24話 彼女の行方


 顔合わせを済ませたシュニーが元の場所に戻ると、そこに愛しい人の姿はなかった。

 辺りを見回すが、あの美しい金色の髪は見当たらない。

 彼女が言いつけを守らないことなど滅多にないというのに。

 嫌な予感がする。

 胸騒ぎを覚えたと同時に、女性の声に呼び止められた。


「シュニー殿下?」


 振り返ると、すぐ近くに若い令嬢が立っていた。黒い髪を後ろでまとめ、若草色のドレスを着ている。


「もしかして、セレナ様を探されてます?」

「え?……あぁ、ここで待っているように言っていたのだけど、見当たらなくて」

「セレナ様でしたら少し前に使用人がやって来て、シュニー殿下が呼んでいるから来てほしいと言われて、会場から出て行かれましたよ?」

「なんだって?」


 全身から血の気が引くのを感じた。

 全く身に覚えがない。それ以前についさっきまで、明日の会談に出席するらしい幹部連中と話していたのだ。話が長くなりそうだったから、また明日に、と無理やり戻ってきたと言うのに。


 急に黙り込んだシュニーに、黒髪の令嬢が首を傾げて言った。


「入れ違いになってしまったようですね?」


 シュニーは会場から出ていないのだから、そんなはずはないのだが。セレナはシュニーの名前を使って、誰かに呼び出されたのか。考えられる人物は一人。その者を思い浮かべ、背中に冷や汗が伝う。


 黒髪の令嬢にお礼を言って、シュニーは焦ったように会場から飛び出した。



   ✳︎



「ジェフ!セレナは来ていないか!?」


 勢いよく扉を開いて、開口一番に叫ぶ。

 ここは使用人たちの控室であり、ジェフとアリーを待機させていた。

 ただならぬ主人の様子に、椅子に座っていたジェフは立ち上がり、眉をひそめながら答える。


「いえ、来ておりませんが……、何かあったのですか?」

「セレナが消えた」

「は?」


 一体どういうことだと、ジェフが先を促す。側で聞いていたアリーも不安そうな顔をしていた。


「王太子に呼ばれて、少し目を離した隙に居なくなった」


 苦虫を噛み潰したような、苦渋の表情を浮かべて言うシュニー。


「僕の名前で呼び出されたらしい。近くにいたご令嬢から聞いた」

「それは……」


 重苦しい空気が流れ、ジェフとアリーは息をのんだ。

 何かが起きている。

 これはおそらく緊急事態だ、と頭の中で警鐘が鳴り響いた。


「セレナを探す」


 そう言ってシュニーは部屋を出ようとするが、アリーの声に振り返る。


「私も手伝います!」


 勢いよく立ち上がったアリーだったが、主人の声に制されて動きを止めた。


「アリーは此処で待機していてくれ。セレナが戻ってくるかもしれない」

「……分かりました」


 そう言われてしまっては従うほかない。シュニーの言うことも一理ある。

 アリーは不安が押し寄せる己の胸を押さえながら、二人を見送った。



 早足で歩く、二人分の足音が廊下に響く。

 ただならぬその空気に、すれ違った者は何事かと首をかしげていた。


「ジェフ、おまえはメルセド王か王太子を呼んでこい。会場にいるはずだ。緊急事態だと言って通してもらえ」

「かしこまりました」


 そうして二手に分かれる。

 ジェフを見送ったシュニーはそのままの足で廊下を進んだ。


 やられた。

 絶対に、離れるべきではなかった。

 予測していなかったわけではない。しかし、こうも堂々と自分の名前を使うとは。

 今回招かれた理由からして、シュニーは何かを仕掛けてくる可能性は低いだろうと予想していた。

 だが、事態は既に起きている。

 油断したことを後悔する暇もなく、廊下の先へと足を進めた。


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