第29話 みんなみたいに上手に生きられなくても
「和也くん?」
和也くんと図書室で話した翌日。
なんとなくいつもよりも少しだけ早く学校にくると、自転車置き場のところで和也くんを見つけた。
ジャージを着てるけど、サッカー部の朝練が終わったところなのかな?
でも、なんで自転車置き場にいるんだろう。
もしかして私のこと待っててくれたとか……さすがにそれは自意識過剰だよね。
でも、和也くんとは昨日からつ……き合うことになったんだし、待っててくれてもおかしくは……いや、でも……。
いつものように一人でごちゃごちゃ考えていると、和也くんに耳元で名前を呼ばれ、あわてて顔を上げた。
「昨日さ、あのあと家に帰ってから親と話したよ。文字が読めないってこと」
「ど、どうだった?」
いきなりそんなことを言い出した和也くんに緊張が走ったけど、和也くんは穏やかな顔で笑っている。
「泣かれた」
「え?」
「最初は無反応だったけど、認めてもらえなくて辛かったって今までの思いを全部ぶちまけたら泣かれたよ。認めてなかったわけじゃなくて、自分の子に障がいがあるって受け入れられなかったんだって。苦しんでたのに気づかない振りしててごめんね、って言われたんだ」
「そう、なんだね」
私がこんなことを思うのもおかしいかもしれないけど、なんか複雑だな。
和也くんのご両親も、和也くんに愛情がないわけではないのかな。もしかしたら、お母さんたちもどうしていいのか分からなかったのかな。
和也くんに愛情がないわけじゃないと思うとほんのすこしだけ安心したけど、今までの和也くんの苦しみを考えると、やっぱりご家族の方への微妙な気持ちは消えない。
私の微妙な表情を見てか、和也くんも苦笑いを浮かべる。和也くんの方が、私よりずっと複雑だよね。
「これからはできることがあったら協力するって言ってくれたよ。それと、週に最低でも一回は専門の先生に見てもらえることになった」
「そうなんだ! よかったね」
専門の先生とどんなことするのか分からないけど、和也くんが少しでも勉強しやすくなったらいいな。
この前は全部諦めているような目をしていた和也くんから前向きな言葉を聞けて、私まで嬉しくなる。
なんだか勝手に複雑になってしまったけど、良い方向に進んでるなら嬉しいな。
「部活もあるし、勉強もあるから、あんまり遊ぶ時間ないかも。せっかく付き合うことになったのに、なんかごめんな」
「ううん、気にしないでね。大事なことだもん」
学校が終わった後や休日も和也くんと会えたら嬉しいけど、クラスだって同じだし、全く会えないわけじゃない。
私のことは気にしないで、自分のことを優先してね。
申し訳なさそうにしている和也くんにフルフルと首を横に振る。
「うん、ありがとう。みんなと一緒に卒業したいし、がんばるよ。月子からもらった手紙も読めるようになりたいし」
「わ、私の手紙は大したこと書いてないし、読まなくていいよ。むしろ捨ててもいいぐらいだから」
優しい笑顔の和也くんに急に恥ずかしさが込み上げてきて、そんなことを言ってしまう。
自分で書いたくせに捨てろって、意味不明な人だよね。
和也くんに書いた手紙は私が持って帰るつもりだったんだけど、和也くんがほしいって言ったくれたから、彼に渡したんだ。
読めなくても、持っておきたいからって。それは嬉しいんだけど、改めて読まれると思うと、やっぱり恥ずかしい。
「捨てるわけないよ。一回目に書いてくれた手紙も欲しいから、今度もってきてよ」
「え……も、もう捨てちゃった」
「え~! 本当は捨ててないんじゃないの?」
ニヤニヤ……はしてるけど、やっぱり優しい顔で私をのぞきこんでくる和也くんの顔を見てると、ますます恥ずかしくなってくる。
「そ、それは……あ、そ、そうだ。昨日ね、私もお母さんとお父さんに手紙渡したんた。もっと話す時間がほしいって伝えたの。まだ返事はもらってないけど……」
どうにか話題を変えようとしているうちに、昨日のことをまだ和也くんに報告できていないことを思い出した。
まだ返事は返ってきてないけど、ちゃんと読むねって二人とも言ってくれたんだ。
以前までの私なら、自分から積極的にお母さんたちと関わろうなんて思いもしなかっただろうけど、やっぱり思い切って手紙を書いて良かったな。
和也くんのこともだけど、珠希ちゃんや圭佑くんと出会って仲良くなれて、臆病な私も少しだけ変われたのかもしれない。
「そっか、うまくいくといいな」
「うん、そうだね。お互いにね」
すぐにお母さんたちとのわだかまりがなくなるわけじゃないし、もしかしたら一生気まずいままかもしれない。
私のこの面倒な性格も一生変わらないかもしれないし、一生ありのままの自分を認められないかもしれない。
それでも和也くんの笑顔を見ていると全て上手くいきそうな気がしてきて、自然と私も笑顔になっていた。
「そろそろいこうか」
「うん」
和也くんから手を握られたので、私もそっとその手を握り返す。
だけど、そのときちょうど同じクラスの男子がきたので、一瞬だけ繋いでいた手をあわてて離した。
「あれ? え、何、今手繋いでなかった?
もしかして、お前ら付き合ってるの?」
「そうだよ、付き合ってる」
手を繋いでいるところを見られたうえに、いきなり付き合ってることがバレてどうしようかと思ってたけど、あっさりと認めた和也くんにならって私も頷く。
「え~、マジ? 和也と斉藤さんが?」
よっぽど意外だったのかな。私と和也くんを交互に見ながらも疑わしげな視線を送られ、少し落ち込みそうになる。
やっぱりクラスの人気者の和也くんと地味な私じゃ釣り合わないとか、そういう……。
「そうそう、俺と月子が付き合ってんの。何回言わせるんだよ~。そんなわけで、俺の彼女だからとるなよ?」
またいつものマイナス思考に陥るところだったけど、和也くんにぎゅっと手を握られて、一瞬で浮上する。
そこからは、そういうんじゃね~よとその子が言い返し、またまた~と和也くんがからかったら、微妙な空気もどこかに飛んでいってしまった。
私のことをとるとかそんなつもりは全くないだろうけど、……やっぱり和也くんのこういうとこ好きだな。
和也くんがいると、重たい空気もすぐに明るくなる。和也くんはずっと私の憧れで、そして大好きな人。
もしも、和也くんが自分のことを大嫌いだとしても、自分を認められなかったとしても、私は和也くんが好きだよ。
みんなみたいに上手に生きられなくても、もがきながらでも、一緒に生きていけたら嬉しいな。
みんなが普通にできることができなくても、和也くんとならきっと大丈夫な気がするの。
少しくらい普通と違っていたとしても、和也くんは……私の彼氏は、すごく素敵な人だから。
(おしまい)
みんなみたいに上手に生きられない君へ 春音優月 @harune_yuzuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます