3.宮前翔 卒業式(高校生)
自分にとって高校時代ってなんだったんだろうなと振り返る。卒業式を迎えた僕たちはこの場所を巣立っていく。だから僕は卒業証書を片手に僕は保健室へと向かう。
「宮前くんも卒業か〜。となり街の国立大学に合格したんだってね。おめでとう。何学部だっけ?」
「あぁ、工学部です。理系クラスの一番普通の選択ですよ」
「ははは。何その謙遜。学部なんて自分の学びたいところをなんとなく選べばいいのよ。それであの大学に合格しているんだったら、何の問題もなし。うちの学校からしたらエース級だね。将来を嘱望された若者よ。がんばれ」
「――どうも」
お世話になりました――そう言い掛けて飲み込んだ。それはあまりに淡白すぎる別れの言葉に思えたから。
「先生は結婚とかしないんですか?」
「――なにそれ? もうっ! 生徒だから許されるけれど、大人がそれ言ったらその時点でセクハラだからね。宮前くんも駄目なオジサンにならないように今から気をつけるんだよ。高校の卒業は大人への入り口なんだからね」
「あ……すみません」
「ははは。別に気にしないけれど。うーん、今の所は予定なしかな。しばらく彼氏もいないし、出会いも無いしね」
そう言って笑う彼女の顔は幼くて、とても八歳も年上の女性のものとは思えなかった。
「それじゃあ――」
「でも、『じゃあ、僕が大人になるまで待ってください』って高校生に言われたりしても、そんな保証も何も無いものを待てるほど、乙女でもない大人なんだってことは、言っておいてもいいかもね」
卒業式に準備していた僕の告白は、その口上を述べることもなく、八歳年上の彼女によって阻止されてしまった。結局、先生にとって僕は子供。彼女は僕の想いなどずっとお見通しだったのだ。
「ねぇ、宮前くん、――あれから篠崎さんとは何かあった?」
「え? 篠崎ですか? いえ……特に何もありませんけれど」
なぜ、篠崎? と考えて思い出す。二年生の時にあった健康診断での出来事を。
僕となぜだか心電図がとても良く似ていた女子生徒――篠崎楓。
でもそれ以外、特にきっかけもなくて、高校三年生のクラスも部活も塾も違った彼女とは、高校の卒業まで特に仲良くなることもなかった。
「そっか。なんとなく残念」
「どうしてですか?」
「だって心電図がまったく同じだったんだよ。医療関係者的にはそこに運命を感じざるをえないわけじゃない?」
そういう話を好きな人からされるのは、青少年の心臓を抉るものなのだけれど、先生はそういうことには疎いみたいだ。
「そんなもんですかねぇ」
「そんなもんだよ。そうそう、そういえば彼女も君と同じ大学に進学するみたい。もしかしたら、また会うこともあるかもね。その時は挨拶くらいするんだよ、少年」
「それは個人情報じゃないんですか?」
「まぁ、進学先くらいは、すぐに分かることでしょ? しかも同じ大学に通うんだしさ」
それもそうかなって思った。
こうして僕の高校生活は終わった。腐れ縁の男たちは皆、違う大学、違う就職先。小学校から中学、中学から高校までは、何かと仲の良い友達が何人かは一緒に進学したものだったけれど、これから先は違うみたいだ。僕たちは枝分かれする人生をそれぞれに歩いていく。
校門を出て卒業証書を片手に校舎を振り返る。
心臓を僕と同じ形で三〇秒だけ波打たせた彼女のことが、脳裏を過ぎった。
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