第9話 カミングアウト

「おはよう」 


「あ、圭佑。おはよう!」


 張本人の渡辺くんがようやく教室に入ってくると、一気に教室の中にピリッとした緊張感が走る。

 渡辺くんはいつも一緒にいる子たちに声をかけたけど、前田くん以外誰も返事を返さない。 


「なに? どうかしたの?」  


「それがさ、こいつらがお前がゲイだとか意味不明なこと言ってるんだよ。違うよな?」 


 前田くんがゲイという単語を発した瞬間、渡辺くんが息をのむのが分かった。

 男子も女子も完全によそよそしい空気で、渡辺くんと仲の良かった男子たちでさえも彼と目を合わせようとしない。


 うう……、もうこの空気に耐えられないよ……。

 人のことなのに、この場にいるだけでつらくなってくる。

 

 渡辺くんはしばらく黙りこんでいたけど、男子たちの顔をちらっと見たあとに、観念したようにゆっくりと口を開く。


「……違わないよ。俺はゲイだ」 


 そんなに大きい声ではなかったけど、はっきりとした口調でそれを言った渡辺くんは堂々としていて、私の目にはとてもとてもまぶしく見えた。


 こんな風に堂々と認められるなんてすごいな……。


 渡辺くんのカミングアウトで教室の中は一瞬シーンとなったけど、すぐにざわざわし始める。


「マジかよ……」


「やっぱりそうだったんだな」

 

「今まで俺らを騙してたってこと?」


「そういう目で見てたってことだろ?

ナイわー」 


「ちょっと、やめなよ……っ」


 教室の中からたくさんの声と視線が渡辺くんに向けられて、なぜか関係のない私の心臓がバクバクしてきた。


 悪意、偏見、憎悪、同情。

 みんなのたくさんの感情を向けられ、渡辺くんは唇をぎゅっと噛みしめる。


「……俺だって。俺だって……っ、好きで同性愛者に生まれたわけじゃない!」


 渡辺くんは悲痛な声で叫ぶようにそう言って、そのまま教室から飛び出していってしまった。


 あ……、いっちゃった……。

 誰も、追わないのかな……。


 ちらりと渡辺くんと一番仲がいい前田くんを見てみたけど、とても追いかける様子もない。

 渡辺くんが教室を出ていってからみんなが色んなことを言い出したけど、前田くんは何も言わずに椅子に座って頭を抱え込んでしまっている。


「あいつこれから学校どうするのかなー」


「こんなことあったらフツーこれねーよな」


「こっちとしてもきてほしくないし」


 そんな……、学校もきちゃいけないの?

 そんなにいけないことなの?

 人を殺したわけでも、誰かを襲ったわけでもないのに、そんなにいけないことなの?


 普通と違うのは、そんなにいけないことなの?


「今まで普通の顔で俺らに混じってたなんてコエーよな」


「正直騙された気分だわ」


 普通の顔でみんなに混じってたって……。

 ひとつみんなと違うことがあるだけで、そんな風に言われなきゃいけないの?


 もう、聞きたくないよ……。


 まるで自分に言われているような言葉の数々を聞いていられなくて耳をふさぐ。それどころかこの空気にももう耐えられなくて、勢いで教室を飛び出してしまった。

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