4.篠崎楓 食堂(大学生)

 大学の食堂で彼のことを見かけた。宮前翔くん。同じ高校出身で、私とまったく同じ心拍を三〇秒間打ったことのある人。――なんなのよそのキャラ付けは! と自分の中でも突っ込みたくなるのだけれど。


「どうしたの、楓? 知り合い?」

「ん? うん、まぁ、ちょっとね。高校の時の同級生」

「なに、元カレ?」

「そんなんじゃないわよ。本当に同じ高校ってだけ、喋ったこともほとんどないんだから」

「へー。そっか〜。でさぁ、今度やる曲なんだけど――」

 彼女はそう言ってスマートフォンをスワイプした。

 

 宮前くんが同じ大学に進学したのだということは入学式が終わってから知った。特に同じクラスでもなかったし、共通の友達がいるわけでもない。もともと放送部の彼のことは知っていて、心電図事件以来もうちょっと気になるようにはなっていたのだけれど、それだけ。


 大学に入って彼は演劇サークルに入った。放送部だった彼が演劇サークルに入って、演劇部だった私は軽音サークルに入った。

 宮前くんが演劇サークルに入るって分かっていたら私もちょっとは考えたかもしれないなぁ。――あ、いや、ないかな。やっぱり、演劇は高校時代に十分やったから、大学生の間は別の表現を経験したかったのだ。


 一年生の時、学園祭で彼のお芝居を見た。脚本はサークルの座長さんが書いたものみたい。それなりに面白かったけれど、高校の時に聞いた彼のラジオドラマの脚本の雰囲気の方が私は好きだなって思った。キャストとしての出番は決して多くは無かった。演技はデビュー戦にしては悪くないんじゃないかな、というのが私の上から目線な感想。高校時代に演劇でならした私からすれば、いろいろダメ出しをしたくなる点もあるのだけれど。


 お芝居が終わって客出しの挨拶をしている彼と目があった。小さく黙礼。彼も私のことには気付いたみたいで、声には出さずに「ありがとう」と口を動かしてくれた。私と彼は友達でさえないのだけれど、そのくらいの細い繋がりがある程度には高校時代の同級生なのだ。


 私の心臓は、そんな彼の前を通過するときに、少しだけ波打った。

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