11話 思わぬ知らせ
午後の会議を終え、シュニーは執務棟の廊下を歩いていた。
「やはり南側の治水事業は、見直した方が良さそうだな」
そう声を掛けてきたのは隣を歩くルディオだ。彼はこの国アレストリアの第一王子であり、王太子でもある。
腰まで真っすぐに伸びた金髪は肩口で緩く纏め横に流しており、切れ長の瞳は、春の新緑を宿した鮮やかな緑色をしている。シュニーよりもいくらか背が高く、威圧感のあるその雰囲気に一見近寄り難さを感じるのだが、実際は気さくな青年である。歳は今年で25になる。
「やっぱりそう思う?でもレインテッド公爵が納得しないんだ」
肩を竦めて答えるシュニー。
二人は両親が同じ事もあり、特に親しい関係だ。シュニーはルディオを特別尊敬しており、彼の補佐として仕事が出来ることを誇りに思っている。
「僕が出した代替案も即却下されたし、婚約破棄のこと相当根に持ってるな」
話題に上ったレインテッド公爵とは、南方の土地を管理している領主だ。それとともに王宮で大臣に次ぐ地位に就いており、彼の発言力は無視できないものがあった。
「おまえの案に手を加えて、私の方で提案してみるか?」
「そうしてくれると助かる。あの人は僕の話をまともに聞いてくれない」
シュニーが困ったように言うと、呆れたとばかりにルディオが溜息を吐いた。新緑の瞳が厳しい目つきで揺れる。
「いつまでも引きずっているとは、歳の割に女々しい奴だ」
「顔を潰されたようなものだからね。自分の娘が悪いって言うのに」
レインテッド公爵には一人の娘がいた。
容姿はかなりの美人であり、社交界の華と言われている、その界隈では有名な令嬢だ。
レインテッド公爵は娘を溺愛しており、娘のこととなると周りが見えなくなる事態も少なくはない。
そんな公爵の娘が想いを寄せていたのが、他でもないシュニーである。
彼女は王子達の悪い噂などまるで気にしていないようだった。それどころか夜会などで積極的にアプローチを繰り返し、一途にシュニーを慕ってきた。
本当にシュニーのことが好きらしく、健気なその振る舞いに絆されていったことは否定できない。
何度か逢瀬を重ね、レインテッド公爵自身の強い希望もあり、シュニーは婚約することを了承したのだ。
――この娘なら呪いのことも受け入れてくれるかもしれない
しかし、浅はかながらも抱いたわずかな希望は、すぐに崩れ去る。
事態は呪い以前の問題だったのだ。
「シュニー様」
廊下の先から声をかけてきたのは従者のジェフだ。
彼は靴の踵を鳴らしながら、真っすぐにシュニーの前まで歩いてくると、隣に立つルディオに一礼してから言った。
「先ほど、レインテッド公爵令嬢、ロマリア様がお見えになりました」
「は?」
つい今しがた、話題の中心にいた人物の名前に一瞬思考が止まる。
――ロマリア・レインテッド公爵令嬢
その娘は、半年ほど前にシュニーと婚約を交わし、その後一週間と経たずに婚約を破棄した令嬢だ。
そんな娘がなぜ王城に?
すぐに我に返り、ジェフに詰め寄る。
「なぜロマリアが?今さら何をしに?」
王城で働く父親に会いにきたのか?まさか、自分に会いにきたわけではあるまい。
ロマリアの登城の理由を脳内で挙げてみるが、納得できそうな答えは見つからなかった。父親に会うだけであれば、わざわざジェフが報告してこないだろう。
では、一体なぜ?
「セレナ様に面会を希望されました」
ルディオが片眉を釣り上げ、横目でシュニーを見る。その視線の先でシュニーは顔色を変えた。
「……セレナに?もちろん会わせてないだろうな?」
「それが、運悪くアリーが席を外していた際に、別のメイドが呼びにきたらしく……」
事情を知らないセレナは何の疑問も持たず、ロマリアと面会してしまったのだという。
シュニーは焦った。
自分の体面を気にしたのではなく、セレナがあの女に傷つけられるのではないかと恐れたからだ。
「まだ話しているのか!?」
声を荒らげるシュニーの肩を、落ち着けとルディオが宥めるように叩く。落ち着いていられるかと、その手を振り払おうとしたところで、ジェフが不穏な笑みを浮かべて言った。
「いえ、セレナ様が撃退されました」
「…………は?」
思いもよらないジェフの言葉に、完全に思考が止まるシュニー。
固まるシュニーの代わりに問いかけたのはルディオだった。
「撃退というのは、セレナ王女がレインテッド公爵令嬢を追い返したのか?」
「その通りです」
それはそれは爽やかな笑顔でジェフが答える。
やっとのことで我に返ったシュニーは、呆然とした様子で問いかけた。
「……一体何があった?」
「それは、直接セレナ様にお聞きした方が宜しいかと。既に自室に戻られているはずです」
「わかった、そうする」
言うが早いかシュニーは駆け出した。
「兄さんごめん!さっきの話はまた後で!」
「分かったから、廊下を走るな」
ルディオの声が廊下に響いたが、説教を受けた本人に届いていたかは定かではない。
隣で主人を見送った忠実な従者に向けて、ルディオは呆れたように言葉をこぼした。
「あれは尻に敷かれるな」
「ごもっともです」
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