商売を試みる者。
いくつかの小競り合いの後、ギョンに挑む順番が決められる。
善悪サイドで本格的な戦いに発展しなかったのは、ここで戦えばどちらも本来の目的を果たせない事を察したためだろう。
村で戦える広さがあるのは中心にある広場しかないと、広場を中心に人の輪が出来ていた。
やがて17時丁度、多くのプレイヤーの予想した通り広場に黒い渦が現れる。
この渦に飛び込めば魔王城に行けるのだが、そうプレイヤーが考えるより先に黒い渦は何かを吐き出すとすぐに閉じてしまう。
『Lv.115 ギョン/魔王イカ』
白いゴム手袋に茶碗を被せたような見た目で、お椀に隠れるようにして目玉が1つ。
種族名通りの外見で、全長30cmほどの空中を泳ぐイカの魔物。
「はぁ?」
「魔王イカ?」
「何でこんな弱いモンスターが?」
「本当にこいつがギョンか? イタズラか?」
ドラゴンやそのクラスの化け物を想像していた多くのプレイヤーが、驚きとも呆れとも取れる反応を見せる。
それも当然で、魔王イカには警戒するべき強さは無いとされる。最初に受けた攻撃に応じてパワーアップする事と、1撃だけHP1で耐えるくらいだ。
普段はレベル40で出るモンスターが高レベルでの出現なのでもちろん注意は必要だ。しかし、15程度のレベル差であればレベル100のプレイヤーが10人も集まって的確な攻撃と安全な立ち回りを意識すれば勝ち切れると判断される。
「んじゃあやらせてもらうか。行くぞオメェら!」
「おう!」
最初の挑戦権を勝ち取ったギルド「暴虐の鐘」が準備を開始する。
“狂人”の二つ名を持つリーダー「バル・バトス」を始めとした12人の戦闘メンバーが中核を成すギルドで、間違いなくユニバースの五本指に入る実力者ギルドである。
メンバーの半数が妨害系の魔法使い職であり、無理矢理に相手の隙を作り出したところに、1番効果の高い攻撃を与えるスタイルで戦う。
バル・バトスはドラゴンの頭を模したハンマーを構えるとメンバーに確認を取る。
バルは粗野で大雑把な見た目とは裏腹に、用心深く勘も鋭い。まずはギョンに「専有状態」を申請する。
これは自分達の相手である事を表明する機能で、30秒以内に異議が申し立てられなければ、対象との戦闘に他のプレイヤーが干渉できなくなる。既に戦う順番は決まっているが念には念を入れたのだ。
バルは味方のサポーター忍者に毒クナイの投擲を指示する。本来ならバル自身にバフをもたらす「バーサークショット」から戦闘を始めるが、魔王イカの特性には弱い攻撃を初手に当てる方がメリットがある上、毒が通れば相手の耐性を判別できる。
勝てると踏んでいるが、万が一に備え撤退用に13人目が遠距離に控えている。
「蠍クナイ!」
毒を持つクナイが当たりギョンの名前が赤色に変わったことで戦闘の開始が知らされる。
「「「
戦闘に入ると同時に相手の時間を止める魔法を6人で同時に発動する。
魔法は重ねると若干ではあるが効果時間が加算される。それでも10秒は止められるはずで、その間にバルは必殺の一撃を用意する。
毒状態のギョンの動きがピタリ止まる。
毒にも停止魔法にも耐性がない。普通の魔王イカだ。
流れは好調だ…とバルは笑うが、すぐに自分を諌める。
勝つ前に慢心するのは愚かだ、と。
「ドラゴンストライク!」
バルの大上段からの振り下ろし。
バフも乗っているため高いダメージを期待できる攻撃ーーは、何者に当たることもなく地面を抉る。
「どこに消え…。」
「なっ、身代わりの術!」
忍者の焦った声が敵の位置を教える。
一度だけ戦闘不能を無かったことにするスキルを忍者が使用した。つまりは戦闘不能になる何かがあったことになる。
忍者がいたはずの場所にギョンが浮いているが、瞬く間に魔法使いの元へ到達すると、10本の手で掴むように動く。
「何っ! ぐあぁ!」
反応する間もなく魔法使いのHPが0になり消滅する。
忍者も、魔法使いも、防御力は高くはないが一撃で倒されるほど低くはない。ダメージを肩代わりするスキルだって使用している。
つまり即死級の攻撃力をもつ化け物が、目で追うことがギリギリ可能な速度で動いている。
「撤退だ!」
バルが声を張り上げた時には既に2人目の魔法使いが戦線離脱していた。
撤退役のメンバーが集団テレポートを発動させるが、転移におおよそ10秒はかかる。
起動までの間にできる限り被害を減らすためにメンバーが動く。
「うおおおぉぉぉ!」
バルは「覇者の雄叫び」というパラメータ上昇の代償として狙われやすくするスキルを使い、ターゲットを自分に絞る。
「トラップゾーン!」
「イバラの盾!」
メンバーがギョンとバルの直線上にトラップを仕掛けると、ギョンが真っ直ぐそれにかかり一時的に動きが鈍くなる。
しかし、すぐに行動を再開したギョンによってバルに攻撃が入るが、一度だけダメージを無効化する「
そしてバルを含めたパーティメンバーのテレポートの発動時間が満ちる。
足元に魔法陣が展開される中、バルの顔は怒りに満ちていた。
「テメェ
バルのそんな言葉に応えて、ギョンは煽るように「べっ」と墨でできた玉をバルに放つ。
墨の玉がバルにくっつくと同時にギルド「暴虐の鐘」はドルッサ村から姿を消した…。
テレポートによって11人がギルド「暴虐の鐘」の拠点に姿を現す。
「クソが!」
帰還したバルは無造作に机を殴りつける。
拠点には30人ほどのメンバーが待機しており、拠点の中継モニターからバル達が敗走する様子をみていた。
普段は喧噪の絶えないギルドだが、圧倒的な強敵になすすべもなく負けたという事実に沈黙してしまう。
誰がバルに声をかけるべきかという空気の中、1人がバルに指をさす。
「おいバル、なんだそれ?」
バルは指の示す先、自分の胸に黒い塊が付着している事に気付く。
墨でできたボール。
テレポート間際、ギョンの行動を思い出し──。
一拍置いてそれが何であるか悟る。
「ぼ、防御ぉぉぉ!」
バルの号令は爆発音によってかき消される。
ドルッサ村では敵が消失したことで、ギョンが広場の中心でふよふよと漂っている。
先程の地獄絵図のような戦闘は嘘のような静けさであった。
ギョンに挑む順番は決まっていたが、驚きが勝って誰も動けずにいた。
その沈黙を破ったのは善サイドの偵察役。
「お、おい。最後のアレは「墨爆弾」だよな…?」
話しかけられた男は彼とは面識もなければ、同じ勢力でもない他人だった。
しかし問われた男は唖然として答えた。
「ああ…。俺にもそう見えた。」
スキル「墨爆弾」は付着15秒後に爆発する攻撃で、爆発までの時間に対処が可能な代わりに高い威力を誇る。
最上位プレイヤーを一撃で屠るイカモンスターが起こす爆発に、多くのプレイヤーが身震いする。
今頃「暴虐の鐘」は壊滅だろう…。
そして、もしテレポートを読んだ上での行動だとするならば、この魔物は非常に高いレベルの殺意を持ったAIであることも理解したのだった。
攻撃しなければ反応しないことから、集まった面々はゆっくりと写真を撮ったり、「暴虐の鐘」とのバトルログを保存する。
途中で、情報解析の魔法を使用した魔法剣士がギョンに殺されたが、彼の死を無駄にしないようその事も記録すると皆は帰途に就くのだった。
ーーーーーーーーー
魔王城のヌルはプレイヤーたちの戦慄を知る由もなく、ダークドワーフの建てた小屋でのんびりしていた。
12畳はある部屋で、現実の無流の部屋より広い。
余った資材で家具まで用意してもらって、なかなか快適に過ごしていた。
「とりあえずノルマの魔物作成はしたし、新スキルの“魔物編集”も試したから、魔王の活動は今日はもういいかもな。」
小屋に放った『Lv.4 掃除蜘蛛』が歩き回るのを眺める。
ヌルは「最強の魔物を作るとしたら」を真面目に考えた結果『ギョン』にたどり着いた。
デスイカというモンスターを115レベルで作成した後、新規でレベル50の転ショッカー2体を作成し、元々いるものと合わせて上位転職を立て続けに3回行わせたのだった。
初めは150レベルで作る気持ちでいたが、友人の言っていた「格上のモンスターを倒すために必要なプレイヤー人数はレベル差に比例する」ことを思い出して今のプレイヤーに合わせて下げたのだ。
そうして魔王イカが誕生すると、初撃に応じてパワーアップすることと1度だけ生き残ることを逆手に取って、フレンドリーファイア(仲間に攻撃が通る機能)をオンにすると、ギョンに「圧縮合成」を使用し、瀕死にする事で大幅にパワーアップさせた。
さらには魔王の新スキル「魔物編集」によってギョンに「策略家:残忍/職業:殲滅者/状態異常即復帰」などの内部設定をつけて送り出したのだった。
テーブルにもたれたヌルは触手を上手に使う練習として、手ではなく触手で魔王メニューの軍勢欄を操作していた。
「暴食幼虫」同士でパーティを組ませる事で共食いを防ぐ操作をしていると、別枠でメニューが追加表示される。
『条件を満たしたプレイヤーから四天王加入申請を受けました。
満たした条件:アイテム「世界図鑑」の使用時間
プレイヤー名:ハチコ・リード
種族:Lv.25 ダークエルフ
職業:Lv.5 冒険家
所属ギルド:なし
加入を承認しますか?
[はい][いいえ]』
ーーーーーーーーーー
「王国図書館の英霊」というミッションがある。
運営チームが、ある1人のプレイヤーの功績を密かに称賛し、作成したミッションである。
ミッション内容は本を大事にする事と読書を推奨する内容を司書から聞くだけであり、特別な何かがあるわけではない。
そのミッションのモデルとなった
住むといっても、拠点をその場所に設定しているだけなのだが。
ハチコの現実世界の姿「
読む事も書く事も好きな彼女は、文章…文字のために生きているといっても過言ではなかった。
しかし、現代社会における仕事の眼精疲労が、生きる理由の邪魔をした時、彼女は絶望した。
そんな彼女が「目を閉じて本を読める」ブレインゲームに出会ったのは運命であった。
もちろん本を読むゲームソフトがあるわけではなかったが、ユニバースならば似たような事ができると知った時、これが彼女の生き甲斐となった。
フレーバーテキスト程度の読み物に幸せを感じていたが、エイムルという王国に図書館があると知ったときは、異様な執念で移動を開始した。
何度も死亡しながら史上最も低いレベルで王国に到達すると、図書館から一切出ないプレイスタイルとなった。
やがて滞在時間がキーファクターとなる隠し要素により、屋根裏部屋に案内され、そこに住みついた。
Ver1.7において「世界図鑑」が実装されると、彼女のプレイスタイルは大きく変じた。
この世界の古今東西について記述があり、ページが増え続ける本はどんな宝よりも価値があったが、同時に圧倒的に内容の少ないページがある事が気がかりであった。
それは攻略に関与しないページ。
──例えば村と街を繋ぐ街道には、どんなモンスターが出るかという“攻略”しか記述がなかったのだ。
本を愛する彼女は、その宝とも呼べる本の内容を拡充するために一大決心をした。
即ち「ゲーム内のあらゆる地に赴き、景色や文明、歴史考察を世界図鑑に記述する」という途方もない計画である。
移動や隠密、逃走や発見など戦闘以外にボーナスがかかる不人気職「冒険家」を取得すると、旅を開始した。
そこから、実に1年をかけてあらゆる地を彷徨し、膨大な量を記述した。
それは多くの者がその地を訪れてみたいと感じ、名スポットなどを探し回るほどに。
もちろん、どんなに内容を拡充したところで、プレイヤーの善意による行動と目されるために報酬があるわけではない。
それでも運営チームは、間違いなく彼女のおかげでゲームの魅力が増したことを認めていた。
それゆえに「王国図書館の英霊」というミッションが追加されたのだった。
やがて、冒険家ハチコは基本は図書館に閉じこもって世界図鑑を読みつつ、内容の改稿・追記が必要なページを見つけると旅に出るようになっていた。
目的が目的のため、戦闘回避がメインの彼女のレベルはプレイ期間に対して異常に低い。
そんな彼女をレベル上げが必要かと悩ませるページがある。
「魔王…か。うーん…どんな見た目なのかしら。」
世界図鑑における「魔王」のページは、レベルが255であること、合成獣であることを除けば憶測の域を出ないため殆ど白紙である。
また、Ver3.0アップデートに伴って新エリアも増えたが、登場するモンスターの最低レベルが90を越えることもレベル上げを要求している。
『全てのプレイヤーの皆様お伝えします。
「魔王の軍勢」幹部である四天王の加入条件が公開されました────』
そんな中にあって届いた魔王のメッセージ。
世界図鑑の「魔王」の内容が増やせるかな? と思った彼女に衝撃が走る。
「この人、世界図鑑を重視してる…!」
世界図鑑の重要性を訴えるような条件に胸が躍り、さらなる衝撃を受ける。
「えっ、私…四天王の条件を満たしてる…。」
世界図鑑を片手に開いて冒険を続けてきた彼女にとって、図鑑の使用が1200時間を越えているのは当然の結果であり、即ち加入申請の条件を満たしていることになる。
そして現在、四天王がどのような役職であるか、Ver3.0イベント詳細などを改めて読み直したハチコは四天王加入申請を行うことにしたのだった。
「まぁ、選ばれない可能性の方が高いとは思うけどね。」
自分のレベルは魔王の1割しかない。
戦力増大の目的に対し、弱い自分が役に立つことはないだろう。しかし、魔王という存在に興味がある事、そして世界図鑑を重視している個人としての“名前の明かされない誰か”に会ってみたい。
これらの動機によってハチコは申請を決めたのだった。
申請によって名前を知ってもらえれば、下っ端としてでも軍勢に加えて貰えるかもしれないという打算もある。
「よし、申請っと。」
ハチコが[申請]のボタンを押す。
おそらく結果が分かるのはそれなりに時間を経た後だろうと、ベッドに寝転がると近くの本を開く。
こちらの能力を調べたり、軍団全体の調整を考える必要が…。
『四天王加入が承認されました。
以下のボタンを押す事で魔王城に転移します。
しばらく帰還できない可能性があるため、
確認をした後に押すことを推奨します。
[転移] 』
「えっ…ウソ…。」
驚きのあまりベッドから転がり落ちてしまい、近くに詰んであった本が崩れ、30ほどダメージを受ける。
「わーわーわー!」
そんな状態にあっても正面から消えないメニュー。
閉じれない特殊メニューが付いてくる事に、これが幻ではない事を理解させられる。
「待ってね、待ってね。よし、準備!」
声に喝を入れて支度をする。
困惑する時間は無駄だと割り切っている。
そして冒険家のため出掛ける準備はスムーズである。
現実でも身支度を整える速度が速くなった自覚がある。
「うん! いつも通り!」
装備を整えるとメニューを見据える。
この先には何が待つのか不安と興奮を堪えつつ、メニューの[転移]をタッチした。
視界がフッと暗転する。
やがて視界が復活すると、目を上げる。
見渡す限り荒地と不安を煽るような空。
そして目の前には…化け物。
絶望を練り固めたような黒に煌々と血管のようなひび割れが明滅した体躯。
夥しい数の触腕を背面から生やし、どれもが太く残虐さを湛えている。
さらに胸の宝珠はテラテラと目玉のようにこちらを伺っている。
それなのに顔だけが空虚に抉り取られている。
「よ、ようこ…。」
「ひいいいいいやああぁぁぁぁぁ!!!」
魔王城にハチコの絶叫が響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます