第28話 上手に生きられない君へ

 一晩かけて手紙を書いた翌日、圭佑くんに頼んで部活前の和也くんを図書室に呼び出してもらった。


「きてくれてありがとう」


 この前とは違って、気まずそうに顔を伏せている和也くんに声をかける。


 やっぱり和也くんも私と話すの気まずいよね……。でも、もしかしたらきてくれないかもしれないと思ってたから、来てくれただけでも良かった。


「何回もごめんね。和也くんに手紙を書いてきたの」


 今日の図書室は、入り口の近くに見たことのない男子二人がいた。勉強していると思われる彼らを邪魔しないように、そこから一番離れた窓側のところに立ち、静かな声で話す。


「だから、俺手紙は……」


「……うん、分かってる。だからね、今日の手紙は、私が声に出して読むね」


 だから、和也くんが読まなくても大丈夫だよ。


 手紙を取り出した私に和也くんは初め怪訝な顔をしていたけれど、私がそう言うと、無言で窓から一番近い椅子に腰をおろした。


 夕方とはいっても、まだ暑さの残る九月。

 換気と暑さ対策のためにほんの少し窓があいている図書室は、窓のカーテンが風になびいていた。


 窓の近くに座った和也くんの正面に立ち、私は立ったまま手紙を読み始める。

  

 言いたいことがあるのなら、直接口で言えばいいのかもしれない。


 だけど、大事な場面になるといつも言葉が出てこなくて、上手に話せなくて、いつも失敗してしまう。だから、手紙に伝えたいことを最初から書いてからって思ったんだよ。


「和也くんは、サッカー部のエースで、いつも明るくて友達も多くて、クラスの中心で、とにかくまぶしいくらいにいつも輝いていて、……

私にとって、和也くんは憧れの人でした。

きっと悩みなんて一つもないんだと、できないことなんて一つもないんだと思ってた。

だけど、本当は違ったんだね。和也くんも、私と同じように悩んでたんだね。

私には和也くんの辛さを完全には理解できないと思うし、今の和也くんに何を言ったら正解なのかが私には分からないの」


 台本を読んでるみたいでおかしいかもしれないけど、それでも和也くんは真剣な表情で聞いてくれている。


 和也くんの様子に少しホッとして、そのまま次の行へ次の行へと読み進めていく。


「でもね、これだけは忘れないでほしい。これだけは、和也くんに伝えたいの」


 和也くんは私とは全く違うけど、どこか似た部分を持っていた。


 私は自分のことがまだ好きになれないし、ありのままの自分も受け入れられない。


 もしかしたら、私は一生自分を受け入れて生きていくことなんてできないかもしれない。一生弱くて後ろ向きなダメ人間のままなのかもしれない。


 でもね、そんなダメ人間の私でもこれだけは言わせてほしい。


「もし普通じゃなくても、少しくらい変わっていても、できないことがあったとしても……

それでも和也くんはすごく、すごく素敵な人なんだよ。

和也くんは逃げ続けてるって言ったけど、私はそんな風に思わなかった。和也くんは、ずっと戦ってるよ。すごく強い人だと思った。

和也くんが文字を読めないと知った今も、和也くんは私にとって憧れの人です」

 

 見ていただけの頃からは印象が変わったけど、やっぱり和也くんは私にとって憧れのままだったよ。


 本当は傷ついててもいつも変わらない笑顔で笑っていた和也くんは、すごく強い人なんだと思う。


「それから、憧れだけじゃなくて、私は和也くんのことが好きです。最初は憧れてるだけだったけど、和也くんを知っていくうちに、私、私は……和也くんをどんどん好きになって......すき、になったの……」


 手紙にはまだ続きも書いてあったけど、なぜか溢れてきた涙で文字がにじみ、その先が読めなくなる。伝えたいことはまだたくさんあるのに。たくさん、あったのに。


 友達思いで優しい和也くん。

 いつも元気で笑顔な和也くん。

 サッカーに一生懸命な和也くん。

 それから、出来ないことがあってもそれでも一生懸命に生きてる和也くん。


 全部好き。


 全然泣くところでもないのに、涙が後から後から溢れ出してきて、何も言葉にならなくなる。


 やっぱりダメだなあ、私は……。手紙があっても、結局上手に話すことができない。


 気にしすぎかもしれないけど、入り口の近くにいる男子もちらちらこちらを見ている気がするし、いきなり泣かれて和也くんも迷惑だよね。


「振られてるのに、何回もしつこくてごめんね」


 泣きながら言葉を絞りだすと、和也くんはいきなり椅子から立ち上がる。そのまま私の目の前まで近づいてきた和也くんは、なぜか泣きそうな顔をしていた。


「振ってなんかないよ」


「え、でも、この前は私とは付き合えないって……」


「この前はごめんな。俺、自信がなかったんだ。月子に幻滅されるのが怖かった。

本当は、俺も月子のことが好きだよ。

仲良くなるまではおとなしい子だと思ってたけど、圭佑の家に一緒に行った日から月子のことが気になってた。今になって思うと、たぶんそのときから好きだったのかもな。

だから、もし俺が文字が読めなくても……、こんな俺でもいいのなら、俺と、付き合ってください」


「うそ……」


 てっきり振られたと思ってたから、今日は自分の気持ちを伝えて和也くんに謝りたいと思っていただけだった。


 だからまさかこんなことを言われるなんて思ってもみなくて、ますます私の口から言葉が出てこなくなってしまう。


 和也くんも、私のことが好き?


 好きだよって言ってくれた和也くんの声がすごく優しくて、嬉しすぎるけど、だけど今さらだけど、本当に私なんかでいいのかな……。


「ほんと。返事は?」

  

「返事、は……」


 またいつもの無限反省会を開催しそうだったけど、和也くんから優しく答えを促され、覚悟を決める。


 いつも色々考えて、考えすぎちゃって何も出来なくなるけど、本当は言いたいことややりたいことは最初から決まってるんだ。


 ゆっくりと重たい口を開き、震える声で和也くんに返事を伝えた。

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