第21話 大切な友達

 手早く支度を終えて外に出ると、当たり前だけど辺りは真っ暗だし、少しだけ肌寒かった。


 夏とはいえ、やっぱり何か羽織ってくるべきだったかな。


 半袖で出てきてしまったことを一瞬後悔したけど、家には戻らずに自転車をこぎ出す。


 何回も出たり入ったりしてるとお母さんたちに気づかれそうだし、それに今は珠希ちゃんが心配。


 たぶんこんな夜遅くに出かけたことは生まれて始めてだからドキドキするけれど、それよりも早く珠希ちゃんに会いに行かなきゃって思うと、自然に自転車を漕ぐスピードも上がる。


 私が学校の自転車置き場につくと、誰もいない真っ暗闇に珠希ちゃんはいた。


 おだんごにしたり、いつも綺麗にアレンジした髪の毛を下ろしている珠希ちゃんは私を見かけると笑みを浮かべ、小さく手を振る。


「つっきー。こんな時間にごめんね」


「全然大丈夫だよ。あの、何かあったの……?」


「ん~大したことないんだけどさ……」


「うん……」


 暗いからあんまりよく見えなかったけど、それでも明らかに元気がないことが分かるのに、それでも無理して笑顔を作ろうとする珠希ちゃんを見ていると私まで苦しくなってくる。


 無理して笑わなくてもいいんだよ、珠希ちゃん……。


「あたし、石川先輩と別れたんだよ」


「えっ」


 石川先輩って、たしかサッカー部の人だっけ。いつのまに付き合ってたんだろう。


 色々気になることはあったけど、今それを聞く雰囲気じゃない気がしたので、黙って珠希ちゃんの言葉の続きを待つ。


「思ってたのと違ったんだって」


「そうだったんだね……」


「誰かに思いっきり愚痴りたかったんだけど、相談しても、どうせまたすぐ好きな人見つけるんでしょ?って言われちゃって~。実際そうなんだけど、あたしこれでも毎回本気で好きな人としか付き合ってないし、毎回本気で凹んでるるんだよね」


「そっか……。ごめんね、私誰とも付き合ったことがないからあんまり良いアドバイス出来ないんだけど、珠希ちゃんが真剣だってことは分かるよ。だから、落ち込むのも当然だと思う」


 付き合った経験がないから想像するしかできないけど、今の珠希ちゃんを見れば本気で傷ついてるんだってことは分かる。


 回数とか頻度とか関係なく、せっかく誰かを好きになってもフラれたらきっと悲しいよね。


 いつも明るくて元気な珠希ちゃんだって、きっと……。


「そだね。へへっ、ありがと!

つっきーに話聞いてもらえて、ちょっとすっきりした」


 私何も良いアドバイスとか出来てないし、これだけで良かったのかな。


 少しいつもの元気が出てきた珠希ちゃんにホッとしたけど、何にも出来てない気がする。


「珠希ちゃんに何も出来てない気がするけど、少しでも元気になってくれたなら嬉しいよ」


「ん~ん、真剣に話聞いてくれただけで十分っ!なんかあたし遊んだり話してる友達はたくさんいるんだけど、真剣な話できる友達ってほとんどいないんだよね。彼氏が出来てもすぐフラれちゃうし、あたし人と深い関係築くのがマジ下手なんだな~って。

先に圭佑に電話したけど今日はどうしても家抜けれないって言われて、そしたらつっきーの顔しか思い浮かばなかった。つっきーはこんな時間に家抜けれるような子じゃないって分かってたんだけど……」


 本当にごめんと苦笑いを浮かべる珠希ちゃんにブンブンと首を横に振る。


「私じゃ何も役に立たないと思うけど、私で良かったらいつでも話聞くし、いつでも会いに行くよ」


 私からすると深い関係じゃなくても友達がたくさんいるだけで尊敬だけど、珠希ちゃんがそんな悩みを抱えてるなんて知らなかった。


 こんな私でも珠希ちゃんの役に立つなら、大好きな珠希ちゃんのためなら何でもしてあげたい。


「つっきー……あ」


 何か言いかけた珠希ちゃんが急に私の後ろを指差したので、私もそちらの方を振り向く。


 ……!? な、なんで和也くんが……?

 

 そこにいたのは、息を切らしながら自転車を引く和也くんで、無駄に髪の毛を整えてしまう。へ、変じゃないよね?


「圭佑から電話もらって、あいつがこれないっていうから代わりにきた」


「それで、わざわざきてくれたの?

も~……、つっきーも和也もいい子すぎ。二人とも大好き」


 自転車を止めた和也くんがこちらに近づいてくると、珠希ちゃんは感激したように口をゆるめ、隣にいた私を抱きしめる。


「ひゃ、ひゃあっ」


 突然だったから、思わず変な声が出ちゃった。私が動揺している間に、珠希ちゃんは和也くんの方に行って、今度は和也くんにもハグする。


「ありがとう、和也」


「何があったのか分からないけど、友達が困ってるなら来るよ」


 あ……。珠希ちゃんからのいきなりのハグに困ったような顔をしながりも、珠希ちゃんをぎゅっとしてあげてる和也くんを見て、なぜかモヤモヤしたものが私の胸の中に広がっていく。


 こうしてみると、美男美女ですごくお似合い。だけど、なんだろう。なんか嫌だな……。


 もしも、珠希ちゃんが和也くんを好きになったらどうしよう。珠希ちゃんみたいに可愛くて明るい子に好かれたら、和也くんだって珠希ちゃんを好きになるかもしれない。


 今までその可能性は考えもしなかったけど、考えてみたら珠希ちゃんが和也くんを好きになったり、和也くんが珠希ちゃんを好きになる可能性だって当然あるよね。


 和也くんも珠希ちゃんもすごくいい人だし、大事な友達。その二人がお互い好きになって付き合うなら私にとっても嬉しいことだし、反対する理由なんてないはず。


 それなのに、どうして今一瞬嫌だと思っちゃったんだろう。


 親しげに話す珠希ちゃんと和也くんを見ていると、なぜだか不安と小さなモヤモヤが押し寄せてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る