迷子の白猫 ④


 震える手を握りしめる。

 シュニーが姿を消してから数時間が経つが、未だ彼の行方は掴めていなかった。

 あれからジェフが騎士隊に捜索を頼み、辺り一帯を捜させているが、手掛かりすらない状態が続いている。

 屋敷の中には緊迫感が漂い、いよいよこれは計画的な誘拐なのではと、誰もが思い始めていた。


 シュニーとは、居なくなる前に『どこにも行かない』と約束をした。

 彼は簡単に約束を反故にするような人ではない。それは、セレナが一番よく知っている。

 自らの意思で消えたのではないとしたら、誘拐されたと考える方が自然だ。

 しかし、誘拐だとしたら身代金の要求があるはずだが、そう言った一報は届いていない。

 何にせよ、日が暮れるまでに見つけなければ、余計に捜索は困難になるだろう。


 そういえば、最近王都周辺で貴族の若い娘を狙った誘拐事件が頻発している、という話を聞いたことがある。ここは王都からは離れているし、シュニーは男性なので関連性はないと思うが、嫌な想像をしてしまう。


 セレナは胸を覆う不安に押し潰されそうだった。

 今のセレナにとってシュニーは全てだ。

 ハスールから救い出してくれた彼を、自分自身よりも大切に思っている。彼が居なくなってしまっては、セレナはきっと正気では居られないだろう。

 目の前が暗くなる。

 不安から意識が遠くなる感覚を覚えた時、部屋の扉が開かれた。


 扉の先から現れたのは、深い溜息を吐きながら難しい表情を浮かべるジェフだった。


「ジェフ、シュニー様の行方は……」


 消え入りそうな声で尋ねるも、ジェフは無言で首を横に振る。


「見つかりません。誘拐だとしても手際が良すぎます」


 あの砂浜自体に護衛は置いていなかったが、浜辺を含めたこの別邸の周辺には警備の者が巡回している。彼等にも確認したが、不審な人物は見ていないとのことだった。

 大人の男性を一人拐うとなると、それなりに大掛かりな作業になるはずだ。ましてやセレナが目を離していたのは数十分程度である。その短い時間で誰にも気づかれずシュニーを拐うことができるとしたら、余程の手練れということになる。


 いよいよ手詰まりか、そう思われた時、扉をノックする音が室内に響いた。

 ジェフが入室を促すと、この別邸の管理者である老齢の男性が姿を見せた。


「失礼致します」


 そう言って一礼したその男性は、口調はおっとりとしているが表情は硬い。


「この度は私共の不手際でこの様な事態になってしまい、大変申し訳ございません」


 その人はセレナの前まで歩いてくると、深々と頭を下げた。

 彼はこの屋敷の警備も含め、全体を管理している責任者らしい。別邸に到着した際に挨拶を交わしたので、セレナはその顔を覚えていた。


「……あの、本当に不審者の情報はないのですか?」

「はい。本日は使用人や警備の者以外は、この敷地内では見かけていないようです」


 そうなると内部犯と言う可能性も出てくる。仮にそうだとしたら、この鮮やかな犯行も納得できるのだ。

 背筋に冷たい汗が伝うのを感じていると、管理者の男性が言葉を続けた。


「あとは……そうですね。屋敷で働く者以外の出入りとなると、この近くに住んでいる子供が二人訪れております」

「子供、ですか?」

「はい。飼い猫がよくこの砂浜に迷い込むらしく、今朝も探しに来ておりました」


 その子供は男女の兄妹で、飼い猫を探しに頻繁に屋敷にやってくるらしい。近所の顔見知りの子供と言うことで、警備の者らも敷地内に入れてしまうのだとか。


「門番によると、今朝はいつもの猫の他に白い猫を抱いていたようで、迷い猫が増えたらしいと話しておりました」


 その言葉に勢いよくソファーから立ち上がる。


「ジェフ」

「承知しました」


 何も言わずとも分かってくれる優秀な彼の従者は、何事かと目を白黒させている管理者に、子供たちの住所を確認した。


「私も行きます」


 否は言わせないと言う意志を込めた言葉に、ジェフは少し困った顔をしながらも頷いてくれる。


「分かりました。護衛の者は、特務隊所属の近衛だけ連れていきましょう」


 特務隊とは、近衛騎士団の中でも特別な事情を知っている者で構成されている小隊だ。要するに、王族の秘密を知っている者達である。

 今のシュニーは猫の姿である可能性が高い。故に一般の騎士を連れて行くのはリスクがあるため、特務隊の者のみで出向くのだろう。


「分かりました。エントランスで待っています」


 セレナはそう告げると、アリーを連れて部屋を出る。


 彼の身に何が起きたのかは分からない。

 けれど、手掛かりは見つけた。

 早く、早く、と急く心を無理やり落ち着けて、セレナは屋敷の廊下を早足で進むのだった。


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