3:AYRES_SIDE

ダメだ、とても追いつけない。


さっきから全速力で急降下してるのに、全くもって背後の間合いに入れない。

それも当然なんだ、ボクを蹴る時ハヤブサは既に最高速だった。そこから加速して追いつけるわけない。

でも、止まれば急降下攻撃を受ける。その時太陽を背にされれば目視もできない。

追うしかない。とにかく追って追って、一瞬の活路を見つける。


「アイレス、離されないことは褒めてやる」


ハヤブサの声が聞こえる


「っ!!」

「だが、私に最高速度を出させたお前に勝機は無い_


_数秒後にお前は堕ちる」


その瞬間、ハヤブサの体が大きく上方へブレる。

ボクの視線よりも速いその翼は、一瞬で視界から消える。


「!!!」


頭上から、自分を狩ろうとする者の声を聞く。

見なきゃ、いや、今から上を向いても間に合わない。

恐らく宙返りの回転を足に乗せ、上方から頭部を狙っている。

タイミングは、勘しか頼りにならない。



バチィッ...!!!



一撃でシールドを破壊するだろう爪が、肩をかすめた。

シールドがきしむ音が響くが、クリーンヒットを避けたため寸での所で持ちこたえた。


「...悪運が良いな」

「そうだね、それに関しては生憎自信が有るよ」

「虚勢は結構。だが次で終わりだ」

「...」


ボクら猛禽は一度攻撃をし損じたところで諦めない。

速度が殺されない限り、何度でも高速の蹴りを叩き込んでくる。

対象を、狩るまで。

ボクが猛禽なのだから、嫌と言うほどわかる。


更に旋回するハヤブサは、休む暇をくれそうにもない。


仕方ない。このままジリ貧を続ければ、負けは確定。

ギャンブルには絶好のチャンスだ。


狩られる恐怖に強張った体を、飛びながら脱力する。

首、腕、胸、腰、脚、翼を、流れる水に見立てる…

サラ...サラ…

水は全てを受け入れるが、決して何物にも砕かれない。

そして雫が弾ける時は、鋭く速い。


今のボクに必要な感覚は、水そのものだ。

脱力した体は、周りの空気の流れ、音、光を狂いなく繊細に感じ取る。


これなら...分かる。ハヤブサ、キミの動きも、考えも。


後は体を信じる。


「何だその構えは。この期に及んで戦意喪失か?」


そうだろうね、この水死体のような脱力具合に戦意も敬意も有ったもんじゃない。

でもやる気を失ったわけじゃない。構わず来てくれないかな。

いや、来るね。


「引導を渡してやる」


視界が、聴覚が、皮膚が、嗅覚が、味覚が、ハヤブサの爪が迫るのを感じる。


今だ。

イチかバチか、本能の勅命に従ってありったけの力を翼に叩き込む。


「なッぐぁっ!!!!!!?」


強大な負荷がかかったのは、ハヤブサのシールドだった。

どうやら決死のカウンターが決まったらしい。


「バカな!!アイレス、何をした!?」

「ハハ、確実にカウンターを叩き込むために肩の力を抜いてただけさ。どうする、今の一撃で速度は死んじゃたね」

「...ッ」


ハヤブサの速度は、もはや殺されきっていた。

ボクを狩るため、全てのスピードを急旋回に使い切ったから。

そしてカウンターを喰らい、ハヤブサのシールドも痛手を被った。

この戦い、勝機があるとすれば今だ。


しかし妙だ。

ハヤブサの所作に焦りが混じらない。

歴戦の経験からだろうか、それともかめ〇め波みたいな必殺技でもあるのか。


目前の翼は空へ向け、上昇姿勢を取る。

でも、今のハヤブサは低速だ。上昇によって更に速度は落ちている。

これなら追いつくどころか、追撃すら朝飯前だ。


翼を振る。

風の壁をつかむ感覚で、自分の身を前方へ飛ばす。

ハヤブサとの距離は一瞬で縮まり、ボクの爪の射程範囲に収まった。


「ハヤブサ、これで終わりだよ」


翼の力、全体重を拳に握った爪に移し、その軌跡をハヤブサの背中に合わせる。


その時だった。

ハヤブサの体が、右回転し始めた。


いや、関係ない。攻撃に支障はない...いや、でも...

何だろう。動物の本能か、フレンズになってからの知識の欠片か、何かがボクを止めようとする。

「逃げろ」「危険だ」と。


結論から言えば、その悪寒は正しかった。

しかし、その悪寒に従うのが、羽根1枚分だけ遅かった。


「アイレス、君の努力に免じて、伝家の宝刀で君を葬る」


その言葉と共に、ハヤブサの体は右側へ滑る。


速度自体はそうでもなかったが、あまりに唐突で滑らかな動きだったためか上手く反応できない。

マズい! 早く旋回し


「もう遅い」


頬を相手の羽根がかすめる感覚とほぼ同時に_


_鈍い振動が背中に響いた。


背後に回ったハヤブサの膝蹴りが脊椎を捉えていた。

その一撃は、ボクののシールドにトドメをさして余りあるものだった。


シールドは甲高い破裂音と共に、シャボン玉のように消えた。


完敗だ。


「参ったな...何だい、その飛び方は」


ハヤブサはおもむろに身を引き、口を開いた。


「決戦機動、右捻り込みだ」

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