23話 恐怖の中で
「夜会は楽しめたかしら?」
その声はとても低く、悍しかった。
「お父様に頼んで、あなたを招待してもらったのは私なの」
口の端を吊り上げてそう言ったのは、セレナが一番苦手な異母姉、マリージュだった。
「のこのこやってくるなんて、本当に馬鹿な子ね」
くすくすと笑い声が重なる。
マリージュの両脇には、双子の異母姉たちが立っていた。
混乱する思考で考える。
シュニーに呼ばれたと思って使用人に連れてこられた部屋には、彼女らが居た。床に蹲るセレナを、三人の異母姉たちが汚いものを見るような目つきで見下ろしている。
これは、騙されたのだろうか。
震え出しそうになる身体を叱咤して、セレナは目の前のマリージュを見上げた。
「随分と高そうなドレスを着ているじゃない」
そういうなり、セレナのドレスの裾を覆っているオーガンジーをつまみ上げる。セレナがそれを目で追うと、下卑た笑みを浮かべたマリージュが、その生地を思い切り縦に引き裂いた。
「っ――!!!」
声にならない悲鳴を上げる。
オーガンジーは、セレナの腰の辺りまで真っ二つに裂けていた。
マリージュはそれだけでは満足できなかったのか、オーガンジーの下から現れたシルクの生地も力任せに引き裂いた。
「やめて!!」
裂かれた生地の隙間からセレナの白い脚がのぞく。この身体の震えは、急に外気に曝された寒さのせいか、それとも恐怖ゆえか。
「随分といい格好になったじゃない」
「その方があなたにお似合いよ?」
双子が楽しそうに言う。
二人は目を見合わせて、ずっとセレナを笑っていた。
それをどこか遠くに聞きながら、セレナは無残な姿となった己のドレスを、ただ呆然と見ていた。
「なんということを……」
ぽつりと溢した言葉にマリージュが反応する。
「あら?ショックが大きすぎて、そんな反応しかできないのかしら?もっと泣き叫ぶかと思っていたのに」
期待外れだわ、とつまらなそうに吐き捨てる。
反応が気に食わなかったのか、マリージュはセレナに一歩近づき、その淡い金の髪を引っ張り上げた。
「いっ――!?」
急な痛みに驚き声を上げると、マリージュが顔を覗き込んできた。顔の近さに身震いする。近くで見た彼女の瞳の奥に、歪んだ感情が見えた。
「あなたのその奇麗な顔が、恐怖に歪む姿を見たいの」
その瞬間、セレナの髪に編み込まれていた銀色のリボンが、力任せに引っ張られた。
「っ!?!?」
あまりの痛みに声すら出せなかった。
強引に引き抜かれたリボンが床に落ちる。無理やり引っ張ったからか、リボンに絡まった金色の髪がいくつか床に散っていた。それは根本から引き抜かれたものや、途中で切れたものもある。
セレナの周囲には裂かれたスカートの青い生地と、銀のリボンと、それから金色の髪が散乱していた。
痛みからか肩で荒い息を繰り返すセレナに、マリージュはほくそ笑む。しかし次の瞬間には、その顔に憎悪を滲ませた。
セレナが正面からマリージュを睨みつけたのだ。
その顔は込み上げそうになる涙を必死に堪えているように見えたが、彼女の瞳には強い意志が宿っていた。
セレナは立ち上がり、ゆっくりと喋りだす。
「お姉さま、あなた方はご自分が何をされたか、理解しておいでですか?」
「……どういう意味よ」
「この惨状が、私とお姉さまだけの問題だと思っているのですか?」
その言葉に異母姉たちは一瞬顔を顰めたが、すぐに言い返した。
「問題も何も、私たちはあなたを可愛がってあげただけじゃない」
とぼけたように言うその声に、セレナは怒りとも呆れともつかぬ感情が湧いてくる。
この人たちは、今のセレナを甚振った本当の意味を理解していないらしい。セレナよりも長く生きていると言うのに、自分の立場すら分かっていないだなんて。呆れて言葉が出ないでいると、マリージュがさらに言い募った。
「ふんっ、何かあったとしても、どうせお父様がいつもみたいに揉み消してくれるわ」
そして勝ち誇った笑みを浮かべる。
その顔が、セレナには滑稽に見えてならなかった。
異母姉たちの態度に、セレナは悲しみよりも怒りを感じていることに驚いていた。シュニーと出会う前の自分であったなら、きっとこの現状に嘆き悲しみ、この場で涙していただろう。
でも、今は違うのだ。
彼と出会って、たくさんのことを知って、たくさんのものを貰った。セレナはもう、惨めに泣くだけの少女ではないのだ。
この現状を理解し、酷く冷静な思考をしている自分が、どこか可笑しかった。
それが、顔に出ていたらしい。
「なんで笑っているのよ」
自分の発言を笑われたと勘違いしたマリージュが、顔を顰めて詰め寄ってきた。
「何がおかしいっていうのよ!?」
髪を振り乱しながら叫ぶ彼女を、セレナはただ見ていることしかできなかった。
冷静な思考を欠いたマリージュには、その顔が憐んでいるようにでも見えてしまったのだろうか。急に表情をなくすと、側にあった机から何かを取り出す。
彼女の手には鋭く光る刃を持つ、大きな鋏が握られていた。
「セレナのくせに、私を笑うなんて……」
その凶器に身体が動かせなくなる。
ゆっくりとマリージュの手が動いた。
「ゆるさない」
地の底を這うような低い声が、その場に響いた。
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