第17話 憧れと恋の違い

「せっかくここまできたんだし、二人でも遊ぼうよ。さっき見たい映画あるって言ってなかった?」


「う、うん。これ見てみたかったんだ」


 二人がこれないのは残念だけど、と言いながらも笑顔を見せてくれた和也くんに、今日上映している映画タイトルのうちのひとつを指さす。


 いきなり和也くんと二人なんてさすがに緊張するから無理だと思ったけど、映画ならあんまりしゃべらなくてもいいから大丈夫かな?


「これ、字幕?」


 海外もののラブコメが見たいというと、なぜか和也くんは固まってしまった。


「? そうみたいだね。

前から見てみたいなと思ってたんだけど、もし和也くんが違うのが見たかったから、別の映画でも全然大丈夫だよ」


 和也くんは、こういう映画はあんまり好きじゃなかったかな?

 ラブコメは興味なかったかな。

 それとも、日本の映画の方が良かったのかな……?


「いや、俺は特に見たいのないから、それでもいいよ」


 う~ん……あんまり見たくなさそうだけど、気を使ってくれてるのかな。


「私どうしてもこれが見たいってわけじゃないし、本当に他のでもいいよ。和也くんは何が見たい?」


 和也くんはいいよって言ってくれたけど、どうしても絶対にこれが見たい!というわけでもないし、興味のないものに付き合わせるのも申し訳ない。


 そう思って和也くんに聞いてみると、和也くんは困ったように眉を下げる。


「ごめんな。字幕が苦手なんだ」


 え……? 海外ものやラブコメが苦手なんじゃなくて、字幕が苦手?


 ……そっか。和也くんがあまりに困ったような顔をするから一瞬不思議に思ってしまったけど、よく考えたら全然おかしくはないよね。


 私は演じている俳優さんの声も含めて聞きたいから、むしろ吹き替えの方が苦手なんだけど、逆の人も当然いるはず。字幕だと入り込めないとか、やっぱり日本語で聞きたいとか、和也くんもそうなのかな。


「あのさ、実は俺、」


「そうなんだね。吹き替えはないみたいだし、違うのにしよっか。これなんてどうかな?」


 せっかくだから、どちらかが苦手なものより二人とも楽しめるものがいいよね。


 漫画が原作のものを指差したけど、ちょうど和也くんと声が被ってしまった。


「あ、ごめんね、今何か言いかけてなかった?」


「あ~……何言おうとしたか忘れた。

たぶんどうでもいいことだから大丈夫」


「でも……」


 どうでもいいことにしては、真剣な顔してたような……。忘れたって言ってるし、本当にささいなことなのかもしれないけど、妙な胸騒ぎがして聞いてみると、笑ってごまかされてしまった。


「漫画原作のやつにしようか。俺もちょうど見たいと思ってたんだ。チケット買ってくるよ」


「じゃあお金、」


「いいよいいよ、ついでだし」


「え、でも悪いし……」


「じゃあさ、飲み物頼んでいい?」


「あ、うん、それなら……」


 結局和也くんは私の分のチケットまで買ってくれたけど、よく考えたらチケットより飲み物の方が明らかに安いよね。良かったのかな……。


 それに、さっき言いかけてたことって何だったんだろう。


 そのことがしばらく引っかかっていたけど、映画が始まるとそれに夢中になってしまい、気になっていたこともいつのまにか忘れてしまっていた。


 *


 二時間近くの映画が終わり、上映していたところから外に出ると、なんだか少しまぶしく感じた。


「面白かったね。月子は原作見たことある?」


「うん、一応原作も全部見たよ」 


「そうなんだ。原作とは多少変わってたりした? ほぼ同じ展開だと、先の展開分かっちゃうよな」


 ネタバレされると俺は見れなくなりそう、と歩きながら話す和也くんに、私も歩きながら答えを考える。


「う~……ん……」


 そういえば、あんまりそういうことを考えたことなかったな。


 私は原作や元ネタ知ってたりすると、派生も見たいなと思うけど、同じ本は何回も読めない人もいるよね。私だって、何回も同じ展開だと飽きてきちゃうかもしれないし。


「推理ものだったらネタバレしちゃうと見れなくなりそうだけど、そうじゃなかったら私は大丈夫かな」


 しばらく考え込んだ後にようやく答えると、和也くんは一瞬不思議そうな顔をしたけど、それから急に笑顔になった。


「な、なに? 何か変なこと言ったかな?」


「いや、月子ってたまにワンテンポ遅れる時あるよな。最初一緒に学校に帰った時とかさ、なかなか返事返ってこないから俺嫌われてるのかな~って実はちょっと焦った」


 微笑ましそうに私を見る和也くんだけど、その言葉がぐさりと胸に突き刺さる。


 ワンテンポ遅い、かぁ……。

 昔はそんなようなことをよく言われたな。


 相手から言われたことにじっくり返事を考えていると、ねえ聞いてるの?とか無視?とか。


 最近は自分でも意識して早く受け答えするようにしてるけど、今度はおかしな発言をしてあとで後悔することもたくさんあるし、つくづく私って人と話すことが向いてないんだと思う。


 言われたことが理解できていないわけじゃないし、無視してるわけでもないのに、私が考えてるうちに周りの子はどんどん先に進んでいっちゃうし。


 私が1つのことに囚われているうちに、まわりはどんどん他のこともこなしていく。

 

 何か言わなきゃと思うほどに、よけい言葉が出てこなくなる。


「答えるの遅くてごめんね」


 何でもっと上手に話せないんだろう。

 何でみんなみたいに普通に話せないんだろう。


 反応もワンテンポ遅れちゃうし、遅れないように気をつけると突拍子もないことを言っちゃう。


 あとから考えれば、あのときはもっとこうするべきだったとわかるのに、その場では上手く反応できないの。人と上手くコミュニケーションがとれない。 


 やっぱり私って、何か脳に障害でもあるのかな。


 せっかく和也くんと一緒にいるのに、また自分の殻に閉じこもってしまう。


 がんばらなきゃ普通にしなきゃって思うのに。

 何でできないの?  

 こういう時、本気で自分が嫌になる。


 一人で泣きそうになっていたけど、そんな私に和也くんは優しく笑いかけてくれた。


「だから、何で謝るんだよ~。俺は月子のそういうとこ気に入ってるけどな」


「……え?」


「最初は無視されてるのかなって思ったけど、最近はそれが月子のペースなんだなって分かってきたし、面白い子だなって思ってるよ。何て答えるのかなって、ワクワクしてる」


「おもしろ、い?」 


 こっちが気持ちよくなるくらいの笑顔で予想外のことを言われて固まってしまう。だって、コミュニケーションひとつ満足にできない私が面白いだなんて……。


「うん、月子みたいなタイプの子と今まで友だちになったことないから新鮮だよ。あ、でも、月子は本気で悩んでた? 前も上手に話せないって言ってたよな。ごめん、無神経だった?」


 何も答えないでいると、和也くんは急に焦ったように謝ってくる。どうして和也くんはこんなに優しいんだろう。


 明るいだけじゃなくて、優しくて、ちゃんと人の気持ちが考えられる人で、私にはまぶしすぎるよ。


「ううん、むしろ笑ってくれてありがとう」


「ありがとう?」


「人によっては笑い事で済むんだと思うと、気が楽になったよ」


 和也くんの何気ない一言で、表情で、いつも励まされるよ。悩んでることなんてバカバカしくなるくらいに、和也くんのたった一言で心が温かくなる。

 

「やっぱり和也くんは、私の憧れの人だよ」


 遠くから見ていた時も、みんなの人気者でとにかく目立つ人で憧れていた。


 だけど、和也くんのことをもっと知ると、私が思っていたよりももっともっと素敵な人なんだと気づいたよ。


 知れば知るほど、和也くんのことが好きになる。見ていただけの頃よりも、ずっとずっと和也くんが好き。


 そう思ったら、自然とそんな言葉が口から出ていた。


「やっぱり? 憧れって? それ、どういう意味で?」


「え? あ!そういう意味じゃなくて!

いつも明るいし、優しいし、完璧だし、和也くんみたいな人が目標っていう意味?」


 そういう意味って、どういう意味だろう。


 自分でもよく分からないけど、照れているような不思議そうな表情の和也くんを見て、なんだか誤解を与えたような気がしてどうにかごまかす。


 誤解……でもないかもしれないけど……。

 でも、憧れっていっても変な意味じゃない。


 私の和也くんへの気持ちは、珠希ちゃんが言ってくるような恋愛とかじゃなくて、純粋な憧れだもん。


「ああ、そういう意味。月子は俺のこと買いかぶり過ぎだよ。俺はそんなに出来た人間じゃないよ」


 和也くんは苦笑いでそう返したと思ったら、今度は神妙な顔をする。


「私からしたら、和也くんは完璧だよ」


「完璧なんかじゃないって。だって俺……」


 急にうつむいてしまった和也くんに何て声をかければいいのか分からなくて、黙ってその言葉の続きを待つ。和也くんも何か悩みがあるのかな……。


「頭も悪いし?知ってるだろ~?」


 深刻そうな顔をしていたと思ったら、急にニカっと笑った和也くんにそんなことかぁと思ったと同時にホッとする。そんなこと、でもないかもしれないけど、でも……。


「そんな!全然気にならないよ!」


 私なんて運動神経悪いし、要領も悪いし、人と話すの苦手だし、欠点だらけ。


 だから、多少テストの成績が悪いくらいの和也くんはやっぱり完璧に見える。


「……はは、ありがと。そう言ってくれるなら嬉しいよ。そういえばさ、俺月子に聞きたいことあったんだ。あ、でも、聞いていいのかな、これ」


 この話はこれでおしまい、とでも言うように話題を変えられてしまったけど、聞きたいことってなんだろう。


「もちろん大丈夫だよ。答えられることなら、何でも答えるよ」


「じゃ、聞くな。月子って、圭佑のこと好きなの?」 


「ええ!? 何で?」


 やけにマジメな顔で聞くから何かと思ったら、私が圭佑くんを好き?

 何でそうなったの? さすがにそれは予想外だよ。


「違うの? 圭佑のことかばってたって聞いたし、あのとき泣いてたから、てっきりそうなんだと思ってた」 


 なるほど……。言われてみれば、そう捉えられても不自然ではないのかもしれない。


 普段から積極的に男子とも話してたならともかく、特に親しくもなかった圭佑くんへの私の行動は明らかに普段とは違ったよね。でも、本当にそういう感情はないんだけどな。


 好きは好きだけど、圭佑くんのことをそういう目で見たことはなかった。


「友達としては好きだけど、そういう目で見たことはないよ」


「そっか、よかった」


 はっきり否定すると、ほっとしたように笑った和也くんに本当だよねと同意する。


「そうだよね。圭佑くんは男の人しか好きにならないから、もし私が好きになっても絶対片思いだもんね」


 女子を好きになる人でも両思いになれるとは限らないのに、そもそも男子しか好きにならない人なら、好きになっても最初から可能性0だもん。


 圭佑くんはいい人だし、素敵な人だと思う。 だけど、もし好きになったとしても、最初から見込みがないのはさすがに悲しすぎるよね。


「そういう意味で言ったんじゃないんだけどな」


「え?」


 また何か間違えた?

 今の発言、圭佑くんに対して失礼だった?

 でも、特に失礼なことも言ってないよね?


 和也くんの苦笑いの意味を考えてみるけど、どこに間違ってた要素があったのか分からない。


「まいいや、行こ」


 え? 腹減ったしなんか食べに行こうと、ごく自然に私の手をとった和也くんにびっくりして、思わず足をとめる。


「どうした?行かないの? 腹減ってない?」


「あ、お腹は空いてるけど……、ううん、行こっか」


 不思議そうな顔の和也くんに、作り笑顔を浮かべてぎこちなく足を進める。


 え? なんで? だって、手が……え?

 全然嫌じゃないけど、でも単純に意味が分からない。


 いつもはよけいなことばっかりを考える頭も、今は繋がれた手のことしか考えられない。


 なんか手に汗をかいてきた気がするし、心臓の音がやけにうるさいし、私の心臓の音が聞こえないか心配。


 映画館のある三階からレストラン街のある一階まで、なんだか長いようなあっという間のようなよく分からない時間を過ごした。


「何食べたいものある?」 


 今日は平日だけど、夏休み。それにくわえてお昼の時間帯ということもあって、ご飯を食べるところもそこそこ混みあっている。


 パスタやラーメン和食、他にも色々あって、わりと何でもあるけど……。正直食べるものよりも、繋がれたままの手が気になってそれどころじゃない。


 夏になって日焼けした和也くんの大きな手。

 ぎゅっと繋がれたままの手にドキドキして、何も考えられない。


「私は何でも……。ごめん、その前にちょっとトイレ行ってもいい?」


「うん、じゃあここで待ってる」


 和也くんの手を離すと、和也くんは私に笑顔で手を振る。


 ようやく離された手にほっとしたようなさみしいような複雑な気持ちになりながら、トイレを探した。

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