母と人形

 私が育った家は龍宮神社に近く、祭りが近づくと子供心にそれはそれは待ち遠しく心が弾みました。

神社までの通り道は屋台と人で溢れ、歩くのもままならないぐらいでした。

 昭和三十年代前半頃だったか、母が珍しく一人で祭りに行き、市松人形を二体買って、いかにも大事そうに持ち帰りました。女の子は「袖こそ」、男の子は「卒哉丸」(いざやまる)と名づけ季節ごとの衣装を母が作り、何とも可愛らしかった。

 母は私たち姉妹や夫々の人形達にも洋服を作って着せてくれていましたが、市松人形には思い入れがあって、歌舞伎衣装を再現したかったらしい。この人形の衣装作りに打ち込む様子にちょっとやきもちをやいたこともありましたが、母には母の美意識があり、「人は人形に仕えるものよ」と言っていました。

 父の定年退職後、さあこれから二人で楽しめる、というときに母は倒れ、数年後には旅立ってしまいました。棺の中に、母が愛した二対の市松人形をお供として入れました。八月はお盆の季節なので、亡き母のことを思い出します。

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