Session03-03 掘り出し物

「ピッピ。傷は大丈夫か?ルナ、見てあげてくれ。」


「あ、あたしはかすり傷だよ!」


 アイルは、ピッピに近づいてそう口にした。ピッピのあごに手を添え、れているほおや鼻の周囲を注意深く見る。ゴブリンとは言えども、男の膂力りょりょくで殴られたのだ。打撲だぼくに、鼻血。骨が折れてないのは幸いだった。ルナが近づき、戦女神いくさめがみへ祈る。


「”戦女神”様、あなたのしもべしてねがたてまつります。この者の傷をやしたまえ。」


 祝詞のりとを口にして、祈りを捧げる。するとピッピの頬と鼻の周囲に暖かい光が溢れ、打撲によって変わったいた肌の色が、みるみるうちに元の肌の色に戻っていった。


「ルナ、ありがとう。……みんな、心配かけてごめん。」


 ピッピが皆に向かって頭を下げる。ゴブリンに破かれた服は、すでに予備の服に着替え済みだ。ピッピの言葉を聞いたアイルが、何も言わずに抱きしめる。急に抱きしめられた事でピッピは顔を赤くし、固まってしまった。アイルは、ピッピを抱きしめながら無事で良かったとただ、そう口にする。


「……ピッピ。本当にお主がそれだけの怪我で済んで良かったぞ。……油断は禁物じゃ。次はするんじゃないぞ?……無事で良かったぞ!」


 バーバラが、ピッピの頭を撫でながらそう口にした。その眼差まなざしは家族を見るような優しさを湛えていた。ピッピの赤毛をでる手も、労る気持ちが溢れている。


「……ごめん。ごめんよ……。」


 ただ、そう言って涙を溢す。あの時に剣を突き立てられていたら。喉を切られていたら。……この場に居られなかった。それが痛いほどよく分かる。今更ながら恐怖によるものか、震えが止まらない。覚悟していたはずなのに。


「バーバラが言ったことと同じですが……、今回欠点が見つかりました。それでも、乗り越えました。……次に同じことを起こさないようにすれば良いのですよ。ピッピ。」


 フィーリィが”一群トループ”の討伐証明とうばつしょうめいとして、トロール共の鼻をぎ落としながら、ピッピに向かってそう言った。トロールは身体に合わせた大きい鷲鼻わしばな。オークは豚の鼻のように少しつぶれた鼻。ゴブリンはその矮躯わいくに合った鉤鼻かぎばな。それを削ぎ落としていく。削ぎ落とした鼻はルナが受け取って頭陀袋ずだぶくろへ入れていく。トロール鼻一、オーク鼻二、ゴブリン鼻三。今回の成果はそれと、”緑肌グリーンスキン”共が身につけていた武具一式だった。


「……よし、まずは野営地を決めよう。それには、ピッピ……君の力が必要だ。やれるな?」


「……ああ!もちろん、あたしの仕事だ!」


 ピッピを抱きしめるのをやめて、彼女ピッピの瞳をしっかりと見る。そして、ピッピは彼女アイルの瞳に宿る意志の光を感じた。涙をぬぐい、只一度、しっかりと頷いてみせた。

 その顔を見て、アイルは笑顔を浮かべた。


 ◆◆◆◆◆


 一群との戦いの後は、順調に計画は進んだ。一日目は野営地を確保後、大事をとって反省会と休息を行った。頭の良い奴がいれば、魔法を抵抗した後、かかったふりをすることがある。それがわかった。改めて、戦闘不能になっている敵は後回しに戦力を削っていく方針を取ることにした。色々と意見はあったが、確実に一体一体を撃破して、不測の事態をできる限り避ける方針とした。その後、交代で休息を取り一日目は終わった。

 二日目は、一群を三つ見つけることができ、撃破する。どれも小規模の一群な上にトロールがいなかったこともあり、特にあやうげな所もなく撃破することができた。反省点としては、魔法が強いとはいえ、少し頼り過ぎている感がいなめない。リソースを有効に使うのは当たり前ではあるが、消費の度合いが大きいのが問題点であった。また、バーバラ以外が比較的軽装であることも考えねばならない点であった。間合いをとって戦うとしても、剣がかすれば傷がついてしまう。特に、アイルとルナは特に顕著けんちょだ。そう言った点でも良い経験となった日であった。

 三日目は、一群を二つ見つけて撃破したが、激戦となった。トロール込みの中規模一群と、小規模一群の二つであり、小規模の方は中規模一群の斥候せっこう部隊として離れていたのだろうと推測された。

 ピッピが捜索をした結果、離れた位置に中規模一群がとどまり、その進む先を小規模一群が周囲の様子をさぐっているようだった。まずは、小規模一群を潰すために行動を開始する。アイルとフィーリィの”誘眠雲スリープクラウド”と”酩酊ドランク”のセットで弱体。オーク一匹が抵抗するも、素早く襲いかかったアイルとルナによって倒された。

 手早く一群を掃討そうとうした後、ルナの案で、アイルとフィーリィ、バーバラとピッピとルナの二組に分かれて中規模一群の手前側と後背側に潜伏せんぷくする。手前にアイルとフィーリィ、後背にバーバラ、ピッピ、ルナがひそむ状態だ。

 半刻はんこくの後、フィーリィが鏑矢かぶらやを天に向かって射る。風を切り裂く音と共に甲高い笛の音が響き渡る。


『火よ、玉となりて飛び、爆ぜよ!』


 それに合わせて、アイルが”火球ファイアーボール”を詠唱えいしょう。火の玉が飛んでいき、一群の中で爆裂ばくれつする。更にもう一度詠唱し、火の玉が一群の中で爆裂した。直撃を食らったオークは即死。そして着弾と共に爆裂した衝撃で周囲にいたゴブリンが焼け死んだ。一群の中で、一際ひときわにつけた装備が豪奢ごうしゃなオークが何事なにごとか叫ぶ。その叫びを聞いて、トロールやオーク達が火の玉が飛んできた方へ向き直り、走り出した。オーク達がアイル達に近づく。30mの距離になったときに、フィーリィが魔法を詠唱する。


『我との契約に従い、土の精霊ノームよ、かの者らの足を止めたまえ!』


 フィーリィの”躓きスネア”の魔法で、オーク達が一斉に転んだ。すぐに起き上がるであろうが、その一瞬の機会チャンスが重要であった。その一瞬の間に、断末魔だんまつまの叫びが響き渡る。


「グゴオオオォォ!?」


 潜伏していたバーバラ、ピッピ、ルナが隊長格であろうオークだけが残った機会を逃さずに、奇襲きしゅうをかけたのだ。

 バーバラが正面からおさえつつ、ピッピがスリングスタッフで牽制けんせい。そして、ルナが機会を逃さずに攻撃をし、隊長格を討ち取って見せた。隊長格の断末魔の叫びを聞いたオーク達は動揺どうようし、どちらへ進むか戸惑とまどってしまう。


『我との契約に従い、酒の精霊スピリットよ、そなたのもたらす恵みを彼の者らへも与えたまえ!』


『眠り、招来しょうらい、雲!!』


 フィーリィが”酩酊”を、アイルが”誘眠雲”を発動させた。丁度固まっていたこともあり、すっぽりと範囲に包み込む。そして、眠った奴は後回しにし、起きているものを各個撃破かっこげきはしていく。

 今回はトロールに”誘眠雲”が効いた事もあり、バーバラが一匹を抑え、ピッピとルナが二人で一匹をほふる。アイルはフィーリィの方へ向かってくる奴がいた場合の抑えとして待機し、フィーリィはこちらに近づく奴がいればれるように矢をつがえていた。

 その後、特に波乱はらんはなく、ピッピとルナの二人に一匹ずつ屠られていき、最後に寝ていた奴らは順番にとどめをさされていった。

 五人で討伐証明部位になる鼻を削ぎ落としていく。削ぎ落とした後、装備をぐ。使っていた得物えものに、防具。”火球”によっていたんでいるものもあるが、大半は問題ない状態だった。そして、その中に珍しいものがあった。



 ◆◆◆◆◆



「……これは、”魔法の鞄マジックバッグ”か!!掘り出し物じゃぞ!」


 バーバラが”何物にも代え難い物レアアイテム”を見つけ、歓喜かんきの声を上げた。その言葉に、皆が集まってくる。

 ”魔法の鞄”は、その名の通り、魔法がかかったかばんである。魔法によって、鞄として存在している容量よりも、大量の物資を入れることができるという物である。軍は元より高名な冒険者となれば一個は持っている程、欠かせない便利な物である。価値としては、”保存している品の時間経過”があるかいなかと、その”最大保存量”と”形”で決まる。”背負い袋型”の”魔法の鞄”が殆どだが、腰に付けるポーチ型で、大容量、時間経過無しとなれば、途方も無い金額となる。

 フィーリィは”魔法の鞄”が存在したことで、なるほどと納得した。


「……これだけの数がいるのに、輜重しちょう品と言えるものを持ってなかったのは、”魔法の鞄”を持っていたからですね。」


 人は生きていくだけで様々さまざま物資ぶっしを消費していく。軍となれば、食料から矢玉やだまなどを始めとする消耗品が、人の数が多くなればなるほど、大量の物資が一日毎に消えていく。軍では、そういった物資を”輜重”として統括とうかつして扱う部隊を用意したりする。そう言ったたぐいの品が見当たらない事をあやしんでいたのだ。

 背負い袋型の”魔法の鞄”の口を開けて、中身を取り出してみる。すると、しめられた狼や水牛、渡り鳥などが出てくる。いつ狩られたのかが不明だが、可能性として時間経過なしであるやも知れない。魔道具としての詳細を知るには街まで戻らねばならないが、それでも、今すぐにでも使えるだけ運が良かった。


「で、あれば、まずは武具を突っ込んで行っちゃおうぜ? 持って帰れるなら少しでも金になるしな。」


 ピッピの言葉に従って、剣、斧、棍棒、短剣、革鎧、鎖帷子くさりかたびら、盾……と、突っ込んでいく。今回殲滅せんめつした一群の装備品を全部突っ込んでも空きがあった。自分たちの荷物の内、重量になる物や食料を突っ込んでいく。……まだ入る。


「……これ、まだ入るみたいだね。野営地に確保していた武具も入りそうだね。……ボク、魔道具には詳しくないけど……これ、凄すぎない?……保存性能もあったら、素材も入れておけるよね?」


 ルナの言葉に、皆がハッとなる。大量に狩るのと、長期間いることで倒した後の素材そざい、特に鮮度せんどを必要とするものは打ち捨てるしかないと判断していた。それ以上に、間引きを行うことで得る名声の方が重要と考えていたのだ。しかし……。


「……換金できる部位も持ち帰れるかも知れない……か。」


 アイルが確認するように言葉を口にした。それを聞いた皆が一度頷いた。フィーリィが、今手に入りうる素材を指を折りながら数える。


「……トロールの皮膚、血、オークの肉、睾丸こうがん、ゴブリンの睾丸と言ったところですね。」


「……あー、精力剤の元じゃな……。オークの方が高級品で、ゴブリンの方は廉価れんか版じゃな。」


 少し顔を赤らめて、頬掻きながらバーバラが言った。トロールの皮膚は、アイルの攻撃があまり通じなかったところから分かるように、トロールの皮膚を使った皮鎧はより軽く、頑丈になる。血は錬金術や魔道具作成の素材に。オークの肉はきちんと処理されると、ただの豚肉よりも美味となる。睾丸は二人が口にしたように、精力剤の素材として重宝されている。

 フィーリィとピッピの指示の元、ゴブリンの解体をしていく。トロールとオークは、”魔法の鞄”へ”そのまま”突っ込む。ゴブリンは睾丸だけ切り取り、それを突っ込んだ。投入量を超える事なく、すべてを呑み込む。……これの容量については秘密にしないといけないと、皆で改めて認識をした。

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