第27話 自分に向き合うということ

 和也くんに告白して、そして彼の秘密を知ってから三日が過ぎたけど、なんかもう、色々最低だ。


 せっかくの三連休だったのに、例によって一人反省会で引きこもって過ごしてしまったし、和也くんにも一切連絡が出来てない。


 電話して謝ろうとは何回も思ったんだけど、結局勇気が出なくてそれも出来ずにいる。 


 珠希ちゃんからのメッセージもまだ返事ができてないし、明日までに提出の課題もやってない。


 三日もあったのに何一つできていない自分に嫌気がさしながらも、課題をやるために金曜から全く触ってない学校用のカバンに手を伸ばす。


これ……。明日の課題を探すためにカバンをあさっていると、猫のイラストがついた手紙が出てくる。それを見ていると、また色々思い出して自己嫌悪に陥ってしまった。


 直接だと上手に話せないけど、文字だったら、自分の気持ちが伝えられる。だから、和也くんに手紙を書いたんだけど、読めないのに手紙なんて書いて申し訳ないことしたよね。


 読むことが苦手な和也くんと、話すのが苦手な私。


 私が上手く伝えられる方法でも、和也くんはは苦手で......。やっぱり、私たちって合わないのかな。


 文字が読めない彼氏なんて嫌だろ?


 あの日和也くんが言ったことを思い出すと、ますます気持ちが重くなってくる。


 とりあえず、もうこれはしまっておこう。永久に使い道もないだろうけど、なんとなく捨てることも出来なかったので、ひとまずこの手紙は封印しておこうとして机の二段目の引き出しをあける。


 二段目の引き出しには、今までにもらった年賀状や友達の手紙が整理もされないまま入っている。こういうのって、なかなか捨てられないんだ。


 だけど、このままじゃ何がどこにあるか分からないし、いい加減整理しないとね。


 *


 整理するという名目でもらった年賀状や手紙を読んでいると、懐かしい気分になってくる。


 まだ数年前のことなのに、だいぶ昔のことみたい。


 うっかり読むふけってしまったけど、あんまり友達もいないし、読むのもすぐに終わってしまう。全て手紙を出し終えると、一番下から真っ白い封筒が出てきた。


 いつのだろう? こんなのもらったかな?


 その封筒は、動物だったりお花がついていたりする他の可愛い手紙とは違って、ごくシンプルな無地のものだった。


 封があいてるから一度は見たんだろうけど、全然覚えがない。学校のお知らせか何かのプリントを間違えて入れたのかな?


 とにかく中身を見ないことには分からないので、ひとまずその封筒の中身を見てみることにした。



 月子さん、小学校卒業おめでとうございます



 その一文から始まり、綺麗だけど筆圧の薄い文字でびっしりと白い便箋が埋められていた。


 小学校卒業……? そういえば小学校を卒業する時、お父さんと手紙を交換しましょう、なんて学校の先生に言われて手紙を交換したかもしれない。


 ということは、この手紙はお父さんから私への手紙のはずだよね。もらったような記憶はあるけど、内容は全く記憶にない。


 自分がお父さんへの手紙に何を書いたかも覚えてないし……。


 だいぶ前のことだし、一応目は通しただけですぐに忘れちゃったのかな。


 お父さんは、私への手紙に一体どんなことを書いたのかな。


 ケンカをしているというわけでもないけど、お父さんと話すことはめったにない。何を話していいのか分からないし、話しにくい雰囲気があって、なんとなく一緒にいると気まずいんだ。 お母さんほどではないけど、お父さんも苦手だった。


 普段はほとんど話さないお父さんが私に何を書いたのかが気になり、そのまま手紙を読み進めていく。



 月日の流れるのは早いものですね。

 月子さんがまだ赤ちゃんだった頃が、つい昨日のことのようです。

   


 小学生の娘に書くのに文章堅すぎるような気もするし、自分の娘に対してさん付けだし、なんかな……。お父さんらしいといえば、らしいのかな? ほとんど話すこともないから、どんな風に呼ばれていたのかさえも忘れたけど……。


 お父さんからの手紙は一貫して敬語で書かれていて、最後はこうしめくくられていた。



 まだ小さな女の子だと思っていましたが、月子さんからもらった手紙や文集を読んで、ずいぶんと成長していたことに驚きました。もっと月子さんが何を考えているのか知りたいです。機会があれば、またお話できると嬉しいです。



 機会があればって、……。


 やっぱり娘に書いたとはとても思えないし、とにかく最初から最後まで他人行儀な手紙だった。だけど、なんだか嬉しいな。


 お父さんはもっと私と話したい、もっと私のことを知りたいって思ってくれていたんだね。全くの無関心ってわけじゃなかったんだ。


 小さな頃はお父さんと気まずいなんて思っていなかったような気もするけど、いつから一緒にいると気まずいと思うようになっちゃったのかな。


 アルバムを引っ張り出しても答えがでるわけじゃない。だけど、なんとなく気になって、自分の記憶にはない小さな頃の写真を順番に見ていく。


 生まれたての私、ハイハイしてる私、おもちゃで遊んでいる私、幼稚園に入園したばかりの私。


 小さな頃のアルバムにはお父さんはほとんどうつってなかったけど、お母さんや近所の子たちと一緒に笑っている私がいた。


 うっすらとあるのは幼稚園の頃の記憶くらいで、もっと小さな頃の記憶はほとんど思い出せない。写真を見ても、その頃の記憶なんて全然思い出せないけれど、写真の中の私は楽しそうに笑っていた。


 全く覚えてないけど、この頃の私も確かにいたんだよね。当たり前のことなんだけど、自分に覚えがない小さな自分がいるってなんとなく不思議な感じがする。


 そのままパラパラとアルバムをめくっていくと、その中におそらく私が書いたと思われる下手な絵がしまい込まれていた。


 こんなものまで入ってたんだ。

 やっぱりその絵を描いた記憶は全くないけど、女の子らしき絵の横にへたくそな文字で「ケーキ屋さんになりたいです」と書かれている。


 ケーキ屋さんかぁ……。今は特になりたいとは思わないけど、そういえば昔はケーキ屋さんとかお花屋さんとか、お店やさんに憧れてたような気がする。


 その度にお母さんに話して、その度お母さんは……なんて言ってたかな……? たしか……。


 下手な絵を見ながら、もうおぼろげにしか残っていない小さな頃の記憶を辿っていく。



 大きくなったら外国に住みたい!

 月子が遠くに行っちゃったら、さみしい?


 さみしいけど、月子が幸せなら良いよ。



 ……そうだった。そうだよ。お母さんは呆れながらも、私が幸せならそれでいいよって笑顔で答えてくれたんだ。


 自分が何になりたいと思っていたかは全部思い出せないのに、そのことだけはなぜかはっきり思い出せた。


 家にいれてもらえなかったこととか、怒られた記憶はたくさんあるし、普段は悪いことばかり思い出してしまう。だけど、そうじゃない幸せな思い出も確かにあったんだね。


 小さな頃から私は人見知りで、友だちを作るのも下手だった。一緒に遊ぼうって一言がなかなか言えなくてお母さんに相談したら、なんでそんなこともできないの?って怒られた後に、近所の子の家に遊びに行こうって言うのを着いてきてくれたこともあったな。今思えば、親同伴で友だち作りって相当恥ずかしいけど……。


 よく考えてみると、小さな頃は何でもお母さんに話していたかもしれない。


 それがいつからか話せなくなって、心を閉ざし、お母さんの逆鱗に触れないように細心の注意を払って過ごすようになって……。私がそんなだったからか、他のことが原因なのかは分からないけど、お母さんもいつもピリピリするようになったんだ。


 私は昔から要領が悪くて、いつもお母さんに怒られていた。その記憶が私の頭の中の大半を占めていて、思い出そうとするだけでも暗くて重いドロドロした気持ちが溢れそうになる。


 もっと小さな頃は確かに幸せな思い出もあって、お母さんも私のことを大切にしてくれて、私はお母さんのことが大好きだったのに、それに蓋をしてしまうくらいに辛かったの。


 自分ではちゃんとやってるはずなのに出来ないことも多くて、でもいつもちゃんとやらないからでしょって怒られて悔しかったし、悲しかった。


 私がダメな人間だから仕方ないのかもしれない。


 だけど、だけどね、私がダメな人間だとしても、私がお母さんの理想の子じゃなかったとしても、誰にも認めてもらえなかったとしても、お母さんにだけは認めてほしかったし、お母さんだけは私の味方でいてほしかったよ。


 わがままなのかもしれないけど、ダメな部分も含めてそれが私という人間なんだと認めてほしかった。


 昔のことを思い出しているうちにいつのまにか目に涙がいっぱい溜まっていたらしく、それがポタリと私の描いた絵に落ちて、ケーキやさんがにじんでいく。


 今まではお母さんのことが大嫌いだと思っていたけど、本当は私はお母さんのことが大好きだったんだね。


 だからあんなにも辛かったし、大好きなお母さんに自分という人間を否定されて悲しかったんだ。


 何かが解決したわけじゃないけど、ようやく本当の自分の気持ちに辿り着いて、少しだけすっきりした気がする。


 私は今まで何も分かってなかったんだね。


 自分の気持ちも、お父さんの気持ちも、お母さんの気持ちも、それから……和也くんの気持ちも……。


 クールな雰囲気で女子から憧れられていた圭佑くんも、みんなとは違う自分にずっと苦しんでいた。友達がたくさんいて誰とでも仲良くなれる珠希ちゃんも、本音を話せる友達や恋人がいないって悩んでて……。


 それから、みんなの人気者で劣等感なんて全く持ってないと思っていた和也くんも、みんなが普通に出来ていることが出来なくて一人で苦しんでいた。


 自分以外の人はみんな上手に生きているように見えて、自分だけがダメな人間のような気がしてたけど、私の身近にも苦しんでいる人がたくさんいたんだね。


 私が気がついていないだけで、本当は何かに苦しんでいる人はたくさんいるのかな……。それでも、みんなもがきながらでもどうにか生きていて……。


 私は……? 私は、これからどうすればいいんだろう。どうしたいんだろう。


 諦める? それとも、もがいてみる?

 上手に生きられないのなら、その二つの選択肢しかない。


 今までいつも何かの壁にぶつかると途中で諦めて、逃げ出してきた。だけど、和也くんのことは諦めたくない。


 珠希ちゃんも圭佑くんもすごく応援してくれているし、それに何よりあんなに優しくしてくれた和也くんを傷つけてこのまま謝りもしなかったら、きっと一生後悔し続ける気がする。


 直接話す勇気はまだない。話そうとしても、また失敗するかもしれない。

 だけど、和也くんはメールや手紙は読むことが難しい。


 どうしよう……、どうしたらいいのかな。


 *


 悩んだ末にあることを思いつくと、私は一晩かけて二通の手紙を書いた。


 一通は、お父さんとお母さんへ。


 もう一通は、……

 上手に生きられない彼へ。

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