19話 愚かな行為
王宮に戻る馬車の中、セレナは疲れた顔をして、隣に座る人に凭れていた。
あの後泣きすぎてうまく身体に力が入らず、立ち上がれなかったセレナのために、シュニーは馬車を手配してくれた。
馬車を待っている間、彼はケーラとマルクに対して感謝を述べると、提案があると言い出した。
「お二人が宜しければ、アレストリアへ移住しませんか?」
その内容に、当事者二人だけではなく、セレナまでも驚きの声を上げる。
それを見て、シュニーは落ち着くように言ってから先を続けた。
彼は話の途中から思案していたらしく、セレナの肉親であり、また、大切に扱ってくれた人たちを放っておくことはできないと。ハスールに未練があるのならば仕方がないが、そうでないなら歓迎すると言った。
「衣食住の保証と、職の斡旋は僕の方で責任を持って行います」
特にマルクに関しては騎士団に紹介状を書いてくれるらしい。この歳での編入となるとなかなか難しいものがあるが、事情を話せば兄上も分かってくれるだろうとのことだ。ここでの兄とは騎士団に所属している第二王子のことである。
「アレストリアに来ていただければいつでも会うことができますし、セレナも喜ぶと思います」
そう言うシュニーと目が合い、セレナはこくこくと頷いた。
二人が一緒に来てくれれば嬉しいと思う。しかし国を跨いでの移住となると、簡単には行かないのも事実で。マルクは確認とばかりに質問してきた。
「ケーラさんは独り身ですが、俺には両親がいます。置いてはいけないので、移住となると連れていくことになりますが…」
「もちろん、あなたのご家族への支援も考えますので、ご安心ください」
それを聞き、真剣に悩み始めた二人を見て、シュニーは最後に、と続けた。
「僕たちは五日間こちらに滞在予定なので、五日後の朝までに返答をいただければと思います。無理にとは言いませんので、ゆっくり考えてみてください」
そう締め括って、セレナ達はケーラの自宅を後にした。マルクはケーラと話すと言ってそのまま残ったので、帰りはシュニーと二人だった。もちろん護衛はいるが。
シュニーは立ち上がれないセレナを横抱きにして、馬車まで運んでくれた。
馬車の中で一息つくと、セレナはぽつりと溢す。
「シュニー様……、ありがとうございます」
「うん。良い返事がもらえるといいね」
そう言って、彼は王城に着くまでずっと、髪を梳くように頭を撫でてくれていた。彼の隣はとても安心する。気持ち良さに眠ってしまいそうになった頃、馬車は王城へと到着した。
✳︎
傾きかけた太陽が、城下の町へ沈んで行くのが見える。
今日から滞在するこの城は、セレナにとっては懐かしくもつらい場所だった。なるべく昔のことは思い出さないようにしようと決意し、案内の者について行こうとした時、慌てたような声に引き止められた。
「殿下……!」
そう言いながらこちらに駆けて来たのは、侍女として同行してくれたアリーだ。その後ろからジェフが歩いてくるのが見える。
「どうした?」
「セレナ様のお部屋が!」
要領を得ないアリーの言葉に、隣に並んだジェフが補足する。
「殿下……その、用意していただいたセレナ様のお部屋が、ですね。なんと言いますか……見ていただいた方が早いかと」
ジェフにしては珍しく歯切れの悪い言葉に、訝しむような視線を向けてシュニーは頷くと、二人に案内を頼んだ。
もともとセレナ達の案内を担当するよう言われていたらしいメイドは、少し慌てた素振りを見せながらも二人の後について来た。
そして辿り着いた先は、なぜか王宮の端にある、使用人たちが利用する区画にある一室だった。
セレナは身体が冷たくなっていくのを感じた。
まさかと思いながらその簡素な扉を開けると、中にはベッドと机と椅子が一つずつ。通路は狭く、ベッドを置いたことで人が通るのもやっとと言うくらいの大きさだった。使用人が使うにしても酷すぎる狭さだ。
それ以前に此処は部屋なのだろうか?物置といった方が近いのではないかと言うくらいの現状に、セレナだけではなくシュニーさえも頭を掻きながら溜息を漏らした。
「全く……下らないことをしてくれる。これでも国賓として扱うべき、僕の婚約者なんだけどな」
セレナはまだあくまでもシュニーの婚約者という立場に過ぎない。そのため、籍はハスールにあるので何をしても許されると思ったのだろうか。国家ぐるみでこのようなことをされては程度が知れるな、と思ったシュニーは、付いてきたメイドに話しかけた。
「これは誰の仕業だ?君は知っていたのか?」
怒気を含んだその声に、メイドが肩を跳ねさせ、怯えるように言った。
「もっ、申し訳ございません!こちらは……その、王女殿下方からのご指示で……」
自分たちは言われた通りにしただけなのだと、震えながらに述べたその言葉は本物なのだろう。お赦しください、と腰を折って何度も謝ってきた。
「そうか、君たちに非はない。これは、自分の娘の愚行を防げなかった王に責任がある」
それとも、王自らがこれを先導したのか?と一瞬頭を過ったが、さすがにそれはないだろう。今回のハスールへの訪問の目的を考えると、メルセド王が自分たちの立場を悪くするようなことをするとは思えない。これは多分、娘である王女達の独断だろう。
「ジェフ、僕の部屋は見てきたか?そっちはどうだった」
「そちらは問題ございません」
「なら、セレナは僕の部屋に泊める。此処は使わせない」
いいね?と、まるで拒否権はないとでも言うように、その場に居た全員に向かってシュニーは告げた。
「で、殿下それはいけませ――っ」
二人はあくまで、まだ婚約者という立場だ。本来ならば部屋を分けるのが相応である。
セレナが否定しようと声を上げたが、珍しく怒りを露わにした顔のシュニーに、言葉をのみ込むしかなかった。
「否やは言わせないよ、セレナ」
怒っているのだと分かるその声に、セレナは小さく頷くしかなかった。彼はあまり怒りと言う感情を表に出さないため、見てしまうとどうにも逆らえなくなる。
それに、いつも一緒に寝ているのだから同じだ、と言われてしまえば、確かにそうなのかもしれないと納得してしまった。
「そう言うことだから、彼女に用事がある時は僕の部屋に頼む。必要なものも全て僕の部屋に運んでくれ」
かしこまりました、と震えながらメイドが言い、その場を去っていった。
セレナの荷物をシュニーの部屋に運び、それから夕食を済ませ、湯浴みをする。その頃には夜もだいぶ遅い時間となっていた。
夜会は明日だと言うのに、たくさん泣いてまぶたが腫れぼったくなってしまっていたセレナに、アリーは冷たいタオルを持ってきて、甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
シュニーに用意されていた部屋はセレナのそれとは正反対で、居間と寝室が分かれている、かなり広めの客間だった。
セレナがまぶたを冷やしている間にシュニーが湯浴みを済ませ、セレナが浴室へ入る時に彼は配慮して寝室に移動してくれた。
浴室で湯船に浸かりながら、今日一日で起きたことを思い出す。
ケーラとマルクのこと、マリージュのこと、滞在する部屋のこと、いろいろなことがありすぎて整理がつかない。良いこともあったし、悪いこともあった。
ケーラとマルクのことは本当に良かった。知ってしまった事実はつらいものだったけれども、真実を知れて良かったと思う。知ってしまった今となっては、知らないまま生きるなんて考えられない程の事実だ。
それに対し、不快な思いもたくさんあった。
父親に対する嫌悪感は増すばかりだし、異母姉たちは相変わらずセレナを目の敵にしているらしい。
まだ滞在一日目だと言うのに、セレナはどっと押し寄せてきた疲労感に大きく息を吐いた。
「お疲れですか?」
湯浴みを手伝ってくれているアリーが、心配そうに覗き込んできた。
「……えぇ。今日はいろいろあったから」
「明日は夜会の他に特にご予定はありませんので、朝はゆっくりされても大丈夫ですよ」
「そうさせてもらうわ」
明日はついに夜会本番だ。
昼前から準備を始めて、夜までには着飾らなければならない。気合を入れて準備させていただきます!と張り切るアリーに、よろしくね、とセレナは苦笑で応えるのだった。
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