5話 外の世界


 シュニー・ダリ・アレストリア。

 アレストリア王国の第三王子であり、現在は王太子である第一王子の下について、政務の補佐をしているらしい。

 容姿端麗で爽やかな笑顔が特徴的な21歳、とセレナが自分の婚約者になる人物について知っている情報はこの程度であった。


 アレストリアへ向かう馬車の中、セレナはこれから婚約者となる人物のことを考えていた。

 シュニー王子とは面識がない、だが彼はセレナに求婚してきた。知らずの内に出くわしていたのだろうか?

 シュニー王子は一週間ほどハスールの王宮に滞在し、あの夜会の翌日にアレストリアへと帰国したそうだ。セレナはほぼ自室から出ない生活を送っており、王子と会う機会など全くなかった。


「どうして私なのかしら…」


 ぽつりと呟いた言葉は、車輪の音に掻き消された。


 アレストリアの王子達は兄弟仲がとても良いらしい。あれほどの大国であれば兄弟間の派閥があってもおかしくはないのだが、腹違いの第二王子でさえ他二人と親しい関係であるようだ。


 自分達姉妹とは大違いである。いや、自分以外の異母姉三人は仲がいいのだから、仲間はずれは自分だけか、と考えてセレナは苦笑した。



 馬車の小窓から見えるハスールの街並みは簡素だ。華やかな景色とは言い難く、ただ人々が生活を繰り返しているだけの、セレナにとって初めて見る母国の風景だ。


 ぼーっと景色を眺めていると馬車が止まる。どうやら国境についたようだ。

 ここから先はアレストリアの馬車に乗り換えて王都を目指すと聞いている。

 ここまでついて来てくれた自国の騎士に丁寧に礼を述べて別れを告げ、すでに待機していたアレストリアの馬車へと向かった。


 そこでセレナは目を見張る。

 護衛の騎士の数が尋常じゃなかったのだ。今まで付いていたハスールの騎士はたったの二人であるが、今目の前には十人以上の騎士が並んでいた。

 これは本当に自分を迎えに来た人達なのだろうか、と困惑してしまったほどである。

 更に騎士たちとは別に世話係として二人のメイドも常駐するらしい。

 なれない待遇にセレナは始終困惑してしまった。


 合流してメイド達に驚かれたことがある。それは荷物の少なさだ。セレナは私物など殆ど持っていなかったので、生活に必要そうなお下がりのドレスと下着を数着トランクに詰めて来ただけである。

 他には母親代わりであった乳母からもらった肩掛けくらいだろうか。

 セレナがハスールを離れる上でひとつだけあった心残りが、乳母のケーラだ。彼女は既に初老と言われるような年齢であり、一人残していくのは心苦しいものがあった。しかし連れていくことなどできるはずもなく、涙を惜しんで別れて来たのだ。

 その際にもらったのが彼女が編んでくれた肩掛けである。見ると泣いてしまいそうだったので、大切にトランクにしまった。



 アレストリアの街道を進むと見えてくる景色に驚かされた。

 ここはまだ王都から離れたどちらかというと田舎と言われる地方だろうが、ハスールに比べてとても華やかなのだ。街行く人々は皆笑顔で、建物や街道は綺麗に整備されており、この国の豊かさが窺える。

 さらに驚かされたのは途中に寄った宿屋だ。

どこの王族が泊まるのかと言うほどの部屋の広さと豪華な内装に、セレナは落ち着きなく過ごすことを余儀なくされた。

 自分がこれでも歴としたハスールの王族なのだと、その事実を思い出す余裕もなかった。


 道中ではメイド達から様々な話を聞いた。

特にアレストリアの特産物や観光地などの話には興味があった。

 セレナはハスールでほぼ軟禁状態のような生活をしていたが、教育についてだけは王は力を入れてくれたのだ。それというのも、教養がなければ駒として他国に差し出すことも難しいからである。

 おかげで王族としてのマナーや淑女教育については完璧だし、ある程度の知識や学問は身についていた。

 特に、自分が見たことのない異国の土地や文化については興味があり、積極的に学んでいたほどだ。


 アレストリアは国土の半面を海に面している。

内陸国であるハスールからすると海はとても珍しいものだ。セレナは海に憧れがあり、いつか死ぬ前に一度は行ってみたいと思っていた。

 メイドの一人がそんな海沿いの街の出身らしく、そこでの情景や漁れる魚についての話はとても興味深く、楽しいものであった。

 メイド達は気さくに話しかけてくるセレナに最初こそ戸惑っていたようだが、慣れてくると気にせず話してくれるようになり嬉しかった。


 セレナはこれからの事を忘れるように会話を楽しんだ。そうでもしないと、不安で押し潰されそうだったから。


 そうして数日かけてアレストリアの王都に辿り着くと、一人の人物が出迎えてくれた。

 それはセレナが婚約を交わす予定の、シュニー・ダリ・アレストリアその人だった。


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