Session03-01 チョトー平野にて 〜間引き初日〜

 みどり一面いちめんを埋め尽くしている。膝丈ひざたけくらいまで育った草花が一面をおおっている。よく、草原の事を”緑の絨毯じゅうたん”などと言い表すことがあるが、これはなんと言えば良いのだろうか。少し、悩んでしまうぐらいだ。


「”緑のみずうみ”じゃな。我とピッピに至っては胸くらいまで届いておる。これは色々と難儀なんぎじゃぞ。」


 バーバラが得物えもののメイスを腰に下げたまま、まきを割ったり、草木くさきために使うなたを取り出して、周囲の草花くさばなを切り払いながら言った。今はまだ夏のため、中天ちゅうてんかがやは、容赦のない日差しを降り注いでいる。

 うっすらと浮かぶ汗をぬぐいながら五人は、辺境伯軍へんきょうはくぐんが用意した観測所かんそくじょを離れ、チョトー平野へいやと呼ばれる地域に入り込んだ。ここからは、チョトーとりで駐屯ちゅうとんしている”緑肌グリーンスキン”の一部が、略奪りゃくだつ狩猟しゅりょうの為に、一党パーティのように少数で動き回っている。平均的な数で、ゴブリン三〜五匹、オーク一〜三匹、トロールが一匹いるかいないか。これを見つけ、撃破するのが”間引き”の主な仕事である。


「……私の故郷は、比較的涼しい地域でしたから、ちょっと辛いですね……。」


 フィーリィは、片手で服の首元を引っ張って、もう片方の手で風を送り込んでいる。比較的、薄手の彼女でそんな状態だった。


「ボクも、薄着だけど……蒸して蒸して……。」


 ルナが、外套コートの前をパタパタと開け閉めし、あおぐように風を入れている。フードはすでに下ろしており、銀色の毛で覆われた耳が暑さにやられてるのか、ぐでっとれているのが見て取れた。そんなルナの頭を、アイルはでてやる。いつもは元気いっぱいに振られる尻尾が、今はさすがに暑さにやられて、力なく揺れてみせている。


「きついだろうが、もう少し頑張ろう。せめて、敵の”一群トループ”は相手しておきたい。それが終わったら、今日は早いが野営場所を探すとしよう。」


「……そうだね。正直、みんなの消耗が予想よりもひどいからね。……あたしも見積もりが甘すぎたよ。」


 アイルの言葉に、ピッピが賛成をする。夏場であること、チョトー平野は緑が深いという情報は得ていたが、”百聞は一見に如かず”と言うように、予想していた状態よりも酷かった。初めての依頼は、本当に練習だったのだと痛感していた。過ぎたことをボヤいたりしていたピッピだったが、急に立ち止まり、左手を横に伸ばし、腰を低くする。それを見た四人も立ち止まり、腰を低くする。長い得物は寝かすようにして、草花の丈を飛び出すぎないようにした。


「……一群だ。……ゴブリン三匹、オーク二匹……トロール一匹だね。比較的、小さめの一群だよ。」


 敵の数は六。人数的には少なめである。ただし、珍しくトロールが混ざっていた。ゴブリンは、三匹どれもが年長の子どもぐらいの背丈せたけに、胴を守る革鎧かわよろいとショートソードを装備している。オークは、アイル程の背丈に引き締まった筋肉を持ち、恰幅かっぷくの良い腹を持つ戦士で、盾と剣、盾と斧の組み合わせで得物を持っていた。防具としては、金属板を要所に貼り付けた革鎧を装備しているのが見て取れた。トロールは、見た目としては防具は装備していない。しかしながら、トロールの皮膚ひふ自体が鎧と言える頑丈がんじょうさを持っているため、侮ることはできない。片手には、太く大きな棍棒を所持しており、それを振り回して攻撃をしてくるのであろう。


「さて、と。いかがしようか。疲労はしてるが、戦いを避ける程ではなし。」


「初めての”緑肌”との戦いだから、まずは全力で行くべきだと思うな。アイルの”誘眠雲スリープクラウド”から、フィーリィとピッピで遠隔攻撃して、ボクとバーバラとアイルで接近戦って流れになるかな。一番怖いのがトロールの一撃だから、それだけは絶対に喰らわないようにね。」


 ルナが、暑さに参っていた先程までの姿が嘘の様にスラスラと作戦を口にする。自身の荷物を下ろし、外套に手をかけて脱ぐ。籠もっていた空気が霧散すると共に、少しだけ女性らしい香りがただよった。その香りに気づいたのか、アイルは少し頬を赤く染める。それを見たルナも少しだけ頬を染めた。


「……コホン。今回は私の精霊魔法せいれいまほうも合わせて使うのはどうでしょうか。”酩酊ドランク”なら、酔わせて手元を狂わせる事ができます。二段構えでいかがでしょう?」


 空気を換えるように咳払せきばらいをしながら、フィーリィは自分の魔法を提案する。精霊を行使した精霊魔法は、秘術ひじゅつ魔法とはまた違う力を発揮することができた。その一つが、酒に宿る精霊の力を使った”酩酊”である。魔法を行使すると、精霊の力を持って一定の範囲内に酒精しゅせい充満じゅうまんさせ、”強制的に”酔わすことが可能なのだ。ただし、秘術魔法の様に意志の力で抵抗することができる。成功すれば、勿論もちろん酔うことは防げる。しかし、一部の種族でもなければ抵抗力を強化することはほぼ無理なため、なかなかに難しい。”誘眠雲”と”酩酊”で、眠れば戦力外、眠らねば酔わせて弱体。そういう策だ。


「その策で行くなら、あたしも前に出るよ。眠った奴にとどめを刺すのを優先するからね。」


「トロールは俺が引き受ける。ゴブリンが起きていた場合は、ルナが優先で当たってくれ。バーバラはオークを。ピッピは眠った相手に留めを刺しつつ、ルナの援護えんごを頼む。フィーリィはオークを優先して矢で狙ってくれ。」


 その言葉に、バーバラはニカリと笑顔を見せ、フィーリィはうなずき、ピッピは親指を上げて見せ、ルナは尻尾をぶんぶんと振っている。それを確認したアイルも、荷物を下ろし準備をする。

 各々が自身の得物を手にし、いつでもおそいかかれるように準備をする。


 鉄火場てっかばへ乗り込むまであと少し……。

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