心の波形、時間の波形、君との波形。
成井露丸
1.宮前翔 再検査(高校生)
「お〜い、宮前翔〜。ちょっと放課後、保健室まで来てくれるか?」
担任に教室入り口から声を掛けられて、何ですか、と扉口まで聞きに行く。理由もなく放課後に保健室に呼び出されるのも不安だから。すると心電図の再検査だって言われた。高校二年生の定期診断で、初めての再検査。これまで重い病気に掛かったことなんてなかったのに。
腐れ縁の友人に「やばいんじゃね? 翔、難病じゃね?」とか半笑いでからかわれたから、「もしそうなら、難病カミングアウトの生配信するからな。バズるぞ」だなんて冗談を返しておく。そういう風におどけながらも、内心は不安だった。中学生の時に母親を病気で亡くしていたから。病気の怖さは知っているつもりだった。
長くなったホームルームを終えて、僕は廊下を保健室へ向かう。目的の部屋が見えたところで、その扉口から出てくる女子生徒の姿を見つけた。振り返って扉を閉めて「ありがとうございました」と小さく頭を下げている。そしてこちらへと向きを変えて歩きだす。先客だったようだ。彼女も僕と同じように健康診断の再検診で呼び出されたのだろうか。すれ違いざま彼女の長い髪が揺れる。その白い肌と、つんとした表情が気になって、無意識に彼女の方に視線を泳がせた。彼女もどうしてだか僕の方を振り向いて、視線がぶつかった。
篠原楓――彼女の名前は確かそんな名前。隣のクラスの演劇部の女の子。文化祭で彼女の出演する舞台を見たことがある。放送部で作るラジオドラマに出てくれないかなって妄想したことはあったけれど、声はかけられず仕舞いだった。
「失礼します」
「あ、いらっしゃい、宮前くん。座って、座って」
迎えてくれたのは保健室の先生。若くて綺麗で、ちょっと憧れていた。そんな彼女に僕は単刀直入に問いただす。
「先生――健康診断の再検査なんですか?」
「あら、担任の先生から聞いた? そうなの。ちょっと変わった事例でね」
「もしかして、珍しい病気とか、何か異常が見つかったとか?」
母の病気を思い出しながら、僕が緊張気味に尋ねると、先生はケタケタと明るく笑いながら首を左右に振った。
「そういう深刻な話じゃないの。ただ、とても奇妙な話。何かのミスじゃないかと思ったんだけどね。でも他のデータに関しては取り違えが起きた形跡もなかったし。だから念のために再検査ってこと」
「えっと、……何の話ですか?」
先生の言っていることの意味が分からず首を傾げる僕に、彼女は一枚の紙を示した。幾つもの波形が示されたそれは健康診断で測られた僕の心電図だった。
「――心電図に何か異常でもあったんですか? 不整脈とか?」
母の病室で何度も見た印刷された心電図。白い病室のイメージが蘇る。
「いいえ。宮前くんの心臓は健康そのものよ」
先生の言葉に少し安堵する。
でもだったら何なのだろう。ますます話は要領を得ない。
「とっても奇妙なお話なんだけれどね。計測した宮前くんの心電図がね、三〇秒近くに渡ってとある別の女の子のそれとまったく一緒だったの」
「心電図がまったく一緒? それって……時々あることなんですか?」
「まさか。心電図って心臓の動きを細かく電気信号で捉えるのよ? ず〜っと見ているわけ。それが三〇秒近くまったく同じ動きをしているって、ありえないわよ。タイミングにせよ波の大きさにせよ、細かな波とか不規則な拍動の変化とか、三〇秒もあればどこかは必ず違うものよ」
「じゃあ、計測した心電図を誤っもう一人の心電図のデータに上書きしちゃったとかじゃないんですか?」
「それは一番初めに考えたわ。でもそういう形跡はまるで無かったの」
「その女の子って――篠原楓ですか?」
先生の眉がぴくりと動いた。思わず彼女は視線を泳がせる。
「そうなんですね?」
「んー、宮前くん、やり手ねぇ。こういうことは個人情報だからあまり言っちゃいけないんだけどね。さっき入り口ですれ違っちゃったかしら」
「――隠したかったら、時間をずらしたりすべきだと思いますけど?」
「まぁ、隠したいってほどのことでもないしね。二人の心電図は基本的には健康そのもの。お互いに知られて困ることなんてほぼ無いんだから」
「それで再検診っていうのは?」
「ん〜、やっぱり全く同じ心電図っていうのは気になるから、念のためもう一度二人には心電図検査をさせてほしいってお願い。大丈夫よね?」
「――あ、はい」
彼女の大人びた笑みに僕は間の抜けた返事をした。
そのあと実施した心電図検査の結果はやっぱり異常なしで、とりあえず僕は胸を撫で下ろした。ちなみにその計測結果は、前回の計測結果とよく似ていて、彼女――篠原楓の再検査結果ともよく似ていたらしい。だから前回の計測結果はやっぱり正しかったのだろうと結論付けられた。
僕と篠崎楓の心の波形はとてもよく似ているらしい。
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