実力隠しの俺、焦る

 やばい。

 そう思った時には遅かった。俺の前には誰もいないこの状況。


「く、くそ……陰月の野郎」

「……何かのま、間違いに……」


 背後から聞こえるこの声……そして。


「え? 陰月って……」

「う、嘘でしょ……」

「……あんなに足が……」


 あぁ、やばい、やばい、やばい。と、とりあえずしまわないと……。


 運動時に流す青春の汗ではなく別の意味での冷や汗をかく俺。


 こんなところでを終えるわけにはいかない………。


 思い立った俺は足の力を抜き、いかにも体力切れしました感を演出する。


「……けけっ。所詮……陰月はその程度だっての」

「……スタミナ切れとは、な!!」


 足の力を抜いた俺はすぐさま、皆に抜かれてしまう。


 ふぅ……危ないところだった。あのまま走ってたら確実に終わってた。

 ってか、何が平均6秒だよ……。内田のやつふざけんな……。


「はぁ……」


 息切れにも近いため息を漏らしながら俺は50mを完走する。


「……えーーと、7.2秒だ。陰月」

「そうですか……」


 言われたタイムを気にもせず、俺は内田の方を一点集中して見つめる。


(何が、あいつらが6秒だよ! 相澤が6.7家塚が6.8って……お前でたらめもいい加減にしろ!)


(いや、すまん……。ちょっと盛ってたな……許せ……)


 手を合わせて頭を下げる内田を見ると、俺はチッと舌打ちをする。


「……陰月ってさ、意外とやるみたいだね」

「……い、いや、でも、さ。陰月は陰月だし」


 はぁ。女子からの視線が痛い……。いや、女子だけじゃないか。


「……調子乗んなよ。陰月」

「……はぁ、危なかった……陰月ごときに」

「……意外とやるんだな……陰月」


 男子からもこの言いよう。ほんっとどうしてくれんだよ……。


「……やっぱり、ね」

「……やっぱりでした!」


 特に、この二人……夢島に暁。実力隠し露呈を防ぐはずが、これじゃあただの逆効果じゃないか……。


「……まぁ、どんまい」


 親指をくいっと上げてグッドポーズを決め込む内田に、無性に腹が立った俺は腹パンをした。


 もちろん力の加減はしている。ふっ。これぞ実力隠し……。


「って、バカ痛いじゃねーか」

「おっ、そうか」

「あいもかわらず眠そうな顔で言うな……」


 腹を抱えながら声を荒げる内田。『痛てぇぇ』と言いながらもどこか機嫌が良さそうだ。


「はぁ……」


 大きく肩を落としながら、俺は夢島……暁に目を合わせる。


「ふふっ……」

「……へへっ」


 すると、瞳にはニパァァとさせた暁に、何故か誇らしげに肩を組む夢島が写る。


 おい、これどう落とし前つければいいんだ!?


♦︎♢♦︎


「……おい、内田! 行くぞ」

「あぁ……今行く」

「……ってか、本当に冴えないよな、お前って。陰月とお似合いだわ」


 誰が陰月とお似合いだよ……。あいつ《陰月》に及ぶやつなんて誰もいねぇよ………。


 ———でもな。


「……オンユアマーク」


 能ある鷹は爪を隠す……だっけか? 陰月?


「………セット」


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