ネトゲ初心者がぬるっと魔王になった(仮題
小野塚 歩
第1話 ことの始まりと本当のログイン
『まさがゲームが人柄の証明に利用される時代が来るとは、数年前には想像もしていませんでしたねぇ』
とは壇上で講義をしている教授の
「オイ、いい加減ユニバースにアカウント登録したか?」
「してない。」
「マジかよ。あの教授のゼミじゃボス倒すと単位くれるらしいぜ?」
「嘘乙。」
堂々と横から話しかけてくるのは、友人の『
この通称は大学入学初期に麻雀好きの教授から、麻雀用語である「ピンフ」と呼び間違えられて以降は自身でもそう名乗っている。
そんなコイツは事あるごとに俺にとあるゲームを勧めてくる。まぁ、ゲームの登録・プレイを推奨するのはコイツに限った話じゃないけど。
健康被害の指摘を繰り返される時代を経て、ゲームは意識に直接接続できるようになった。
明晰夢でゲームをするようなもので、身体自体は眠っているのだから「ゲームは健康に悪い」と言われる時代は終わると言われている。
それでもモニターを前にするゲームの人気は根強く、結局は区別されることとなり「アナログゲーム」「デジタルゲーム」に続く第三のゲーム「ブレインゲーム」が誕生した。
その第三のゲーム誕生を意外にも祝福したのが日本社会であり「潜在意識に近い部分でゲームをプレイするのだから、その人の本質が現れやすく、人格の保証に繋がる。」として国家が歓迎することとなったのは、新しい時代の幕開けだとも。
現に、今まで履歴書の自己PRだったり、性格診断が必要な箇所に人物情報取得用のIDを記載するだけで、ゲーム運営のAIが第三者視点から人物像を評価してくれ、個人情報に触れない形で人格の紹介をしてくれるようになった。
これが信用を得たために、今では多くの企業・団体で利用されるシステムとなった。こんな時代になるとは夢にも思わなかった。
──という事を教授は言いたいのだろうな。
ベルが鳴って講義は終わり。
いつも通りピンと学食へ。
「ムーはさ、ブレインゲーム嫌いなわけじゃないんしょ? ユニバースやんなって。オモロいし就職にも有利よ。」
「前にも言ったべや。機材がない、金がない、時間しかない。ってさ。」
ムーとは俺「
「いや、ピンが面白いからやれって言うのは分かるよ? でも
学食で繰り返されるいつものやり取り。
ここでピンが引き下がるまでがテンプレートだが、今日は違った。
「ムーさん、ムーさん。ちょっち耳貸してみ?」
ピンが変な顔をしている。
「なんだよ。」
「いいから。」
仕方なく、内緒話をしたいというピンに合わせる。
「ご存知の通りワタクシこと、ピースフルさんはユニバースではそれなりに有名なランカーなんすわぁ。」
自慢話か? 内緒話するほどのことでも無いし。聞いて損した。
「はぁ…。知ってる。それが言いたかったの?」
「ちゃんと聞けって。いいか?今回のチャンピオンシップで入賞したんだけど、景品が最新の
「マジかよ。すごいじゃん。おめでとう。」
素直に称賛する。
ピンのやっているブレインゲーム『ユニバース』はゲーム人口が多く、そこで良い記録を残すのは本当に難しいと聞く。
コイツはそっち方面に就職するのかな…。
ちょっとだけ嫉妬も覚えるが、友人の活躍はそれはそれで嬉しい。
「へへ。ありがとう。でさ、本題なんだけど、今まで俺が使ってた
「うーん…、いくらで?」
「いや、タダで。」
「ハァ? いやいやいや、売りなよ! 言ったじゃん安いものじゃ無いんだって。」
そりゃ貰えるなら欲しいけど、トップランカーであるピンが使ってるものの価格が6ケタあることは知っている。
初心者以前の俺への譲渡なんてあまりにもったいないし、中古でもそれなりの値段で引き取ってもらえるだろう。
思わず耳を離して語りかける。
「別に毎日プレイを勧めてることに責任感じなくていいんだぜ? 俺は、そりゃブレインゲームやってみたいとは思うけど…。」
いや、変に律儀なやつだし、断るべきだろう。
そんな言葉に友人は真面目な顔で返す。
「ムーは自覚してないだろうけど、俺さ、アンタ居なかったら、今頃大学辞めてる。アンタに救われてる部分あるんよ。
…ネットの方が友達多いなんて言葉よくあるけど、俺大学入るまでリアルの友達一人も居なかったんだぜ? 今いる友達だって、アンタ経由だったわけだし。
いつもの態度から物怖じしないようなピンだが、初対面の人と話す時には一歩引くし、そういう部分があるのはわかっていた。
それでも、自分にはよく噛み合ったタイプで一緒にいてストレスにならない。
そんな相手が突然、本気の本音で感謝を告げてくる。恥ずかしいが、こっちも本音で答えておくべきだろう。
「こっちこそお前と友達でいて良かったと思ってるよ。」
「へへっ。」
気恥ずかしい空気が続いたが、紆余曲折あって結局は彼の厚意をありがたく受け取る事にした。
ーーーーーーーーーーー
自宅。一人暮らしのため無流の部屋は狭いが、寝る場所さえあればブレインゲームが起動できるのは彼にはありがたかった。
そしてボイスチャット越しに友人に感謝を告げる。
「ありがとう。何だか悪いな。わざわざソフトまで付けて貰っちゃってさ。」
「おうよー。せっかくだからな。ちゃんとこっちのアカウント履歴は消してあるし安心して使ってくれー。いやはや、とうとうムーさんがユニバース入りか〜。感慨深いものがありますなぁ。」
「ははは。でも本当初めてだから何をしたらいいか…」
「いやいや〜。自由にプレイしてくれたらいいさ。決まった形のないゲームだからご安心〜。あとムーさんタイミングもナイスだよ。今日からVer3.0の大規模アップデートだもんな。レベルが今までの上限100から150になったり、新エリア追加されたり、あとはなんと言っても
「はいはい。レベル1にもなってない俺に言われても何もわからんよ。ってかピンはいいのか? アップデート前に俺に通話してて…。」
「もちろんこの後すぐインして、カウントダウンイベント参加するさ。チュートリアルのあるムーさんと会うのは、そこそこ先になると思うけどね。という訳でお先にログインさせていただきますわ。」
「うん、ありがとう。俺もアカウント申請が無事に通ったら起動するよ。じゃ。」
ボイスチャットの通話が切れメールを確認すると、折よくアカウント申請登録完了のお知らせを見つける。
あとはこのIDを意識接続機に送信するだけである。
早速送信すると、無流は声に出して確認する。
「色々チェックよし! 戸締りよし! トイレよし!」
意識がゲーム内にあるうちに泥棒に入られないよう、初心者は特に注意するべしと友人に言われている。
「いざ! ユニバースへ!」
こうして意識接続機を起動したのだった。
ーーーーーーーーーー
真っ暗な中に文字が浮かんでいる。
接続中………待機人数3名。
接続中……待機人数2名。
接続中…待機人数1名。
文字が消滅する。
暗闇が晴れると一面の青空。
そして全ての床が白い雲。
ファンタジー世界の天国を想起させるような景色の中に無流はポツンと存在していた。
地面の感触はナイロンのようなしっかりした反発で、レジャー施設のバルーンのよう。化学的な水蒸気っぽさはない。
現実世界との混同を避けるためにこんな風景なのだろうかと考えていると、ポンと音がして、煙と共に郵便局のカウンターのような机が出現する。
「こちらへどうぞー。」
その机に女性が1人。
多分ユニバースの案内人だろう。
近づいてみると人間ではないことがわかる。翼がある。頭の上に輪がある。白い布を上手に巻きつけたようなドレス。
どう見ても天使の様相。
この場所の雰囲気には合致していると無流は妙に納得する。
近寄ると、お辞儀をされたので会釈を返す。
「こんにちは。こちらはブレインゲームス社、アカウント登録総合受付となります。」
「え? アッ、ハイ。よろしくお願いします。」
ユニバースのキャラメイクがすぐ始まるものだと思っていた無流だが、機材使用の登録が先である。
(ピンがそんな事を言っていたような…。)
初めてブレインゲームができるという事実に浮かれてたため忘れていたのだろうと結論づける。
「ここは、初めてブレインゲームをプレイする方がアカウントを登録する場所となります。」
天使のお姉さんの話を要約するとこうだ。
人格の保証をする関係上、個人情報の取り扱いに同意してもらう必要がある。虚偽の申請をすると法律で罰せられるから、成りすましはしてはいけない。お姉さんの姿をちゃんと認識できているか、できていないなら機材にトラブルがある。など。
「ところで、使用されている機材の登録履歴が削除されていますが、以前の使用者様はあなたとは別の方のようです、理由はわかりますか?」
「はい。その使用者は自分の友人で、彼が最新機種に移行したので、譲り受けたんです。」
「なるほど。ええと…。」
手元の機器を素早く操作する。
「…はい、確認が取れました。確かに前の使用者様はすでに別の機器でゲームにログインされていますので“問題なし”とします。ですが、本来は弊社の設置しています調整機か、協賛している店舗で設定する必要があるんですよ。でないと盗難などの疑いがかかりますからね。」
「あ、そうなんですね。ゴメンなさい。」
やんわりと怒られるが、それを理由に手続きのやり直しを要求されなかった事に安堵する。
「では最後に、ご本人確認を行います。個人識別番号はこの画面に表示されているもので間違いありませんね?」
無流は目の前に浮かんだ数字と語呂合わせで覚えた言葉が一致することを確かめる。
「…はい。合ってます。」
「あなたはシラカワ ムル様で間違いありませんね?」
「はい。間違いありません。」
お姉さんは手元の何かを操作する。
「はい。長らくお待たせ致しました。これよりご希望のゲームへの接続が開始されます。また次回からの起動時は、この場所を経る事なく直接ゲームにログインされます。
初回の接続には多少お時間がかかりますが、その間にオンライン上の注意事項、およびマナーに関する注意喚起の動画をご覧頂きます。では行ってらっしゃいませ。」
こうして、またも無流の目の前は真っ暗になった。
注意喚起の動画はいわゆるネットリテラシーと同じような内容だった。個人情報に繋がる情報は明かさない、行きすぎた暴言や差別表現は罰則がある。仮想現実といえど接続先には人間が居るのだから、対人に関する法律が適用されますよといった内容。
まぁ当たり前だな。と心の中で頷く。
動画が終わると、ようやく待ちに待ったユニバースのロゴが表示される。ただ、物理的に大きな壁のようにそれが迫ってくるそれが、目の前で止まる。
何が始まるのだろうと待っていると、目の前に浮かんだ文字は「お進みください」の表示。
無流がロゴに向かって進むと、自動ドアのように左右に分かれて通路が出現。さらに進むと看板があり、道が分かれている。
「← キャラメイクをスキップする方はこちら。デフォルトの種族を選んだ後にランダムな個別設定が適用されます。」とあり、もう一方には、
「ご自分でキャラメイクをする方はこちら→ 」
とある。迷わず後者の方角に行く。
さらに通路を進むと、着いた部屋には様々な見た目のマネキンがずらっと並んでいる。
壁はキャラメイクルーム:種族と表示があるので、マネキンはそれぞれの種族のであることがわかる。
人間、エルフ、ドワーフ、ミノタウロス、ラミア…。
マネキンに触ると自身の体がその種族に変化するのを感じることができる。切り替わる自分の体を眺めるだけでも既に楽しい。
ゲームプレイを勧誘され続けた日々を感慨深く思い返す。友人に選択可能な種族を紹介されて、自分ならどんなキャラを作るかと考えた回数は両手でも数え切れないほど…。
なので実はもうほとんど決めている。
ネタバレになるからとストーリーは教えてもらったことはないが、それでも、例えばプレイヤーが善悪のどちらかの勢力に所属する事は知っている。
友人である平和はゲーム内の“ピースフル”という名前の通り、善サイドのキャラである事も。
ならば敢えて悪サイドのキャラでいこうと思っている。そして、それっぽい見た目の……?
「ファントム」という種族を選ぼうとしたところで、種族マネキンの最後尾に知らない種族がある事を発見する。
駆け寄って種族名を確認すると「
種族名にタッチして詳細画面を展開してみる。
※モンスターモデルのため、一部のキャラメイクと装備の見た目に対応していません。
パラメータ成長率はHPが───
表示された説明文を読み終わらないうちに、彼の心は決まっていた。新しいものが好きなんてミーハーだけども、この種族を選ぶのが1番面白そうだと。
マネキンに触れると体が合成獣に変身する。
とはいえ何の魔物のパーツも取り込んでいない状態なので、全身タイツのマネキンに、顔の代わりに羽のない扇風機を取り付けたような姿。
一方マネキンの後ろには、成長後の姿の一例として、二足歩行のケルベロスに羽とヒレが生えたような禍々しいが豪儀な姿が写っている。自分の姿と見比べ、まぁ成長前の見た目がカッコ悪いのはどのゲームでも同じだなと漏らす。
種族が決まったのでキャラメイクルームを順路通りに進むが、何せこの姿は調整できる見た目がほとんどない。普通のプレイヤーが1番時間をかける顔の部分も、そもそも顔が空洞だからスキップされる。
設定可能なのは、体の大きさ(大きめにした)、体表の色(真っ黒にした)、タトゥーやペイント(赤色で血管のようなものを全身に描いてみた)くらいだった。
それでも、最初の穴あきマネキンの見た目に比べれば、ゲームのボスキャラくらいの見た目であり、体裁は整うというものだった。
種族は合成獣だが、もう一つ、自由に選べる
進むとキャラメイクルームの出口と思しき扉が見える。
扉には「名前を入力してください」とある。
そういえば名前を決めてなかったと思ったものの違和感に気付く。
そう、入力欄には何故か既に名前が入力されていた。
『ピースフル・ワイルドアイランド』
「ん? 何でピンの名前が? てかアイツ、ファミリーネームそのままじゃねえか。身バレしそうな名前だけどいいのか?」
いくつかの混乱と疑問が口をついて出るが、おそらくの答えとしては、アカウント履歴は消したものの、ゲーム側に入力履歴が残っていただけだろう。
さきほどの天使のお姉さんが言ったように、正しい調整機やお店で削除対応しないとこうなる…と。
正規の手順で譲渡しないと赤の他人にデータが流出してしまうが、友人は知っていたのだろうか。
そういえばと思って、試しに今の名前のまま決定してみる。
『既にログインしています。』
と表示されて名前入力欄が消える。
「そりゃそうだ。」
同姓同名の人物が既にいる場合はゲーム内に作成出来ない。
再度、改めて名前入力欄を開くと、今度は別の名前が入力されている。
「/null」
nullというのは、中身が無い、空っぽという意味のプログラミング用語。
おそらくだが、名前が通らなかったために入力が消され、そのプログラムが表示されてるのだろうと認識した。
ここで入力可能なのは、ひらがな、カタカナ、常用漢字、そしてアルファベットだけだから、本来なら記号で始まる「/null」は入力できないはずである。
しかし、/nullという名前に惹かれるものがある。
何も“無い”というのは、名前の“無”流に通ずるものがある。
それにヌルという読みも、ムルという名前の音に近い。
「これがいいんじゃないかな。」
万が一本名を名乗りそうになった時もこれなら誤魔化せる。とりあえず「決定」を押してみる。
とはいえ、プログラムが表示されているだけで入力は出来ないから、使えませんと表示されるのは想像に難くないわけだが。
そしたら「ヌル・ぬる」なんてちょっとコミカルな名前を…。
『この名前でゲームをプレイしますか?(一度決定すると特別な事情を除き変更できません。)』
「お? 通った?」
もちろん「ヌル・ぬる」より「/null」の方が格好いいためゲーム側が許可してくれるのであれば、それで構わないが問題はないのだろうか。
疑問に答えてくれる存在もいないため、「決定」ボタンをタッチする。
ゴゴゴゴゴゴ─────。
音がして目の前にある扉が開き始め、扉の隙間から光がもれ出している。
『ようこそ/nullさん。ユニバースはあなたを歓迎します。』
扉の空いた空間にアーチが掛かるようにして文字が表示された。その文字を潜り抜けるように、光の中を歩き始める。徐々に視界が光で満たされていく。
とうとうユニバースが始まる…。
「待ってろピン。びっくりさせてやるぜ。」
ふと、そういえば、もしかしたら記号の入力はVer3.0で可能になったのかもしれないな。と思い至る。
「あ、でも入力欄に記号はないか───。」
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