幕間01 あの騒動の裏側

 男は土下座どげざをしていた。

 それはそれは綺麗きれいな土下座であった。

 他の者に、土下座とは何ぞや?と聞かれたら、これが土下座です!と言えるくらいに綺麗だった。

 土下座をしている男の前には、トーがを着こなした壮年そうねんの男と、鎖帷子くさりかたびらを着込んだ目つきの鋭い女性が立って見下ろしていた。


「……で、説明してもらえるかな?ロキくん。」


「……いやぁ鬼人族オーガ普人族ヒューマンのハーフってことで、それに”両性具有フタナリ”を付けたら面白そうだなぁって思いました!」


 土下座をしていた男が顔を上げて、満面の笑みでそう言い放った。反省の色は全然感じられない。その姿を見ていた、壮年の男と、目つきの鋭い女性は、互いのひたいに手を当てて溜息ためいきいた。


「……ロキ君。君、それと同じ様な事、百年前にもやったよね? もう何度目かな?」


首座神しゅざしん殿どの、既に三桁さんけたえました。」


「え、そんなに? そんなに尻拭しりぬぐいしてるの?」


「……残念ながら、生まれによっては育つ前に死ぬものも……。」


 目つきの鋭い女性のその言葉に、ロキは背中にあせをかいていた。首座神と呼ばれた壮年の男は、”いたずら”については比較的、寛容かんようだ。次は気をつけなさい、もうしないように、と言った言葉や、監督かんとくを付ける形での制御で終わることがほとんどだ。しかし……いたずらの対象たいしょう理不尽りふじんな運命を辿たどった時、彼は激怒げきどする。


「こ、こ、こ、今回は、生まれも良いからそんなことにはならないよ!?そこも考えて相手選んだから!!」


 弁解の姿が正直言って、見苦みぐるしい。しかし、相手も正念場しょうねんばである。”いたずら”をした事実は変わらない。ならば、少しでも良い方向へ持っていこうと考えて行動する。それが、トリックスターの本領発揮ほんりょうはっきであった。


「アテナ君。どう思うかな?」


「……私は、対象者のそばに信徒がおりますので、この者に加護かごさずけようかと。」


「なるほど。アテナ君は加護かー……ん? おい、アテナ君。あの子を見てみろ。」


 そう言うと、水晶板すいしょうばんに投影されている映像を拡大する。そこは鬼人族が誓約をしているところだった。その真剣な誓約と青臭あおくささが人という物を感じさせる。それを見て、アテナもうんうんと深く頷いてた。人が逆境ぎゃっきょうの中、想いを貫くために足掻あがく姿は愛おしい。神々かみがみ共通認識きょうつうにんしきの一つである。


「……まぁロキ君が”両性具有”だけで終わらせるとは、困った事に考えづらいからね。今回は僕も加護を授けるとしよう。」


 首座神のその言葉に、ギクリとロキは顔を背ける。その仕草にやはりかと二人は更に溜息を重ねた。前回のいたずらはいつぐらいだったか、そして、どのくらいの罰だったかを思い返そうとした首座神の目の前に、紙の束を差し出すアテナ。その紙にはここしばらくのロキの”介入”が細かく調査され、記載されていた。


「アテナ君は素晴らしいね。他の神々もこれくらいしてくれるなら、僕は取りまとめ役をつつしんで引き受けるのにねぇ……。ロキ君……今回の子、性別を変えたね?……いや、のか。」


 ロキの動きが止まった。先程まで、どんなに言葉を投げかけられても何かしらの反応を示していた男が、石になったかのように、一切の反応を止める。その行動が如実にょじつに答えを語っていた。


「……たしか、転生てんせいした人々に個人的な理由で魔法をかけた場合、どんな罰則ばっそくだったかな。アテナ君。」


「……記憶を封印した上で、下界げかいにて人として一生いっしょうを送る。その間に起こった事は神々の間で娯楽番組としてピックアップ放送……ですね。」


「だそうだよ、ロキ君?……アテナ君、戦神いくさがみチームに依頼して連れてってもらっちゃってね。長くても、そうだから。おつとめ頑張ってね〜。」


 いやだーー!!僕は好きなことをしたいんだーー!!と叫びながら、ロキがトールや、毘沙門天といった戦神に分類される神々に連行されていく。しかし、首座神には見えていた。彼の口の端が笑みを浮かべるように上がっていたことを。それを見た首座神は頭を掻きながら、苦笑いを浮かべた。この罰も彼にとっては、トリックスターである自分が描き出す喜劇の一部なのであろう。


「……いかがされましたか?」


「……いやぁ、ロキ君がちょっかい出した……アイルだったかな?彼……彼女か。彼女にどんな因果いんがが待っているかちょっと楽しみでね。」


 首座神はクスリと笑みをこぼした。それを見たアテナは驚きの表情を浮かべた後、「そうですね。」と口にしながら微笑みを浮かべた。彼は神々の中でも、一番と言って良いほど、人々を愛し、いつくしんでいる。なにせ、本来の世界の三大宗教のうち、二つの宗教が彼に関わっているほどだ。明確に名を呼ばれることがないため、便宜上”首座神”と呼ばれている。愛が深い故に、一個一個の事に一喜一憂などをすることはない。そんな彼が、何百年ぶりともなる加護を授けた。その理由はどうあれ、面白いことになるであろう。

 彼女の信徒が傍にいる。

 情報を収集して、報告を多めに作ってあげよう。アテナはそう思った。

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