第2話 一人反省会
やっぱり、さっきの発言は失敗だったかな。
「今日は四月十四日だから~、前田!」
ホームルームが終わって一時間目の授業が始まっても、まだ私はさっき友達に言われたことを考えていた。
私はいつもそう。
はじめは上手く取り繕っても、すぐにボロが出る。みんなに嫌われる。
「え-! 俺? 十四日関係なくない?」
「いいから! 23ページ」
先生に教科書を読むのを指名された前田くんが席を立つのをぼーっとみながらも、頭の中は止まらないザワザワでいっぱいだった。
あんなささいなことを気にする必要ないって分かってるのに、今日も頭の中のザワザワが止まらない。
授業に集中してない人は他にもいるかもしれないけど、いつまでもこんなにどうでもいいことを延々と考えてるのは私くらいだよね。
やっぱり私はどこかおかしいのかな。
ちょっとしたことで涙が出そうになるし、一度考え始めると止まらなくなる。
昔から人の輪に入るのも、友達を作るのも苦手だった。
体育の授業で二人ひと組作る時も大体余ってたし、仲間に入れてって言うことも苦手。
なんとか友達を作れても、グループに入れても、いつも私はどこか微妙に浮いてる。さっきみたいに……。
「……そ、その……と、……とき? ……た、なかは.……にん……にん、げんに……」
前田くんがつっかえながら国語の教科書を読んでいても、教科書の内容が全く頭に入ってこない。
過去の辛い思い出や失敗したこと、マイナスのことばっかりが頭の中でずっとぐるぐる回ってる。
さっきのこととは全く関係ないのに、どうでもいい小さなことまで次々に浮かんできて、それが頭の中にこびりついて消えてくれない。
何であの時こんなことを言ってしまったんだろう。何でもっと上手くやれなかったんだろう。何回同じ失敗すれば気が済むんだろう。
そんなことばかり考えて、延々と一人反省会をしてしまう。
今さらそんなこと考えてもどうしようもないって自分でも分かってるのに、頭の中のザワザワは何度も何度も私を責め続ける。
いつまでもどうでもいいことを気にしたくないのに、何で授業中にまでこんなこと考えてるんだろう。何度頭の中のザワザワを消そうとしても、無理に違うことを考えようとしても、いつもこのザワザワは消えてくれない。
どうしていつもこんなに不安で不安でたまらないの?
「おいおい! そこは人間じゃなくて、入り口だよ!一体どうしたら、人間なんて読めるんだ。しっかりしてくれよ」
え……? 人間……?
「和也、相変わらず本読むの下手だよな!
入り口を人間って間違えるやつ、いなくね?」
呆れたような先生の指摘に前田くんの声が止まると、すぐに前田くんをからかう男子の声が聞こえてきた。
一瞬で意識が戻って、教科書を読んでいた前田くんを見る。私の席からじゃ前田くんを見ても後ろ姿しか見えないけど、前田くんはなぜかすぐに笑い声を上げた。
「ば~か! わざとやってんだよ。
つまらない授業に笑いを提供しようと」
「つまらない授業とは何だ!
そんな前田のために面白い課題をたっぷり出すから、後で職員室にきなさい」
さっきからかった男子に向けられた前田くんの発言に先生が反応し、特別に課題を出されることになった前田くんにクラス中が笑いに包まれる。
「次、大谷。
続きから読みなさい」
笑いがおさまったあと、前田くんの後ろの席の大谷くんを先生が指名すると、大谷くんは立ち上がって教科書を読み始める。それから、何事もなかったかのようにいつもの授業中の空気に戻って、滞りなく授業は進行していく。
やっぱり、前田くんっていいな。
この高校に入ったのもスポーツ推薦らしくて、成績はあんまり良くないみたいだけど、そんなことは気にならないくらいに私から見ると完璧な人。
失敗してもさらっと流せちゃうのがすごい。失敗しても、すぐに切り抜けることができて、頭の切り替えが早くて……。
私も……、前田くんみたいな人になりたかった。
私がさっきの前田くんみたいな立場だったら、きっと上手く切り抜けられない。もし私だったら、何であんな失敗しちゃったんだろうって後で何回も何回も思い出して、延々と自分を責めるだけ。
一ヶ月たっても二年たっても忘れられない「失敗リスト」として加わるだけ。
いつもそう。
大きな失敗も、小さな嫌なことも、何年たっても忘れることができないんだ。もういつからかは忘れたけど、ずっとずっと自分を責め続けることから解放されない。
たとえば、高校に入ったばかりに始めたファミレスのバイト。
主婦のパートの人に嫌われて、いづらくなって結局すぐに逃げるようにやめてしまった時に言われたことも、まだはっきりと覚えてる。
ちゃんと考えて行動してる?
一体何しにバイトきてるの?
やる気がないのなら、きてもらっても困る。
私だって手を抜いてたわけじゃない、ちゃんとやってたつもりだった。
たぶん要領が悪くて仕事が遅かったから、その人にはやる気がないように見えたんだと思う。だけど、それが上手く伝えられなくて、嫌われた。
いつも、いつも、そうだ。
いつも、私は嫌われる。
要領が悪いから。
面倒なところがあるから。
みんなと同じようにできないから。
だから、自分の親にさえ嫌われる。
何でこんなこともできないの?
みんなできてるのに、恥かかせないで。
自分の親にさえ、そう言われるんだよ。
勉強は、そこそこできた。
本を読むのは好きだった。
読書感想文と絵のコンテストで賞をもらったこともある。
だけど、私は小さな頃から要領が悪くて、人と関わるのが苦手で、友達作りも下手だった。
得意なことがあっても、みんなが当たり前にできることが一つでもクリアできないと、もうそこで認めてもらえない。「ダメな人間」の烙印を押されてしまう。
私だって好きで要領が悪いわけでもないし、わざと人をイラつかせてるわけじゃないのに……。
何でもっと要領良く生きられないんだろう。
何で嫌われないように、もっと上手く立ち回れないのかな。
何で私はこんなにダメな人間なの……?
ぎゅっと胸が詰まったみたいに苦しい。
頭の中のザワザワはどんどん強くなってくるし、目の前がぼやけてきた。
もう、無理かも……。
ずっと我慢してたけど、限界を感じて静かに立ち上がる。
大谷くんの教科書を読む声が静かな教室に響くなか、素早くかつなるべく目立たないように、先生のいる教壇に向かう。
「どうした?」
すぐに私に気づいた先生に小声で問いかけられ、私は先生よりももっと小さい声をしぼり出す。
「……体調が悪いので、保健室に行ってきてもいいですか……」
「ん? ああ。……じゃあ、誰かついていってやれ」
「一人で大丈夫です」
先生に許可をもらうと、付き添いを断って逃げるように教室を抜け出した。
……また逃げちゃった。
バイトも、学校も、友達からも、いつも怖くなって逃げてしまう。
こんなんじゃダメだって分かってるけど、これ以上失敗するのがこわくてこわくてたまらないの。
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