2章

4話 突然の


「アレストリアへ、輿入れですか?」


 シュニーとの生活が始まる少し前、ハスールにて開かれた夜会にデビュタントとして出席した。

 それから十日ほどが過ぎた頃、セレナは実の父親であるハスール国王に呼び出されていた。


「ヴェータではなく……?」


 恐る恐る尋ねると、王は大仰に頷いて嗄れた声で言った。


「そうだ。アレストリアの第三王子から、おまえに結婚の申し込みがきている」


 セレナは言われた内容をすぐに理解する事ができず、頭の中で考えを巡らせた。

 ヴェータではなく、アレストリア?そう疑問が浮かぶのも仕方のない事であろう。

 なぜならセレナは先日開かれた夜会の日に、目の前の国王からヴェータ国へ嫁がせる予定であると告げられていたのだ。


 ヴェータ王国。

 ハスールの北側に位置するその国は、国土はハスールよりも広い、比較的新しい軍事国家だ。

 数年前まで領土を広げる事に国力を費やしており、ハスールもいつ攻め込まれるかと戦々恐々としていたが、ある時を境に大人しくなった。

 王が代替わりしたのが原因だと言われているが、真相は定かではない。大人しくなったとは言え、戦争によるたくさんの犠牲者の上にできた国家という印象は消えないため、血に塗れた恐ろしい国というイメージがある。


 王はそんなヴェータへと、セレナを嫁がせる気でいた。

 新しい国王が花嫁候補を募っていると聞き、国家間の繋がりを作るために自分の娘を差し出そうとしていたのだ。可愛い上の姉たちをあの様な恐ろしい国に嫁がせる事は出来なかったようで、セレナが指名されたようである。


 ここ数日でやっとヴェータに行く決心がついたというのに、それが急にアレストリアに変更されて正直動揺を隠せなかった。


 アレストリア王国と言えば、国土も広く、農業や産業も盛んで、非常に栄えている大国だ。国全体が豊かで、とても平和な国と言われている。

 穏健な国というイメージがあるが、その実自国の平和を守るための軍事力の強化には余念がなく、あのヴェータ国もアレストリアには一切手を出さなかった程だ。


 そんな豊かな大国であるアレストリアだが、ひとつだけよからぬ噂があった。

 それというのも三人いる王子たち全てが、二十歳を超えてもなお独身なのだ。アレストリアほど栄えた国の王子ともなれば、本来は国内外問わず縁談の話はひっきりなしだろう。

 だが実際は婚約者すら立てず、それどころか縁談の話すらほとんどないらしい。

 三人の王子達は見目が良く、仕事もできる人物のようだが、縁談の話すらないと言うことは性格に問題があるのか、はたまたそれ以外の理由があるのか。

 とにかく、あそこに嫁ぐのはヴェータに行くのと同じくらい、今後が思いやられる事態であった。


「先日の夜会でおまえを見初めたらしいが、直接会ったのか?」

「……いえ、記憶にございませんが」


 隣国アレストリアの第三王子が夜会に出席していたことはセレナも知っていた。

 たまたまハスールに視察に訪れていた時期に夜会が開かれる事になっており、よい機会なので参加を促したらしい。


 セレナは夜会に出席したが、開幕のデビュタントを歓迎する国王の言葉を拝聴し、その後ダンスもせずに会場から抜けてしまったので誰とも挨拶すら交わしていない。

 会場にいた一時の間に見られていたのかもしれないが、そんな一瞬の目睹で求婚までしてくるとは、と考えて恐ろしくなった。


「ふむ、何にせよこの求婚は受ける。先方が一刻も早くおまえを迎え入れたいらしく、持参金は不要だと言っている。必要なものも全てあちらで用意するようだから、三日後には出発してもらう。準備をしておけ」


 そんな急に、という言葉は飲み込むしかなかった。セレナに拒否権などないのだ。


 父にとってこの婚姻は大国アレストリアとの関係を密にする、良い機会だと思っているのだろう。しかも指名されたのがセレナであれば、断る理由もない。不必要で邪魔な娘を国の駒として差し出せる上に、持参金すら不要ときたら、条件が良すぎるくらいだ。



 国王の言葉に了承の意を示すと、部屋を後にする。

 自室に続く廊下を歩いていると、セレナを待っていたかのように、会いたくない人たちが姿を現した。


「セレナ、あなたアレストリアに輿入れするんですって?良かったじゃない、おめでとう」


 目の前に現れたのは、セレナを散々苛めてきた三人の異母姉たちだ。

 心からの祝福などしている訳がない。彼女たちは口の端をつり上げ、卑劣な笑みを浮かべながら言ってくる。


「こんなにいきなり求婚してくるなんて、一体どんな色目をつかったの?」

「いやだわ姉様。この子ったら夜会の日、すぐに退席してしまったじゃない?あの時第三王子も会場から姿を消していたのよ。きっと二人で親密なことをしていたに違いないわ」


 断じて違う、と叫びたかった。

 そもそも第三王子とは面識すらもない。そんな人物とどうして親密になれるのだろうか。


 しかし、何を言ってもこの異母姉たちには火に油にしかならないことを十分に知っていたので、言葉を飲み込んだ。


「あらセレナ、あなたいつからそんなはしたない女になったの?」


 顔を見合わせながら広げた扇で口元を覆い、くすくすと笑いあう異母姉たち。

その内の一人が、そういえば、とさらに続けた。


「アレストリアの第三王子と言えば、二カ月ほど前にも国内のご令嬢と婚約を交わして、一週間足らずで破棄したそうよ」

「まぁ!遊び人なのかしら?」

「一度お手つきにしてすぐに捨てるなんて、そのご令嬢が可哀想だわ…」


 あなたも、そうならないようにね?

と、わざとらしく悲壮を滲ませた声で言ってくる。


 アレストリアは豊かな大国であるが、そこに嫁ぐ事は必ずしもめでたい事でない。それは先の通り、王子達の悪い噂が絶えないからだ。

 嫁いだ先で悲惨な事態が待ち受けているだろう事は、容易に想像ができた。


「ご心配、痛み入ります……」


 ここに居たらいつまでも異母姉たちの嫌みを聞くことになる。そう思い無理やり作った笑顔で感謝を述べて、強引に隣を抜けようとした。

 通り過ぎ様に言葉が投げられる。


「まぁ、何かあって戻ってきたところで、もうあなたの部屋はないけれど」


 セレナは聞こえなかったふりをして、そのまま早足で自室へと戻った。


 異母姉たちの笑い声は、いつまでも廊下に響いていた。


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