5.宮前翔 就職活動(大学生)
大学三年生も後半になると実験科目のレポートだとか、研究室への配属だとか、就職活動だとかで、随分と忙しくなる。サークル活動に精を出していた二年生までとは随分と違う。先輩が以前「大学生は前半と後半で全然違う」って言っていたけれどこういうことなんだなって理解。アイスコーヒーを飲みながらガラス張りの壁の向こう側に渋谷の大通りを歩く人の群れを眺める。
秋の終わり、就職活動でワークショップとか言う名前の集団面接を受けて、僕は疲れ果てていた。秋の終わりでもう外は随分と寒くなっているにも関わらず、頭をシャキっとしたくて僕はアイスコーヒーを啜っていた。
ボケっとしながらカウンターの方を眺めていると、なんだか見覚えのある黒髪の女性の姿が目に入った。紺のリクルートスーツを身にまとい、トレーには僕と同じアイスコーヒー。振り返った彼女はやっぱり僕の知っている彼女だった。その視線が僕とぶつかる。
「あ、宮前くん」
「――篠崎さん。どうして?」
僕の反応に彼女はクスリと笑う。渋谷のカフェに入るの「どうして?」と尋ねるほどの理由は無いだろう。気分転換か時間つぶしに立ち寄ったに決まっている。
「久しぶり。何しているの? 就職活動?」
「あ、そう。そっちは――って同じっぽいよな」
「うん、まぁそうね。就職活動。まだ業界研究って感じだけれど」
「それでもワークショップとかメンタリングとか言って、実質、選考は始まっているってやつでしょ?」
「うん、そうそう。なんだか大人の事情みたいなのが見え隠れするよね」
「それな。――あ、相席する?」
「――そうだね。久しぶりだし、就職活動の情報交換もあるかもだし」
久しぶりに篠崎と話した。以前、直接話したのはいつだったか思い出せない。もしかしたら、ちゃんと話すのは初めてかもしれない。それなのに驚くほど彼女との会話は滑らかで、自然だった。波長が合った。
就職活動の志望業界は出版を中心に、広告やメディア、もしくは印刷業界というのが、彼女。僕も出版業界が第一希望で、それから放送関係やコンテンツ制作関係を見ているのだけれど、工学部な僕は大学院進学というカードも残している。学部は違うけれど、出版業界が第一希望という点で、僕らはちょっと似ていた。
「でも、出版業界ってすごく競争率高いでしょ? それに出版不況だ出版不況だって言うじゃない? そういう不利な世界に自分を放り込むのもどうなのかなって思うわけ」
彼女はそう分析してみせた。気持ちは大変よくわかる。
「それでもさ、やっぱり物語とか表現とか、それに本を作ったり情報を発信したり、そういうことには凄い憧れちゃうんだよね」
「わかるー、それわかるー。お金じゃないんだよね〜。あ〜あ、なんでこんな因果な趣味に囚われちゃったのかなぁ」
「演劇部から軽音サークルだっけ? 表現活動といつも一緒だったんだよね」
「宮前くんは、放送部から演劇サークルだよね。むしろ創作活動に重点があった?」
「うーん、どうだろうね。演劇の方は脚本を書けないままに辞めちゃったしね」
「あ、辞めちゃってたんだ。いつ?」
「二年生の終わり。ちょっと人間関係もいろいろあってね」
「同じだ。わたしも軽音サークル、二年生の終わりで辞めちゃった」
「人間関係?」
「うーん、特に恋愛関係?」
「篠崎さんが二股かけたとか?」
「違うわよ失礼ね。私は巻き込まれただけ。あーあ、純粋に創作活動と表現活動がしたかっただけなんだけれどなー。上手く行かないね」
「そうだね。上手く行かないね」
そう言って僕らはアイスコーヒーを啜った。
何かと僕らのバイオリズムは似ているみたいだ。
それから思い出したように、高校時代の心電図事件の話をした。
篠崎さんも心電図事件の相手が僕だということに気付いていたみたいで、「懐かしいね」って笑っていた。
僕らはひとしきり昔話をすると、その店で別れた。
店の前でスマートフォンを開くと恋人からのメッセージが入っていた。
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