第22話 好きにならない理由

 それから夏休みも明けて学校が始まったけど、珠希ちゃんはすっかり元気になったみたいで、学校であってもいつも通りの珠希ちゃんに戻っていた。


「始業式終わったら、みんなでカラオケ行かない? 圭佑も和也も今日は部活休みみたいなんだよね。この前のおわびにあたしおごるから。ねっ、いこ?」


 そんな感じで普通に誘ってくる珠希ちゃんに私も安心したし、もちろんすぐにOKした。ただおごりは申し訳ないから断ったけど……。


 *


 始業式が終わった後でみんなでカラオケに来たけど、さっきから珠希ちゃんも圭佑くんもおかしい。


「なんかさ~二人いい感じじゃない? 夏休みの間に何かあったぁ?」


「うん、付き合ってるかと思った」


 私と和也くんがちょっと話しただけで冷やかしてくるし、こんな感じのことばっかり言ってくる。いい感じって、どんな感じなんだろう。

そんなに夏休み前までと違って見えるのかな?


 気になってバラードを歌っている和也くんをチラリと見てみると、和也くんも苦笑いを浮かべていた。和也くんってほとんど画面見ないけど、歌詞全部暗記してるのかな。


「ねえ和也、実際どうなの?」


「もうさっきからおかしいよ、珠希ちゃんも圭佑くんも。和也くんに迷惑だよ」


 歌い終わった和也くんに珠希ちゃんがそんなことを聞くので、さすがに止めに入る。


「俺は別に迷惑じゃないよ。付き合う?」


「え」


 和也くんから予想外のことを言われて、フリーズしてしまう。今、何て……?


「って言っとかないと、月子に失礼?」


「なにそれ、本当に付き合っちゃえばいいのに」


 私が何も答えられないでいると、結局冗談だったみたいでその話も終わり、和也くんと珠希ちゃんは飲み物とってくると笑いながら部屋を出て行ってしまった。


 冗談かぁ……。いや冗談以外ありえないだろうけど……。


「真面目な話、いつ付き合うの?」


 二人が出ていった途端にそんなことを言い出した圭佑くんに、私も歌う歌を探すのをやめる。


「何でそうなるの? 珠希ちゃんだけじゃなくて、圭佑くんまで」


 珠希ちゃんならまだ分かるけど、圭佑くんまでこういうノリは本当に勘弁してほしい。


「お互い好きなんじゃないの? 和也は何とも思ってない子なら、冗談でもあんなこと言ったりしないよ」


「……本当?」


「たぶんだけど」


「たぶんって……」


「じゃあ、絶対」


 じゃあ、ってそんないい加減な。

 

「月子も和也のことが好きなんだよね」


 なんだかテキトーな圭佑くんに呆れていると、今度はそんなことを言われたので、少し考えてから口を開く。


「和也くんはいい人だし、友達としては好きだけど、そういうのじゃないよ」


 和也くんのことは大好きだけど、彼は私にとって憧れの人。


 私の和也くんへの気持ちはファンが芸能人に憧れる気持ちみたいなものだし、それに私が和也くんと付き合うだなんて恐れ多いし……。


「そういうのじゃないって何? 自分では気づいてないだけで、本当は好きなんじゃないの?」


「どうしてそう思うの?」


 私が違うって言ってるのに、何で珠希ちゃんも圭佑くんもこんなに言ってくるのかな。


「月子は男を好きになるし、和也は男だから」


「それはさすがに極端なんじゃ……?」


「和也はいいやつだし、魅力もあると思う。これだけ一緒にいて好きにならないなんて、逆に失礼だよね」


「そう言われてみると、そうかも……」

 

 ん? そうなのかな?

 圭佑くんの謎の勢いにおされて思わず納得しちゃったけど、逆に失礼って。失礼なような気もしなくもないけど、でもそれだと……。


「だけど、その理屈でいくと、圭佑くんも和也くんを好きにならないと失礼、ってことになっちゃうよね?」


「は?」


「だって圭佑くんは男の人を好きになるし、和也くんは男の人だよね。それに和也くんは優しいしかっこいいし......。しかも、私よりも圭佑くんの方がずっと和也くんと過ごす時間が長いし、むしろ圭佑くんの方が和也くんを好きになっちゃいそうだけど」


 それに、圭佑くんがゲイだってことがみんなにバレた時に和也くんは家にまで来てくれたんだもん。あそこまでされたら、私だったら好きになっちゃいそうだけどなぁ。


「なるほどね」


 私が反論すると、少し間があってから納得したように圭佑くんは頷いた。


 なるほどって何? この沈黙はどう捉えればいいの?


 実は和也のこと好きなんだ、とか、そういう意味だったりするのかな。それとも、触れちゃいけない話題だったかな。


「圭佑くん、ごめんね。もしかして、あんまり触れちゃいけなかった? 恋愛系の話題っていうか、なんていうか、その……」


「俺がゲイだってこと?」


 自分から話を振ったものの言い出しにくくて戸惑っていると、あっさりとそれを言われたので、こくこくと無言で頷く。


「別に全然触れてくれていいよ。言われて嫌なことあったら、はっきり言うから。下手に気をつかわれてる方が、逆に気まずい」


 きっぱりとそう言い切られ、なんだかホッとする。


 そうだよね。何を聞いて良くて何がダメなのかは、本人に聞けばいいんだよね。


 圭佑くんは男の子で、しかもゲイっていうどう反応したらいいのか分からない部分も持ってるから、今までの私だったら話しにくいなって感じてたと思う。だけど、圭佑くんは何でも本音で答えてくれるから、すごく話しやすいな。


 むしろいつもクラスで一緒にいる女子よりも、本音で話せてるかもしれない。


 圭佑くんが裏表のないさっぱりした性格だからかな。


「それに、俺も本当は誰かに好きな人の話したいなって思ってたから。俺がゲイだってことは受け入れてくれても、さすがに好きな人の話まで聞きたくないんじゃないかと思ったから今まで話さなかったけど」


「そんなことないよ! 聞きたいよ! 私は圭佑くんが和也くんのことを好きって言っても全然大丈夫だから」


 ためらいがちに打ち明けてくれた圭佑くんに食い気味でいったら、少し引かれてしまった。


 圭佑くんがそんな風に思ってたなんて知らなかったけど、話したいって思っててくれてるなら聞きたいよ。


「言っておくけど、俺が和也のことを好きなんてことは絶対ないから。

月子に言われて確かにと思ったけど、そういう対象として見たことなかったよ。あいつとは一年の時からずっと一緒だから、近くにいすぎて友達としか思えないっていうか」


「そういうものなんだね。そういえば、前デートしたって言ってたけど、その人とはどうなったの?」


 色々あって頭から飛んでしまっていたけど、ふと圭佑くんのデート相手のことを思い出す。


 その時はまだ彼氏じゃないって言ってたけど、結局どうなったのかな。


「……ああ。俺は好きなんだけどね。あっちは他の男とも会ってるみたいで……」


 切なそうな目でため息をついた圭佑くんはいつもとは少し雰囲気が違って、なんだか少しだけ可愛く見える。誰かに恋する、ってこんな感じなのかな。


「そうなんだ……。でも向こうの人も彼氏がいるわけじゃないんだよね? 

それだったら、まだ圭佑くんにもチャンスがあるんじゃないかな」


 こんなえらそうなアドバイスを出来る立場じゃないけど、圭佑くんに元気を出してほしくてどうにかそんな言葉をひねり出す。


「そうだね。そうかもね。もう少しがんばってみるよ」


「うん! 何かあったら教えてね」


 小さく笑みを浮かべた圭佑くんに、私も笑顔でうなずき返す。圭佑くんの元気が出たみたいでよかった。


「俺の話はいいんだけど、そっちこそどうなの? 本当に和也のこと好きなんじゃないの?

それとも何、実は他に好きな人がいたりするの」


 ここぞとばかりに色々と聞かれて、うっ……と言葉に詰まる。


 他に好きな人なんて考えたこともなかったし、もし私が誰か好きな人の名前を挙げるとしたら和也くんしかいないと思う。


 でも、好きなのかな。和也くんのことをそんな風に思っていいのかな。


「他に好きな人なんていないよ。だけど、もし……私が和也くんを好きになったとしても、和也くんと私が付き合うことは絶対ないと思う」


「何でそう思うわけ?」


「だって、私じゃなくても和也くんのことを好きな女の子はたくさんいるんじゃないかな……」


「そりゃいるだろうね」


 圭佑くんにあっさりと肯定されて、やっぱりとうなだれる。


 その中には可愛い子も素敵な子もいるだろうし、和也くんが私を選んでくれるなんて全く思えないし、自信もない。それに、何か引っかかるんだよね。


「でもさ、和也くんって何で彼女作らないのかな? 絶対モテるのに、何かワケがあるのかな? 実は好きな人がいるとか、それとも……もしかして、和也くんもゲイだったりするのかな」


 ずっと気になってたけど本人には聞けないことを思いきって聞いてみると、何言ってんだこいつみたいな顔をされてしまった。


「それはないと思う」


「でも、圭佑くんパターンもありえない?」


 ずっと一緒にいたのに誰も圭佑くんがゲイだってことに気がつかなったし、もしかしたら和也くんもそのパターンもなくはないかなって思ったんだけど、即座にそれも否定されてしまう。


「だから、ないって。だってあいつ、巨乳大好きだし」


 それはあんまり知りたくない情報だったよ、圭佑くん。


 真顔でそう豪語した圭佑くんに、思わず自分の胸を見てため息をつく。全くないことはないけど、どう見ても巨乳ではないよね。


 私、和也くんの理想と全然違う……。


「とにかく和也がゲイだっていうのは絶対ないから」


 圭佑くん、やけにきっぱりと断言するな。


 和也くんがゲイだとしても素敵な人だっていうことには変わりないから、私としてはどっちでもいいんだけど......。あ、でも、もしゲイだったら付き合える可能性全くなくなるってことだから、やっぱりちょっと困るかも。……どっちみち私は付き合えないだろうから、私が困る必要なんてないかな?


「ゲイでもゲイじゃなくても、和也くんだったら私よりももっと素敵な人と付き合えると思う。たとえば、珠希ちゃんとか。和也くんとも仲が良いし……」


「珠希と和也が付き合ってもいいの? 和也の気持ちじゃなくて、月子はどうなの?」


 私の、気持ち……? 質問したのは私なのに、さらに聞き返されて言葉につまる。


 私はもちろん大好きな二人が付き合ってくれたら嬉しい、と答えようと思ったけど、なぜか言葉が出てこない。


 珠希ちゃんならいいこだし可愛いし、さっきの圭佑くんの情報によると、少なくとも私よりは珠希ちゃんの方が和也くんの理想に近いと思う。きっと、お似合いなんじゃないかな。


 だけど、私......。

 この前夜中の学校で珠希ちゃんと和也くんがハグしていたことを思い出すと、胸に重いものが広がっていく。

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