みんなみたいに上手に生きられない君へ

春音優月

第1話 上手に生きられない私

 特別なことなんて何もいらないし、望まない。


 みんなみたいに「普通」に生きていきたいだけなのに、私は、小さな頃からみんなみたいに上手に生きられないダメな人間だった。


 どうしたら、みんなみたいに上手に生きられますか……?



 高校二年生になって、新しいクラスになってから一週間が過ぎ、なんとなくいつも一緒にいるグループも決まってきた。


 私もどうにかグループに入れたけど……。


 特別仲が良い子がいるわけじゃないけど、あぶれたくはない。そんな気持ちで同じグループの子と一緒にいる私は、いつもみんなの話題についていくのに必死だった。


「ねえねえ、月子は誰がいいと思う?」


 一時間目が始まる前の朝の時間、誰もいない廊下で同じグループの友だちと話していたら、自然とそんな話になった。


 好きな人がいるとかいないとか、同じクラスだと誰がいいとか。


 いつものように話に入るタイミングを失って、ぼーっとみんなの話を聞いてたけど、急に話を振られたから慌てて口を開く。


「え、わ、私は……前田くん、かなぁ」


 あんまり男子と話さないから、みんなみたいに誰が良いとか好きとか特別意識したことはなかったけど、誰と言われて思いつくのは一人しかいない。


 今年から同じクラスになった前田和也くん。

 去年は隣のクラスで話したこともなかったけど、実は去年から密かにいいなと思ってたんだ。


 前田くんはサッカー部のエースで、顔もかっこ良くて、とにかく目立つ人。 

 誰が見ても人気あるだろうなって人だけど、私が前田くんの一番いいなと思うところは、嘘がなさそうな気持ちの良い笑顔だった。


 好きっていうよりも、憧れに近いのかもしれない。彼みたいな人になれたら……って。  

 人と話すのも笑うのも苦手で、目立たなくて地味な私にとって、和也くんはまぶし過ぎるくらいに素敵な人。


 私が前田くんの名前を出すと、その場にいた全員がいいよねと同意する。


 やっぱり前田くんって人気あるんだな……。

 当たり前だけど、みんなの反応を見て改めてそれを実感してしまう。


「前田カッコイイし、月子がいいと思う気持ちも分かるけどね。でもね~……私的にはあんまりオススメできないかなぁ」


「あ、うん。そうだよね。

前田くんモテそうだし、彼女くらいいるよね」


 グループの一人の子が気まずそうな顔でそう切り出され、私も苦笑いを浮かべる。


 彼女がいなかったとしても、あの前田和也くんだもん。前田くんを好きな子はたくさんいるだろうし、そもそも同じクラスっていうことしか接点もないし、手の届かない存在だよね。


 好きとか付き合いたいってよりも、私の前田くんに対する気持ちは芸能人に対する憧れみたいなものだから、もし前田くんに彼女がいたとしてもそこまでショックじゃない。


「そうじゃなくて、彼女はいないみたいなんだけどね。うーん、なんていうか……」


 やっぱり友達は言いにくそうに口ごもる。


 彼女がいないなら、何だろう?  

 どっちみち彼女がいなかったとしても、私じゃ無理だろうけど……。


「私、前田と中学同じなのね。

それで、中学からあんな感じで目立ってたから、当然人気あったたんだけどさ」


 少しためらった後に友達が話し出すと、私以外のみんなも興味津々といった感じで身を乗り出す。


「ラブレター渡した子が読みもしないでその場で突き返されたり、メール送っても全然返事なかったり、きても一言だけだったりするんだって。とにかくハンパなく冷たいみたいなのよ」


「え~うそ~? 全然そんな感じに見えないのにね。てか今時ラブレター書く人とかいるんだ」


「私、去年前田くんと同じクラスだったけど、それ聞いたことあるかも。トークアプリで長文送っても、既読スルーとかスタンプしか返ってこないって」


「それでみんな脈ナシってあきらめちゃうの?

女嫌いなのかな?」


「え~? 教室では普通に話してるし、友達もいるみたいだよ?」


「じゃあ、やっぱり実は彼女がいるんじゃない?それか好きな人がいるとか?」


「にしても冷たすぎない? そんな人だと思わなかった。ショック~」


 私が何か言う前に、みんながいっせいに色んなことを言い出したので乗り遅れてしまった。


 本当なのかな?

 ラブレターとかメールを読んでもくれないの?


 前田くんはクラスでもいつもたくさんの友達に囲まれてるし、明るくて誰とでも気さくに話すから、全然そんな風に見えないけど……。


「前田くんもいいけど、渡辺くんもよくない?」


「あ~たしかに! あたしもちょっと思った」


「前田くんとはまた違うタイプだよね」


 私が一人で色々考えている間に誰かが渡辺くんの名前を挙げると、前田くんの話題からあっさりと渡辺くんの話題に変わった。気づいたら、いつも話題変わってるんだよね……。


 渡辺圭佑(わたなべけいすけ)くんも今年から同じクラスになったけど、前田くんと同じサッカー部だからか仲が良いみたいで、いつも一緒にいる。


 渡辺くんはクールな雰囲気で、明るくて元気な前田くんとはまた違うタイプだけど、渡辺くんが人気あるのはなんとなく分かる気がするな。


「あ、でもさ~、渡辺くんって保健室の先生と付き合ってるって噂あるよね」


「ね~。絶対付き合ってるよ。じゃなきゃあんなに保健室行かないよね~」


「か、体が弱いとか……?」


 とんでもない方向に話が発展しそうになったので、一応さりげなくフォローを入れてみたけど、え-!とみんなから不満げな声を出されてしまった。


「サッカー部のレギュラーで活躍してるよ?

体育の授業も普通に参加してるし」


 う~ん……。それなら、体が弱いってことはない、のかな? 運動はできても、持病がある可能性もなくはないけど……。


「でも、保健室の先生ってたしか結婚してなかった?」

 

 保健室の先生はまだ二十代くらいだと思うんだけど、たしか去年産休から復帰したって全校集会の時に挨拶してたような気がする。先生は美人だったし、学校新聞みたいなのに載ってたから、よく覚えてる。


「そう、だから不倫だよね」


「今流行りの?」


「旦那かわいそう~」


 ふ、不倫?

 不倫に流行りとかあるのかな。


 かわいそうと言いながらもどこか楽しそうに話すみんなを見て、そういえば昨日のテレビでも芸能人の不倫報道をしていたことを思い出す。


 芸能人はともかく、同じクラスの男子が不倫なんて、まさかそんなこと……。


「渡辺くんも女子に興味なさそうに見えて、実は年上好き?」


「てか、人妻好き?」


「先生ってだけでアレなのに、不倫とかキモイよね」


 ……なんかやだな、こういうの……。

 前田くんにしても渡辺くんにしても、みんな大して知ってるわけじゃないのに、陰でアレコレ言うのって、聞いててあんまり良い気はしない。


 みんなもきっとそこまで悪気があって言ってるわけじゃないと思う。その場のノリみたいなのもあるし……。


 それに、私だって渡辺くんと仲が良いってわけでもない。だから別にかばう必要もないし、みんなが言っていることが合ってる可能性だってあるんだけど……。


「で、でも! まだ不倫って決まったわけじゃないよね?」


 この空気に耐えきれずについそんなことを言っちゃったけど、一斉にしらけたような視線を向けられてしまった。


 そんなに変なこと言ったかな……?


「そうだけど~。もし不倫だったら、幻滅だよねって話」


「もし不倫だとしても何か事情があるのかもしれないし……。純愛かもしれないし……」


 たしかに不倫はいけないことかもしれないけど、そこにどんな事情があるのかなんて結局は本人にしか分からないのに、関係ない私たちがそんなに叩くことかな?


「もうよくない? この話」


「まだ引っ張るの?」


「不倫で純愛ってどんな?」


「どんなって、分からないけど、先生の旦那さんがひどい人で渡辺くんが相談にのってるとか……。とにかくそういうのは本人たちにしか分からないことだから……」


 だんだん自分でも何が言いたいのか分からなくなってきた。二人は飽きてるというか呆れてる感じだし、残りの二人も意味不明って顔で私を見てる。


 そんなにおかしいこと言ってるかな?


「みんなが間違ってるって言ってるわけじゃないよ。ただ私はそう思うって、だけで……」


 誰も同意してくれずになんだか微妙な空気になってしまったので、付け足すようにそう言ってみると、肩をすくめて苦笑いを返された。


「月子ってたまにメンドクサイよね」


「分かる、すぐムキになるよね」


 笑いながら冗談のように言われた言葉がグサリと私の胸に刺さる。


 きっとそこまで深い意味なんてないはず。

 でも、……。


「別にムキになってるわけじゃ……」


 言われた言葉に動揺してしまって、上手く言葉が出てこない。


 私、また失敗した? また嫌われた?

 どうしよう……、何で私っていつもこうなんだろう……。


「おはよ!」


 なんかもう色んなことが嫌になってきて絶望してると、後ろから元気な声が聞こえてくる。

 振り向くと、笑顔で大きく手を振る前田くんと、その隣で小さく頭を下げる渡辺くんがいた。みんなも挨拶を返すと、二人はすぐに教室に入っていく。


 さっきまで噂話をしていた前田くんと渡辺くんが教室に入るのを見送ると、私たちも自然と教室に入る流れになる。


「月子?入らないの? 先生きちゃうよ」


 さっさと教室の入り口に向かうみんなを見ても、一人足を動かせずに固まっていると、声をかけられてようやく我に返る。


「あ、うん。だよね、入る入る」


 なんだかな……。

 これが「普通」なのかな。


 さっきまで前田くんや渡辺くんの噂をしていたことも、私にメンドクサイって言ったことも、みんな気にしてないみたい。まるで何もなかったかのように振る舞ってる。


 私が気にし過ぎなのかな、色んなこと。

 さっきの発言でみんなに悪く思われたかな、とか、そんなに気にする必要はないのかな。


 ……どう考えても、私の気にしすぎだってことは分かってる。別にただの世間話だって、さらっと流すことなんだよね。


 それはよく分かってるんだけど、いつも私はちょっとしたことに囚われて、一度考えはじめるとなかなか抜け出せなくなる。こんなささいなことをいつまでも気にしたくないのに……。


 本気で私ってメンドクサイ人間だよね。

 ちゃんとしなきゃ、普通にしなきゃ。

 みんなと同じように何でもない顔しないと。


 ドンヨリした気持ちを振り払うように作り笑顔を作り、みんなの後を追って教室に入る。

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