2.篠崎楓 再検査(高校生)

 保健室を出たところで男の子とすれ違った。――もしかして、と思ってすれ違いざまに彼の方を見ると、同じように振り返った彼と目があった。たしか隣のクラスの男の子。放送部の宮前翔くんだ。放送部でラジオドラマの脚本を書いている子だ。

 高校一年生の文化祭の企画展示で流していたそれを、私は廊下でなんとなく聞いていた。五分くらいの短いドラマだったけれど、ピュアな青春ドラマで面白かった。男の子って表では粋がっているのに、変なところでピュアだ。彼もそんな男子生徒の内の一人。嫌いじゃなかったから機会があれば、彼の脚本のヒロインを演じてみてもいいかなって思ったりもした。


 保健室に呼ばれた理由はなんとも奇妙なものだった。定期健康診断で測った私の心電図が、別の男子生徒の心電図と酷似しているというのだ。あまりに眉唾ものの話だったから、「そんな話、信じられないです。証拠を見せてくださいよ」と詰めてみたら、先生も「個人情報だから名前は隠して――」と氏名欄を隠しながらその男子生徒の心電図を見せてくれた。あらためて示された私自身の心電図と見比べると、それは本当に酷似していた。というか同じだった。それはとても奇妙な話。

 先生も「取り違えではないか?」と疑ったそうだけれど、心電図以外のデータはちゃんとそれぞれ違う値になっていて、その可能性はほぼ考えられないのだそうだ。


 心電図検査自体は痛くもなくて、時間もかからないものだったから、再検査の依頼に、私は特にごねることもなく言われるがままにベッドに寝転んでもう一度受け直した。結果は変わらず、至って健康。ほっとした。

 得られた心電図はやっぱり前回計測した心電図とよく似ていて、その男子生徒の心電図とそっくりな心電図は、やっぱり私の心電図なのだと、二人で結論づけた。

 それ以上は考えたって仕方ないし、演劇部の練習もあるから、私は先生にさよならを告げて、保健室を辞した。そして扉を締めて歩き出した廊下で、彼とすれ違ったのだ。――宮前翔くん。 


 実は先生が隠した心電図の主である男子生徒の名前は、その親指の端から文字列の下の部分が少しだけ覗いていた。「宮」の文字の下にあるロの部分と、「前」と「翔」のいくつものハネとハライ。それだけで元の名前が何なのかは分からなかったのだけれど、廊下で宮前くんとすれ違ってピンときた。――ああ、彼なんだなって。


 私と宮前翔くんの心の波形はとてもよく似ているらしい。

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