第2話 念願のユニバース…と?
顔に白い紙を貼り付けられたような景色。
眩しい白さではなくて、ただ白いという印象。
「おお〜成功したぞ!!」
そんな声が聞こえたのをきっかけとして、真っ白だった視界がパッと切り替わった。
俺の目の前には、肩から足までの長丈ローブを着た人。
フードで顔がわからないけど、さっきの声がこの人なら、たぶん男。後ろにも2人。
つまり、3人のローブ男に囲まれてる。
「異次元の旅人さま! 我らの召喚に応えていただき感謝します! どうかこの地をお救いください!」
正面のローブ男がそんなことを言う。
“異次元の旅人”。…まぁそうか。
この
ふと気づくと、自分の右肩の前あたりに透明なガラス板が浮いている。【メニュー】の文字。
試しに触ってみると『まだ使用できません。』と赤い文字が追加で表示された。
メニューの最下部には『Lv.1 /null 合成獣/戦士』と表示されている。あとHP 30/30とも。
仕方なしに周囲を見渡す。広めのエレベーターくらいの空間で、四隅に蝋燭、自分の足元には魔法陣。壁が石だからここは地下室か?
正面のローブ男の頭上には『Lv.7 村のまじない師A/村人』の文字が浮いている。
ゲーム内のキャラ表示は名前と職業で、種族が表示されないんだな。
というか、まじない師なのに職業村人なの?俺を召喚したのは趣味か何かなワケ?それはそれですごいな。
いや、合成獣なのに戦士に言われたくないよな。合成獣なら腰につけた斧じゃなくて自分の爪で戦えよって言われそうだし。
「さあ、旅人さま。村長がお待ちです。こちらへどうぞ!」
ローブ男Aの誘導に従って部屋を出る。
階段を登ったからやはり地下室だったな。
地上に出ると、背後に右手を挙げる人物の石像があった。大きさ的に自分がいた地下室がこの石像の下に隠されていた通路だったことがわかる。
石像を祀る御堂のような空間だろう。ローブ男Aが気にせず出て行くのでその後に続く。
そういえば、後ろにいたローブ男BとCは一緒きていない。戻ったらまだ居るんだろうか?戻らないけど。
御堂から屋外に出る。
村はどうやら森を切り開いたような場所で、住居が点在しているのが見えた。
へー。看板を下げた家屋がある。デザインが剣と盾だから武器屋だろうな。
あっちの赤いビーカーの看板は薬屋?道具屋だろうか。
キョロキョロ辺りを見渡しているうちにローブ男Aがどんどん離れていく。メニューの文字が「ここははじまりの村。村のまじない師Aを追いかけて、村長に会いに行きましょう。」に切り替わる。
メニューの端に小さい矢印が浮いていて、ローブ男Aの方を指している。
ローブ男Aは1番立派な家にまっすぐ向かう。どう見てもあれが村長の家だろう。ローブ男Aに続いて村長の家らしき住居に入る。
召喚された英雄が村長の家に行く流れなら、この後には萎びた野菜みたいなお爺さんに「村を救ってくだされ」的なよくある展開になる。
ならなかった。
目に飛び込んできたのは村長の頭上にある文字『Lv.22 グラムス村長/狩人』。
ローブ男Aの2倍はある太さの腕。
右腰には抜き身の鉈、もう一方には猟銃。
そして鹿だか猪だかの毛皮で作られたベストを着た険しい顔の男が中央で胡座をかいている。
もし「村を襲う魔物を…」という話になったら「お前が倒せ。」と言い返して帰ろう。
そんなことを考えているうちにローブ男の紹介を受ける。
「村長! こちらが異次元の旅人さまです。召喚にお応え頂けたのです!」
一方の村長は俺の顔をみるなり、
「フン。どうせヨソ者だ。アイツのように信用ならん!」
「いいえ! この方はきっと信用できます!」
「ほほう…? ならば、ソイツに村のはずれにいる“ベルトトレントの枝”を取ってきてもらおうじゃねえか!」
俺の発言を許さずにストーリーが進む。
いつの間にか、村の外にいる大樹のモンスターを倒すことに決まっていた。俺の活躍に啖呵を切ったローブ男Aが鼻を鳴らして村長の家から出たのを見送る。
後を追わずに村長に話しかけてみると「なんだぁ、もう怖気付いたのか? せいぜい気をつけるんだな!」と言って薬草を3枚ほどくれた。悪いやつじゃなさそうだな。
村長の家を出ると、外で待っていたローブ男Aが「実は…」と話し始めた。
異次元の旅人を呼び出したのは俺が初めてじゃないらしく、2度目なのだそうだ。その人物はこの地を荒らす魔獣を倒すために呼び出され、魔獣を打ち倒したが、魔獣の持っていた大地を操る宝玉を自分のために使うと、さらにはこの村の至宝であった「鳳凰の龍玉」を奪い去って何処かに消えた。
しかし村の伝承には異次元から現れし旅人がうんたらかんたらで世界を救うと書かれているのだそう。
話が長かったので、俺が「鳳凰の龍玉」は結局フェニックスなのかドラゴンなのかと脇道に逸れた思考を繰り広げていたところでようやく、
「では、村の三ヶ所を巡って準備を整えましょう!」
という結論を言われた。…それ最初に言ってくれないかな。
ローブ男Aの案内で赤いビーカーの看板がある建物に入る。想像通り道具屋だったが、想定外も一つ。
「アナタ! お帰りなさい! ああ、こちらが異次元の旅人さまなのね。」
道具屋の女主人は『Lv.5 エレニア/道具屋』という人物だが、ローブ男Aの奥さんだった。
ローブ男Aッ…! オマエっ! 主人公のチュートリアル説明の大半を任されている上に固有名のある奥さんいるのに、お前は名無しなのかッ!
名前が“無い”ことにシンパシーを感じるが、ゲーム運営チームにはコイツの扱いを見直してほしい。
この後のストーリーでコイツが酷い目に遭ったら抗議のメール入れてやる。
そんな俺の思いをヨソに、ローブ男Aは嬉しそうだ。
「ああ! ついにこの日が来たんだ。例のアイテムをお出ししてくれ!」
エレニアは頷くとカウンターの奥からアイテムを運んでくる。剣、本、珠、首飾りの四種類。
「これらが我が一族の家宝でございます。どうか旅人さまの欲しいものをお選びください。」
…いやいや家宝渡そうとすんなよ。毒消しとか初心者セットくれればいいよ。
「それぞれ名前を“幸運の剣”、“世界図鑑”、“丈夫の珠”、“空の手形”と伝え聞いております。」
エレニアの言葉が終わるとメニューの文字が切り替わり『アイテムに触れることで、特別なアイテムを除き詳細な効果を確認することができます。』とある。
ああ、アイテムの効果を調べればいいのね。
アイテムに触るとメニューに詳細が表示された。
“剣”は、この武器でトドメをさすと入る経験値が倍になるというもの。
“本”は、公式サイトと繋がっていて、書き込みをすることができる図鑑で、本を持つ者で内容が共有される。ネタバレを書くと反映前に文字と本が消滅する。
“珠”は、序盤に出てくる弱毒や弱麻痺など弱い状態異常を無効にする。
“首飾り”は、12時間に1度、使うと設定した拠点へ帰還できる。ただし、効果がない場所もある。
すべてのアイテムを調べた事でストーリーが進んだのか、エレニアが言葉を続ける。
「ですが、申し訳ございません。お渡しできるのは…その…1種類のみなのです。」
エレニアとローブ男Aが悲痛な顔をする。
こっちが申し訳なくなるからやめてほしい。1つ貰えるだけでも十分だ。
メニューの枠が点滅しているので目をやると『ストーリーでは選択肢を選ぶことがあります。選択肢はメニューをタッチするか、同じ言葉を発言することで選ぶことができます。』と表示されている。
メニューの近くに別枠のメニューが浮かんでおり、[すべて寄越せ]と[かまわない]の2択が浮かんでいる。
「かまわない!」
見た瞬間そう発言する。仮にこれを起点として、例の善悪サイドに分かれるんだとしても、そういう意味での悪の道は選べない。選びたくない。
2人の顔が晴れたので一安心したが、さて、どれを貰うべきか。
後々、使えなくなるアイテムは珠だよな。序盤は有効そうだけど…。同じ理由で剣もだな。おそらく武器をいちいち持ち替えるのが面倒になる。
あとは本と首飾り…。首飾りは魔法や消費アイテムで代用できそうだし、この中で価値の永続性があるのは情報だとすると、貰うべきは本だな。本を手にする。
「これを貰えるだろうか?」
「もちろんです! お持ちください。」
「ありがとう。恩に着るよ。」
笑顔のローブ男Aとエレニアに別れを告げる。彼らの今後に幸があるよう祈りつつ。
さて、ローブ男Aの案内が無くなったので、残り2箇所は自分で探せということだろう。
メニューは『あと2人の村人の協力を得て、準備を整えよう』となっている。
あと、これに伴ってメニューが使用可能になった。アイテムやスキルの確認、受けているミッションの確認、ログアウトなんかができる。
そんな俺だが村の端で草を千切っている。
何気なしに地面に生えた草を取ったら「雑草x1」というアイテムに変わった。
チュートリアルが長引いてピンに会えるのが遠のくのは不本意だが、割と寄り道も好きなので、どんなアイテムが取れるか試している。そのため今の持ち物は、薬草x3 雑草x8 芋虫x3 小石x3 小枝x4 世界図鑑x1となっている。
ちなみに畑の野菜は取らなかった。事前に近くの村人が取るなと言っていたので。取ること自体はできそうではあるのだけど。
「よいしょっと…?」
大きめの石はアイテムになるのかと、持ち上げようとしたところで目の前の景色がうねうねと歪んでいることに気づいた。
え? システム的なエラーとか? まずいな。メニューから『お問い合わせ』するべきだろうか。
ログアウト? 機材トラブル?
しかし歪みは徐々に範囲が狭まり、一点に集中したところで、今度はそこから黒い渦が出現する。
ブラックホール。
見た目だけで吸い込まれる気配はない。
吸い込まれるどころか、そこから異形の巨体がぬるりと姿を現した。
思わず足元からなめるように見上げてしまう。
2本の脚には大きく広いヒズメ、黒くゴワゴワした毛が腰まで生えており、灰色の人間を思わせる巨躯の胴、牛の骨らしき頭。その上には「Lv.70 魔王の従僕/高位悪魔」の表示。
デコピン一発でも食らえばHPを0にしてくれる存在。もしや、合成獣の先輩プレイヤーかと思ったがHPを表すバーの横にはNPC(ゲーム内のキャラであること)を示すアイコンがある。
「な、なんの御用でしょうか…?」
相手はNPCだけど敬語を使ってしまう。圧力がやばい。
こちらの裏返りそうな声に対して、悪魔は片膝をつく。右手は胸に、左手はブラックホールに。
「オ迎エニ上がリマシタ 魔王サマ ドウゾ コチラへ」
予想だにしない悪魔の態度に「?」がたくさん浮かぶが、メニューに選択肢があることに気付く。
[うむ、苦しゅうない]と[人違いです…]。
歪みがおきた時からバグを疑って混乱していた精神が少しだけ平静を取り戻す。これはイベントだ。
そもそもコレ自体チュートリアルの一部かもしれない。
悪サイドへの一歩はここから始まるとか? いやでも、所属勢力を決めるのはレベル30と聞いたことが…。
メニューの選択肢が点滅しているので見ると、時計のアイコンの横に『00:56』とあり、1秒づつ減っていく。
制限時間!? もしかしてコレ0になったら殺されるのか?
冷静に考えればありえない事を思いつくが、なにせ時間制限付きの選択肢は初めてだし、目の前の悪魔が怖い。
「う、うむくうるしゅうないない。」
音程の狂った棒読みで返事をすると、悪魔は大きく頷く。
そして悪魔ともどもブラックホールに呑み込まれた。
ーーーーーーーーーーー
ブラックホールから出ると、足元から「ザリッ」と砂の音がする。
見上げれば雷の落ちそうな曇天。
見渡す限り荒野。骨のような朽木が点々と。
地平線が一度途切れて、山を見下ろす景色が広がっていることから、相当な高所。
「魔王サマ ココガ アナタノ 魔王城デス」
例の悪魔はここに来てからひれ伏したまま。
魔王城? 何もないけど?
もう一回確認するけど、見渡す限り荒野。
ハッとしてメニュー下部の自分の表示を見ると『Lv.1 /null 合成獣/魔王』とあり、職業が強制的に魔王になっている。
魔王の従僕というキャラがこっちを魔王と呼ぶ以上、コイツは俺の手下的なやつだと思う。
レベル差69あるけど。
「えーっと、何をしたら?」
とりあえず聞いてみる。
「エエ 我ガ王ヨ アナタ様ノ支配ハ ココカラ始マルノデス…。」
そこからの話はうんざりするほど長かった。
要約すると、
・ここに魔王城を建てよう
・明日以降はここに城の素材箱が出現する
・手下の魔物の数で素材の質と量が増える
・ここでは魔王専用のスキルが使える
・プレイヤーも軍勢に加えることができる
・プレイヤーの数も素材に影響する
・光の軍勢を屈服させよう
などだった。
もっと流暢に話してくれればいいのに音節ごとに区切るから聞き取りづらくてしょうがない。
どうにかならないかと思ったら、メニューにテキストログ機能があったので、コイツのセリフを文章として読んで、これらのことを理解した。
そして把握した。コレは「箱庭」とかいうやつだ。
確かピン言ってるのを聞いたことがある。
結構前に箱庭というコンテンツが追加されて、自分だけの敷地や畑を作れるって話。
この悪魔の言ってることは仰々しいが、家を建てて、荒野の開拓して、ペットを飼い、友達を呼ぶ。そういうことだろう。
で、光の軍勢とやらと発展度を競うみたいな?
俺だったら何の野菜を育てようかな…。
野菜からカレーを考えたところで、急激に空腹を感じた。
メニューからリアルタイム時計を見ると『17:20』。
そういえば、今日は本来なら昼飯をピンと一緒に食べて、その後に一緒にユニバースのソフトを買いに行く予定だった。しかし、接続機と一緒にソフトも持ってきてくれて、登録手順を教えてすぐ帰ったから、その流れでゲームを起動…。
あああ、昼飯を食べそこねてた。そりゃ腹も減るわな。
一旦ここでログアウトして、早めの夕飯にしてしまおう。ちょっと休憩して、また後でログインした時にでも朽木がアイテムになるのかとかも調べたい。
メニューからログアウトを選択する。
選択するが成功しなかった。
メニューには『ここは戦場エリアのためログアウト出来ません。近くにバリアキューブがあるか、アイテムを使用してください。』と出る。
ん???
よくわからないので『お問い合わせ』を選択する。
迷わずGM(ゲームを運営するゲームマスター、仮想現実の警察の役割。)にコールして、助けてもらう。
目の前にタブレット端末くらいのメニューが出現して『接続中』と表示される。
少し待ったところでメニューから音声が聞こえる。
「如何されましたか?」
「えーっと、ログアウトしたいんですけど、ここでは出来ないって表示されるんです。」
「…そうですね。お客様のいらっしゃるエリアは現状ログアウト対象外となります。他のエリアに行く方法はお持ちですか?」
「多分ないです。この場所でいいのでログアウトをお願いします。」
「そうなりますと、規定により緊急ログアウトの扱いとなります。ペナルティとして経験値がダウン、場合によってはレベルが下がってしまいますが…。」
「構いません、お願いします。」
減るような経験値はない。減っているのは腹だ。
「承知しました。では意思確認のために、正面のメニューの緊急ログアウトにタッチをお願いします。」
「あ、はい。」
メニューには
『緊急ログアウトを使用しますか?
※ペナルティが発生します。』とある。
迷わず[はい]を選ぶとそれに伴って『ログアウト処理を実行します。』という表示に切り替わり、カウントダウンが表示される。
『3…2…1…』
バッ!!!!!!!
「うわぁ!」
とんでもない音量の爆発を0.1秒だけ聞いたような気がして飛び起きてしまった。
思わず辺りを見渡すが、見慣れた自室。
部屋は何かが破壊されたような痕跡もなし。
体に異常がないか確かめるが、変わった所はなし。
今のは現実ではなくゲーム内で発生した音だったか。
緊急で肉体に意識を戻す措置の反動だろうか?
目覚まし時計のような…。
釈然としないけども空腹には勝てない。
昼に行く予定だった定食屋へ行くとしよう。
ーーーーーー
一方、ゲーム内では大混乱が起きていた。
「バースレコード」と呼ばれる、ゲーム内で新記録を打ち立てた人物を表彰する機能がある。
例えば『Ver2.0ラスボス:真竜を撃破。…リック・シモンズ』。
『超レアアイテム:宝剣「パレード」の入手。…ピースフル・ワイルドアイランド』。
『飛行せずにグランドマウンテン山頂に到達。…くま・三太郎』など、様々な記録がある。
記録にはそれぞれ報酬があり、他のプレイヤーが後追いでその記録に到達しても得られるが、最初の1人だけには少し特別な報酬が与えられていた。
そして、最初の1人が到達するまで、その記録は内容が不明なのだ。
そして本日も新たな記録が打ち立てられた。
Ver3.0が公開された初日であるため、一つくらいは新記録が出るだろうとは予想されていた。
内容が『新種族:合成獣でレベル100を突破。…(空欄)』でなければ。
初日に新種族のレベルを100にした事も異常であるが、名前が空欄である事も異常である。
そしてある事に気づいたプレイヤーが周囲に呼びかける。
「おい! プレイヤーリストのレベル順見てみろ!」
どんなに先行しているプレイヤーでもアップデート初日はレベル101が最大の中、リストの頂点には、
『Lv.255 (空欄) 合成獣/魔王』
という“名前の表示されないプレイヤー”が君臨していた。
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